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ソウルガーディアンズ   作者: HachiHachi
第三章 人としての使命
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第十一話 御伽噺の始まり

——三百十数年ほど前



かつて世界は自然に溢れていた。


人間は自然と共存をしていたが、発展を望んだ。


木々は倒され、土地は平らに均される。


建物が建ち、やがて更なる土地を広げる動きが世界中の至る所で蔓延っていた。

 


コール大陸のとある村、夜中——。

 


「ブルク。今日は二つの村だ。片方は特に逃がすな。」


「…ああ。」


若き日のブルクに声を掛けたのは現都市長の先祖デゾルドだった。


ブルクは手入れをしていた剣を静かに納めた。


柄にこびり付く赤黒い跡を、布で拭う。


そして、立ち上がるとゆっくりと歩み、闇夜に消えていった。


(あの細剣、そしてあいつから放たれる血の匂い——死臭。私の元で稼げて良かっただろう?)


デゾルドはニヤリと笑っていた。



「ブルク一人で行くらしい…。」


遠くで二人を見ていた民が言った。


「必ずやってくれるさ。"血浴"と呼ばれた英雄なんだから…。俺達小人族の誇り…一族の希望だ。」


隣の民は拳を握り言った。


 

———

 


闇のような暗い森を歩く——。


(領土を広げればいずれ土地を分け、財を渡す…。そう言われたがいつまで続くんだ…。俺はただ…小人族が静かに、平和に暮らせればいいのだ…。)


ブルクは歩きながら目を瞑り心の中で呟いた。


(もうすでに俺の手は汚れた…。)


 

『小人族だ?』


『ああ。最近噂になってる。人間よりも遥かに強い種族だ。村を壊して土地を広げているらしい……。』

 


『出たぞぉ!小人族だぁぁ!』


『この土地を渡すものかぁぁ!!』


『小さな悪魔め!!』



殺してきた人々の顔を思い出す。


人々の顔はどれも悲しい表情をしていた。


時には涙を流し…時には怒り狂う最期の表情をブルクは覚えていた。


グッと強く目を瞑る。


「本当は…人と人が争ってはいけないんだ……。」


小さく零し目を開くと、先に見えた村を見据えた。


剣を抜き強く握る。


そして村へと駆け出して行った。


村の奥から、赤子の夜泣きが響く。


ブルクの足が一瞬止まる——。


「小人族の為……!!」


だが、再び駆け出す。


ブルクの瞳は微かに滲んでいた。



———



「流石だな。まだ夜も明けてない…。これは今回の報酬だ。」


乾き始めた赤黒い血で染まったブルクへ、デゾルドは微笑みながら報酬を渡す。


「……。」


ブルクは無言のまま顔も見ずに報酬を受け取る。


デゾルドはそんなブルクを気にすることなく、小人族の村を後にした。

 


まだ夜中であったが、村人達はブルクを迎える。


「ブルク…。お疲れ様。」


「今日もありがとうな。」


村人達はどんな時でも必ずブルクを迎えていた。


そしてブルクは毎回——。


何も背負っていないかのようにニコッと村人達に微笑む。


(この笑顔を守る為なんだ…。)


そう言い聞かせながら……。


そして長の元へ報酬を収め、休むことなく村周辺の巡回に再び村を後にする。



———

 


陽が登り始めた頃。


ブルクは至る所に目を光らせ森を巡回していた。


鬱蒼と生い茂る森の中はまだ暗い。


乾いた血の匂いが、森の湿った空気に混じっていた。

 



「…ブルク。」


「……!?」


背後から声がした瞬間、ブルクは振り向きざまに剣を構えた。


森の奥に、人影が立っている。


「…俺だ。」


「……デリベラスか。」


構えていた剣を降ろし表情が和らぐ。


そこには身体中が土煙で黒く染まったデリベラスが立っていた。


「血の匂いが凄いぞ?身体くらい洗え。それに…俺の気配すら感じる事が出来ていない……。少し休め。お前ほどではないが、村にも戦士がいるだろう。」


「そう……だな。水浴び…付き合ってくれるか?」


「当たり前だ。俺も鉱物を採掘してからずっと歩きっぱなしだ…。さあ、行こう。」


そして二人は近くの小川へと向かった。



「…ふぅ。」


ブルクは小川に全身を浸からせ大きく息を吐いた。


手で身体を擦ると乾いていた血が流されていく。


「汚れは落ちたか?」


赤黒く染まった身体は元の色に戻っていた。


「汚れ…か…。いや、もう一生落ちる事は無いさ。」


赤く染まった水が、ゆっくりと川に流れていく。

 

それを見つめながら、ブルクは小さく言った。


その言葉受けてデリベラスは俯きながら息を吐いた。


「この世に生を受けて、俺達は80年…。人間からすれば爺様だ…。長があんな人間の声に耳を傾けなければ…今でも静かに暮らせていただろう。」


木の葉の隙間から見えるピンク色の空を見上げてデリベラスは言った。


「長が決めた事だ。俺達は人口が少ない種族。あの時戦ってしまったら…民は半数になっていた。それに心の何処かで、村を…小人族という種族を大きくしたいと思っていたんだろう。長という立場にならなければ思いもつかない事だ。」


