第十五話 血を断つ憎しみ
――ブルク達がコール大陸に渡り25年後 エルジオーネ大陸
金属同士がぶつかり、断続的に鳴る金切り音。
それはまるで鋼が叫ぶように響き渡っていた。
時より爆発のような強烈な音が発生し、その度に森の生物達はざわめく。
そして――
空を切る音が鳴り、鳥達が空へと飛び立つ。
その音を最後にその激しかった音達は突然止まった――。
陽の光が差す森の中の開けた地。
辺りの地面は抉れ、木々、そして大きな岩壁には剣技による傷跡が無数に刻まれていた。
「ハァ…ハァ…。」
息遣いが静かに響く。
フェルレの繰り出した突きは、アイザムの首元寸前の所で止まっていた。
「一本…やっと取れた…。」
「……。」
アイザムは言葉を失っていた。
「やっっっと!!25年も掛かっちゃったけど…!」
そして飛び跳ねながら喜ぶフェルレを見て微笑んだ。
「…強くなったな…。」
「兄さん、今まで模擬戦に付き合ってくれてありがとう。」
「…ああ。」
アイザムは笑顔に溢れるフェルレを見つめ、剣を納める。
(本当に強かった…。さすがだ。あの英雄の血を引くだけはある…。一族を滅ぼした――あの男の。)
アイザムは忘れていなかった。
あの夜の出来事を――。
「フェルレ…。」
「何?」
「お前はこれからどうするんだ?」
「どうする?兄さん何言ってんの?私もこれでソウルガーディアンズでしょ?私は人を助けるよ。困ってる人がたくさんいる——この世界を。まずはエルジオーネ大陸からね!」
アイザムは笑顔で語るフェルレを真っ直ぐ見ることが出来なかった。
「そうか…。——じいさんみたいには…なるなよ?」
あの夜の出来事が脳裏に浮かぶ。
(もし知ったら――お前はどうなる?)
アイザムは本心を心の中で呟いた。
「ん?どういう事?」
(話すのは俺ではない…よな。)
「いや…何でもない。とりあえず帰ったらじいさんに言うよ。一本取られましたってな。」
「うん!お願いね!」
「浮かれた気分になり過ぎず、くれぐれも気を付けろよ?」
「分かってる。本当にありがとね!」
それから二人は拳を合わせ、別れた。
フェルレは落ち着かない気持ちでアイザムの背中を見送る。
木の陰を潜ったアイザムの影が異様に大きく見えた。
「じいさんみたいになるなよって…意味分かんないこと言ってたけど何だろう……。」
少し気掛かりだった。
だが、小さくなっていく背中が見えなくなるまで、フェルレは大きく手を振った。
気掛かりだった気持ちは、アイザムが消える頃には忘れていた。
そして、この日を最後に二人が会うことはなかった――。
――現在 会議所
「コール大陸に渡り三年程。領主は既にアルブ・ピリスという都市を築いていた。ワシはその都市に近いここ、オラディ村を拠点にソウルガーディアンズを結成した…。」
ソウルガーディアンズの誕生——。
一同は息を呑み、その言葉の重さを感じていた。
ミトは何度も首を縦に振り、頷いていた。
「ワシとアイザムは戦う覚悟を持ち、小さな村であったオラディ村の村人達から出された討伐依頼をこなし、信頼を得て村を大きくした。ワシらの想いは一つじゃ。困っている者達に手を差し伸べること。小人族の意志を継ぐワシらは——人間を愛すること。この意志を胸に留め、活動をしていく内に、仲間が増えていった。一人、また一人と志を同じくする者が集まり——いつしかソウルガーディアンズは、大陸に名を知られる存在となった。」
小さな子供達が聞いていたら目をキラキラとさせるような英雄譚。
だが、その先にある領主が築いたアルブ・ピリスの現状を知った一同の目は違った。
瞳の奥には、目の前で語るブルクから始まった小人族の意志を継ぐソウルガーディアンズの燃える意志が宿っていた。
「じゃがある日…。当時の領主が突然オラディ村へ訪れた。」
『戦う気は無い…。人間に手を差し伸べているお主達ソウルガーディアンズは、我々の都市にとっても重要な存在となっておる。前の領主達は若かった…。そして、彼が小人族にした地獄のような所業…ワシから謝らせて欲しい。申し訳なかった。手を出す事はしない。』
「それが当時の領主の言葉じゃった。」
沈黙が訪れる。
「ワシは領主の言葉を信じる事を選んだ。彼の瞳はこれまでの領主とは違ったからじゃ。じゃが…領主は今のアンジュスへと変わった。まさかアンジュスがワシを暗殺していようとは思いもしなかった……。ワシが心に留めていた人間を愛するという想いが…ソウルガーディアンズの根源として心に誓ったモノが…まさかユスティア。お主を苦しめているとは…。」
「……。」
(ブルク長老は大き過ぎる過去を持っていた。アンティカル大陸支部長として私に出来ることは何だ……?)
