36 厳しい助言
リッカルドは、大学からベネフィット家の屋敷へエキナセア送り届けると、そこからまた王城へと戻った。
これからアディール王女とリュカ王子に、四国会議開催の経過報告をするためだ。夕方、この時間しかスケジュールが空かないとの事だった。
リッカルドは侍従によって、王城では一番こぢんまりとした応接室に通された。
すると、そこには既に王女と王子が待っていて、侍女達にお茶の用意をさせていた。
そして準備が整ったところで、王子は護衛の為の騎士だけ残して人払いをした。その騎士はかつてベネフィット家に仕えていた侍女と結婚した、顔馴染みの者で、若いがかなり優秀で信用のおける人物だった。
「遅くなり、申し訳ありません。」
リッカルドが頭を下げると、二人は時間通りですよ、と微笑んだ。
「夕方の遅い時間にすみません。四国会議開催が決まってから、謁見希望者が増えて、なかなか時間がとれなくなりまして。」
リュカ王子が苦笑いをしながら言った。
「下らない貿易の利益要求をしてくる方々と会うより、リッカルド様とお話した方がどれ程有益かしれませんのに、全く困ってしまうわ。」
アディール王女の明け透けな発言にリュカ王子も同意するようにため息をつきながら言った。
「正直な話、フィリア家のエドモントさんをお借りしたいくらいなんです。あの方がいらしたら、有無を言わさず、あの面倒な方々を追い払ってくださるでしょうに。父王も皇太子である兄上達も医療品関連の貿易はわからんと、私達に丸投げなんです。姉上はともかく、私だって医学の知識なんて持ち合せていないのに。そもそも、私はまだ大学にさえ入ってないというのにですよ。」
すると、アディール王女はいつになく少し冷ややかな目をして弟にこう言った。
「あら、それは仕方がないんじゃないかしら。四国会議には貴方も是非参加して欲しいと、ストリームライン共和国とエンチャント皇国から依頼があったのだもの。貴方、開催メンバーの一人なんでしょう? リュカ。」
アディールはリュカが自分を差し置いて、フィリアガーデン会議に参加した事を暗に皮肉った。
「だから、本当にたまたま偶然だったんですよ、あの会議に参加したのは。何度もそう説明しましたよね。」
リュカはうんざりしたように姉に向かって言った。リッカルドはいつもの冷静な顔のまま言った。
「アディール様、本当に偶然だったのですよ、リュカ様とお会いしたのは。でもその偶然のお陰で、エキナセアは無事だったのです。本当に有難い事です。リュカ様に助けて頂かなかったらと思うと、今でも震えがきます。」
「うっ・・・」
そう言われるとアディールもさすがに何も言えなくなった。
アディールがリュカを羨ましがる気持ちはリッカルドにもよくわかる。今まで多くの会議に出席してきたが、あのフィリアガーデン会議ほど有益だったものは他になかった。あれほど優秀なメンバーが集まる事はかなり稀だろう。貴重な体験だった。
「アディール様がいらしたら、と私達も思いましたよ。でも、あの時点ではそれは無理だったという事はご理解して頂けますよね。」
「わかってます。わかっているのですが、私だけのけ者にされた気持ちがどうしても拭えないというか、皆様にお会いしたかったというか。」
アディール王女は、自分でも子供じみているということはわかっているのだろう。語尾が段々小さくなっていった。
「ええ、お気持ちはよくわかりますよ。でも大丈夫。またあの方々とお会いできる機会は、近いうちに必ずあると思いますよ。」
リッカルドの言葉に、アディールは目を輝かせた。
「本当に?」
「ええ。」
リッカルドは優しく笑みを浮かべてアディール王女を見た。あのメンバーは本当に優秀で素晴らしい面々たった。彼らはこれからの四国の発展には欠かせないと、リッカルドは確信していた。多分、今度の大会を無事に開催できれば、医学以外の会議も催されるだろう。
