第十三話 託された刃
バンッ
「どういうことだ!!」
領主の家の扉を強く開けながらブルクは叫ぶ。
「このバツ印は……小人族の村ではないか…!!」
「……。」
領主は荒い息遣いのブルクを見つめるだけで返さなかった。
ブルクは大きく息を吸い口を開く。
「何かの間違いではないのか…?ワシの村…」
「その村を壊したら終わりだ…。」
領主はブルクの言葉をぴしゃりと遮り、冷たく言い放つ。
部屋の空気が凍りつく。
「……。」
ブルクの握った拳がギリギリと音を立て震えていた。
そして、領主は部屋の奥にある扉に視線を移し、顎で差した。
そしてニヤリと笑みを浮かべる。
「どうすれば解放される……!!」
「子供が人質だ…。条件は……一族の滅亡――。」
「くっ…。」
(貴様…人質などいなければ、即座に首を切り落としているのだぞ……。)
ブルクは領主を睨み心の中で呟いた。
「その村を壊したらお前達小人族に用はない…。後で人質を連れて小人族の村へ行く。早く帰って思い出話でもするんだな。」
静かに放たれた言葉にブルクは歯を食いしばり、目を瞑った。
今ここで剣を抜けば、すべて終わる。
だが――。
人質がいる。
ブルクは外へと駆け出した。
領主はブルクの姿が消えると大きく息を吐いた。
冷や汗を拭きあげる。
(小人族は危険だ…。特にブルク。"血浴"と言われるだけある。)
領主は立ち上がり、部屋の奥の扉を見つめた。
(睨まれた時はどうなる事かと思った。小人族の村を壊したら人質は解放する予定だったが…やめだ。)
領主は椅子に深く腰掛けた。
(小人族の村を壊したら全て消そう。)
領主は震える手で口を覆った。
(くそう…!フィアーバよ…。奴は悪魔だ…!これでも愛せと言うのか…!?)
ブルクは全速力で小人族の村へと駆け出した。
「ブルク遅いな……。」
「ああ。」
小人族の村では物見櫓で二人の村人が辺りを見回していた。
「ん?あれは…。」
一人の村人が門の奥に広がる森に人影を見つけ、指を指した。
「ブルクだ…!」
「よし。皆を呼ぼう!」
ブルクは小人族の村が見えると足を止めた。
そして村を見つめる。
(この村を……ワシが壊すのか…?そんな事出来るわけないだろう…。)
もはや涙すら出なかった。
そして力なく歩き出す。
そして――門を潜った。
俯くブルクの元へ村人達は集まり出す。
「遅かったなあ。」
「心配したぞー!」
「よく帰ってきた!酒でも呑むか!」
ブルクは顔を上げることが出来なかった。
村人達の顔を見ることが出来なかった。
この村を壊さなければいけないのだから――。
「皆…長の所に集まってくれるか?」
ブルクの声色は低く、呻くように零れた。
村人達は顔を合わせたが、静かにブルクに従った。
ブルクを先頭に長の家へと向かうが、ブルクは村人達に振り返る事が出来なかった。
いつもとは違うブルクに村人達は不審に思ったが、そこまで深刻な物ではないと思っていたのだった。
「ブルクよ…。いつもありがとう。先の戦で死者は出なかった。お主の働きのおかげじゃ。して……皆を集め何用じゃ?」
(言わなくてはいけない…。この村の運命を…。)
ブルクは俯いていたが拳を強く握ると、長に視線を上げる。
「長…。これは……領主に渡された物です。」
ブルクは震える手で紙を長に手渡した。
閉じるように細かった長の目が大きく見開く。
そして目をグッと瞑った。
「ワシの…判断がこの村の運命を…。」
初めて見る長の表情に村人達はどよめく。
「ブ、ブルク。紙には何が?」
一人の村人が声を上げる。
ブルクは長から視線を村人達に移した。
「……この村を…。」
ブルクは声を詰まらせた。
そして、呼吸を整え、村人達の顔を真っ直ぐ見つめた。
「小人族を壊滅させよと――。」
部屋の静寂の中、燃焼時計がジリジリと音を立てていた。
言葉を受けた村人達は、ブルクから放たれた言葉に凍りつく。
一秒が永遠に引き伸ばされたかのように、瞬きすら忘れていた。
開いた口から漏れるはずの言葉は、喉の奥でただの乾いた空気となり消えていく。
沈黙が訪れる。
ギリッと歯を食いしばり、一人戦士が口を開く。
「我々小人族を見捨てるだと…?…あれだけ使っておいて…。」
「……。」
ブルクは何も言えなかった。
その場にいることすら耐えられなかった。
次の瞬間――。
家を飛び出していた。
(ダメだ……!皆の顔を見ることが出来ない……!!)
