第十八話 闇に潜む牙
――フィオル達がダイアボへ発つ、その少し前
「レリッタ帰還後、アイベルに稽古を付けてもらっているらしいじゃないか。」
ノワルヴェールは弓撃隊の家屋で、アウディアに声を掛けた。
「は、はい!」
「どんな修行なんだ?」
「毎日心を穏やかにする時間を設けなさいと言われました。私、気分が高揚すると落ち着かなくなってしまうので…。」
アウディアは頭の後ろに手を当て小さく笑う。
「ハハハッ。それは知っているよ。…それだけか?」
アウディアは一度視線を伏せ、ノワルヴェールを真っ直ぐ見つめた。
「…いえ…呼吸と集中。…そして私の所作を真似なさいと。」
「ほう…それで上手く的を射る事が出来るのか?」
「ノワルヴェール隊長!それが——」
――現在 オラディ村
ノワルヴェールはディルケを療養施設に預け、中央通りを会議所方面に向けて走っていた。
そして、その視線の先に映ったもの。
「…スターキイ隊長…。」
ノワルヴェールは息を呑んだ。
「アイベルの…弓だ……。」
そして立ち止まる。
その光景はノワルヴェールを圧倒させた。
アウディアは大きく息を吸い、ゆっくりと弓を番えた。
そして片目を瞑り、目一杯弦を引き絞る。
(場所は定かじゃない…。怖い——でも、私を…私を狙いなさい……!!)
アウディアは心の中で叫ぶ。
そして、稽古の時に掛けられた言葉を思い出す。
『所作も似てきた。数十回で的に当たるようになったわね…。必ずこれをずっと続けて…。そうすれば、貴方の憧れだったスターキイ隊長のようになれるわ…。』
「毎日続けた…。」
アウディアは自分に言い聞かせるように、小さく頷く。
(手が裂けても、指が切れても……!!)
ゆっくりと瞳を閉じ、細く…長く息を吐く。
ヒュン
遠くから響く、風を切る音。
その矢はアウディアの眉間に向かって放たれた。
その音を拾ったのは、アウディアだけだった。
ピクッと反応した身体、閉じていた瞳を開け、眉間に皺を寄せる。
矢尻が月光に反射した。
(来た…!)
一直線に迫る死。
(速い……!)
だが――
(見えた!)
アウディアは大きく目を見開き、眉間に当たる寸前で横に転がりながら矢を放った——。
——北の山
「何だ…?」
弓兵は眉を顰めた。
「見えているのか!?」
弓兵の声が震える。
——中央通り
「アジルさーん!ここは任せて!!」
アウディアは辺りを見回す。
(……いない!?)
アジルは既に中央通りを駆け抜けていた。
「凄い集中力だった…。アウディアさん…!」
(アウディアさん…貴方の才を信じました!!)
ぼんやりと浮かぶ、白い光。
アジルは鋭く目を細めた。
そしてその光を追い、山へと踏み入れた。
——北の山
アジルは生い茂る木々を縫うように、山を駆け上がる。
「ぐわぁっ!くそぅ!弓がっ!」
アウディアの放った矢は弓兵の弓を破壊していた。
アジルは前方から聞こえた声に顔を上げた。
(そこね……!光も見えた!)
身を潜めていた弓兵が、茂みから飛び出した。
「終わりよ…!!」
アジルは一直線に突進する。
弓兵はアジルの出現にナイフを取り出した。
「来るなぁ!」
弓兵はナイフを前に突き出したが、アジルは細剣を横に振りそれを弾いた。
弓兵が目を瞑った瞬間――。
「くそぅ!何処だ!?」
目の前にいたアジルが消える。
アジルは重心を落とし回転しながら弓兵の足を払った。
「ぐっ…!」
弓兵は背中から地面に倒れ込み、アジルは細剣を返し、弓兵の鳩尾へ柄で突いた。
ドクンッ
鳩尾から背中へ衝撃が突き抜ける。
呼吸ができなくなった弓兵は地面を転げ暴れた。
そしてアジルは弓兵の頚椎に手刀を打ち込んだ。
暴れていた弓兵はそのまま気を失う。
(あと一人……!!)
アジルは顔を上げた。
視線の先に、もう一つの光が揺れている。
(近い…!でも、離れていってる!)
