第三十二話 魂の再会
エディウスは目の前の光景に、その場に留まり剣を構え固まる。
一瞬弾ける火花に人影を二つ見つけたものの、次に瞬きをした瞬間、その姿を捉えることが出来なかった。
「速すぎる…。」
(誰だ…?…あれは…エディウス……!!)
(邪魔者か……。)
フィオルとアイザムはエディウスを見つける——。
「うわぁ!」
突然、エディウスの前の風が裂ける。
気付いた時にはフィオルが目の前に立っていた。
そして、その先には漆黒を纏う剣を握る見知らぬ男の姿があった。
「勘弁してくれ…。邪魔だ……。」
低く放たれた声にエディウスは寒気を覚える。
「た、隊長…。俺も…」
「ダメだ…!危険すぎる…。」
フィオルは背を向けたまま声を上げる。
エディウスの剣を握る音が響く。
フィオルは一瞬その手を見る。
カタカタと剣が鳴っていた。
震えていた。
「アジルはどうし…」
「アジルと一緒に敵を…倒しました。」
「……!」
フィオルは眉を上げた。
「アジルは脚の骨を折りましたが、生きてます。だから…俺も一緒に戦う…!」
次の瞬間、エディウスの手の震えは止まっていた。
「……。」
フィオルは返すことが出来なかった。
「おいおい。何を言ってる。お前は邪魔だ。弱いだろう?分かるんだ俺には。…ん?いや、待てよ。」
アイザムはエディウスの顔をまじまじと見つめ首を傾げる。
「その顔……。」
アイザムは目を細め、口を開く。
「お前、十年前に兄を亡くしただろう?名前は確か……ファリートだったか?落ちこぼれのファリート、足だけは早かった…。」
アイザムはふと顎に手を当て思い出すかのように言った。
エディウスの瞳孔が広がる。
「待て!それ以上は言うな……!」
フィオルは冷や汗をかき、声を震わせながら言う。
「あいつも……無駄死にだったなぁ……。」
フィオルは睨みを利かせ歯を食いしばる。
(違う……ファリートさんはジール副隊長を庇って…。)
だが、次の瞬間――。
後ろにいたはずのエディウスが剣を構えアイザムに向かっていた。
「貴様ーッ!!」
エディウスは瞳に涙を溜めていた。
(こいつ……速い……!!)
エディウスの突進にアイザムは目を見開く。
無意識に剣を強く握っていた。
キィィン!
火花が弾け、鋼が悲鳴を上げる。
エディウスの一撃はアイザムの首元寸前で防がれていた。
「惜しいな…。」
アイザムはニヤリと笑みを浮かべ、その剣筋をいなす。
そして、身体を回転させ、エディウスの頬へ回し蹴りを叩き込んだ。
「うっ…!」
エディウスは吹き飛ばされ、フィオルの足元まで転がった。
息を荒らげ、頬から血を流すが、血が滲むほど剣を持つ手には力が入っていた。
エディウスはすぐに立ち上がる。
だが、フィオルはエディウスの腕を掴み、自身の後ろに移動させた。
「殺す気で来たな。フィオル…そいつを見習え。怒りがそいつを強くさせている。お前にも怒ってもらおうか…。」
フィオルは目を細めた。
アイザムはフィオルの目を見つめ語り出した。
「十年前、俺はあの場に居た――。」
「……は……?」
剣を握るフィオルの手が僅かに緩む。
「遅れてあの場に辿り着いたと言った方が正しい…。大陸を渡り竜種と何度か対峙した時に気付いた…。奴らは再生し、更に強くなると……。俺はあの藍色の竜に傷を与え、敢えて逃がし、その後を追っていたんだ――。」
――十年前
(アンティカル大陸からコール大陸まで移動したのか…。)
森の中、アイザムが走る頭上——。
藍色の竜を見つけ、追い掛けていた。
「あれは…灯り…!ちっ。」
先に見えた灯りは当時のジール小隊の野営地だった。
見張り一人、一つの灯りで他の隊員は寝ていた。
アイザムは立ち止まる。
(見張りが居るな……あの紋章は剣撃隊…。ジールがいるのか?いるならもっと傷を負わせて貰おう……。)
アイザムは影に身を潜めた。
「―――アルムー!」
(ジールの声だ…。)
ジールの右腕、アルムがやられ、そして――。
ジールを庇うようにファリートは死んだ。
「逃げるのか……!?」
ジールは振り返り走り出すが尾が刺さり、樹の前で止まった。
「何かと話してる……。あれは…ガキ二人……。」
