第三十一話 光と闇の境界
「黒い……。」
(というか……漆黒だ…。目に見えるほどの気…。)
細剣を覆う漆黒の揺れる気は、周りの空間を歪めているようにさえ見える。
ジリッと床を擦る音を立たせ、フィオルは半歩下がる。
「お、俺は人と戦いたくな…」
(……!!)
話の途中でアイザムは突進しながら突きを繰り出す。
フィオルはギリギリで反応したが、切っ先は頬を掠めた。
頬に熱を感じ、ゆっくり落ちていく血を目で追う。
(心眼は常に使ってる……。それでも今の速度…。音もほぼ無い。まるで瞬間移動だ…。)
移動による重心の傾きはなく、心眼を使っていても傷を負うほどの剣速――。
フィオルの全身からジワリと汗が滲む。
(いや……集中しろ……。この男を退ける他、アルドさんを救出する術はない…。)
深呼吸をし、剣を強く握る。
だが突然、男は剣を握る手を緩める。
そして漆黒の気がフッと消えた。
「お前はどんな感情が爆ぜれば戦うことが出来るんだ?」
「……?」
(怒りならある――だが、それを剣に乗せれば…俺は俺でなくなる…。)
フィオルは部屋の隅のメイドに視線を移す。
メイドは両手を強く握り締め、震えていた。
(……震えているのは彼女だけじゃない…。怒りに身を任せたら俺がここに立つ意味が無い…。)
「怒り、憎しみ…。人間が真に力を発揮するのはその二つだけだ。」
フィオルは腑に落ちなかった。
その言葉は、細剣を握る者の思想とは思えない。
怒りや憎しみに身を任せる剣は、斬ることだけを目的とする。
だが細剣は――大きく違う。
「何故…細剣を…」
「使うのか?だろう?」
男はフィオルの言葉を読むかのように問う。
フィオルは意表をつかれ顔を顰めた。
そして、沈黙する。
「俺と対峙した娘…元を辿ればあの娘と俺の師は同じだ…。」
「……!?」
(どういう……ことだ?)
「……ブルク…。」
静かに低く放たれた名が部屋に響く。
「……俺が一番憎む存在だ。」
衝撃的な言葉に空気が凍りついた。
だが、同時に違和感を覚えた。
鋭く湿り気のある声に反し、膝は微かに震えていた。
(怯えて……いるのか?)
男は剣を握り、再び漆黒の気を纏わせる。
「憎む理由なんて聞くつもりはない…。あなたは何かを失った…それだけは何となく分かる…。そしてあなたは…俺の前に立つ敵だ。」
フィオルは息を整え剣を握る。
息を止める――。
(あなたを退ける……!!)
男の視界からフィオルが消える。
そして瞬きをした瞬間――既に目の前には、フィオルがアイザムの剣を握る手に、剣を振りかざしていた。
(見失う…!!)
男は寸分で躱し、すぐに首元へ反撃の突きを繰り出す。
互いに少しでも気を抜けば大怪我は免れないほどの剣技。
視界に収まらないほど速い二人の攻防に、メイドは瞬きを忘れ固まる。
(人じゃない……。)
そして、両手を胸に当てる。
(この戦いが終われば、私は自由になれるの?)
メイドは縮こまり祈るように目を閉じた。
(ここだ……!!)
フィオルは魂剣を最大限に発動する。
剣には輝きを放つ白い光が纏う。
男も同様に漆黒の気を最大限に練りあげる。
白く輝く剣、そして漆黒の剣が交わる――。
「「……ッ!!」」
剣と剣が触れた瞬間、空間が軋む。
次の刹那、爆ぜた衝撃が二人を後方へと弾き飛ばした。
石壁に背中を打ち付け、砕けた壁から土煙があがる。
だが二人は既に立ち上がり、剣を構えていた。
「いい動きだ…だがまだまだだ……。"あの時"の目になってない…。」
(……あの時…?)
一瞬俯き顔を上げ、土煙の隙間から覗く男の顔を見つめる。
「ハッ――。あなたは…まさか……。」
土煙が晴れると男の顔を凝視する。
「……アイザム……隊長……。」
「思い出したか…。」
(あの時は細剣は使っていなかった…。それにブルク長老の弟子だとは…。剣撃隊長を務めていた人間が…人を守る為の存在だったはずなのに……!)
