第十話 密命
——会議所
「では…武器を預かります。」
会議所の入口で、フィオル達はルクスに武器を預けた。
「厳重だね…。」
ディルケは小さく言う。
それに対してフィオルは溜め息を一つ吐くと口を開いた。
「アンティカルの方達は何を考えているか分かりません。武器を預ければ大事にはならずに済みますからね。」
「なるほどね…。」
その言葉に、ディルケは一瞬地下道で見た血溜まりの地面を思い出し、ぎこちなく笑みを浮かべ返した。
そして、一行は緊張の面持ちでゆっくりと会議所へ入っていった。
大きな部屋に四角く形を作った机。
入口に一番近い位置にはブルク、その隣にミトが背を向けて座っていた。
中に入ると、目の前に腰掛けるブルクは振り返り、立ち上がった。
「目覚めたと聞いたが、まさかここへ来るとはのう。」
最後に入った、アイベルと手を繋ぐユイベルを見てブルクは言った。
「小っちゃいおじいちゃん!お爺さんも一緒!」
ブルクとミトを見るなりユイベルは声を上げた。
ミトは手を上げ応え、微笑む。
「ユイベル…!ブルク長老よ…!すみません…。」
アイベルは慌てて頭を下げ、ユイベルに小さくも強く言った。
「ハッハッハッ。いいんじゃよ。…して。何故おるのじゃ?」
ユイベルはアイベルの顔を一度見る。
もじもじと身体を揺らすが、ブルクに視線を移すと姿勢を正す。
「…大事な…話があります。」
ユイベルは小さく言った。
「そうか…。では皆が集まってから話をしてもらおうかのう。さぁ座りなさい。」
ブルクの呼び掛けにゆっくり頷き、会議所の大きな机に並ぶ椅子に腰を掛ける。
それから続けてデュール、ノワルヴェールが到着し、着席するとオラディ村の参加者は勢揃いした。
重い空気が漂う。
燃焼時計の音がジリジリと静かに響く。
ただならぬ空気を感じないユイベルは手遊びを始めた。
その時だった——。
呼鈴の音が鳴ると、集まる一行は顔を上げた。
誰も言葉を発さなかった。
そしてゆっくりと扉が開く。
(来た——。)
フィオルは目を見開き扉の先を強く見つめる。
武器を預ける様子が見える。
大男三人が入った瞬間、会議所の空気が一気に下がったように感じた。
男達が歩くと床の軋む音が大きく響く。
そして遅れてルクスに微笑み、会釈をするユスティアが見えた。
瞳を細める優しそうな表情。
だが——。
会議所に足を踏み入れた途端、その微笑みは跡形もなく消えた。
(……?)
フィオルは眉を顰め、その瞬間を見逃さなかった。
ユスティアは扉をゆっくりと閉じ、自身に背を向けるブルクに視線を移す。
(ブルク長老に手を出したら…。)
フィオルは懐に隠した小剣の柄を指でなぞる。
足の指は地面を強く押し付け、力を溜めていた。
呼吸を止め、ユスティアの挙動を見逃さないよう目に力を込める。
ユスティアは静かにブルクの後ろを通り過ぎた。
フィオルは細く、そして長く息を吐いた。
隣に座るアイベルはフィオルの異変に気付いたのか、顔をを向けた。
「フィオル…?」
「…ああ、大丈夫。」
三人の男達の中心にユスティアが座る。
フィオルは小剣から手を離し、机の上に置いた。
ユスティアは俯いていた顔を上げ、対面に座るブルクを真っ直ぐ見つめる。
空気が重い。
外の音が聞こえない。
無音の大きな箱に入れられたような感覚。
ユイベルは手遊びを止め、目だけで集まった一同の顔を見回していた。
沈黙が続く——。
(……!?)
顔を上げ、ブルクの眉間に皺が寄る。
(今…何と?)
ブルクは"透心考"でユスティアの思考を拾った。
瞬きを一つし、ユスティアを見つめ返した。
『ブルク長老…。助けて下さい——。』
突然ブルクは立ち上がった。
「窓を閉め、帳を降ろしてくれるかのう。」
エディウスはブルクの低く放たれた呼び掛けに反応し、会議所の窓を全て閉め帳を降ろした。
ユスティアと大男三人を除き、誰もが首を傾げていた。
そして、ユスティアと大男三人は机の上に手を置く。
(丸腰と言っている…。)
フィオルは心の中で呟いた。
「度重なる無礼。お詫び申し上げます。」
ユスティアは机に額を付けた。
会議所が静まり返る。
(どういう…ことだ…?)
