50 残酷な真実 その一
リッカルドとディルは、エキナセアが自分達を守る為に、両親の言いなりになっていたという真実を初めて知った。
レアム先生とリアムは、親友のアーノルドが前ベネフィット公爵の息子で、その屋敷にずっと幽閉されていた事に驚愕した。
「幽閉されていたのに、何故扉を開けられたんだい?」
レアム先生が尋ねた。皆も頷いた。
「祖父は実物の鍵ではなく、精神的なもので叔父を幽閉していたんです」
エキナセアの答えに、みんなが疑問符を浮かべたので、彼女は言葉を続けた。とても言いにくそうに。
「私と同じです。」
「脅し?」
「はい」
「どんな?」
「・・・・・」
「エキナセア、言って下さい。私は真実が知りたいのです」
エキナセアは懇願するレアム先生の顔を見た。彼女は酷く辛そうで言い渋っていたが、覚悟をきめてこう言った。
「祖父は叔父にこう言ったそうです。
『屋敷から抜け出したら、お前の大切な者達の将来は失くなると思え!』
って」
「大切な者達の将来? まさか・・・」
レアム先生が絶句した。
「そうです。レアム先生とフランシスさんの事だと思います。叔父にとって友人は、誰よりも、何よりも大切だったんです。
そして、アリーチェさんも含まれていたかもしれません。叔父様のお母様は既にお亡くなりになっていましたから、叔父様にとってアリーチェさんは第二の母だったし。」
「アリーチェさんも私も、何度も逃げて欲しいと頼みました。父もです。でも、叔父様はそれは出来ない、とおっしゃいました。」
「彼らは優秀で、この国の為になる人間だから、その邪魔は絶対にさせないと。
祖父は当時はとっくに引退していましたが、元公爵ですから、本当にやろうとしたら、たとえ父がどんなに止めようとしても実行出来たでしょう。それに、もう、正常な判断力がなかったので、何をしでかすかわからかったですから。
でも、叔父はただ諦めていた訳じゃないと思うのです。時期が来るのをじっと待っていたんだと。山のような書物を読みながら」
「ぐっぐっぐっ・・・・・」
レアム先生は両手で口を押さえ、くぐもったうめき声を漏らした。そしてその両目からは涙がとめどなく流れ落ちた。
そしてリッカルドも、あのエキナセアの婚約披露の日、何故アリーチェが自害しようとしたのか、その真の理由がわかった気がした。
実の息子を失くしただけではなかったのだ。アーノルドが命をかけて守ろうとしたフランシスまで死なせてしまった、その申し訳なさが彼女を追い詰めたのだ。きっと。
それにしても何の因果なのだろう。親友二人が同じようにレッドドラゴンに連れ拐われるとは。
「エキナ、そもそも何故アーノルド君は実の家族に幽閉されたんだい?」
「それに、どうして大人達は叔父さんの事を僕達に隠していたんだ?」
リアムとディルが質問した。もっともな質問で、会議室にいる誰もがその疑問を抱いていた。
そしてエキナセアは、アーノルド叔父から聞いた、彼の生い立ちについて語り始めた。
ベネフィット家の前公爵オーランドは、若い頃から無類の美食家、そして異常なほどの耽美主義者だった。
筆頭公爵家の力を行使して、エンチャント皇国の美術品を買い漁ったり、アグリ連邦共和国から珍しい高級な食材を取り寄せていた。
その上、社交界の華と呼ばれていた、一回りも年の離れた侯爵家の令嬢も、無理やり妻にした。そして三男二女に恵まれ、孫も何人も生まれた。
ようやく彼も落ち着いてきたと周りが思った頃、オーランドはある女性に目をつけた。
それはアグリ国の貿易商の娘だった。その女性、いやまだ少女と呼べるその娘は、まるで主様のお弟子様の姿絵を彷彿させるような美しい少女だった。
オーランドは自分の娘よりも若い彼女をどうしても欲しくなった。
そして執拗に彼女に付きまとった。妻とは離婚し、正式な公爵夫人として迎えるとまで言い出し、逆らうとユニフォーミティ王国では貿易させないぞ、と脅した。
しかし、良識人だった彼女の父親はそれを拒否し、国へ戻るの事にした。
ところが、それを知ったオーランドは強硬手段に出た。無理やり彼女を拐い、秘密裏に借りた家に彼女を閉じ込めたのだ。
そしてその後生まれたのがアーノルドこと、ライリー=アヴィス=ベネフィットだった。
ライリーは母親に瓜二つの美しい男の子で、オーランドはその息子を溺愛した。しかし、母親はその異常な溺愛ぶりに恐怖を覚えた。
精神的、肉体的暴力で彼女はすっかりオーランドに逆らう気力を失くしていたが、母親になった事で息子だけは守らなくてはいけない、と次第にそう思えるようになってきていた。
それに、彼女には相談が出来る友人が出来た事で、大分心が回復してきていた。
その友人というのは、燐家に住む若い奥さんだった。元々は貴族の出だったが、他国の、しかも平民の貿易商の夫と駆け落ちして、こっそりとその地に住んでいた。彼女にはやはり生まれたばかりの息子がいて、その子の名前はレアムといった。
ライリーが生まれて半年ほどたった頃、母親は燐家の友人にこう言われた。
「ねぇ、私の幼馴染みにライリー君の相談をしてみない?」
「幼馴染みさんにですか?」
「ええ。とっても頭がよくて、とっても強くて、とっても優しい人なの。弱い者の味方みたいな人」
大袈裟な物言いに、ライリーの母は笑ったが、レアムの母の顔は真剣そのものだった。
「私が駆け落ちする時も助けてくれたし、今も援助してくれているの。彼女にも同じくらいの息子がいるわ。名前はフランシス」
同じ年の息子がいるという事で、その幼馴染みに会ってみる事にした。その事で彼女の、いや、三組の親子の運命は大きく動き始めた。というのも、その幼馴染みとはアリーチェだったからである。
アリーチェはベネフィット家の侍女だったが、結婚、出産のために長期の休みをとっていた。故に主の暴挙を全く知らなかった。
二人から話を聞いてアリーチェ呆然とした。そしてそのあと、怒りに震えた。
アリーチェはゾーイ家の跡取り娘だった為、否応なしに親の跡をついでベネフィット家に仕えた。
しかし、ベネフィット家、特に現当主を快く思ってはいなかった。元々尊敬出来ないどころか、軽蔑するべき人物だと思ってはいたのだが、まさかそんな非人道的な行為までしていたとは。
三人はその後何度も集まって、これからの事を相談しあった。
そして、ライリーが一歳になる頃、その計画は実行された。成功する確率は一割にも満たないと思ったが、このまま何もしないよりはましだと、三人は思った。
これまでの経緯、これからの計画は予めアグリの両親には手紙で知らせていた。そしてその返事も戻ってきていたので、トールキャッスルは自分達を支持してくれているに違いない、そう思った。
いや、そう信じたかった。もし悪巧みと判断されれば手紙は届かなかったはずだから。




