32 天才の相手
医薬品の搬送問題が解決したので、ようやく本格的に、医薬品の貿易の中身へと話し合いが移った。
隣国ストリームライン共和国の協力を得て、まず貴族達に常備薬を売り込もうという事が決まった。
本当に薬を必要としている、庶民をまずは対象にしたいところだが、彼らは世間体を気にしてそう簡単には手を出さないだろう。
それならばとりあえず、貴族達のお墨付きを貰ってからの方が普及しやすいのではないか、という事で話がまとまったのだ。
まずストリームラインの国家議長に、ご母堂様を助けたのがユニフォーミティ王国のアディール王女だった事を告げる。
あちらが何か礼をしたいと言ってきたら、常備薬の効能をエンチャント皇国のお偉いさん達に広めていただき、薬の貿易を解禁してもらう。
もちろん、ストリームラインも医薬部外品を輸出しているので、それがかぶらないように選定し、きちんと棲み分ける。
薬の必要性を判ってもらえれば需要が増え、ストリームラインにとっても旨味のある話だろう。
そして、我が国への詫びとして、エンチャント皇国の医療魔術師にもユニフォーミティーに派遣してもらい、薬や手術では治せない患者を治療を依頼する。
これを進められれば、両国にとってウィンウィンの関係になれるに違いない。これはエキナセアの提案だった。
「アディール王女殿下に、何故ご結婚のお話をお受けしたのかをお尋ねしたのです。その時アディール殿下は、両国の医療技術を合わせれば、もっと多くの人を助けられるかもしれないと思った、とおっしゃったんです。
私はなんて崇高なお考えなんだろうと感心いたしました。ですから、是非とも王女殿下の思いも取り入れて頂きたいのです。」
「アディール王女殿下は本当に素晴らしい方なのですね。今回のお話はとても残念です。」
レアムが神妙に言った。しかし、
「ええ、王女殿下は本当に純粋で、優しい女性です。
でも、今回のお話はまとまらなくて良かったと思います。お二人にとっても、両国にとっても。」
リッカルドがこう言ったので、リアムは驚いて彼の顔をじっと見た。
「ああ、貴方の思い人だったんですね。」
リアムが納得したように頷いたので、リッカルドが違うと言おうとすると、その前にエキナセアがこう否定した。
「リアム様、兄と王女殿下がどうこうという問題ではないんです。」
「えっ?」
「アディール王女殿下は、ディルの女性版と呼ばれていらっしゃるんですよ。
リアム様とディルの組み合わせを考えてみて下さい。不安しかありませんでしょ。」
「エキナセア!」
「「「お嬢様!」」」
リッカルドとフィルム組の面々が悲鳴に似た声で叫んだ。エキナセアはその声にびっくりしてのけ反り、リュカ王子に支えられた。
「どうしたのですか、皆さん。」
「どうしたもこうしたもない。お前、不敬罪で捕まるぞ。」
「え? 誰に対する不敬なんですか? リアム様? アディール様?
まさかディルじゃありませんよね?」
エキナセアの問いに、今度は他の者達が考え込んだ。そう言われると誰に失礼なのだろう。
みんなが悩んでいると、背中から声がした。
「いくらエキナセアでも、ちょっと酷いと思うよ。姉とディル殿が似ているなんて。」
リュカ王子だった。
「ごめんなさい、リュカ様。
でも、酷いってどうしてですか、ディルに似ているというのが酷いことなのですか。それならリュカ様こそディルに失礼じゃないですか。」
エキナセアが怒った顔で王子を見上げた。
エキナセアが自分に対して怒る顔を見せたのは初めてで、リュカ王子は動揺した。
確かにディルはエキナセアの弟だ。普通自分の弟を悪く言われたら腹もたてるだろう。しかし、あのディルだぞ。いつもエキナセアを苛めていた、あの変わり者。
戸惑った様子のリュカ王子の思いを察したリッカルドが、助け船を出した。
「エキナセア、リュカ殿下は昔のディルしか知らないんだよ。」
「「えっ?」」
エキナセアはああ、そうかと納得して笑った。
「ごめんなさい、リュカ様。そうですよね、子供の頃のディルしか知らなかったら、似ているなんて言われるのは嫌ですよね。
でもディルは昔とは違うんですよ。今は姉思いの優しい子なんです。
頭はいいし、独特の発想力もあって。ただ夢中になると周りが見えなくなる所があって、そこがアディール様に似ていると言ったのです。
だから、そういう天才タイプの方のパートナーは、冷静に周りが見えるクールな方の方がいいのではないかな、と思っただけです。
リアム様は一見クールそうに見えて、その実ホット、というより情熱的な方ですから。」
エキナセアの説明に、リュカ及びリアムがそういうことかと納得した。
「今すぐというわけにはいかないでしょうが、一度アディール王女殿下にはお会いしてお詫びをした後で、医療問題についてお話をさせて頂きたいものですね。もちろん、リッカルド殿も交えて。」
リアムがこう言うと、リッカルドも頷いた。
「ええ、本当に。ただそれは今回の件が無事済んだ後がいいと思いますが。今、アディール王女殿下に知られたら、まとまる話もまとまらなくなる気がしますので。」
「そうですね。今回のようなお話し合いをアディール王女殿下がお知りになっていたら、大喜びなさって、それこそ突拍子のないアイディアを色々出しまくって、収拾がつかなくなりそうですものね。」
「そうだな。お前一人で十分だ。」
「どういう意味でしょうか、リッカルドお兄様。
女性はうるさいから私一人で十分だということですか? 女性蔑視ですわ。」
「違う! そういう意味じゃない!」
兄妹喧嘩が始まろうとした時に、エドモントがニッコリ笑ってエキナセアに向かって言った。
「お嬢様、リッカルド様がおっしゃりたいのは、エキナセア様がいれば一騎当千だということですよ。ねぇ。」
うんうんと頷く兄を見て、エキナセアは絶句した。
何を言ってるの? 自分を馬鹿にしてるのかしら。
エキナセアは珍しくムッとして、そっぽを向いたので、リッカルドはおろおろした。
そんな二人のやりとりをリュカ王子が驚いたように見ていると、ノアが話しかけてきた。
「あんなエキナセア様を初めてご覧になるのではないですか? ショックですか?」
「確かに初めて見ますね、あんなに喜怒哀楽を表すエキナセアを。
でも、安心したというか、嬉しいです。フィリアへ行って、あなた方とふれ合って、人間らしい感情を取り戻したのですね。というより、やっと持てたという方がが正解でしょうか。」
リュカの言葉に、ノアは表情には出さなかったが、心の中でほっとした。エキナセアはこの五年の間で大分変わっていたから。
もちろん、自分達は良い方に変わったと思っているが、リュカ王子が好きだったエキナセアは、五年前の彼女だったからだ。
「お嬢様がベッドがら起き上がれるようになって、初めてお庭に出られる時、カミーユ奥様が、ストームラインのご実家に依頼してお作りになった、お日さまよけの帽子を、お嬢様にプレゼントされたんです。
お嬢様にとって帽子というのは、ご自分のコンプレックスを隠す為のものだったんだそうです。
でも、奥様がくださった帽子は自分らしく、自由に生きていい、と許された証だったそうです。お嬢様は、その時、初めて涙を流されたとおっしゃってました。」
「そうですか。彼女の抱えていたコンプレックスとはなんなのでしょうか。
あっ、彼女が自ら話してくれるのを待つ約束をしているのだから、聞いてはいけませんね。」
リュカ王子が微笑んだ。




