第八話 嫌な予感
「夜襲か……。」
組んだ手に顎を乗せブルクは呟く。
「はい…。集会を控えているのに…。」
フィオルは拳を強く握る。
「この件は集会の前にノワルヴェールとデュールにも伝えなくてはならぬな…。」
「そうですね…。集会ではどのような話を?」
「…今回はダイアボの件についてじゃ…。アンティカル大陸に渡るはずの人々が、人攫いに遭ったというアジルの話を受けて、アンティカル大陸に調査を依頼したくてのう。」
「なるほど。」
「うむ…。ユスティアは何をしようとしておるのか分からぬ…。あやつに従う大男の三人もじゃ。」
少しの間――。
ブルクは夢で見たものを思い出し顔を顰めた。
その表情をフィオルは見逃さなかった。
「長老…やはり何か気に掛かる事が?顔色も少し……」
「気を遣わせたのう。すまぬがノワルヴェールとデュールを呼んでもらえぬか?話しておかねばならぬ事がある。胸騒ぎがしてな…。どうにも嫌な予感が拭えぬ。」
「分かりました…。」
どこか落ち着かない様子のブルクに、フィオルはぎこちなく頷き、直ぐにブルクの家を出た。
(忘れることは無い……。あの夜の事を…。じゃが何故今思い出す……?もう…しばらく見ておらぬ夢なのに…。)
ブルクは自身の手を見る。
震えは未だ止まっていなかった。
あの夜の記憶が、再び胸の奥で蠢いていた――。
――療養施設
朝早くから療養施設は多くの人が訪れていた。
怪我人から定期診察、更には施設の周りにもユイベルを一目見ようと人が多く集まった。
それに加え、見た事のない物が多く置かれる施設内は、好奇心旺盛のユイベルにとってまるで宝箱の中にいるように、はしゃぐ始末であった。
それでもアイベル、クラル、ルイナはユイベルの質問に応えながらも、次から次へと訪れる村人達に対応していた。
「お姉ちゃん私も手伝うよ!」
「う、うん。ありがとう…。」
「っあ、ユイベルちゃんその薬は触っちゃダメよー。」
「忙しそうだなあ!アイベルちゃんもルイナさんも!」
「ホントですよー!」
「ハハハハッ。」
クラルはユイベルに翻弄されるアイベルとルイナ、そしてそれを見守る村人達の笑顔を見て、心の底から笑っていた。
(ここは普段は気持ちが沈む場所でもある……。それなのに…皆、笑っておる…。)
「アイベル。」
「はい!」
「ユイベルと一緒に怪我人の対応をしてくれぬかのう。患者は奥の部屋で待ってもらっておる。」
「ユイベルとですか?でも…」
「お姉ちゃんと一緒に!?」
「うむ。大丈夫じゃろう。さぁ、行っておいで。」
「分かりました。」
アイベルはユイベルの力を、事前にクラルへ話をしていた。
クラルは二人の背中を見送る。
(10年前、アイベルが初めて心願で治療した時を思い出すのう。ユイベル…お主にも出来るはずじゃ。)
「お兄ちゃん達痛そう。」
「そうね…。」
奥の部屋には三人の隊員が仰向けで待っていた。
「昨日、獣の討伐依頼で運悪く大型の獣に当たった。アイベルちゃん、よろしく。」
「俺は朝一の巡回でダークウルフに襲われて腕を噛まれちまった。」
「俺は昨日の夜フルクレプスに襲われた。頼むよ。」
「大変でしたね…。では…始めますね。」
アイベルは一人の隊員の横に立ち目を瞑り、心願を使う。
ユイベルはアイベルの治療を目の当たりにして、その隣の隊員の横に立ち、隊員の手を握った。
(私にも出来る……。)
「な、何をする気なんだ?この子は…。」
ユイベルの行動に隊員は戸惑う。
ユイベルは応えずに目を瞑った。
白い光がユイベルの手から放たれる。
「え…。痛みが無くなっていく……。」
目を開けたアイベル。
「ユイベル……勝手に……。」
アイベルは咄嗟に手を伸ばす。