「くそぅ!!」
自宅へと入り、扉を背に肩で息をしながら涙を流した。
零れた涙は床に弾けた。
(どうすれば……。だが、ワシがどうにかせねば…!)
大きく息を吸い呼吸を整える。
顔を上げると机に置き手紙を見つける。
「デリベラスからだ…。長の家に居なかった…。」
手紙をゆっくりと開く。
『森である商人に会った。珍しく、小人族に優しい人だった。』
(まさか、フィアーバなのか?)
『珍しい鉱物が見つかったと言っていた。俺は鉱物を取りに、しばらく他の大陸へ行く。俺のいない間、何があっても折れるな。村の皆を信じろ。言葉を信じろ。必ずだぞ。』
「デリベラス…。」
手紙を胸にギュッと拳を握る。
(そうだな…。小人族の未来は明るい。お前と話をした。ワシは折れてはいけないんだ…!)
涙は止まっていた。
「おやおや…。皆さん揃っているとは都合がいい…。」
すると外から声が聞こえた。
(領主……!!もう来たのか!)
ブルクは扉の先を睨むと扉に手を掛けた。
扉を開けると長を先頭に領主と対峙するように村人達が集まっていた。
そして――
領主の後ろには縄で自由を奪われた人質の姿。
人質に向け、兵士が刃をぎらつかせていた。
「おお、ブルクか。……まだだったか。」
領主はブルクを舐め回すように視線を向ける。
(来るのが早すぎる…。まだ皆と何も話が出来ていない…。)
ブルクは人質に視線を移す。
(ワシの子達は皆…怯えきっている…。何も分からぬ赤子まで…。)
「私の不手際で小人族との間に子供を作ってしまったが…この赤子は間違いなくお前の玄孫に当たる。」
(人質を見張る兵がワシの娘達に手を出し、生まれてしまったあの赤子…。ワシは恨みはしない…!)
領主はその赤子を見てニヤリと笑った。
すると小人族の長が一歩前に出た。
「ワシの首だけでどうにかならぬものか……?」
長は領主に向かい額を地に付けた。
村人達は長の行動に手を伸ばそうとしたが、力なく手を下ろす。
だが次の瞬間――。
スッと手を上げ、目だけを兵士に向ける。
兵士は一瞬だけ頷いた。
ザンッ
地面に転がった首。
それはブルクの娘だった。
反応出来なかったブルクだったが、次の瞬間には剣に手を伸ばしていた。
ブルクの全身の毛が逆立つ。
涙を目に溜め、脚を地にめり込ませ体勢を落とし、領主を睨んだ。
視界が赤黒く染まり、喉が破れるような絶叫を上げそうになるのを、人質に突きつけられた刃を見て無理やり押し殺した。
村中に広がるほどの殺気――。
空気が震え、兵士達の足が一歩下がった。
領主はすぐに反応する。
「おっと…いいのかブルク。」
「……。」
「見ろ。」
そう言い放つと、人質達に指を差した。
「くっ……。」
ブルクは剣を抜き、怒りを押し込めるように、地面へ突き刺した。
「長の尊厳を…踏みにじるのか!!」
「人間め…。皆殺しだ……!!」
戦士達は声を上げ、武器に手を伸ばす。
その後ろでは、子供を抱えた母親達が悲鳴を上げていた。
そして、阿鼻叫喚の渦に包まれる。
「皆…!!待てぇぇ!!」
大声を上げたのは長だった。
長はゆっくりと立ち上がる。
村人達の顔を一人ひとり見渡した。
そして、最後にブルクへと視線を移す。
「……ブルクよ。ワシを殺せ…。」
「……。」
その瞬間、領主の口元が緩む。
