第十二話 魂の約束
ラヴィエルの元へ着いた二人。
「これが……神樹ラヴィエル…。」
(目の前までくるのは初めてだ…。ここに人々の魂が宿るのか…。)
ブルクは馬車を降り、神樹を見上げる。
頂上が見えないほど高く、幹の端も見えない太く巨大な樹——。
まるで夜空を支えているかのように、静かに大地へ根を張る神樹。
夜の闇の中でもその太い幹はぼんやりと淡い光を帯びていた。
無数の枝が空へ広がり、まるで星々を抱き込もうとしているかのようだった。
遥か上空では、微かに陽の光を受け黄金色に輝く葉が揺れていた。
ブルクは思わず息を呑む。
「これほどとは…。」
「さあ、急ごう!」
「ああ!」
フィアーバの声で我に返る。
「ここにいる人間を降ろしたら、残りの人間を運ぶ…!」
「じゃあ私は埋葬の準備を進めておく!」
「ああ。頼んだ…!」
二人は次から次へと人間を降ろした。
戦地で命を落とした人間達。
その身体を丁重に扱い、静かにラヴィエルの元へと運ぶ。
馬車の中を空にするとブルクは再び戦地へと向かった。
やがて——
ブルクが戻ると大きな穴が出来上がっていた。
それでもまだ小さく、ブルクも穴へ降りどんどんと広げていく。
「ここの土…暖かい…。」
ブルクは目を見開き呟く。
「ああ。どんな季節でも、死者はこの温もりに抱かれて安心できるんだ。」
ブルクは何度も頷いた。
「もう少し広げよう…。」
「ああ…!」
そして——
穴は完成し、人間達を仰向けになるように寝かせていく。
泥と血に塗れた顔。
その顔を見つめ、ブルクは目を閉じた。
「……すまない。」
(もう…彼等の命は戻ることはない——だが、せめて……。)
それからブルクは一人ひとりに謝罪をしながら静かに寝かせていった。
フィアーバはブルクの横顔を見つめる。
(もう泣いていない…。瞳の奥が鮮やかになったな。)
「さあ、もう一息だ。」
フィアーバは声を掛け、ブルクは大きく頷いた。
それから——
「これで全員だ。」
「ああ。」
二人は泥と血に汚れながらも、休憩することなく人間達を寝かせた。
穴を上がり二人は土を被せる。
そしてブルクは手を合わせた。
(許されることはない…。だが、ここでどうか安らかに眠ってくれ…。)
その瞬間——
ラヴィエルの葉が揺れた。
ブルクは見上げる。
遥か上空、葉の隙間から淡い光が零れていた。
その光は幹を伝い、ゆっくりと降りてくる。
やがて塞いだ穴の前へ来ると、静かに地面が輝いた。
大地が生きているかのように。
そして光は幹に戻り、ゆっくりと遥か上空へと昇っていった。
「あ…あ…。」
ブルクは言葉を失う。
「…ラヴィエルが魂を受け入れたんだ。」
「魂達がラヴィエルに宿ったの…か…。」
ブルクは光が消えた上空を見上げたまま呟く。
フィアーバは大きく息を吐き、口を開く。
「ああ…宿った魂とは対話が出来る。」
ブルクはフィアーバに視線を移す。
「どうするかは君次第。」
「直接謝罪したい。教えてくれ。」
ブルクは食い気味に返し、フィアーバの肩に手を置いた。
フィアーバは頷き、二人はラヴィエルに近づいた。
「掌を幹へ…そして唱えるんだ。彼等を頭の中に浮かべながら"宿りし魂よ"と…。」
「…分かった。」
「私は離れる。君のやり方で彼等と話をするんだ。」
ブルクは大きく頷きラヴィエルへと向かう。
フィアーバは見守りながら後方へ離れていく。
ラヴィエルの目の前まで来ると、呼吸を整える。
そして目を閉じ、戦地での戦いを頭の中に浮かべた。
鮮明に覚えている。
眉間を突き刺したこと、逃げ惑う背に幾つも剣を振りかざしたこと。
大きく息を吸い、早くなっていた鼓動を落ち着かせる。
ごくりと唾を飲む。
そして——
(ラヴィエルに宿りし魂よ…。)
ブルクは唱え、手を離し目を開ける。
一歩下がると幹が淡く光りだす。
すると、ぼんやりと浮かぶ一つの白い光の塊がゆっくりと幹から出てきた。
一つまた一つと、続けて白い光の塊が幹から出てくるとやがてブルクを囲った。
(これが…魂——。)
ブルクは自身を囲う白い光の塊を見回す。
光の塊達はブルクを見つめているようだった。
静まり返る一帯…誰一人、音を出さなかった。
目の前に写る生者をどう裁くべきか、お互い確かめ合うように動かなかった。
しばらくすると——
「お前は…"血浴"…。」
「俺達を切り捨てた…。」
白い光の塊から言葉が聞こえる。
やがてぼんやりとしていた光は消え、徐々に人間のシルエットに変わる。
(本当に…ワシが殺めた人間達なのか…?)