だが、その手は途中で止まった。
人を救った妹を、叱る事が出来なかった。
「どう?お兄ちゃん!?」
「……ありがとう。助かったよ…。」
目の前の光景にアイベルは微笑む。
「ハァ……ハァ…。」
ユイベルは息を切らしていた。
「治してくれてありがとう。でも、私がお願いしたらにしよう。力の使い方がまだ安定してないみたいだからね。」
「……。」
ユイベルは静かに頷いた。
そして、残りの隊員の治療を終えると二人は部屋を後にした。
――剣撃隊 家屋
討伐依頼の紙が多く貼られる木板。
討伐済みの物は赤いバツ印が付けられていた。
「目標は夕方までに戻る事…。アジルはどうする?」
「ディルケさんもいるんでしょう?私も行くわ。」
「よし。じゃあ行こうか…。」
エディウスとアジルは一枚の討伐依頼の紙に名を記し、外へ出た。
「オラディ村の南の地下道に獣の侵入か…。数が少ないといいな…。今日の集会に参加してくれって、隊長から置き手紙があった。」
「エディウスも参加するのね。」
「ああ。…俺はあの人達に会いたくないけどね…。」
エディウスは地面に落ちていた小枝を蹴飛ばしながら言った。
剣撃隊の厩舎へ二人ら向かう。
「……ディルケさんは地下道に関心を持ってる。昨日、紙に記しを書いたって隊の人が言っていたわ。私も地下道に行ったことないし……ちょっとワクワクする。」
話を変えアジルは言う。
「まずは獣討伐だよ。早く終わったら少し散策する?」
「うん!」
それから二人は厩舎に着くと馬に乗り、集合場所である南門へと向かったのだった——。
———
カチャ
二人とは入れ違いでフィオルは家屋に訪れた。
「隊長おはようございます。」
「ああ。おはよう。…エディウスとアジルはまだ来てない?」
「ついさっき出てしまいましたが…」
(くそう。夜襲の件…ノワルヴェールさんとデュールさんには声を掛けた。二人にも話をしておきたかったが…遅かったか…。ブルク長老の家にも寄って欲しかったんだけどなあ……。)
「分かった。ありがとう!今日も気を付けて任務に当たってくれ。」
「はい!」
それからフィオルは手紙を書く。
(とりあえずブルク長老の家に戻るしかないか…。討伐依頼の紙に二人とディルケさんの名があった…。すぐに終わる依頼だ…。帰ったらすぐに集会についてブルク長老の家に寄ってもらおう。)
「さぁ。頼んだぞ!」
フィオルは手紙を伝書鳥に括り付けると空へと放った。
――南門 エディウス アジル
中央通りを南門へ、馬に乗り向かう二人。
「出発点の南門の集合時間まであと5分…。もう着いてるかな?」
「…見えたわ。あれ?ディルケさんと…誰だろう?」
アジルは南門の真下に見えた二人を指差す。
「あれは…ディルケさんと鳥獣に乗っていた老人じゃないか?」
ディルケはエディウスとアジルに気付き手を挙げた。
「おはよー。まさか二人が来るとはねー。」
「「おはようございます。」」
「久しぶりですね。ディルケさん。」
「ハハハ。そうだね。ずっと地下道に籠ってたから、この村で会うことはなかったね。」
ディルケの隣にいる老人に二人は視線を移す。
「ああ。彼はミトさん。」
ディルケはミトを手で示しながら紹介する。
「ワシはミト…商人じゃ。」
「ダイアボで一度…。」
エディウスは呟くように言う。
「そうじゃ。挨拶は初めてじゃな。」
二人はミトと握手をした。
「この村に来てから彼とずっと行動してたんだ。といっても地下道ばかりだけど。」
「ワシは古い商人…先祖代々、皆商人じゃった。」
「そうなんですね。この辺りの事も詳しかったり?」
「もちろんじゃ。」
「それは良かったです。では…よろしくお願いします。まずは、この先の森に入りましょうか。目的はその先…地下道の獣を討伐です。」
