34 子供達の夢
ベネフィット家にアディール王女の迎えが来たのは、王女を預かってから三週間以上経った頃だった。
王城からの使者を、ベネフィット公爵は仕事で留守だったので、公爵夫人と長男夫妻、そして次男のリッカルドが玄関に出迎えた。
すると、なんと使者とは第三王子のリュカだった。
リッカルドを除く公爵家の三人は思わずぎょっとして、後ろを振り返った。しかし、後ろに付き従う使用人の中には、隠しておきたい人物は見当たらず、ほっと胸を撫で下ろした。
「本日は、、わざわざリュカ王子殿下がお迎えに来てくださるとは、誠に畏れ多い事と存じ上げます。」
グリークが恐縮しながらこう述べると、リュカ王子はこう言った。
「長い期間ご面倒をおかけして、本当に申し訳なかった、感謝する、と父王からの伝言です。弟の私からもベネフィット公爵家には、深く礼を述べたいと思います。」
「身に余るお言葉、ありがとうございます。」
リュカ王子と、公爵家へのお礼の品々を抱えた数人の侍従はグリーク夫妻に導かれ、冷房の効いた応接室へと案内された。すると、そこにはすでに姉のアディールがソファーに座って待っていた。
「まあ、リュカが迎えに来てくれたのね、嬉しいわ。」
「姉上、お久しぶりでございます。お会い出来なくて心配しておりましたが、お元気そうでなによりです。」
「貴方も変わりないようでなによりですわ。いえ、むしろ以前より元気そうだわ。何か良い事でもあったのかしら。」
アディール王女の問いに、まず侍女長のアリーチェがゴホン、と小さく咳払いをした。その後で、リュカがこう言った。
「ええ、公爵家の皆さんのおかげで、今回の件もなんとか収まりつつあり、本当にほっとしております。それに、最近親しい友人が数人出来まして、とても楽しいです。」
「まあ、新しいお友達? どなたなの?」
「グリーク殿、お子様達は今このお屋敷にいらっしゃいますか?」
リュカ王子は突然ベネフィット家の長男にこう尋ねた。グリークは驚いた顔をしながらもはい、と答えた。すると、リュカ王子は良かったというように、目映い笑顔を浮かべて言った。
「申し訳ないのですが、こちらに呼んで頂けないですか。お渡ししたい物あるので。」
「うちの子供達にですか?」
「はい、先日サマースクールで久しぶりに会って、色々と話をしたんですよ。二人ともとても良いお子達で、これからもっと仲良くなりたいと思っているのですよ。」
「まあ。」
公爵家の面々は、またリッカルド以外、一様に驚いた顔をした。王子に会ったなどとは聞いていなかったからである。
もっとも、子供達とほとんど接していないのだから、知らなくても当然だろう。
まもなくして、応接室にキアラとチャールズが入って来た。
チャールズはリュカ王子を見つけると、大喜びして駆け寄ろうとしたが、それをキアラにすぐさま注意された。
二人は王子の側までゆっくりと歩み寄ると、丁寧に挨拶をした。
「「王子殿下、またお会い出来て嬉しいです。」」
二人が口を揃えてそう言うと、リュカ王子もにっこりと微笑みながら、二人の頭を優しく撫でた。
「私も嬉しいよ。今日は二人にプレゼントを持ってきたんですよ。」
リュカ王子は侍従の者からまず、金紗の生地に包まれた棒状の物を受け取り、それをチャールズに手渡した。
「開けてごらん。」
リュカ王子に促されてチャールズが布を開くと、その中には美しい小刀が入っていた。
「うわー、刀だ。格好いい。ありがとうございます。嬉しいです。」
チャールズは瞳をキラキラさせ、興奮しながら礼を言った。
「君はまだ幼いから、それは模造刀だよ。でも、それを見て強くなるって誓いをたててごらん。そして本当に心も体が強くなったら、また私が本物の刀か剣をプレゼントするよ。君なら必ず大切な人を守れる人間になれるよ。」
チャールズは大きく頷いた。
次に、別の侍従が、今度は紐で縛った木の箱をテーブルの上に置いた。
人の頭位の大きさで少し重量があるようだった。壺か何かの置物だろうと大人達はそう思った。
「こちらはキアラ嬢に。開けてごらん。多分君が欲しがっているものだと思うよ。先生からそうお聞きしたから。」
リュカ王子がそう言うと、キアラはパッと目を輝かせた。そして震える手で紐をほどき、木の箱の蓋を開け、その中から黒い金属で出来た器具を慎重に慎重に取り出した。
「わぁー、凄い、凄い。ずっと欲しかったんです。ありがとうございます、王子殿下。私、これで一生懸命勉強します。」
いつもお澄まし顔のキアラが頬を真っ赤に染めて、リュカ王子を見つめた。
「喜んでもらえて嬉しいよ。君には色々教えてもらったから、そのお礼だよ。これからもよろしくね。」
グリーク夫妻はその光景を不思議そうに見ていたが、夫人の方がこう尋ねた。
「リュカ王子殿下、子供達に素晴らしい贈り物を頂きまして、誠にありがとうございます。あの、失礼なのですが、こちらはいったいどういった物なんでしょうか。」
「義姉上、それは顕微鏡ですよ。しかも、ストリームライン製の高性能品ですね。リュカ様、本当に申し訳ありません、こんな高価な品を。」
「これは大人になっても十分使えるそうですよ。我が国の、将来有望な女医さんに対する投資と思えば安い物ですよ。」
「ごきげんよう。私はアディールです。三週間程こちらでお世話になっておりましたが、お二人に会うのは五年ぶりですわね。キアラさん、貴女は将来お医者さんになりたいの?」
