第十六話 静かなる兆し
――数日前
(いつ振りだろうか…ここに来たのは……。)
森に囲まれた開けた土地に、アイザムは訪れた。
森の中は自然の香りがしたが、土地に足を踏み入れるとそれは無くなった。
鳥の声も、虫の音も無い。
ここはまるで時間が止まった土地だった。
『ここにはかつて、小人族の村があった。アイザム…お主の故郷じゃ――』
アイザムは歩きながらブルクの言葉を思い出した。
辺りを見回すと、かつて石造りの家が建っていたのだろう。
苔が蔓延り、装飾模様が僅かに見える瓦礫が幾つか埋まっていた。
土地の外れには大きな樹が一本生え、根元には花が供えられていた。
「じいさんが…供えたのか……。」
(あの瞬間の夢を見たと思ったら…無意識にここへ来てしまった…。)
「思い出したくもない…あの夜のこと…。」
ブルクが母親の首を落とした瞬間の記憶が、フラッシュバックする。
グッと目を瞑り、拳を握った。
(じいさんを超える事はまだ……。だが、奴の首はこの手で落とす…。)
傾いた陽の光に照らされ、アイザムの影が大きく地面に映していた――。
――現在 コール大陸
アンジュス暗殺後、月明かりも通さない深い森の中を歩くアイザムは、ある場所へと向かっていた。
(俺はじいさん……いや、ブルクを超える為にソウルガーディアンズを抜けた。孤独にならなければ強くなれない。フェルレがそうだった…。あの子は孤独の中で強くなった。)
「会いに行くぞ…。」
そしてアイザムは森の奥へと消えて行った――。
――同刻、オラディ村
『今すぐにアルブ・ピリスへ向かうぞ…!人質が危険じゃ…!!』
ブルクのその言葉から、会議所内が一気に慌ただしくなる。
アイベルは中断されていた治療に取り掛かる。
「この会議は見られているんだろう?ブルク長老。私がそいつらを見つけ出します。デュール…お前も残ってくれるか?フィオル。お前はアルブ・ピリスの裏側をちゃんと見てきてくれ。」
「ああ。」「分かりました!」
デュールとフィオルは大きく頷いた。
「ノワルヴェール隊長。実は…都市兵は元剣闘士で構成されています。私は剣闘士時代、彼らと対峙したことがあります。」
ユスティアが口を開いた。
だが――表情が曇る。
「記憶力には自信があります。顔を少しでも見れば誰が都市兵か気付くのですが……。」
ユスティアは俯く。
(そうか…ユスティアはアルブ・ピリスに向かう…。この村にいるであろう、都市兵を見つけるのは…難しい…。)
ノワルヴェールは顎に手を当てた。
「私が…!何処に攻撃を当てたか覚えてますか?私の"極視光"なら見抜けるかもしれません。」
アジルは手を挙げ、言った。
「じ、じゃあ僕もオラディ村に残ります!」
隣に立つアジルを見つめ、エディウスも手を挙げた。
「ダメよエディウス。もしもアルブ・ピリスで都市兵が暴走したら…あなたのお母様も危険な目に遭う可能性がある!」
「でも…!」
「私は大丈夫よ。ありがとう。これは私にしか出来ないこと。あなたは大切なお母様がいる、アルブ・ピリスへ行って!」
アジルはエディウスを真っ直ぐ見つめ言った。
エディウスは遅れて頷いた。
そして――
「ブルク長老、オーリムさんの治療終わりました。」
アイベルは心願を終え、立ち上がる。
ユイベルはアイベルの袖を掴んだ。
(分かってる。ユイベル…あなたの傍からは離れない…。)
アイベルはユイベルに向かい頷く。
「この子も一緒にお願いします。」
「その子もか?」
ブルクの眉が引き攣る。
(子供を連れて行くのは……)
「大丈夫です。僕がいますから。」
フィオルはユイベルの頭に手を置き言った。
「残るは……」
ブルクは会議所内を見回すと、ミトとディルケを見つける。
「ワシらは武器など扱えん。残ります。」
ディルケはミトの言葉に頷いた。
「よし。オラディ村を頼んだぞ。では…ゆくぞ!」
ブルクの掛け声に皆頷く。
そしてアルブ・ピリスに向かう一行は、ルクスに預けていた武器を持ち、会議所の裏口から外へ出る。
駆け出し、馬車小屋へ辿り着くと馬車へと乗り込む。
馬車には、ブルク、アンティカルの四人、フィオル、アイベル、ユイベル、そしてエディウスの九人が乗っていた。
「ゆくぞ…。」
そして馬車はオラディ村を発った――。
――会議所
会議所内の空気は重く、誰も口を開かなかった。
ブルクの口から語られた過去の話が、いつまでも頭の中に強く残っていた。
「ユスティアの言う通り…俺達は甘すぎるかもしれないな…。」
沈黙を破ったのはノワルヴェールだった。
「そうだな…。人質などというものは、今まで生きてきて身近には無かった。」
デュールは帳が下ろされている窓の先を見つめる。
(ルイナやコランが人質に取られたら…俺は…。)
デュールの身体を震わせる。
ミトは目を瞑り静かに頷いていた。
ノワルヴェールはミトに視線を移す。
「しかし…あなたが集会に参加するという話は聞いていませんでした。私はあなたを知りません。」
「……。」
ミトは返さず閉じていた目をゆっくり開いた。
そして、小さく息を吐き口を開く。
「ワシは商人。ブルク長老が語った、彼が過去に出会った商人、フィアーバはワシの先祖じゃ……。」
ノワルヴェールとデュールは目を見開いた。
(だから二人にしてくれってブルク長老は言ったのね…。)
アジルはミトを横目に、心の中で呟いた。
「そうでしたか…。あなたの先祖様のお陰で今の私達が在ります。心から感謝を申し上げます。」
ノワルヴェールとデュールは胸に手を当て、頭を下げた。
「ワシは……"今"ブルク長老と会えて良かった。」
「「……。」」
ノワルヴェールとデュールは"今"という言葉に少し引っかかった。
ミトは二人の表情を見て続ける。
「ワシの先祖は代々商人。フィアーバのその前、遥か昔から世界を見渡してきた…。」
会議所内が静まり返る。
「この世界には竜が住まうじゃろう?」
ミトは低くそして重く放たれた声色で語り掛ける。
(これからこの老人は…な、何を言うんだ…?)