三人は静かに頷いた。
「そうだね。二人が一緒なら安心だ。」
ディルケは口角を上げながら言った。
それからディルケはアジルの馬へ、ミトはエディウスの馬へと乗り込んだ。
そして、一行は南門を抜け森へと消えていった。
――ブルクの家
丸い木のテーブルを囲うように座る四人。
「忙しいのに呼んですまんのう……。」
眉を顰め、沈んだ表情を浮かべブルクは口を開く。
「いえ…。」
ノワルヴェールは首を横に振った。
ブルクの見た事の無い表情に、ノワルヴェールとデュールは顔を合わせる。
ブルクは大きく息を吐く。
ブルクから放たれる言葉を待つ三隊長。
息を呑み、鼓動が早くなる。
長い沈黙。
それとは裏腹に、外からは中央通りを行き交う人々の声が窓を越えて部屋に落ちる。
(尋常ではない空気……。)
じわりと汗ばむノワルヴェールは耐えれず口を開く。
「長老……。集会の件…でなければ集会が終わった後の方が良いのでは?」
(ノワルヴェールの言う通り…。フィオルから告げられた夜襲の件もある…。その犯人であるアンティカル大陸の連中の対策を講じることが最優先な気がする。)
デュールは一行を見回し、心の中で呟いた。
ノワルヴェールの問いにブルクは顔を上げた。
続けてデュールに視線を移す。
「二人ともすまんのう…。デュールよ…その心の声が正しい。……ワシは焦り過ぎているかもしれん。」
デュールは顔を上げる。
ブルクは御業"透心考"でデュールの心の言葉を読んでいた。
「うむ…。まずは集会じゃな。」
「はい。ですが、フィオルから夜襲に遭ったと聞きました。」
ノワルヴェールはフィオルに視線を向けて言った。
「黙ってはいられませんよ長老。フィオルが止めなければ、アイベルとユイベルは……命を落としていたかもしれません。」
腕を組み、デュールは強く言う。
「うむ…。…集会にどう臨むかじゃな。」
「エディウスの手紙にもあったようにユスティア支部長は僕達の甘さを見ると言っています。何か仕掛けてきそうで怖いですね…。」
フィオルは夜襲を思い出しながら言う。
ノワルヴェールは息を吐く。
「集会の現場に入る際に武器を預かりましょう。そうすれば大きな争いに発展しないはずです。集会の目的は争う事ではない…。」
「そうじゃな。ノワルヴェールの案を取り入れよう。気を張り過ぎず、冷静に集会に臨もうかのう。」
「「「はい!」」」
それから一行はブルクの家を後にした。
「また後でな。」
ノワルヴェールは軽く手を挙げると、振り返ることなく足早に去っていった。
「フィオル。何か動きがあれば容赦はしない。大丈夫だ。じゃあな。」
俯いていたフィオルに、デュールは声を掛け背中を叩いた。
「はい…。」
(小剣を持って行こう。アンティカルの連中を信じる事は出来ない…。)
フィオルは心の中で呟きその場を後にした。
――地下道
灯りを持つエディウスを先頭に地下道を歩く四人。
「ここの地下道は初めて来た…。北側の地下道より広いな…。」
エディウスは呟いた。
天井から滴る水滴の音が静かに響く。
空気は少し湿り、土の香りの中には微かに木の匂いが交じっていた。
地下道を進むが、依頼対象の獣は一向に姿を現さない。
静か過ぎる…。
四人の胸に、同時に同じ疑問が浮かんでいた。
本当に、獣なのか?と――。
エディウスは急に立ち止まり、手を挙げる。
(匂う……。これは…血の匂いだ……。)
「アジル。」
エディウスはアジルの名を呼ぶ。
「ええ。感じてる。もう剣は抜いてるわ。」
歩みを落とし、慎重に進んでいく。
その時だった。
薄暗い地下道の奥――。
そこに、一つの人影が立っていた。