「行けぇフィオル!アイベル!必ず生き抜き村に帰還するのだぁぁ!」
そして息絶えたジール。
藍色の竜は動き出す。
(守るために死ぬ………無駄死にだ。さて…傷は負わせたみたいだ……追うか。)
――
「見て…いたのか……。」
フィオルは喉の奥から低く零した。
「ああ、見ていた。」
「…お前が駆けつければ助ける事も出来たかもしれない…ジール副隊長は、あの時死ななかったかもしれない…。」
「お前が弱かったからだろう?」
「……。」
黙り込むフィオルの周囲の空気が変わる。
その言葉に全身を震わせ、フィオルは強く瞳を閉じる。
ジールから授かった剣を額に当てる。
そして、目を開く。
柄が軋み、指が白くなるほど強く握った。
「だが、あの時その力を発現した――。そして退けた。…俺はお前を見ていた。」
フィオルの剣が白く輝く。
「……許さない。」
「"あの時"の眼になった……。さぁ、真の魂剣を見せてみろ。」
「エディウス……。離れてろ……。」
「……あ……あ……。」
(隊長……じゃないみたいだ……。)
アイザムを睨む瞳は、感情の光が消えていた。
隊長であるフィオルに恐怖すら覚えるほど、周囲の空間は冷たく、殺気を纏っていた。
「隊長…!」
エディウスの叫びに反応すらせず、目の前にいたフィオルは消え、アイザムに突進する。
その瞬間、豪邸の外で強く輝く光が発光した――。
――時は少し遡り、アイベル、コラン
オルコの豪邸を沿って走り、林が現れたが二人は迷うことなく突き進んだ。
「見えた……!!」
林の上空に黒い塊となったオルコを見つけ、二人は更にスピードを上げると、林を抜けた――。
コランは目の前に広がる光景に立ち止まる。
「……これは…。」
広大な更地に、視界に収まらないほど黒く染まった太い幹。
幹は十mほどの高さまで上がると、そこで朽ち果てていた。
異様な空気が漂い、近づけば身の保証は無いと直感する。
「アイベルさん……!!」
アイベルは立ち止まるコランを気にも止めず、オルコを追い掛ける。
「オルコ王――!!」
アイベルの叫ぶ声が天まで響き渡る――。
(残された私の力……。アイベル…あなたに…。)
アイベルの頭の中に響く声。
アイベルは無意識に瞳を閉じ、手を組んだ。
目の前が光に包まれ、コランは眩しさに目を閉じる。
「……え…?アイベルさん?」
目を開けると目の前を走っていたはずのアイベルの姿は消えていた。
視線を上げる。
黒い塊は進むのを止め、その場で静止していた。
――
重力が消えたような感覚。
「ここは…あの時と同じ……。」
パラファラに眠らされた時に一度訪れた、どこまでも続く光の世界――。
音は無い。
ただ、暖かかった。
(やっぱり何も無い…。でも目を覚ます直前…私は手を……)
「アイベル……。」
(また…この声……。)
後ろから掛けられた声に振り返る。
「あなたは一体……。」
そこには女性の様な白いシルエットが立っていた。
「今は、その話をする時では――」
「私は……何者なんですか……?」
女性の言葉を遮り問う。
少しの間、そして女性はゆっくり頷く。
「あなたに…残された私の力を分けました…。私は、過去の選択に迷いがあった…。あなたの在り方でこの地を導いて…。」
「力…?それは…。」
「魂を呼ぶ力…。」
「魂を…呼ぶ…。」
「使えるのは一度切りかもしれない…でもあなた次第で…」
そして、白いシルエットが消えていき、徐々に顔が鮮明になっていく。
一瞬だけ見えた顔――。
だが瞬く間に霧のように消えていく。
「願いなさい……。」
そう言い残すと女性は完全に消えてしまう。
(……願う…。)
心の中で呟き、目を閉じると、アイベルは願うように手を組んだ。
(どうか…彼らをもう一度会わせてあげて……。)
鼓動を強く感じる。
そしてゆっくりと目を開けた。
(白い光が二つ――。私が呼んだ魂…。)
アイベルの眼には、彼らの姿は人の形ではなかった。
揺らめく光――魂そのものが、そこに在った。
アイベルは一つの魂を抱き寄せた。
(ここは……?)
光の世界に立つカンビア。
「カンビアさん…。」
アイベルは白く光る魂に語り掛ける。
カンビアは振り返った。
(白い…シルエットの女性…?)