「堕ちたのか……。何故……そこまで…。」
目付きが変わる。
フィオルの周りの空気が重くなる。
その目を見てアイザムは片方の口角を上げた。
「もっとだ…もっと怒れ…!」
土煙が揺らめき、フィオルの姿が一瞬消える。
瞳孔を広げ、誰もいない空間に剣を振るうアイザム。
甲高い音が鳴り響いた瞬間、フィオルの姿が一瞬現れ、再び消える。
(この速さ…!最速だ……。)
アイザムの心は高揚していた。
(この速さに対応するのか…。流石最強と言われた人だ。)
闇を裂くように火花が散り、瞬間だけ二人の姿が浮かび上がる。
「まだだぞフィオル……!!」
――時は少し遡り、植物の間 エディウス、アジル
「終わりだ…!」
エディウスは剣を男の首元に置いた。
男は息を荒らげ反応しない。
「…フフフ。…グフッ……。」
掠れた笑い声。
呼吸をする度に吐血し、マントは瞬く間に濡れていく。
「……甘いんだよ……!!」
男は目を見開き、鎌を投げる。
鎌が飛んでいく先、エディウスは目で追う。
(……!!)
アジルの頭上、夥しい数の蝋燭へ向け、鎌は回転しながら飛んで行き、直撃した。
無数の炎が、真下のアジルへ降り注ぐ。
エディウスはアジルに視線を移す。
落ちてくる炎を見上げアジルの顔が灯りに照らされた。
「仕返しだ……。」
男が呟いた時にはエディウスの姿は無く、アジルへと向かっていた。
(くそぅ!間に合わ…。)
「アジル……!!」
アジルの名を叫び、手を伸ばす――。
(あの光は――。)
手を取り、横に抱き上げた瞬間、頭上から大量の炎が落ちた。
土煙が上がり、男からは二人は見えなかった。
「燃えろ…。死ねぇ!」
土煙の先に叫ぶ男。
だが、次の瞬間――。
男は自身の影が大きくなり、下を向く。
そして、強い灯りに照らされると見上げた。
「嘘だろ……。」
見上げた先――。
天井に突き刺さるエディウスの剣。
そこから弾かれた無数の蝋燭が、男へと降り注いでいた。
「ぐわぁぁ!!」
土煙の中、二人の周りに落ちる無数の蝋燭。
エディウスはアジルを横に抱き、その蝋燭から逃れていた。
(この場所だけ白く光っていた――。)
アジルは目を瞑っていたが再び開けると、エディウスを見つめ涙を流した。
男の叫び声に振り向くと、炎は男だけを空けるように落ちていた。
「危ねぇ。運が良かった…。」
二人に向かい笑みを浮かべながら男は言った。
「しぶといやつだ…。」
エディウスはアジルを降ろし、アジルの剣を手に取ろうと屈んだ。
「エディウス…。その必要は無いわ。」
その言葉に男に振り返る。
「まだだ…!俺は生きてるぞ……!」
男の叫ぶ背後で、何かが軋んだ。
炎に燃え上がる食人植物の蔓が静かに男の脚を掴む。
「え…あ…や、やめろぉ…!」
男の身体は地上から離れる。
男のマントから紅く光る宝石が血と共に落ちた。
宙ずりになった男から流れ落ちる血を、植物達は大きく口を開け激しく蠢く。
その様子にアジルは顔を逸らした。
鈍い音と悲鳴が入り交じる。
食われる光景を横目に、エディウスは落ちた分銅を投げ、天井に刺さる自身の剣を回収した。
そして、紅く光る宝石を拾う。
「アジル…。これでディルケさんの仇は……取れたかな…。」
宝石をアジルに手渡す。
「うん…ありがとう。」
アジルは宝石を両手で握り締め、額を付け涙を流した。
(ディルケさん…。)
やがて、炎は勢いを増し、植物達に伝播すると灰だけになった。
アジルは再び目を開けた時、涙は止まり前を向いていた。
『君にはまだ命があって、起こっている問題にまだ向き合える。向き合える時間があるならプラスに捉えなきゃね。』
ディルケの言葉を思い出す。
「エディウス。行こう…!」
「でも…装備も無いし、その脚じゃ…。」