「リュカ様、今更なのですが、今回のフィリアガーデン会議に参加して頂きまして、本当にありがとうございました。リュカ様のご助言がなかったら、四国による会議開催などという事、は夢のまた夢の話でした。他のメンバーからも感謝の言葉がたくさんあがっております。」
「リュカはそんなに評価されているの?」
アディール王女の言葉にリッカルドは大きく頷いた。
「冷静沈着なお振舞いに、こだわりを持たない考え方と判断力、その上素晴らしい行動力がおありになって、皆様感心されておりましたよ。」
その上、この美貌である。魅了されない者などいるはずがない。
「止めてください、リッカルド殿。どうしたんですか?そんなに美辞麗句を並べて、貴方らしくないですよ。」
リュカは胡散臭げにリッカルドを見たが、リッカルドは本当の事を言ったまでなので、顔色一つ変えなかった。
「それに、こんな言い方をすると上から目線と思われるかもしれませんが、リュカ様の評価が上がった事で、例の縁結び婚の話ももう話題にあがらなくなるのではないでしょうか。」
「「えっ?」」
姉弟が同時に声をあげた。
「つまり、国が私に価値があると認め、私を手放すのを止めるかもと?」
「ええ、そうです。誠に失礼ながら。」
リッカルドの言葉にアディール王女は不快感を表した。価値って何を言っているの? 能力の有り無しで人の存在価値を決めるなんて、そんな事許されないわ、と。
しかし、リュカ王子は年齢の割に大人だった。姉のような理想論などは非現実的で役にはたたない事をわかっていた。
「もしそうならば、まさしく棚からぼた餅、偶然の副産物ですね。」
そう言ってリュカは静かに笑った。
しかし、例え実際にそれが叶わなくても、自分は絶対に縁結び婚などするつもりはないが。エキナセアと両思いだとわかった今は尚更だ。
「偶然なんかじゃないわ。貴方が優秀だという事は、いずれわかる事だったのだから。そもそも貴方は主様に愛されている大切な子なんだから、お父様やこの国に役にたつかどうかなんて関係ないわ。」
アディール王女が憤慨しながら言うと、リッカルドも頷きながらもこう言った。
「ええ、私もそう思いますよ。ただし、この世の中には、自分に利益があるかどうかだけで、相手の価値を決める方々がいるという事も事実です。それが正しい、間違いかは別々として。
アディール様、そろそろ貴女にも、ご自分とは違う価値観のある人間がいるという事を、認識してもらわなければなりません。もしそうでなければ、今回のような会議に出席しても、他の方の迷惑になるだけですよ。」
リッカルドの厳しい言葉にアディール王女は息を飲み、怖々と彼の顔を見た。
「あなたはいつも普遍的な正論をおっしゃいますが、その基準は何ですか? 何をもとに正しい、間違いを決めているんですか?」
「・・・・」
「会議においては、まずは皆が自分の正論で話し合います。その中で自分とは違う意見を聞いて、反発したり、反対に自分の間違いに気づいたりします。
多数派の意見が必ずしも正しいとはかぎりません。少数派の異端と思われる意見が、後になって正しかったと気づく事もあります。この世に絶対に正しい、間違いという事はないのだと思います。
フィリアガーデン会議で一番有意義だったのは、参加した全員が今まで自分が持っていた思考に、普遍性などないのだと思い知った事です。自分の正義だけを貫こうとすれば、他国との友好は絶対に叶えられまん。」
リッカルドは理路整然と、こう話をした。アディールは言い返す事ができなかった。だからといって素直に受け入れる事も出来ず、青い顔をして小刻みに震えていた。
そして、やがて小さな声でこう呟いた。
「今までそんな事誰にも言われた事ないわ。」
すると、リッカルドは直ぐ様ピシッとこう言った。
「そんな事当然でしょう。王女様に意見を言える人がどれだけいるんですか? しかも稀世の天才と言われるあなたに。」