「逃がさないわよ…!」
アジルは再び駆け出した。
——中央通り
デュールの元にノワルヴェールが駆け付ける。
「ノワルヴェールか。ディルケは無事か?」
「ああ。外にいた村人は家屋に入ったか。」
「他の隊員も駆け付けてくれた。全員家屋へ避難は完了した。」
「そうか。」
現状を共有したが突然デュールの表情が引き攣る。
「どうした?」
「中央通りにいた…もう一人の都市兵…。」
呟くように零れた言葉。
(ディルケに矢が刺さった瞬間に姿を眩ませた…。)
その瞬間を二人は思い出す。
ノワルヴェールの表情も徐々に強ばり、血の気が引くような感覚に陥る。
「何処かの家屋に潜んでる!!」
中央通りに響くデュールの叫び。
その言葉に、中央通りにいた隊員達はゾッとした。
アウディアは思い返す。
(助けた子供がいた家屋…。)
「デュール隊長!!」
アウディアは叫ぶ。
(あの家屋に…フードを被る人物がいた…!!)
その時――
中央通りに並ぶ家屋の窓の奥で、僅かに何かが動いた。
デュールはアウディアの叫びを聞き、反射的に家屋に振り返った。
(隊長達の後ろの家屋だ!今…何かが!…ダメ!間に合わない!!)
「…あ…あ……。」
声にならない音が喉の奥に詰まる。
だが、何とか指を差す。
反応したノワルヴェールは弓を番えながら振り返る。
視界の端に大きく口を開けるデュールがゆっくりと入る。
家屋の窓の奥に見える、ナイフを頭上に振り上げた都市兵。
その刃の先には、怯えた村人がいた。
その村人は——アウディアが先ほど助けた子供の母親だった。
(そこか……!!)
ヒュン
ノワルヴェールの放った矢が窓に向け放たれた。
パリンッ!!
窓が砕け散ると同時に、デュールはその家屋の扉へ向かう。
「きゃああ…!」
家屋の中から女性の悲鳴が中央通りに響き渡る。
デュールは家屋の扉を蹴破り、中へと入った。
静まり返る中央通り。
隊員達の誰もが息を呑んだ。
——家屋
「大丈夫ですか!?」
デュールの顔を見た村人達はどよめくが、直ぐに安堵の表情に変わる。
「ぐわぁぁ…。」
家屋の中心に一人、腕を押さえ顔を歪める人物。
村人達は避けるように家屋の端に寄る。
デュールは家屋の中を見回す。
(血の臭いはしない…。怪我人はいないか。)
ノワルヴェールの放った矢は家屋の壁に刺さり、ナイフは天井に刺さっていた。
(他に怪しいやつは…いない。)
デュールは確認すると都市兵の首根っこを掴み上げ、外へと出た。
——中央通り
都市兵を連れ、中央通りを歩くデュール。
「流石だなノワルヴェール。」
「お前もよく反応してくれた。」
二人は拳を突き合わせる。
「アウディアに救われたよ…。」
ノワルヴェールはアウディアに視線を移す。
「ノワルヴェール隊長…!!」
アウディアは駆け寄る。
瞳には涙が浮かんでいた。
安堵と、悔しさが入り混じった涙だった。
「何故泣いているんだ…。」
ノワルヴェールは首を傾げ、弱く息を吐いた。
「私のミスです!!子供を助け、あの家屋に入った時に…一瞬フードを被る人物がいたんです。気のせいだと思って……」
「いや、お前がその後山の兵を見つけ出してくれた。一人で何でも出来る訳じゃない…。家屋の兵もその違和感があったから見つけ出せたんだ。よくやってくれた。」
ノワルヴェールはアウディアの肩に手を置く。
その表情は穏やかな笑顔だった。
その笑顔に救われた。
アウディアは何度も小さく頷いていた。
「さて…残るは山の兵一人だ。だが、オラディ村に都市兵が潜伏している可能性がゼロではない。隊員を集めてオラディ村を厳重警備だ。」
ノワルヴェールは中央通りに集まる隊員に告げる。
「「はい!」」
「隊長…。それが…アジルさんの音が聞こえなくなりました。だいぶ離れてしまってます。」
「すぐに追おうにも場所が分からないか…。」
(ん?)
突然アウディアは空を見上げる。
(鳥…?)
