第五話 繋いだ手の記憶
衝撃の発言を受けて、三人の食事には会話が無かった。
ユイベルはアイベルの隣にくっつくように座り、静かに料理に手を伸ばす。
「美味しい…。」
小さく零し、笑顔を作るが、その表情はフィオルには見せず、アイベルに顔を向ける。
アイベルは苦笑いをしフィオルの表情を窺う。
「いやー美味しいな!ユイベルも作ってくれたんだね!ありがとう。」
痺れを切らしたフィオルは大きめの声を上げ、ユイベルの表情を窺う。
だが、そっぽを向きフィオルに返すことはしなかった。
「ユ、ユイベルが野菜を切ってくれたの!形も整ってて綺麗に切れてる!食べやすいわ。」
「良かった…!」
アイベルの言葉には笑顔を向け返すのであった。
(く、悔しい…。何で嫌われてるんだ…。)
心の中で呟きながら料理を口に運ぶ。
「…ん?」
フィオルはふと窓の外を凝視する。
「どうしたの…?」
「今…奥に見える山の木の葉が…凄い勢いで揺れた気が…。」
手を止め耳を澄ませる。
微かに聞こえる風の音。
沈黙が訪れる。
そしてユイベルの食器の音が響く。
ユイベルはピタッと手を止める。
目をパチパチとさせ、アイベルの顔を見上げ、袖を掴む。
「ごめん…。気のせいだったみたいだ…。」
そして再び食事を再開しようとした瞬間——。
「……!!」
突然アイベルの目が見開き、隣に座るユイベルに覆い被さるように両腕で包む。
そして——。
パキンッ
部屋にある大きな窓に亀裂が走る。
やがて、大きな音を立てて割れると、アイベルの顔の前にフィオルの手が伸びる。
ドスッ
鈍い音が響き、アイベルはゆっくりと顔を窓に向けた。
「嘘…。」
息を漏らしながらアイベルは言った。
とっさにユイベルの目を手で塞ぐ。
フィオルの右手、掌を一本の矢が貫通し、アイベルの目の前で止まっていた。
血は部屋に飛び散り、フィオルの身体は怒りに震えていた。
(この人…私とお姉ちゃんを守った……。)
「アイベル!ユイベルを奥の部屋に!」
「う、うん!」
矢を抜き、矢の飛んで来た方向を凝視する。
(山…木が多すぎて分からない…。一体誰だ…!…もしや…)
「フィオル大丈夫!?手を見せて!」
ユイベルを奥の部屋へ移し、アイベルはフィオルに駆け寄り、心願を使う。
ユイベルは部屋の扉を開け、二人の様子を見ていた。
一瞬部屋が白い光に包まれる。
「ありがとう。…アイベル。視えるかな?」
掌の穴は塞がり、拳を握り締める。
「え、ええ。」
フィオルはアイベルを見つめゆっくり頷いた——。
———
森の中からフィオルの家を見つめる四人。
「あれが…心願…。」
三人の男の後ろからユスティアが声を上げた。
「初めて見れた…。こんなもので殺られていたのなら…隊長は降りてもらう予定だったが…まぁいいだろう…。これ以上は割に合わない…。」
ユスティアは振り返り、森の奥へと歩いていく。
「行くぞ。」
「「「ハッ!」」」
三人の男はユスティアに付いていく。
ドスッ
「うっ……!」
突然ユスティアの後ろを歩く一人の男が声を漏らす。
振り返るユスティアは目を疑った——。
「………!!」
男の脚に矢が刺さっていたのだ。
(矢…だと…?)
ヒュン
続けて風を切る音が聞こえ、ユスティアは剣を抜いた。
二つの矢が既にユスティアの両目に迫っていた——。
「——!」
寸分で顔を後ろに反らし、ギリギリで躱す。
「くっ……!!」
ユスティアは息を荒らげる。
(危うく……光を失う所だった——。)
「急げ!引くぞ……!」
(私達の人数…それに、私の顔の位置が見えていたと言うのか…?…それが分かっていた……。まさか…私を振り向かせる為に…一投目をわざと脚に当てたのか!?私が甘かった…。あり得ない…スターキイ以上だ…!)