ノワルヴェールはゆっくりと汗が滲むのを感じ、息を呑んだ。
会議所内の空気が張り詰める。
その場の誰もがこれから放たれるミトの言葉に、耳を傾けていた。
「遥か昔、この世界は漆黒の竜に滅ぼされかけた…。じゃが……」
(この話…アヴェニール洞窟で見つかった文献の事…なのか?)
デュールは朱の竜撃退後の宴の時に、ブルクから声を掛けられフィオルと共にオラディ村の教会へ向かった。
そして、教会で読んだ文献を思い出す。
世界が滅びゆくさまが描かれていた。
陽が喰われ黒く染まり、黒鉄の竜が舞い降りていた——。
「その竜を鎮めたのは……」
ノワルヴェールの呼吸が止まる――。
その瞬間だった。
ガチャ
会議所の扉が開いた。
「年長者様に声を掛けて来ました。」
そこに立っていたのはルクスだった。
プツンと緊張の糸が途切れる。
ノワルヴェールは大きく息を吐いた。
(今の話から推測するとこれからその竜が…。…そうか…。)
ノワルヴェールは拳を一度強く握った。
爪が掌に食い込む。
だが、すぐに力を緩めた。
「…ありがとうルクス。だが、状況が変わった。ブルク長老は死なん。偽装は無しだ。」
「あ、はい。どうしましょう?」
「ルクス…お前はここに居ていい。デュール、裏口から出て年長者の元へ急いで向かってくれ。アジル。帳の隙間から視る事は出来るか?会議の様子は近くから見ているはずだ…。」
「了解だ。」「はい。やってみます!」
デュールは会議所の裏口から静かに外へ出て行った。
アジルは窓の前まで行くと帳に隙間を開けた。
『私は脚を狙いました。アキレス腱です…。人体で最も太い腱の一つ。私は抉るように剣筋を入れたのです…。』
会議所を出る直前、ユスティアはアジルに告げていた。
(アキレス腱…。ということは、重心が歪んでるはず…。)
アジルは心の中で呟き、極視光を発動した。
会議所内の緊張感とは裏腹に、窓から見える中央通りは大勢の村人が行き交っていた。
(人が多過ぎる…。)
外食帰りの家族、酒を酌み交わす村人達。
そして商人や隊員の姿もあった。
アジルは行き交う人、一人ひとりの脚に集中する。
(…ん?露店の陰で立ち止まってる人…。一瞬だけど、右脚が白く光った?その少し先を歩く人は重心が歪んでる。…やっぱり!脚に光が…!)
「ノワルヴェール隊長……。」
「どうだ?」
「……二人見つけました。」
「よし。流石だ。よくやった。さて、どうするか……。」
ノワルヴェールは腕を組む。
「…僕が話し掛けてこようか?」
ディルケが二人の元へと歩み寄り声を掛けた。
「僕の事を知ってる人はこの村では少ない。都市兵なら尚更。商人を装って村人に話し掛ける振りをして都市兵に声を掛けるよ。それで隙は生まれる……はずだよね?」
「なるほど…。」
アジルは何度も頷く。
「たしかにそれはいい案だ。あいつらもバレてはまずいから、いきなり攻撃を仕掛けてくる事も無い…。デュールが戻り次第動こう。」
「はい!」「うん!」
――エルジオーネ大陸 ピエント村
月明かりが静かな村を照らしていた。
食事処では笑いが上がり、村の外れからは鉄を打つ音が断続的に響いていた。
「フェルレさん、まだ帰らないんですか?」
「うん。」
ピエント村の集会所で隊員はフェルレに話し掛けた。
「明日の警備配置の最終確認があるからね。明日の開村祭は周りの村からも多くの人が来る。祝いの日にトラブルを起こさないように、明日は忙しくなるけど、頼んだよ。」
「はい!では、失礼します!」
隊員の背中を見送り、木板に掲示されているピエント村の地図に視線を戻す。
(正門と裏門にも3人…。…それと…。)
アジルの家で視線が止まった。
(開村祭…アジルは来れないか…。)
ダイアボでの騒動後、フェルレから伝書鳥が届き、開村祭の報せを受けたアジルは参加出来ないと返事を送っていた。
その時にアイザムと対峙したことも記されていた。
「まさか…兄さんと戦ったとはね……。」
小さく呟き、大きく息を吐いた。
(今日はあの日か…。毎年足を運んでるけど、あれ以来会ってない…。どうして変わっちゃったんだろう……。)
拳を握りゆっくり開き、掌を見つめる。
「さて……!」
フェルレは腰に差す剣の柄を一度握った。
そして、扉を開け、ゆっくりと集会所を出た。
フェルレは夜空を見上げた。
星で満たされる夜空。
輝く月にだけ、雲が翳っていた。
視線を戻し、フェルレはゆっくりと歩き出した。
その夜、誰も知らない"何か"が、静かに動き始めていた――。




