37 狭き門の通過者 その一
九月も終わりに近づいた頃、ベネフィット家の馬車は、三日に一度の割合で屋敷と東トールキャッスルとの間を往復するのが日課になっていた。その馬車には使用人達が順番に乗り込んでいたのだが、最終日にはとうとうエキナセアも乗る事になった。
「えっ? 私も行くのですか? どうせ私なんか、行っても何の役にも立たないと思うのですが。」
一応エキナセアは少しごねてみたが、これは全員参加だとして却下されてしまった。
東トールキャッスルは、ユニフォーミティ王国と東の隣国ストリームライン共和国の境にある。そう、フィリア辺境伯爵の領地、リンドンの町のすぐ側に位置し、都からは休憩を含めると丸一日かかる、かなりの長旅だ。
何の為に東トールキャッスルまで行くのかといえば、来月開催される『四国医療品貿易会議』、通称『四国会議』の手伝いを選ぶ為だった。貴族の家からは必ず会議の手伝いをする者を出す事になったのだ。
というのも、四国会議は中立を保つ為に、東トールキャッスルの二階にある大広間で行われる事になったのだ。つまり、参加する者は当然の事ながら、トールキャッスルを通過、いや入れる者に限定されてしまう。
それ故、四つの国の貴族の家では、使用人達を連れて四つのトールキャッスルへ分散して赴き、通過出来るかどうかを試す事になったのだ。会議当日になって、トールキャッスルの会議室に入れません! では話にならないからだ。
そこで、ユニフォーミティ王国は東トールキャッスル。ストリームライン共和国は北トールキャッスル。エンチャント皇国は西トールキャッスル。アグリ連邦共和国が南トールキャッスルというように、割り振りをされ、前もって通過認定パスを発行してもらえる事になったのだ。
それは、トールキャッスルを通過出来る資格を有し、尚且つ会議に参加する事に決まった者に限って、前もって認可パスをもらえるという、前代未聞の方法であった。
これは、大人数の認可を会議当日にするのは到底無理だという事を、トールキャッスル側に説明をして実現したものである。
この方法を提案したのはリュカ王子だった。そして、彼自身がリッカルドと共に東トールキャッスルへ出向いて交渉したのだった。
そもそも、三国から四国で会議をしようと最初に言い出したのもリュカ王子であった。
提案から交渉までをリュカ王子にしてもらう事に、最初のうち、リッカルドは躊躇していた。まだ若い王子にそんなに責任を押し付けてよいものかと。しかし、リュカ王子から、
「貴方が前面に出てしまうと、他の貴族から恨みをかう恐れがあります。ですから、王家自ら決めた事だと印象づけた方が良いと思いまよ。」
と言われて、甘えさせてもらう事にした。というのも、この方法はかなり貴族から恨まれそうなのだ。
そもそも、国外旅行者が少ない理由は、容易にトールキャッスルの通過認定がおりない、と思われているからである。実際に認定される確率がどれくらいなのかは定かではない。それは認定されなかった者は、絶対にそれを表にださないからである。問題がある人物だとトールキャッスルから逆認定されたようなものだから。
しかし、そもそもの認定の基準がわからないのだから、それほど卑屈になる事でもないのでは? とも思えるのだが、そうは考えない人間が多いようだった。
とにかく、どれくらいの確率で認定がおりるのか未知数だったのだが、実際にやってみると、今までのところ、かなりの数の人が認可されなかった。過半数、いや、三分の二以上の人が不可だった。もっとも、母体数が全ての国民にした場合は、分子の数も変わるかも知れないが。
ある貴族の家などは、主共々誰一人認可されなかったらしい。そうなると、使用人を出す代わりに税を納めなくてはならなくなる。
世の中上手くはいかないもので、金を出したくない所に限って、金を出さねばならない事態に陥っているようだ。しかしその事を正直には言えないので、我が家では、お国の為には多少の税を払う事は吝かではありません、などと宣っていた。
正直、こうした貴族達の恨みをかうのは恐ろしい。しかし、先日王城で、とある侯爵の跡取りである男にこう耳打ちされた。
「貴殿のお陰で、ようやく老害を断つ事ができます。ありがとうございます。」
最初はどういう意味なのかわからなかったが、屋敷に戻って夕食をとっていた時、父と兄の会話で感謝された理由を知った。
昼間の侯爵家の主というのは、ベネフィット家の執事であるエドモントに、いつも面倒をかけていた先輩連中の一人だった。そして、数多くの会議で自分達の私利私欲の為に発言して、いつも場を荒らしていた厄介な人物。
ところが先日、トールキャッスルへ家族と屋敷の者を連れて認定パスをもらいに行った際、息子夫婦と息子付きの従者以外は認定されなかったらしい。
主である侯爵の威厳は地に墜ちてしまい、息子にやんわりと引退を勧められ、それに応じたらしい。意味のないプライドだけは高かったので、相当堪えたらしいのだ。
父のペルクスはこの話をした後、家族に向かってこう言った。
「孫娘が初等学院に入った事だし、そろそろ私もグリークに家督を譲ろうと思う。」
何故このタイミングでわざわざその発表するのか、と息子達は思った。その神経が理解出来ない。
まるで自分も認可パスをもらえなさそうだから、その前に引退すると言っているようではないか。よく平気でそんな事が言えたものだ。
それに、まだ四十代半ばで若い。しかも国王の側近として重要な地位に立っているのに引退とは、何を考えているのだろう。
夕食後に書斎にお茶を運んできたエキナセアにその話をすると、
「潔くて良いじゃないですか。奥様も最近では、あまり社交界にも出ておられませんしね。ただ、こんなに早く引退して何をなされるおつもりなんですかね? 領地の管理にでも専念されるのでしょうか? 」
と、淡々と言った。
「それにしても、グリーク様が公爵家を継いだら、更にお忙しくなって、益々お子様達との接触が減ってしまわれますよね。
しかし、次の当主になられるチャールズ様の教育はどうなされるのでしょう。本来なら、ご当主様ご自身がなさるべきですよね。
ああ、現当主様達がお暇になられるのなら、きっと代わりにお孫様達の面倒をみられますよね。まだ五十前でお若いですし、私なんかが心配する必要はございませんよね。失礼しました。オホホッ。」
わざと皮肉を言っているな。とリッカルドは苦笑いした。現当主である父と母も、子供の世話など一切してこなかった。産みっぱなし、作りっぱなしで、乳母と侍女と家庭教師に丸投げだったのだ。
それならば今後は、せめて形だけでも、孫の教育係としての責任を持たさせるべきだ、と言いたいのだろう。
子供達は嫌かも知れないが、大人になれば否応なしに魑魅魍魎渦巻く社交界に出なければならないのだから、その代表的人物との接触は、しておいて無駄にはならないだろう。何事も勉強だ。
「そうだね、私もでしゃばるのは甚だ不本意なのだが、ベネフィット公爵家の為だ。その旨、次期当主に進言してみよう。」
リッカルドはエキナセアにそう言って、珍しくニヤニヤと笑ったのだった。