アディール王女が嬉しそうに尋ねると、キアラは大きく頷いた。
「はい、私は大きくなったら、リッカルド叔父様のような立派なお医者様になりたいと思っています。そして、たくさんの人の役に立ちたいです。」
「僕は、リュカ王子殿下のような強くて優しい騎士になって、たくさんの人の役に立ちたいです。」
姉に続けてチャールズもこう言った。
「まあ、お二人ともなんてご立派なんでしょう。公爵家もこんなに素晴らしいお子様達がいらっしゃって、将来が本当に楽しみですね。」
アディール王女は公爵夫人とグリーク夫妻に向かって、ニコニコしながら子供達を褒めた。そして再び今年達に言った。
「キアラさん、私も医師なんですよ。大人になったら、是非とも私の事も手助けして下さいね。」
「はい、王女様。」
「チャールズさん、私の事も守って下さるかしら?」
「もちろんです、王女殿下。一生懸命訓練して強くなります。」
子供達の答えに、彼らの両親はひきつった笑いを浮かべた。
それは子供達の夢をそもそも全く知らなかったせいもあるが、それが自分達の望む方向ではなかったという事実に戸惑い、困惑したのだ。
ベネフィット公爵家の跡取りであるチャールズには、自分のような文官になってほしい。だから、武道より勉学に励んでもらいたい。
キアラは母親に似て器量が良かったので、社交界で活躍してほしい。だから、彼女が熱心に本を読んだり勉強をする事をあまり快くは思っていなかった。
娘がアディール王女や妹のエキナセアのようにはなって欲しくはなかったのだ。
それなのに、王女と王子にこう後押しされては、それを無下には出来ないではないか。
ああ、サマースクールの先生方はなんという事をしてくれたのだ。余計な情報を殿下に流すだなんて。
グリーク夫妻は頭を抱えたくなった。
・・・・・・・・・・
「兄達の呆気に取られたあの顔、久し振りにスカッとしました。」
王城へ向かう馬車の中で、リッカルドが可笑しそうに笑った。
彼のこんなに楽しそうな様子を見るのは、久し振りだとアディール王女は思った。
「何故あんなに驚かれていたのでしょう?」
アディール王女が不思議そうにこう言ったので、ああ、やっぱりアディールは何もわからず、無意識に我々をフォローしていたのだな、とリュカ王子とリッカルドは納得した。
グリーク夫妻はエキナセアに子供達の世話を丸投げしているのに、エキナセアが家庭教師をしている事は快く思っていなかった。
チャールズはともかく、キアラにはそこそこ教養が身につく程度で良いと考えていたからだ。なまじ女の子が勉強をして大学まで進学したら、アディール王女のように縁談が来なくなるかもと心配なのだ。
しかし、キアラは本が好きで、勉強が大好きだった。ダンスやお洒落やお喋りも決して嫌いではない。ただ、それらよりも勉強が好きなのだ。
着飾って社交する母より、学問を学んで人の為に奉仕しているエキナセア叔母のようになりたいのだ。そんな自分の気持ちなど、両親は考えてもいない。このまま無言の圧力で望まないレールに乗せられるのは怖い、とキアラは悩んでいたのだ。
それでも、迷惑をかけてしまうのが嫌で、エキナセアには相談をしなかった。
しかし、赤ん坊の頃から彼女を見ているエキナセアにはお見通しだった。それで彼女がリッカルドを通し、リュカ王子に相談をして、今日に至ったのだ。
リュカ王子が言っていた先生というのは、サマースクールの先生ではなく、もちろん二人の家庭教師であるエキナセアの事だった。
「兄達は子育てを全くしていないのですよ。自分達が存在を消したはずの妹に平気で丸投げしているです。だから、子供達が何が好きなのか、何になりたいのか、全く知らなかったので驚いたんですね。」
「まあ。それでは今日は良い事をしましたね、リュカは。親御さんにお子様の気持ちを教えて差し上げられたのですから。」
「ええ、そうですね。姉上のアシストもグッドジョブでした。」
リュカ王子がリッカルドとともに笑いをこらえていたので、アディール王女はきょとんとして二人を見つめたのだった。
・・・・・・・・・・
午後の勉強の時間になり、エキナセアが学習室に入って来ると、キアラが勢いよく飛びついてきた。
「先生、ありがとう。私、この顕微鏡一生大切にします。」
「素敵な贈り物をして頂いたそうで、良かったですね。リュカ王子殿下に感謝して、大切に使って下さいね。」
エキナセアは優しくキアラの頭を撫でながら、こう言った。
「はい。王子様にも先生にも感謝しています。」
「あら、私は何もしていませんよ。キアラがお勉強や研究が大好きで、顕微鏡を欲しがっていると、リッカルド様にお話しただけですから。」
キアラはエキナセアに頭を擦りつけながら首を振った。キアラが自由に思い切り勉強が出来るように、叔母が叔父を通して王子様に話をしてくれたのは、一目瞭然だから。
ただ顕微鏡を自分に与えようとするならば、リッカルド叔父に頼んでくれれば済む事だ。
しかし、それでは両親はいい顔をしない。その上余計な事をするなと、弟であるリッカルドに顕微鏡を突っ返してしまうかもしれない。
そこで、返却出来ないようにと、リュカ王子に頼んでくれたのだろう。
「二人とも、好きな事があるのはとても素敵な事ですよ。あなた達が夢を持って進めるように、私も出来るだけの事はしたいと思っています。ただ、ご両親の思いも無視せず、勉強や社交も、無理のない程度で励んで下さいね。」
エキナセアは少し、いたずらっ子のように笑った。