ユスティアの頭の中に駆け巡るのは隣に座る三人の大男の家族…人質が殺されること。
ユスティアは声を出せずにいた。
(ワシの過去から、人質の死を強く思っておる…。これ以上ユスティアを苦しめる訳には行かぬ。)
燃焼時計の音だけがジリジリと鳴り響く。
そして——
「ユスティア……ワシを殺すのじゃ…。」
「「!?」」
一同は顔を上げブルクに視線を移す。
「何を!?」
ユスティアは無意識に立ち上がる。
いや、その場にいた全員が立ち上がっていた。
「それだけは…!」
「ダメです!」
「死ぬことは許されません!!」
抗議の声が飛び交う。
皆心から叫んでいた。
「すまぬな。言い方を変えよう。殺した事にしよう。」
汗を滲ませる一同。
「でも…どうやって?」
ノワルヴェールは静かに呟くように言う。
「ユスティアはこの集会の後、アルブ・ピリスに向かい、アンジュスに会うんじゃ。ワシを殺めたと。隊長達は手負いにさせたと。そして…その間に村を上げて弔いを。村人にも協力を得てな。そして…商人であるミト。彼に情報を各大陸に飛ばしてもらう。フェルレにはワシから伝書鳥を飛ばす。まずは暗殺を偽装し油断を生ませる。」
大男三人は涙を浮かべ、ブルクに頭を下げた。
「大丈夫じゃ。必ず助ける。」
そして、ブルクはルクスを呼んだ。
まずは村の年長者へ――。
集会が見られているという事を伝えると、ルクスは演技をしながら会議所を飛び出した。
静まり返る会議所内。
「お姉ちゃん…。」
「そうね。私達の事を話さなきゃいけない。でも…今はユスティアさん達、アンティカル大陸の人達を助ける。目の前にある命に手を差し伸べる時よ。」
「う、うん。」
「アイベル。ユイベル。すまぬのう。」
アイベルは首を横に振った。
「私に出来ることがあるかもしれません。」
一同はアイベルに視線を移す。
「魂を呼ぶ事が…出来ると思います…。ダイアボにいた時、オルコ王を鎮めた力。女神様から与えられた力です。人と人が争うこと…それが人の心をどれだけ傷つけるか。亡くなった人達の心に強く残っているモノのはずです。アンジュス都市長に、その魂達の想いを届ける事が出来れば……。」
(魂を呼ぶ力…。女神様の力を…今、アイベルが…。)
「そうか…。では…この後の動きを伝える。これからワシは死を演じる。村での弔いの後、棺に入れられアルブ•ピリスへ送ってもらう。そして、アンジュスの元でワシは彼と話をつける。その時はアイベルに力を借りることを想定しよう。皆はアルブ・ピリスで人質の解放を頼む。そこで全てを終わらせる。争いが起きぬ世界を目指す為に。」
ブルクは希望を見据え、低くそして小さな声で告げる。
その声は太く、因果の糸を切り捨てるかのように鋭かった。
――時は少し遡り、アルブ・ピリス アンジュスの豪邸
石造りの壁に囲まれる大きな部屋。
灯りが四隅に置かれ、中央のベッドを照らす。
燃焼時計があと数センチで燃え尽きようとしていた。
ベッドの中では天井に顔を向け、目を瞑るアンジュスがいた。
(ブルク…。果たしてあいつを殺す事が出来るのか…。)
瞼の先には灯りがぼんやりと浮かんでいた。