そして光は人間の輪郭を縁取り、ブルクを囲う全てのシルエットは鮮明に生前の姿を写し出した。
(間違いない。ワシが殺めた…人間達だ…。)
ブルクは全ての顔を覚えていた。
彼等の最期の表情を——。
ブルクは跪き、静かに額を地に付ける。
「すまなかった……。」
少しの間——
人間達はブルクに近寄る。
(暖かい…。彼等から温もりを感じる。)
そして一人の人間が、ブルクの前まで来ると片膝を付き、肩に手を置いた。
その瞬間——
ブルクはギュッと眉間に力を入れた。
鼓動が早くなる。
外に漏れてしまうほどの音だった。
「…お前も…守る為に命を懸けていたんだろう?俺達は死んだ…。だが——お前は俺達の魂をラヴィエルに宿してくれた…。心から感謝している。」
「………。」
鼓動がピタリと止み、ブルクは言葉を失った。
目を見開き、開いた口は塞がらず、唇が激しく震える。
ブルクは顔をゆっくりと上げる。
人間達は悲しい表情をしていた。
「恨みたい。だが——同じ理由で剣を握っていたのも事実だ。俺達が守ってきたあの土地は…お前に託す。俺達は死んでしまったからな…。」
ブルクの瞳から涙が溢れる。
「そんな…。ワシはお前達を殺したんだ…!心から恨んでいるはずだ…!!」
「…でも、お前はラヴィエルに魂を宿してくれた。それは紛れもない事実だ。戦地で亡くなった者は埋葬されないことが多い。期待に応えれず見放されるんだ…。それをお前は…その小さな手で…俺達を救ってくれたんだ。」
ブルクは自身の両手を見つめる。
フィアーバは後方から静かに聞いていた。
(人間をどう思う?ブルクよ。)
「そんな…そんな…。」
溢れ続ける涙に、ブルクは視界を揺らし地面を濡らした。
「俺達は愛する者を守る為、あの地を守る為に戦った。お前は残された人間達をどうか…救ってくれ。頼む…。」
溢れていたブルクの涙が止まる。
人間の想いを胸に受け取った。
そして人間達、一人ひとりの瞳を見つめ大きく頷いた。
「お前達が守ろうとしていたものを、ワシが……必ず守る…。」
ブルクの瞳の奥に見えた光。
人間達は互いに顔を見合わせ、静かに微笑む。
次の瞬間——
彼等の身体は淡い光となり、ゆっくりと崩れていった。
光は幾つもの粒となり、ラヴィエルの幹へと吸い込まれていく。
まるで帰るべき場所へ帰るように。
ブルクは散り散りになった粒を見て拳を強く握り締めた。
「それでいい。それが、生き残った者の役目だ。」
フィアーバは静かに呟いた。
ブルクはフィアーバに振り向き、歩み寄る。
「ありがとう。ワシは人間も守りたい。憎いと思っていたが…人間がこんなにも暖かい存在だとは思わなかった。…彼等に救われた。」
「良かった。…ブルク、時に愛する者はいるか?」
「ああ。子もいる。…玄孫までいる。」
ブルクは俯き、玄孫と言い放った時の表情にフィアーバは違和感を覚える。
「どうした?」
「…玄孫は…実は人間との間に産まれた子なんだ。」
(あの子は今…人質になっているが…。)
「…そうか。でもお前は自分がどう在るべきか分かったはずだ。」
「……。」
ブルクはすぐに返せなかった。
「人間を愛せ。その子に半分入った血を…否定するな。」
「…愛する…か。」
ブルクは小さく零し、ラヴィエルに振り返る。
そして再びフィアーバに向き直る。
「…ああ。どんなことがあっても愛する。心から誓う。」
「愛はどんな力よりも強いモノだ。これは真実だ。して、これからどうするんだ?小人族の今の状況は?」
「今回の戦で死者は出ずとも怪我人が出た。戦士含めて村人は五十ほど。内ワシの親族、玄孫の赤子と他の子供達も人質だ…。この戦で領主は広大な地を得た。これから領主の家へ行き、報酬を受け取り、奴の考えを聞くつもりだ。今では奴からの報酬で村人達は不自由なく暮らせている。だが——ワシは…どうすればいいのかわからん…。」
「広大な地を得たのなら…もしかしたら、小人族は解放されるかもしれんぞ?」