そこには一羽の鳥が中央通りの上空を旋回していた。
——時は少し遡り、山の中
(大分離れてしまった…。これで…。)
アジルは細剣に装飾されている宝石を回した。
程なくすると、一羽の鳥がアジルの元へと飛んでくる。
それはアジルの伝書鳥だった。
「お願い!!」
アジルは声を掛けると伝書鳥はオラディ村へと飛んで行った。
——中央通り
(アジルさんが…?)
アウディアは大きく頷いた。
「私が行きます!」
「お、おい!待て!」
アウディアはノワルヴェールの制止を聞かず、山へ向かい駆け出した。
「……デュール。」
「ああ。分かってるよ。」
デュールは小さく頷き、都市兵を縄で結び身動きが取れないようにした。
そして、アウディアを追い掛けた。
「その男を会議所へ連れて行ってくれ。他の隊員は厳重警備に当たれ!一つひとつの家屋を隈なくだ!」
「「はい!」」
指示を受けると隊員は散開した。
ノワルヴェールは空を見上げる。
旋回していた鳥が山の方角へ飛んで行く。
その先には、闇に沈む山があった。
「頼んだぞ。」
山を見つめ小さく呟く。
それからノワルヴェールは会議所へと向かった。
——山の中 アジル
(この都市兵蛇行しながら走ってる…!光を追うのが大変だ…!)
都市兵との距離は少し縮まったものの、縫うように走る都市兵に翻弄される。
未だ姿を見ることはなかった。
(…村の人達は私の伝書鳥に気付いたかな?…あれ?)
突然、先に見える光の速度が遅くなり、アジルは眉を顰める。
(歩いている…何だろう…まさか罠?様子を見よう。)
首を傾げ、更に距離を縮めるとアジルは一定の距離を保つ。
歩行に変わり、剣を握り直す。
足音を立てず、光から目を離さなかった。
先を行く光はやがて止まった。
それに合わせてアジルも止まる。
息を殺し、身構える。
後方、遠くから駆ける音が小さく聞こえ始めた。
——デュール アウディア
(鳥が留まった…!あの真下に!)
アウディアは伝書鳥を必死に追い掛け、森を駆けていた。
木々の隙間から見えた伝書鳥を見つめた。
「アウディア!待て。」
「うわぁ!」
アウディアに追い付き、デュールは声を掛けた。
「しっ…!声を出すな。」
「すみません。…デュール隊長でしたか。」
「焦るんじゃない…。」
小声に変えデュールは言った。
「はい…。デュール隊長、鳥があそこで留まってます。」
「ああ、見ていた。アジルは近い。合流しよう。小走りで音を立てずに行くぞ。」
「分かりました…!」
そして二人は小走りで前進した。
——アジル
都市兵はアジルの10mほど先で止まっていた。
だが、その姿は見えない。
アジルは身を屈め、飛び出す機会を狙っていた。
ギリギリ……
前方の闇から弦を引く音がした。
アジルは身構える。
(バレてる…?)
ヒュン
矢は空へと向かい放たれた。
木々の葉が頭上からヒラヒラと落ちてくる。
(私の伝書鳥に気付かれた…!)
アジルは剣の宝石をカチッと押した。
伝書鳥は剣の細工の音を聞き、急降下した。
(矢はまだ上を向いてる!なら――ここで終わらせる!)
アジルは重心を下げ、脚に力を溜めた。
ピュー
都市兵の放った矢が木々を抜けると、笛の音を鳴らした。
「……!?」
アジルは飛び出すのを中断し、空を見上げる。
「まさか……!!」
アジルは全身が汗ばむのを感じ、剣を握る力が緩んだ。
——デュール アウディア
「デュール隊長…!」
「ああ。聴力が優れてなくても聞こえた…!あれはおそらく合図だ…!」
その言葉にアウディアの表情が固まった。
——アジル
空から視線を前方の闇に落とす。
ザッザッザッ
足音が聞こえ始める。
(やっぱり…。私の伝書鳥に気付いたんじゃなかったのね…。)
アジルは剣を強く握る。
アジルの前方には、闇があった。
しかし――
一つ、また一つ。
金属が擦れる音が響く。
闇の奥から現れたのは――
剣を携えた五人の都市兵だった。




