53 親友と甥と姪
「アーノルドさんとは初等学院で再会されたんですか?」
リッカルドが尋ねると、レアム先生は頷いた。
「入学式の日に彼を見つけた時は本当に驚いたよ。『ライリー』って名前を呼びながら私が抱きついたら、彼はクールにこう言ったよ。」
レアム先生は少し笑った。
「『しーっ! 僕はアーノルドと言います。今日からどうぞよろしく。』
ってね。私はびっくりして即黙ったよ。」
アーノルドことライリーは、この国の救援隊によって、フィッシャーさんという貿易商の養子になったらしい。
ライリーの母が夫の暴力から逃げてアグリ国へ逃げた事を踏まえて、名前を変えたんだと説明した。そして実の父親に見つかると困るから、これからは絶対に本名で呼ばないで欲しいと言った。
ライリーはレアムには絶対に迷惑をかけたくなかったし、危険な事に巻き込みたくなかったのだ。
ただ、アーノルドアはアリーチェにだけは本当の事を話していた。生前の母から、何かあったら、アリーチェに相談するように言われていたからだ。
アーノルドから話を聞いたアリーチェは、覚悟を決め、自分の主ベネフィット公爵に話をしに行った。
ペルクスはアリーチェから話を聞くと酷く驚いた。
賢いアーノルドはアリーチェの事をペルクスに話してはいなかったのだ。
多分、レアムはアリーチェの元に引き取られるだろう。それに彼女にも息子がいる。だから彼女にあまり迷惑をかけたくなかったのだ。
話を聞いたペルクスは怒りはしなかった。むしろ、秘密を共有出来る仲間を得て喜んだ。
表面上妻とは大恋愛の末結婚した事になってはいるが、彼は妻を心底信用しているわけではなかった。それに協力してくれるとも思ってはいなかった。だから彼女には何も話してはいなかった。
しかし、子供を育てるのに男の自分だけでは不安に思っていたのだ。だから、アリーチェという協力者の存在はありがたかった。
アリーチェはペルクスの、それこそ生まれた時からの幼馴染みで、一番気心がしれた仲だった。二人は協力して、アーノルドをオーランドの魔の手から守ろうと誓った。
「レアム先生とフランシスさんとアーノルドさんは、学校ではとにかく有名人でしたよ。皆さんは目立たないようになさっていましたが、『瑠璃も玻璃も照らせば光る』の諺通り、その才能を隠しておくのは無理がありましたよね。
特にアーノルドさんは能力だけでなく綺麗過ぎましたからね。いつも帽子と眼鏡で変装はされてましたけど。」
リッカルドは子供の頃を思い出しながら言った。
「私はご覧の通り愛想がないので、幼い頃から両親からも兄や姉からもかわいがられなかったんですよ。
でも何故かアーノルドさんだけが、私に優しくしてくれて、本当に嬉しかったんです。勉強を教えてくれたり、一緒に遊んでくれたり。私が甥だと知っていたからなんですね。」
「もちろん最初は君が自分の甥だとわかって近づいたんだろうけど、それだけじゃなかったと思うよ。君自身が本当に好きだったんだ。かわいい、かわいい、って、いつも君の事を目を細めて話してたよ。
それに比べて、同じ甥でもグリークには関心なかったからな。もっとも、自分と同い年の甥っこと、付き合うのも微妙だったんだろうけど。
今になって、なぜあの美人のナスタリヤから必死に逃げ回っていたのかがわかったよ。姪に恋愛感情を持たれたら困るだろうかね。」
レアム先生の言葉にエキナセアは微かに笑った。そして言った。
「お兄様、昔、知らない事をそのままにするのは恥ずかしい事だ、って私に言ったでしょう。」
「ああ。」
「あれは、アーノルド叔父様に教わった言葉だったのでしょう?」
「ああ。何故わかる?」
「叔父様に初めて会った時、私がその言葉を使ったら、リッカルドに聞いたのか?と尋ねられて、そしてお泣きになったの。」