(そうか…。そうなれば今まで通り静かに暮らせるかもしれないのか…。)
「奴の話をちゃんと聞け。私は領主に会うことは出来ないが、これしか言えない。後はお前の判断で小人族と残された人間を救うんだ。」
「ああ。」
「ブルク。…愛を忘れるな。そして、時には逃げる事も考えろ。守る為に立ちはだかるのではなく、守る為に逃げるんだ。」
ブルクの瞳を真っ直ぐ見つめ、フィアーバは言った。
「…ああ。本当にありがとう。」
そして二人は握手をした。
「お前はこれからどうするんだ?」
「私は商人だ。世界をまた巡る。何かあれば今後、小人族の村にも寄るようにする。」
「そうか。再会を期待している。」
そして、拳を合わせ二人は別れた。
二人の別れを見届けるように、ラヴィエルの葉が静かに揺れていた——。
——現在 会議所
ブルクは閉じていた目を開け、一同を見回す。
壮絶な過去、そして今のブルクの在り方を目の当たりにして、誰として口を開かなかった。
だが、一同は同じ事を思っていた。
それはソウルガーディアンズの始まり。
そして——その在り方は今も変わっていない。
「ワシは……小人族は、人間の日常であるラヴィエルに寄り添う事に、その時足を踏み入れた。」
そして全員が理解していた。
ソウルガーディアンズとは"守り続ける者達"なのだと。
死者の想いを背負い、生者の日常に寄り添う者たち。
それこそが自分達の在り方なのだと——。
「そして、小人族の運命を揺るがす時が、遂に訪れる——」
——フィアーバと別れた後
二人はお互いが見えなくなるまで手を振り、それぞれの道を進んでいた。
(フィアーバ…また必ず何処かで会おう。)
(ブルク…お前はこの残酷な世界を救える存在になれる。ここで出会えて良かった。)
((ありがとう…。))
二人の感謝の言葉は闇夜の静寂に重なった。
そして、姿が見えなくなると前を向き歩みを進めた。
それぞれの運命に向かって。
遠くで淡く光るラヴィエルが、一瞬だけ輝きを見せた。
まるで二人の歩む運命を見届けるかのように——。
———領主の村
陽が落ち、点々と灯りがちらつく大きな村。
その中にある、堅牢な石造りの建物にブルクは入った。
「ブルク、よく来てくれた。」
「……。」
ブルクは挨拶に応えず頷く。
この頃領主は、木造で作られた家々とは異なる、石造りの家で暮らしていた。
「これは報酬だ。それと…」
領主は机の上から一枚の紙を取り、ブルクに差し出した。
紙を広げると地図が書かれ、バツ印が記されていた。
ブルクは一瞬だけ見て、懐に仕舞う。
「頼んだぞ…強い奴がいるみたいだからそこへは一人で行かない方がいいぞ?」
小さく聞こえた言葉に返す事なくブルクは頷いた。
(先の戦闘で怪我人がいる…。もうこれ以上、手を汚す小人族を増やしてたまるか。ワシ一人で行く……。まずは報酬を長に渡そう。)
ブルクは心の中で呟いた。
「すぐに戻る。その後話をしたい。とても重要な話だ。」
(目が変わったな…。何かあったのか?)
領主はブルクの雰囲気に違和感を覚えた。
「そうか。分かった。待っているぞ。」
「では…。」
そしてブルクは領主の家を出た。
村を歩いていると、村人達はブルクを見てはコソコソと話をしていた。
「あれが噂の小人族…。」
「危険なんだろう?」
(小人族がそんなに珍しいか…。ここの村人は幸せなのだろうか?)
ブルクは、以前は気にもしなかった事を思うようになっていた。
だが、ふと渡され一瞬だけ目を通した紙に書かれていたバツ印を思い出し、違和感を覚える。
懐から出し、紙を広げる。
「……。」
ブルクは足を止めた。
(村の西にあるこの川の曲がり方…東の丘…どういうことだ…!)
ブルクの背筋に冷たいものが走った。
(まさか……。)
ブルクは紙を握り潰した。
「……!」
そして踵を返すと、領主の家へと駆け出した。
それは——
紛れもなく小人族の村だった。




