借金は、お金よりも「助けを求めること」を教えてくれた。
# 借金は、お金よりも「助けを求めること」を教えてくれた。
二十代前半。
私は、お金に振り回される人生を送っていた。
成人を迎える頃、宗教や母との生活から離れたくて家を出た。
まともな収入もないまま、日払いのアルバイトを繰り返し、その日暮らしの生活を続けていた。
毎日コンビニでご飯を買い、お金を使うことに何の抵抗もなかった。
節約という考えもなければ、将来のために貯金をするという発想もなかった。
今振り返れば、私のお金に対する考え方は、育ってきた環境の影響もあったと思う。
でも、それだけではない。
最終的に借金を増やしたのは、紛れもなく私自身の選択だった。
消費者金融。
奨学金。
車のローン。
クレジットカードのリボ払い。
気づけば、借金は六百万円近くまで膨らんでいた。
毎月、給料日が近づくと気持ちが沈んだ。
働いているのに、お金はすべて返済で消えていく。
「こんな生活が、一生続くのか。」
本気でそう思っていた。
それでも不思議なことに、その月も何とか払えてしまう。
だから、「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせ続けた。
誰にも相談できなかった。
相談したら終わりだと思っていた。
二十五歳。
「言いたくない。」
「バレたくない。」
「自分でどうにかできるはず。」
そんな意地だけで、ここまで来てしまった。
恥ずかしながら、一番最初に相談した相手はChatGPTだった。
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分でも何から手を付ければいいか分からなかった。
相談できる機関。
債務整理という方法。
自己破産と個人再生の違い。
頭の中を整理する手伝いをしてもらった。
でも、最後は分かっていた。
親には話さなければいけない。
何度も謝った。
「本当に親不孝でごめん。」
そう伝えながら、一緒に法律事務所へ向かった。
結果として選んだのは、個人再生だった。
借金をなくす方法もあった。
でも私は、「返さなくて済んだ」という経験だけが残ることが怖かった。
何も学ばないままなら、きっとまた同じことを繰り返してしまう。
そう思った。
この経験で、ようやく私はお金との向き合い方を学び始めた。
封筒に生活費を分けること。
目に見えるお金だけで生活すること。
後払いが自分には向いていないこと。
だから、後払いの電子決済はすべてやめた。
私には「便利」よりも、「見える安心」の方が合っていた。
今も返済は続いている。
決して胸を張れる状況ではない。
それでも、一つだけ昔と違うことがある。
終わりが見える。
あの頃は、「一生終わらない」と思っていた。
今は、「ちゃんと終わる」と思える。
それだけで、人は前を向ける。
できることなら、この過去は経験したくなかった。
なくてもよかった経験だと思う。
でも、通ってしまったからこそ決めたことがある。
もし将来子どもができたら、お金についてきちんと教えたい。
お金を稼ぐことの大変さ。
後払いの怖さ。
そして、お金は無限に湧いてくるものではないということ。
私はまだ、更生したとは思っていない。
まだ途中だ。
以前より少しだけ前に進めただけ。
でも、それで十分だと思っている。
いつか、自分の人生に胸を張って笑える日が来るように。
今日も私は、その途中を歩いている。