「・・・・・」
「自分の存分が消されても、自分は甥や姪の中に存在し続けていると知って嬉しかったんだろう。」
レアム先生が言った。リッカルドは瞠目した。そして震えながらエキナセアに言った。
「お前を責めるつもりはないんだ。だが、せめてアーノルドさんの事だけは教えて欲しかった。そうすれば、何か対策がとれたかも・・・」
「兄上!」
「ごめん、ごめん、エキナセア。私にお前を責める資格がない事はわかっているんだ。だが。」
リュカ王子はすくっと立ち上がると、エキナセアを今度はリッカルドから奪いとった。
エキナセアはリュカ王子の胸に顔を埋めて、くぐもった声を出した。
「叔父様もアレルギー体質だったの。外出中にアレルギー症状が出て、そのせいで叔父様の事がお祖父様の耳に入ってしまったの。」
「「「!!!!!」」」
「アーノルド叔父様と私は同じ。私のアレルギーが他人に漏れたら、私も幽閉される。だから自分の事も、私の事も絶対に誰にも話すなって。
叔父様は、いつか仲間達が助けに来てくれるから、それを信じて待つようにって、いつも言ってた。
そしてあの戦争が起こる前、アリーチェさんとお父様はすでに覚悟を決めていて、みんなの協力を得ようとしていたらしいの。でも突然戦争が始まって、あの日、フランシスさんが戦死したって知らせが入ったわ。
レアム先生の居場所は全く見当が付かないし、お父様もリッカルドお兄様も戦地に行っていて生死がわからなかった。警報が鳴り響く中で、あのアリーチェさんがパニックになって叫んだの。
『アーノルド、アーノルド、せめてアーノルドだけは助けて、これ以上私から息子を奪わないで』
って! だから私、鍵を開けて無理矢理叔父様の手を引っ張って地上に出たの。そうしたら、レッドドラゴンが私に向かってきて。叔父様が私に覆い被さったわ。そして・・・」
「「「エキナセア、もういい!」」」
「ズドーン!って物凄く大きな音がしたわ。
お祖父様がドラゴンに向かってライフル銃を撃ったの。でも玉は当たらず、ドラゴンは叔父様を前足で掴んだまま又舞い降りてきて、お祖父様を翼で払いのけた。お祖父様は庭の杉の木のてっぺんまで飛ばされ、叔父様はドラゴンに連れて行かれてしまった!
その直後、お父様が戻られて叫んだわ。お前のせいだ! お前のせいでアーノルドが死んでしまった。お前が代わりに死ねば良かったのに!」
エキナセアはそのままリュカ王子の腕の中で意識を失った。
リュカ王子はエキナセアを抱き上げて立ち上がると、リッカルドの手を払いのけ、会議室の扉を開けて出て行った。その背中は怒りに震えていた。
アメリアとディルもその後を追った。そして、ジョージとノアが心配そうにその後ろ姿を見つめた。
リッカルドはその場に崩れ落ち、エドモントが彼を支えた。
「私は、私は、またやってしまった。五年前、あんなに後悔し、反省したのに、また自分の感情に捕らわれてエキナセアを追い詰めてしまった。私も父と同じだ。最低だ。」
「後悔しない人間はおりません。リアム様もそうおっしゃていましたよ。」
エドモントがこう言うと、レアム先生もそれに続けて言った。
「そうだとも。大体、私が呑気に遊学などしていなかったら、アリーチェさんを絶望させずにすんだかもしれないのに。これは私の罪だよ。」
「いいえ。貴方方が悪いのではありません。人でなしの前当主が全て悪いのです。」
エドモントのこの言葉に、その場にいた皆が一斉に頷いた。そして天罰が下ったのだと誰もが心の中で思った。
ただ、彼にもっと早く天が裁きを下してくれていたらと、思わずにはいられなかった。
ここでようやく、エキナセアの一番の悲しみ、苦しみが吐き出されました。
父親との今度の関係も、楽しみにして頂けると嬉しいです。