「エディウスもよ。私は極視光でサポートは出来る…。この国の闇を晴らすことはディルケさんの願いでもあるから…。」
アジルは覚悟の眼をしていた。
「分かった…。この先にアイベルさんもいるはずだ。行こう。」
そして、エディウスはアジルの肩を持ち、二人は植物の間を後にした。
扉を抜けると、灯りの無い真っ暗な部屋に繋がっていた。
錆びた鉄の臭いは血だと直ぐに分かる。
幾つもの鎖が壁に繋がり、地面には血痕があった。
失われた人々の念が立ち込めているのか、空気は重い。
(ここで殺した後…植物達に…。)
怒りに拳を握り、その先微かに見える階段へ向かい、二人は上っていく。
「そういえば、私を持ち上げた時…表情が…。」
「光…が見えたんだ。地面に――。それで…導かれるようにそこに移動したんだ。そしたら…」
「あんな数の炎を避けるなんて普通できないわ…。」
「自分でも驚いてるよ……。」
(もしや…あれは至上者の……)
「御業が発現したのかも……。」
エディウスが心の中で感じていたモノをアジルは代弁する。
「そうなの……かな?」
(とにかく必死だった……。)
「そのお陰で私は助かった。本当にありがとう。」
笑顔のアジルにエディウスは頬を赤らめる。
「…あ、ああ。本当に良かったよ。ん?」
階段は暗いが幾つもの血痕を見つけた。
(まだ…新しい…。)
そして、上を見上げると扉が空いているのか、灯りが差していた。
視線を戻す――。
突然、爆ぜる音。
その直後、石が砕ける音が頭上から響いた。
「「……!!」」
二人はビクつき、アジルは顔を顰めた。
「…この歪んだ気配……あの男だわ。」
「まさか…フィオルさん達が戦ってるのか!?」
「分からない…。でも今の音はそうかもしれないわね。」
「急ごう…!!」
二人は上る速度を上げ、光が差す扉を抜ける。
そこは薄暗い檻の部屋だった――。
鎖の音が鳴り、扉の前に立つ二人に視線を上げる一人の男。
「……エディウス…!!」
「アルドさん……!生きていてくれた……。」
アジルはエディウスの背中を押し、エディウスは鎖に繋がられたアルドの元へ駆け寄る。
「助けに来ましたよ!!」
「……お、お前も来てたのか!!隣の子は?」
「彼女はアジル。エルジオーネの…」
「……英雄アジルか…。」
「彼女が麻袋に囚われて運ばれるアルドさんを見つけてくれたんです。それでオラディ村に報せが。」
「そうだったのか…。本当にありがとう。」
アジルは応えるように静かに頭を下げた。
「隣の方は?」
「彼は…かつてレリッタを発った村人だ。」
俯き、目を閉じるユヌス。
「ホントですか!?では彼も一緒に…!」
「ああ!頼む!」
ユヌスはアイザムと衝突し傷を負い気を失っていた。
そして、鎖を外すとアルドはユヌスに駆け寄る。
「必ず…あなたも助ける!」
アルドはユヌスの手を取り強く握り締める。
「さっきの轟音は…」
「フィオルが戦ってる……。相手はソウルガーディアンズ元剣撃隊長のアイザムだ……。」
「「え…。」」
エディウスとアジルは言葉を失う。
「俺も知らなかったが…アイザムの師はブルク長老…。アジル…元を辿れば、君と同じ師を持つ者だ…。」
「…。」
(私が対峙した時に見た彼の動き…。似ていると思っていたのはそういう事だったのね…。)
アジルは声を出さずに頷く。
「……参戦は辞めた方がいい…。足手まといになる…。」
「いえ。僕は行きますよ。アジル、やっぱり君はここに居て二人と待っててくれ。」
「ホントに危険だ…!」
アルドはエディウスの肩に手を置き言う。
エディウスは頷き剣を抜き、扉に手を当てる。
「エディウス…!」
アジルの伸ばした手を振り返らずにエディウスは扉の向こうへ駆け出した――。