「…ダメです長!」
「そんなことあってはいけません!」
村人達は声を上げる。
静かに人質へ、兵士の刃が迫っているとも知らずに――。
ドスッ
鈍い音が響く。
人質の子供の首には槍が貫通していた。
「やめてくれええ!」
ブルクは大声で叫び、その場に崩れ落ちた。
長の頬を、静かに涙が流れた。
「わ、私の子が……。」
殺された子の母親は地面に顔を埋める。
鉄のような血の匂いが鼻を刺した。
月明かりが、地面の血を鈍く光らせていた。
「どうすれば良いのだ……!!」
長は汗だくになりながら領主に言う。
「ブルクに紙を渡しただろう?まだ話をしていないのか?」
ブルクの視界が揺れる。
そして村人達に視線を移す。
一人の戦士が口を開く。
「ここで小人族を滅亡するわけにはいかん…。」
続けて人質を取られていた母親も口を開いた。
「私達が命を失えば……人質は助かるんでしょう?」
一人、また一人と声を上げる。
「そうだ…。ならば我々は……死を望む…!!」
村人達の表情は変わっていた。
長はブルクの元へとゆっくりと歩き、その前に跪いた。
続けて戦士達がブルクの元へと集まる。
「ブルク…。お前はこの一族の希望…。お前が生きていれば途絶える事はない。皆の想いをお前に託すんだ。恨む者など一人もいない……。さあ…殺れ…。」
ブルクの視界は滲み、村人達の姿が揺れていた。
一番後ろで人質に刃を向ける兵士の一人は、これから始まる惨劇に手を震わせた。
その隙を見て、一人の子供は静かに後ろの茂みへと隠れる。
誰もそれを見ていなかった。
ブルクはデリベラスの言葉を思い出す。
『俺のいない間、何があっても折れるな。村の皆を信じろ。言葉を信じろ。必ずだぞ。』
(皆の言葉を……信じる……。)
ブルクは心の中で呟くと、村人達に視線を移す。
誰もが頷いていた。
「ブルク…。早くするのじゃ。奴は待ってはくれぬ…。」
目の前の長と顔を合わせる。
「分かりました…。」
ブルクは目をグッと瞑ると潰れた瞳から涙が零れた。
「長…。ワシは皆の想いを…受け取ります。」
長は強く頷くと、ブルクに背を向け正座になった。
長は領主の瞳を強く見つめる。
ブルクは遂に剣を抜いた。
剣が長の首に一度触れた。
この一振りを契機に小人族の未来が決まる——。
誰もが歯を食いしばり、ただ前を見ていた。
村に静寂が訪れる。
まるで時を止めたかのように動く事をしなかった。
(なんて大きな背中なんだ…。)
ブルクの剣を握る手が震える。
(すみませぬ……。)
目に力を込めると震えていた手が止まる。
そして――
ザンッ
ブルクはしっかりと目を開き、剣を振るった。
長の最期に見た光景を、決して忘れないために――。
そして瞳を閉じ、胴体から切り離された頭がゆっくりと地面に落ちていく。
遅れて鮮血が空に向かって吹き上がる。
領主の喉の奥から、押し殺した笑いが不気味にひび割れて漏れる。
村人達は誰もが声を出さずその光景を見ていた。
一族の長の最期を、目に焼き付けていた。
もはや恐怖など無かった。
泣きわめく者などいなかった。
村人の中、母親に抱かれた赤子でさえ、しかと長の最期を見届けていた。
一族一丸となってブルクに託した想いを胸に留めていた。
長の頭が地面に落ちると同時に、長の家の燃焼時計は燃え尽きた――。