「それは分かっている。だが、人間はずる賢い生き物だ。まだ…何も分からない子供を人質にしているんだぞ?お前の…親族が…!」


「だから俺は皆を命懸けで守ってるんだ。今は人間の言う事を聞くしか…ない…。だが——領主が変わってからは…ほぼ毎日だ…。人間が憎いと思っていたが…手を掛ける瞬間の顔は…一生慣れる事はないだろう。俺はもう…汚れきった。」


「お前の武器を作った俺も共犯さ。だがな、その刃でお前の心まで削るな…一人で絶対抱えるなよ?俺達の未来は必ず明るい…。そう信じて生きて行こう。」


「ああ。デリベラス…お前が幼なじみで本当に良かったよ。ありがとな。」


「俺の気持ちも全く同じだ…。」


デリベラスは立ち上がった。


差し伸べられた手を掴み、ブルクも立ち上がる。


「……村に戻ろう。」


「ああ。」


そして、二人は村へと戻って行った。


ピンク色だった空は曙色に染まっていた——。



——現在 会議所

 


ブルクはゆっくりと目を閉じた。


「当時の世界は自身の領土を広げる為、人と人が争い合っていた…。それは世界中の至る所で起きていた。朝も夜も関係なく、毎日多くの血が流れていたんじゃ。小人族は一人の領主に目を付けられ、雇われるようになった。——そして…ワシは人間を殺め続けていた…。」


ブルクは自身の手を見つめながら言った。


(今のブルク長老から、かけ離れすぎている……。)


フィオルはブルクを見つめ心の中で呟いた。

 


『人と人が…争ってはならぬ…。』


 

(ブルク長老はあの時、震えた声で言っていた…。そんな過去があったのか……。)


フィオルは眉間に皺を寄せ口を結ぶ。


ふと隣に座るアイベルを見ると瞳が微かに潤んでいた。


「もしかして…その領主というのが、今の都市長の先祖なのですか?」


ノワルヴェールはブルクに問い掛けた。


「……そうじゃ。」


「……。」


ユスティアは言葉を失っていた。


「そして時は経ち、小人族の運命の日が近づいていた——」



——百五十年ほど前



領土を巡る争いは激しさを増し、ついにこの地でも戦が起きようとしていた。


広大な地の両端に多くの人が武器を構え、睨み合っていた。


この日ブルクは領主の命により、小人族の戦士を率いてこの戦に参加していた。


「ワシが先頭。お主らは対峙したら二人組で一人を叩く…。背を合わせるんじゃ。」


ブルクは小人族の戦士に伝える。


小人族は十五。


対する人間は百を超えていた。



——戦地

 


「ここは俺達が守り続けていた土地だ…。負けるわけにはいかない!!」


一人の人間が武器を強く握る。


剣を握る音が伝播し、周りの者達は息を荒らげる。


雲の動きは早く、薄雲に透かされた陽の光は大地を弱く照らしていた。

 

小粒の雨が降り出す。


風が強くなり厚い雲が流れる。


次第に雨は大粒に変わり、大地を強く叩きつけた。

 


風が止む。


一瞬厚い雲の隙間から陽の光が大地の中央に差した——。

 


「「うおおおお!!!」」


武器を掲げ、雄叫びを上げ威嚇する。



「「行くぞ……!!」」


お互いの軍勢が、中央に向け走り出した。


———丘



「あの軍勢に小人族は敵うのでしょうか?」


「こっちには"血浴の剣聖"がいる。黙って見てなさい。」


離れた丘から小人族を雇っている領主が執事と会話をしていた。



———森の中

 

 

そしてまた一人、森の陰から戦を覗く男がいた。


(始まった……。先頭のあれがブルクという者か…。)


その瞳は戦場ではなく、ただブルクだけを見ていた。


この戦を忘れまいとするように、大きく瞳を開いていた。



———丘

 


「この地を得ればほぼ私の計画通り。この地は都市になる。私の都市だ。」


領主は微笑みながら大きく言う。


「素晴らしいです領主様。…その都市に相手の人間も住むのですか?」


「ハハハ。バカを言うな。恨む相手が、同じ所に住んでしまっては、あっという間に造った都市は崩れる。大丈夫だ。皆殺しにしろと小人族には伝えてある。」


「さ、流石です領主様…!」


 

雨は尚も大地を打ち続け、陽の光は消えた。


戦の熱気に影響された黒雲が大地の上空に渦を巻く。



「ほら見ろ!あれが"血浴"ブルクだ…!」


叫び声が丘まで響き渡る。



「おおお。」


丘の二人は遠くに吹き上がる血を見て、少年の目のように瞳を輝かせ興奮していた。

 


———戦地

 


「俺達の土地だ…。絶対にこの地は渡さ…」


「……。」


対峙した瞬間に目にも止まらぬ速さで切り捨てる。


ブルクは既に全身に血を浴びていた。


一人、また一人と目の前に現れた人間をただただ切り付ける。


「"血浴"だー!」


その掛け声に逃げ出す人間もいた。


泥濘に脚を取られ、逃げ遅れた人間の背中を突き刺す。

 


無情か…?