フィオルはノワルヴェールとデュールの顔を交互に見るが二人も理解出来ていない様子だった。
「アルブ・ピリスでの騒動、そしてフィオルくん宅への夜襲…。皆様には迷惑をお掛けしました。私達アンティカルに…どうか…力を貸して頂けないでしょうか。」
再び沈黙が訪れる。
長い沈黙だった。
理解しようとするが思考が複雑に絡み、一向に答えが出なかった。
「…は…?何を言っているんだ?アルブ・ピリスのレストランを破壊し、隊長の家に夜襲を起こしておいて…。」
思考が爆発したエディウスは立ち上がり、声を上げる。
理解したくなかった。
エディウスの拳を握る手は震えていた。
(お母様と食事を約束した場所は彼等に破壊された…。大切な時間をお母様と過ごそうと思っていたエディウスが怒るのは…当然…。でも…討伐依頼で集落の人が言っていた事…ユスティア支部長の顔は…どうしても嘘をついているとは思えない…。)
アジルは隣に立つエディウスの横顔を見て心の中で呟き、エディウスの裾を引いた。
エディウスはユスティアの行動に不信感を拭えていなかった。
「手を貸して欲しいのなら…何故それを言わずにこんな事をしたんだ?」
ノワルヴェールが問う。
ユスティアの口元に一同は注視する。
——オラディ村 近くの山
数人の兵士が暗い山の中にある木に登り、会議所を見つめていた。
「ちっ。帳を降ろされた…。中は見えない。」
「村人に紛れて会議所の近くにいた奴からも…中の声は聞こえないみたいだ…。」
「そうか…。じゃあ、ここは引くか?」
「どうするか……。」
兵士は木を降りると生い茂る木々に身を潜めた。
——会議所
「…私達四人は…見られているのです。」
「誰にだ?何の目的で?」
デュールは間を空けずに口を開く。
「都市長と…彼が率いる都市兵です。」
ユスティアは俯き、拳を握る。
そして顔を上げブルクを真っ直ぐと見た。
「都市長から直々に私へ下された任務…。」
ユスティアは一旦言葉を止め、息を呑んだ。
「ブルク長老…あなたの…暗殺です…。」
ブルクは大きく、そしてゆっくりと頷く。
(やはりか…。)
「バカな…。都市長はブルク長老を強く信頼しているはず。だからソウルガーディアンズの本拠地である、ここ、オラディ村に居られるのだぞ?」
ノワルヴェールは強く言った。
そして立ち上がり、ユスティアに歩み寄る。
「訳の分からん事を…混乱させたいのか?」
「ノワルヴェール。待ちなさい。」
今にも胸ぐらを掴みそうになるノワルヴェールにブルクは言った。
「あの人達はアンティカルって所から来たの?」
その時——突然ユイベルが口を開いた。
「…そうよ。私達のいるコール大陸の隣にある大陸よ。」
「じゃあその大陸は危ないかもね。」
その言葉に、一斉に視線がユイベルへ集まる。
「な、何で?」
アイベルは首を傾げ問う。
「アンティカル大陸の南の方…。今日私の所に来た鳥さんが言ってたわ。"小さな村が壊れてる"って。」
一瞬、会議所から音が消えた。
「…待て。アンティカル大陸の南が危険だということは分かった。たしかにこれは早急に人員を向けるべきだ。だが、その前にブルク長老を暗殺するとは?」
ノワルヴェールは眉間に皺を寄せ言う。
「私は都市長に見出され、支部長になりました。私は他の大陸よりも貧困である自身の大陸を発展させるべく…」
「剣闘士としてアルブ・ピリスで名を上げていたのじゃろう?…思い出したぞ。」
ユスティアの会話の途中でミトが口を開いた。
「すまんな。ワシは古い商人のミトじゃ。」
ミトは手を挙げながら自己紹介をさっさと終わらせる。
「私をご存知で?」
「うむ。いかにも。さぁ続けなさい。」
「はい。人と人の殺し合い…。それはアルブ・ピリスで密かに行われていた興行…。私は勝ち続け、そして都市長に目を付けられたのです。支部長に任命され、最近直々に都市長が私の元へ。そして暗殺せよと…。」
「人と人が殺し合いをする興行だと?」
ノワルヴェールは眉を上げ言う。
「アルブ・ピリスはどうなってるんだ…!」
ノワルヴェールは机を叩きながら言う。
エディウスとアジルは大男三人と対峙した時に、戦いを煽る都市民達を思い出す。
「エディウス。」
「ああ。アジルも気付いたか?都市民達は無意識に興奮していたんだ。その…密かに行われている殺し合いを…間近で見たくなっていたんだな…。」
二人の表情が曇る。
「何故暗殺を断らなかったんです?」
フィオルが問う。
「人質ではないか?ユスティアよ。」
ブルクは心当たりがあるかのように間を空けずに小さく言った。
「……。はい。長老のおっしゃる通りです。」
ユスティアは机に付く手を強く握る。
「……彼等の家族が、人質に取られました。」
大男三人は俯き、身体を震わせていた。
「都市長は都市兵を通し、私を常に見ていました。オラディ村で集会が決定した時…暗殺の指示が下され、彼等の家族は知らぬ間に人質に…。そして、おそらく今も…この集会を見ているはず。ブルク長老、帳を降ろして頂きありがとうございます。」
ブルクは大きく息を吐き口を開く。
「ここにおる皆には…話さねばならぬ事がある…。それは…ワシの過去。現都市長とは因縁のようなものがあるのじゃ。初めに言うが、ワシはその人質と引き換えに、自身の命を失う覚悟を持っておる。」
「お待ち下さい!そんな事があってはならない!」
ノワルヴェールは強く反発し、その場の誰もが頷いていた。
「私の目的はただ一つです。アンティカル大陸の人々を守る事。ブルク長老が命を失うことは決してあってはならない事だとは私も承知しております。」
ブルクは口を結びユスティアに向け頷く。
「皆に聞いてもらおう。都市長との因縁が生まれた…ワシの過去を…。」
ブルクは静かに語り出した——。
「あれはワシが若い頃に遡る——」