目に映るアイベルは、人ではなかった。
ただ白い輪郭だけを持つ、光の人影だった。
「あなたは…?」
「私はアイベルです。そして…」
アイベルは赤子のモルスを抱いていた。
「そ…その子は……。」
カンビアからは白い光の人影が赤子を抱いているのが見えた。
「「陽の光の宝石……。」」
二人は同時に呟く。
「そうです。この子は赤子のモルス。あなたの過去を知り、呼びました。」
「…う……う…。」
アイベルから見た白い光は揺らぎ、泣いていると分かった。
「この子は……生きていました。ロンターノさんが連れ去られたこの子を助けたのです。」
そして、アイベルは赤子のモルスを手渡す。
「私の…私達の子…。」
モルスを強く抱く手は震え、声にならない嗚咽を上げる。
そしてカンビアが頬でモルスの顔を撫でると、二つの光は強く発光する。
そしてアイベルは振り返る。
見つめる先には黒い魂が静止していた。
(白いシルエット…女神なのか…?その先に……)
黒い魂は揺らぎながら前進した。
(あれは……!?カ――。)
「カンビア……!!」
対峙する二つの白と黒。
互いの目に映るモノは若き日の姿だった。
「オルコ……!!」
モルスを抱くカンビアは声に気付き叫ぶ。
カンビアは手を伸ばした。
オルコは走る。
だが――。
(何故だ…!何故近づく事が出来ない……!!……ハッ――。)
見えない壁が行く先を塞ぐ。
オルコは視線を上げる。
カンビアは眉を下げ、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
(あなたは…黒く染まってしまったの……?)
カンビアの伸ばしていた手は震え、やがて力を失い下ろされた。
涙は溢れ、底のない地面へと落ちていき、光の粒子に変わり弾ける。
「違う……!違うんだ!俺は……!!」
アイベルはオルコの元へと向かう。
「オルコ王…。あなたの犯したモノは家族にとっては愛かもしれません…。でも…」
(この声はあの女…やはり女神だったのか……!)
オルコは立ち尽くす。
(近くに居るのに届かない……。くそぅ!どうすれば…。)
「何で染まってしまったの…?」
「違うんだ……いや、違くない……俺は…。決してやってはいけないことを…人を殺してしまった…。」
オルコは言葉に出し、罪を自覚し始める。
「愛を守るつもりで…愛を壊してしまった…。」
そして、膝から崩れ落ちた。
黒い身体が地に触れ、闇が揺らぐ。
手を伸ばす。
だが――届かない。
アイベルはオルコの背中に手を当てた。
「自らが犯してしまった事を背負い、必ず伝えて下さい…。そして、離さずに手を取り合って…。」
そう告げると、カンビアが抱いていたモルスがアイベルとオルコの目の前に止まっていた。
「すまん…モルス……。俺が……俺が……!!」
モルスは強く発光すると大人の姿に変わった。
アイベルは目を見開く。
白い光が弾けると鮮明にモルスの顔を映し出した。
「また…君に救われたよ…。君を通して彼らの過去を知った…。」
だが顔は再び光に包まれ見えなくなる。
アイベルは俯き涙を流した。
「父さん……。」
モルスの声にオルコは立ち上がった。
「俺は…父さんを……赦すよ……。…俺の子も父さんを守った…。」
「……!!」
オルコの視界が涙でボヤける。
黒い魂は揺れ、色が抜けていく。
「もう…欲に溺れるのは辞めよう…。」
カンビアはオルコとモルスの元へ向かう。
「そう…再会できたんだから…。」
カンビアはオルコの頬に手を当てた。
「アイベルさん…ありがとう……。」
二つの光は煌めき、黒に染まったオルコの魂は次第に白くなっていく――。
(女神に…アイベルという女に救われた…。)
オルコの瞳から涙が溢れる。
そして、涙が落ちた瞬間。
オルコは完全に白へと変わり、アイベルは光に包まれた――。
――
暗闇を押しのけるほどの光。
コランは片目を閉じた。
「…ハッ――!」
「コラン…。立派になった…。守ってくれて、ありがとう……。ずっと見守ってる――。」
「父さん……!!」
コランが叫ぶと光は消える。
光の中に見えたモルスは笑顔だった。
そして、消えていたはずのアイベルが目の前に現れる。
「…コラン…ありがとう。あなたが彼らを救ったわ…。」
瞳に涙を溜め、アイベルはコランを抱き締めた。