ユスティアは振り返り、木の葉の隙間から見えるアイベルを見る。
そして、向き直りユスティアと三人の男はその場を走り去った。
「去った…。」
アイベルは番えていた弓を下ろす。
「そうか…。」
「フィオルの言った通りホントに四人だった。それより大丈夫だったの?」
「何が?」
「私は目を狙ったわ…。当たらなかったからいいけど…。もし、あの人が防げなかったら…大問題になってたんじゃ……。」
「大丈夫。アイベルの矢は強烈だけど、あれを捌けないようじゃ支部長なんて務まらないよ。」
フィオルは貫かれた手を握る。
「…さぁ。血は料理に入ってない…。掃除してご飯を食べよう…。」
フィオルは笑顔で言い、奥の扉から顔を出していたユイベルに向かい手招きをした。
「驚かせてしまったね…。」
眉を下げフィオルは言う。
少しの間。
「ありがとう……。」
小さく零した感謝の言葉は、フィオルに大きく響いた。
アイベルと顔を合わせ、ユイベルに向かい笑顔を向ける。
「ご飯ホントに美味しいよ。ありがとね。」
(良かった…。)
フィオルは心の底から安堵した。
「何で傷付いてまで守るの…?」
ユイベルから問われフィオルは真っ直ぐ瞳を見つめた。
「ユイベルは……俺にとって大事な人だからだよ。命を懸けても…守りたい人なんだ。」
ユイベルの手が止まる。
瞳は涙に滲んでいた。
「そ、そう…。」
強がっているのか、ぶっきらぼうな返事にアイベルが頭を撫でると涙は溢れた。
ユイベルのその様子に二人は微笑む。
「今日は色々あった…。アイベル。今日はユイベルと奥の部屋で一緒に寝てくれ。」
「分かった…。フィオルは…?」
「俺はここにずっと居るよ。まだ……終わってないかもしれないからね。」
アイベルはゆっくり頷き、割れた窓の先を見つめた。
それから食事を済ませ、アイベルとユイベルは奥の部屋に入った。
フィオルは二人が部屋へ入ったのを確認すると、仕舞っていた剣を近くに置き、割れた窓の外を眺めながら座る。
(見られていた……。ここは気を休ませる場所だと、無意識に考えていた…。気を緩めてしまった…。)
フィオルはエディウスからの手紙の一文を思い出す。
『支部長ユスティアという男…彼はコール大陸の隊員の甘さを見ると言っていました。僕は彼の接近に、剣に手を伸ばすことすら出来ませんでした。どうかお気をつけを…』
「もっと気を張らなきゃな…。」
フィオルは拳を握る。
(さっきの夜襲は確実にあの人達…。明日の集会で何も言ってこなければ——詰めて話を付けるしかない…。)
フィオルは月を見上げる。
「……舐められてたまるか。とにかく今は再び襲って来ないか警戒しないとだな……。」
月は雲に翳り、まるで視界が奪われていくようだった——。
天井を見つめるユイベル。
アイベルはその横顔をチラッと見る。
「眠れない?」
「……ううん。お姉ちゃんがいるから…眠れると思う。」
「……。」
今まで気を休めて眠れていなかったのではないか…。
暗い夜を一人で寝ていたのではないか…。
聞きたかった。
今まで何故離れていたのかを。
アイベルは息を飲み込む。
そして深く息を吐き出した。
「ユイ…ベル…。」
天井に向いていた顔をアイベルに向ける。
目が合いアイベルは一瞬逸らす。
だが——再び目を合わせ真っ直ぐ見つめるとゆっくり口を開いた。
「私とあなたは……姉妹…。」
言葉は出さずにユイベルは頷く。
「何故…離れ離れだったの…?」
少しの間——。