だが——
風の無い部屋で灯りが一つフワリと消える。
瞼の先にある灯りに違和感を覚え、目を開ける。
人の気配は感じない。
音も、匂いも無い。
だが、確実に"何かがいる"。
そして灯りがまた一つ消える。
「…誰か…いるのか…?」
恐怖を覚え、唇を震わせる。
ジリジリと燃焼時計の音だけが大きく響く。
感じたモノは"死"であった。
身体が震え出す。
迫りくる死、燃焼時計の音が恐怖を掻き立てる。
身体の震えは激しさを増した。
そして——アンジュスは一瞬、目の前に映った光景に瞳孔が広がる。
「…お、お前はっ…」
ザンッ
肉を断ち切る音が鳴り、首は床へ転がった。
ジリッ…
燃焼時計が燃え尽きた。
フッと風を切る音が鳴ると、灯りは全て消えた――。
部屋の外を影が走り去る。
「まだ晴れん…。この憎悪は……。」
男は吐き捨て、アンジュスの豪邸の窓から飛び降りた。
アンジュスの豪邸の屋根に止まっていた鳥達が空へと飛び立った。
――オラディ村
「ルクスが戻るまでまずは待とう…。」
ブルクは大きく息を吐き、目を瞑った。
「そういえば…。脚に矢を……。」
アイベルは大男の一人オーリムに声を掛けた。
「あ、ああ。」
アイベルは立ち上がりオーリムの傍に寄った。
「すみませんでした…。」
アイベルは頭を下げ謝罪する。
「私達が夜襲をしなければ…。」
ユスティアは眉を下げ小さく零した。
「全ての元凶はアンジュスだ。これまでの事は皆、一旦忘れよう。動きや気持ちに歪みが出る。」
ノワルヴェールは腕を組み言った。
一同は頷き、アイベルは呼吸を整える。
そして手を組んだ。
次の瞬間――
鳥の鳴き声が外から聞こえ、突然ユイベルは席を立った。
「殺されてしまった……。」
ユイベルの呟くように放った言葉に、ブルクは目を開ける。
「今…何と……?」
ブルクは声をわずかに震わせ、ユイベルに問う。
「鳥達が…言っています…。都市長が…。」
ユイベルから放たれる言葉に会議所内の音が消える。
「…誰かに殺されたと……。」
「……!?」
ブルクの瞳がわずかに揺れた。
瞬きすら忘れ、口を開けたまま固まる一同。
だが、すぐに一同は顔を見合わせ、ブルクに視線を移した。
(アンティカル大陸の南…小さな村が壊れているという鳥を通しての話。それは現実じゃった…。ユイベルの言葉は間違ってはいないじゃろう…。アンジュスが殺された今、人質はどうなる…?)
ブルクは思考を巡らせる。
静寂が会議所を包んだ。
誰も言葉を発せない。
その沈黙を破ったのはユスティアだった。
「ブルク長老…。人質は…解放されるのでは?」
ユスティアは静かに口を開いた。
その言葉を受け、オーリム達三人の表情が緩む。
額に汗を滲ませる三人を見てブルクは寒気を感じた。
(いや…その逆は大いに有り得る…!主が暗殺された今、兵達の心情は乱れ、狂うはずじゃ…。)
「いや…!今すぐにアルブ・ピリスへ向かうぞ…!人質が危険じゃ…!!」
ブルクの鬼気迫る表情に一同は直感した。
アンジュスに絡む都市兵はソウルガーディアンズとは違う。
人質が殺されるのだろうと――。