いや、ブルクの瞳からは涙が溢れ続けていた——。


 

(小人族の未来の為に……。)


この言葉を胸にブルクは剣を振るっていた——。



———



(あれが…小人族を雇った人物か…。)


そして森にいた男は、丘で見物する二人の後方で身を屈め、耳を傾けていた。

 

「あっという間だった…。」


雨が止んだと同時に——戦は終わった。


「そう…ですね。」


執事は目の前の光景に声を震わせていた。


雨に濡れた泥水に大量の血が混ざる大地。


離れた丘にまで漂う鉄の匂い。


剣戟の音も…命を燃やす声も消えていた。

 


「一人で半数近く殺っていた…。さすが"血浴の剣聖"ブルク。」


「先程から言われるそれは…」


「私が作った彼の呼び名だ。ぴったりだろう?」


「はい!」

 


("血浴の剣聖"…か。たしかにそうだな…。)


森にいた男は大地の中央に立ち尽くすブルクを見つめ心の中で呟いた。

 


「さあ、村に帰ろう。後でブルクが私の家にくる。」


領主はそう言い、後方の男に気づくことなく、執事と共にその場を後にした。



———戦地


 

「皆、無事か…?」


辺りを見回しながらブルクは言った。


「こっちに何人か重傷者だ!」


「すぐに手当てを!」


重傷者の元へ駆け寄り、薬草を使い応急処置を取る。


小人族の中に怪我人は出たものの、死者はいなかった。


「すぐに村へ!…皆は先に帰ってくれ。ワシは領主の家に寄ってから帰る。」


「そうか。気をつけてな。」


ブルクは小人族の背中を見送り目を瞑った。


顔を空に向け、陽の光を浴びた。


(大きな戦だった…。死者が出なくて本当に良かった…。)


そして再び目を開け、振り返る。

 


「……!!」


いつから立っていたのか、いつからこの場にいたのか、一人の男が立っていた。

 


ブルクは反射で剣を抜く。


男は目を見開き両手を上げた。


「私は敵ではない…。見ろ。武器など持っていない。」


男はその場で一回転し丸腰を見せる。


「何者だ…!」


「私は各地を巡るただの古い商人だ…。君の噂は私の耳にも届いている。……ブルクだろう?」


警戒を解かないブルクに、男は悲しげな表情を浮かべる。


表情の変化にブルクは眉を顰める。


陽の光が雲に隠れた。




「——辛いん…だろう?」


吐息混じりに放った男の言葉。


剣を握っていたブルクは脱力し、剣を地面に落とした。


視界が無意識に涙でぼやける。


 

「私はあの丘で見ていた。」


遠くに見える丘を指差し男は言う。


「泣いていた…。あの涙…大雨が降っていても私には見えていた。」


男はブルクの剣を拾い、手渡しながら言った。


「私はフィアーバ。せめて顔くらい拭いた方がいい。」


懐から布切れを渡し、フィアーバは柔らかい表情でブルクの顔を見つめた。


「…すまない…。」


布切れで顔を覆うように拭く。


「ほらな。泣いている…。」


広げた布切れには鮮血がべったりと付いていた。


ブルクはそれを見て涙を流していた。


「人と人が争っては…いけない。分かっているんだ。互いに…愛する者の為に生きているのだから…。」


「そうだな…。そして、互いに守る為に命を懸けている。」


フィアーバは大地に倒れる血まみれの人間を見回しながら言う。


「ああ。だが……彼等の命が戻ることは…ない……。愛する者を守ることも出来なくなってしまったんだ…!」


「……君は神樹ラヴィエルを知らないのか?」


「小人族はあまり遠くへはいかない…。その名だけは何度か聞いた事がある。…何故?」


「あの樹は神の力を持っている。生命を抱く樹だ。」


ブルクは眉を寄せた。


「死者の魂も…あの樹の根元に埋めれば宿ると言われているのだ。」


「そんな御伽噺があるのか!?」


ブルクは倒れた人間達へ振り向く。


「人間は太古から死者をラヴィエルの元へ埋葬する。ただ、戦場で亡くなった者は埋葬されないことが多い…。」


「そんな!…では…!」


ブルクは駆け出そうとした。


「一人では無謀だろう?」


ブルクは振り返る。


「私も手伝うぞ?」


「いいのか!?果てしないぞ?」


「ああ。いいとも。君の涙を見てしまったからな。二人でやれば半分の時間で済む。」


それから二人は小人族の馬車小屋へ向かった。


小人族の村の近くにある古い馬車小屋。


そこから馬車を引き、再び戦地へ戻った。

 


陽は既に傾き、低い位置にあった。


二人の影が大地に大きく写る。


「さすが小人族…。私の三倍以上運んだな…。」


「彼等は守る為に戦ったのだ。早く連れていかねばと思ってな。」


そして、人間達を馬車に積み、二人はラヴィエルへと向かった——。

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