ユイベルのゆっくり開く口をアイベルは注視する。
「……お姉ちゃんが……手を…離してしまったから……。」
その言葉にアイベルの思考が一瞬止まった。
次の瞬間——。
アイベルの瞳から涙が溢れ出す。
巨蝶パラファラの鱗粉を吸い、寝てしまった時に見た、白い光の世界の中。
白いシルエットの女性に言われた言葉を思い出す。
『アイベル…。繋いだその手は決して離してはいけません。あなたにとってそれは特別な"愛"なのです。』
「あの時……隣で…手を繋い…でいたのは…。」
言葉を詰まらせながらアイベルは話す。
「私よ…。」
口を手で塞ぎ涙は溢れ続ける。
「…寂し…かった…。」
言葉を詰まらせ、徐々に滲むユイベルの瞳。
「……ごめん…ね。」
震える声で、アイベルは言った。
ユイベルは首を横に振る。
「謝らないで…?今はもう…お姉ちゃんの隣にいるから寂しくなんかないの。」
言葉とは裏腹にユイベルの瞳から涙が溢れ出す——。
シクシクとすすり泣く音が聞こえフィオルは立ち上がる。
(俺が行くのは……違うよな。)
だが直ぐに再び座る。
一頻り泣き、落ち着きを取り戻した二人。
二人はベッドに腰掛けていた。
ユイベルはアイベルの目を真っ直ぐ見つめ口を開く。
「私が目を覚ましたのは——少し前のこと。私はお爺さんのお家で目を覚ましたの。蝶が羽ばたくような音が聞こえて目を開けた……。岩で囲まれた扉の無い暗い部屋で。」
アイベルはゆっくり頷く。
「お爺さんが目の前に居た——。」
ユイベルは当時を思い出すように目を瞑る。
——ユイベルが目覚めた時
暗い部屋で目を覚ます。
岩に囲まれたこの部屋には自然の光が細い線で差し込む程度であった。
背中に岩の冷気を感じる。
見た事のない光景。
灯りが自身の周りに点々と置かれ寒さは感じなかった。
視線を色々な場所へ移すと目の前には老人が立っていた。
「おおお。やっと目覚めたか…!」
「お姉ちゃん…。手が…離れちゃった…。」
白い世界でアイベルと手を離した瞬間、蝶の羽ばたく音が聞こえ、目を覚ました。
繋いでいた手を見つめ動かす。
「……?大丈夫かな?……十年も前じゃ。お主を洞窟で見つけてここへ連れてきたんじゃ。名は何という?」
「私はユイベル…。お爺さん。ここは?」
「ここはワシの住処じゃ。獣にも見つからん。誰にも見つからぬ場所。故に安全な場所じゃよ。十年もの間お主はここで眠っておったのじゃ。」
「そう…。」
(皆で飛んだけど…お姉ちゃんが…手を離しちゃったから…私と離れ離れなのね……。)
「お爺さんは何をする人?お姉ちゃんを探すの手伝ってもらえる?」
「ワシは商人じゃよ。うむ!手伝おうとも。何をすればよいのかな——?」
——現在
「私達は飛んだの。この世界に。この…竜の住まう世界に。」
ユイベルの衝撃の発言にアイベルは言葉が出なかった。
「私はこの世界にいるお姉ちゃんを探した…。お姉ちゃんが力を使うと感じたの…。」
「ごめん……。話に頭が追い付けない……。」
アイベルの眉が八の字になる。
「…ユイベルは私と姉妹…。でもあなたは双子だって言った…。……十年間ユイベルは歳を取らなかった…。私は歳をとって今では大人になった…。」
「そう…。私達は双子…。」
「ど、どういうこと……?」
「お姉ちゃん…。しっかり聞いて。」
アイベルはユイベルの口を注視し頷く。
鼓動が早くなるのを感じ、視界が微かに揺れる。
「私達はね。……女神の……器。」
アイベルの思考は止まった——。




