優しい人、大人の人
# 「大人」という人に、私はまだ出会い続けている。
私はまだ、自分を一人前の看護師だとは胸を張って言えない。
それでも、この数年間で本当にたくさんの患者さんと出会ってきた。
正直、気持ちよく関われる人ばかりではない。
暴言を吐かれることもある。
セクハラなんて可愛いと思えるくらい、理不尽なことも経験した。
怒鳴られることもあれば、暴力を受けそうになることもある。
だから私はよく言う。
「看護学生になる前のほうが、私は優しかった。」
看護師になる前は、「どんな患者さんにも優しく寄り添える看護師になりたい」と思っていた。
でも現実は違った。
毎日忙しく、理不尽な出来事も多い。
気づけば、「どうしたら自分を守りながら必要な看護を提供できるか」を考えるようになっていた。
若い看護師同士で集まれば、話題になるのは困った患者さんのこと。
「あの人にはこう対応したほうがいい。」
「今日は本当に疲れた。」
そんな話で盛り上がることも珍しくない。もちろん、それが悪いことだとは思わない。
そうやって気持ちを整理しなければ、続けられない仕事でもある。
でも、ある先輩を見て考えが変わった。
その先輩は、どんな患者さんに対しても感情で接しない。
患者さん一人ひとりの背景や性格を考え、何がその人にとって最善なのかを見極めながら声をかける。
怒るでもなく、媚びるでもなく、ただ冷静に寄り添う。
その姿を見たとき、私は思った。
「ああ、この人は大人なんだ。」
年齢のことではない。
感情を押し殺しているわけでもない。
自分の感情よりも、相手に必要なことを優先できる人。
それが私の思う「大人」だった。
また別の先輩もいる。
その人はいつも論理的だ。
私が疑問に思ったことを質問すると、必ず根拠をもって説明してくれる。
話を聞き終わる頃には、「なるほど」と自然に納得している自分がいる。
こういう人を見るたびに思う。
大人とは、年齢を重ねた人ではない。
私情だけで判断せず、経験や知識を積み重ね、それを結果につなげられる人なのだと。
もちろん、年齢が近い人でもそういう人ばかりではない。
逆に、年上だからといって尊敬できるとは限らない。
だから私は、「大人」という言葉を年齢では測らなくなった。
二十六歳。
私はあと何年、現場で経験を積めば、あんなふうになれるのだろう。
分からない。
でも、一つだけ分かっていることがある。
私はまだ、大人になりきれていない。
だから今日も、尊敬できる先輩たちの背中を見ながら学んでいる。
それもまた、看護師という仕事の面白さなのかもしれない。