それは言えてる!とリュカも思ったが、流石に口に出せなかった。リッカルドさん、どうしたんだろう?まるでエドモントさんみたいだ、と心の中で呟いた。
「世の中の人達は何か勘違いしているんですよね。天才って、ある事柄において特化しているだけで、全てにおいて優秀って訳じゃないのに、何でも出来る頭の良い人間だと思いこんでる。
だから、みんな、天才と呼ばれる人には卑屈になって、何も言えなくなるんですよ。」
「私が天才だと言われて、思いあがっていると言いたいの?」
さすがのアディールも、涙をポロポロとこぼしながらこう尋ねた。
「いいえ、そうじゃありませんよ。貴女の周りの人間達が勘違いをして、貴女に助言しなかったのが悪いと言いたいんですよ。」
リッカルドは、今度は優しい目をしてアディール王女を見た。
「仕えている身分で、主の娘に向かって、忠告なんか誰もしたくありませんよ。自分の損になっても間違っても得にはなりませんからね。
ただ私は、ただの家臣ではなく、貴女の学友であり、幼馴染みですからね。だから嫌われるのを覚悟で言っているんですよ。
貴女が立派な皇族としての義務がはたせるように。貴女が望んでいる医療方面に更に貢献出来るように。」
最初は冷たく感じられたリッカルドの言葉が、実は例えようもないほど暖かいものに感じられた。
しかし、それがただの学友や幼馴染みとしての助言なのだとしたら、少し寂しいと感じたアディールだった。
アディール王女が化粧室へ行く為に席をたった後、リュカ王子はリッカルドに言った。
「リッカルド殿、ずいぶんとはっきりとおっしゃいましたね。急にどうなさったんですか? 姉の天然さはとっくに諦めているのかと思っていたのですが。この前の会議の影響ですか?」
「ええ、そうかもしれませんね。エキナセアは、アディール様にはずっと変わらないでいて欲しいと言っていますが、それはおかしいですよね、自分はあんなに変わったのに。
それに、ディルやリアム様には、より良くなるように助言してますよね。それなのに、アディール様の成長を望まないのは、傲慢だと思いますよ。アディール様がもっと成長されれば、より大きな力を発揮できるというのに。」
「エキナセアが一人でディルとリアム様を相手にしている事を考えたら、私が姉に助言するのを避けて逃げていてはいけませんね。それに、私にはリッカルド殿という援護者もいて下さる事だし。」
リュカ王子が苦笑いをすると、リッカルドも微笑みを返しながら頷いた。
「一緒に頑張っていきましょう。フィリアガーデン会議のあのメンバーに、成長したアディール様が加わったら、社会を何か大きく変えられそうな気がするんですよ。まだ漠然としている何かなんですが。
そうそう、それからあと二人、仲間に入ってくださりそうな優秀な方がいるんですよ。」
「それはどなたでしょうか?」
「リュカ様もその名前は前回お聞きになったと思いますが、ジョージ君の恋人のアメリアさんと、彼とエキナセアの先輩のアリステアさんです。」
「先輩というのは、今度の四国会議の代表のお一人ですよね?」
「ええ、そうです。とにかく優れた栄養学の専門家で、情熱的でバイタリティー溢れる女性です。アディール様同様に、エキナセアがより丈夫になるように、協力してくれるそうです。本当に有難い事です。
フィリアへ行ってから、エキナセアの周りには、彼女を助けてくださる方がどんどん増えているんですよ。」
「本当に有難い事です。」
「でも、リュカ様がずっとエキナセアを思っていてくださった事が、何よりも有難い事なんですよ。あの子にとっての特別な存在は、貴方しかいないのですから。過去も現在も、そして未来も。」
リッカルドが発するとは到底思えないような、あまったらしい言葉に戸惑いを覚えた。それでもリュカは嬉しくなって、まるで天使のような微笑みを浮かべたのだった。




