第三十三話 魂が剣を止める時
消えた光は小さな粒子となり天に上っていく。
「アイベルさん…。父さんに会わせてくれて…ありがとうございます…。」
粒子が雲を突き抜け、雲の上で強く発光した——。
コランは涙を浮かべながら、光の行く先を見つめた。
そして発光した場所を中心に、頭上の雲が晴れていく。
だが——。
目の前には黒く染まった幹が依然として在った。
幹を背にしていたアイベルは振り返り、その黒い幹を見つめた。
(……!!)
突然何かの気配を察知し、アイベルはオルコが突き抜けた窓に視線を移す。
(フィオル……。)
フィオルの怒りに満ちた気配…。
アイベルの手が震える。
『兄の様に接してきた俺やノワルヴェールでも止められない…。爆発したら今はもう、アイベル…君にしか止められないんだ。だから頼んだよ。』
デュールの言葉が頭に過ぎる。
(その先に行ってはダメよ……!)
心の中で叫びアイベルは目を閉じる。
そして今までとは比べ物にならないほどの光を放つ——。
——王の間
外から放たれた強い光に、突進していたフィオルは一瞬止まる。
「止まるな…!」
アイザムの怒号。
そして再びフィオルは突進する。
「隊長……。もう…誰も止められない…。…あれ?」
エディウスは部屋の隅で縮こまるメイドを見つけ、駆け出した。
「大丈夫ですか…!?」
「……。」
恐怖に腰を抜かし、動けなくなったメイドを横に抱き、エディウスは檻の部屋へと向かう。
断続的に鳴る甲高い金属音。
耳をつんざく鋼の悲鳴。
白と黒の気がぶつかる度に圧縮された空気は弾ける。
壁が砕け、天井が崩れる。
土煙が王の間を覆う。
落ちていく灯りは地面に炎を残すが、その小さな灯りは一瞬で消え、部屋は次第に薄暗くなっていく。
「エディウス…!」
檻の部屋から様子を覗いていたアジルが声を掛ける。
「この人を…!」
「ええ。エディウスも中に…!ここはもう危険すぎる…。私の力もあの速さじゃ捉えられない…。」
「そうか…。でも隊長が心配だ。俺は行くよ。」
「待ってエディウス……!」
アジルの制止を振り切り、エディウスは振り返る。
——黒い幹の前
(お願い…。私は迷わない。救わなきゃいけない……。どんな人でも——。)
アイベルは手を組み願う……。
再びアイベルから放たれる強い光。
(暖かい……。削られていた気が……。)
近くにいたコランは光に呑まれると直ぐに感じた。
光はアイベルを中心に瞬く間に広がる。
やがてフィオル達のいるオルコの豪邸をも包み、光はダイアボ全体へと広がっていった。
——王の間
(アイベル…。)
フィオルは心の中で呟く。
次の瞬間、フィオルの前にシルエットが一瞬現れる。
(これは…ジール副隊長…。)
鮮明には映らないがフィオルはジールの魂を感じ取った。
駆け出すエディウスの前にも一つのシルエットが現れる。
(この光は……。)
そのシルエットにエディウスは大きく目を見開く。
「エディウス……。」
微かに聞き覚えのある声。
(…あ…兄貴……!!)
だが、フィオルとエディウスの目の前に二つの魂は一瞬で消えてしまう——。
(これは…アイベルさんの力…。)
アジルは脚の感覚が戻っていくのを感じる。
檻の部屋にいたアルド、ユヌス、そしてメイドもアイベルの光に触れ、身体の変化を感じていた。
——石柱の間
「今の光は…アイベルだ…。」
デュールは閉じていた目をゆっくり開ける。
「傷が……癒されている……。」
立ち上がり、脇腹に目を向けると血は止まっていた。
「い……今のは何だ……!!」
デュールの一撃で動けなくなっていた男は叫んでいた。
(アイベル…君は敵をも癒してしまうのか……。)
デュールは微笑む。
男は訳もわからず辺りを見回す。
「お、お前の仕業か!?」
デュールの存在に気付きナイフを構えた。
「もう一撃…全快した今ならお前を殺せるぞ……?」
デュールは大槍を構え男を睨む。
「や…辞めだ……!!」
男は吐き捨てると、デュールに背を向け石柱の間を後にした。
「フッ。殺す訳ないだろ……。」
デュールは小さく笑い、大槍を仕舞い王の間へ向かった。
——王の間
「今の光は…。」
アイザムは自身の剣を見つめる。
(気が鎮められた…。)
剣に纏っていた漆黒の気が消えていた。
(俺が…弱いからだ……!)
アイザムの身体が震える。
「まだだ…。」
細剣を仕舞い直剣を抜く。
フィオルを睨みつけ、震えが止まる——。
「もう…これ以上戦う必要があるのか……!?」
土煙にフィオルは叫ぶ。
だが、アイザムは再び漆黒の気を纏わせ剣を構える。
「頼む、もうやめてく…」
(ぐっ…さっきよりも重い…!!)
アイザムはフィオルの言葉を遮り突進する。
「これが……俺の強さだ……!!」
受けが甘く、頭上で抑えていた漆黒の剣はフィオルの肩に振り下ろされた。
(うっ……!!)
利き腕である右腕の肩から血が吹き出る。
受け流された高密度の空気が天井へ飛んでいく。
そして、天井は砕け無数の大きな瓦礫がフィオルの頭上に降り注ぐ——。
エディウスの身体は無意識に動いていた。
フィオルは横からトンッと衝撃を感じた——。
何が起きたか理解できない。
視界がゆっくりと横へ流れていく。
視界に入ったエディウスの横顔だった。
「エディウ……」
その眼は覚悟を決めていた。
「隊長…隊長が死んだら終わりですよ…。」
フィオルを押し退ける。
次の瞬間——。
無数の瓦礫が容赦なくエディウスに降り注いだ。
「そんな…。エディウス!!」
アジルはその瞬間を見ていた。
だが、その叫びは虚しくも降り注ぐ瓦礫に掻き消される。
——黒い幹の前
「ハァハァ…。」
「アイベルさん!」
(ダメ…。一瞬だけしか魂を呼べなかった……。)
拳を握り、窓から溢れる土煙を見上げる。
アイベルは駆け出した。
(アイベルさんの表情…フィオルさん達が危ないのか!!)
コランは駆け出したアイベルを追い掛けた。
——王の間
「フフフ…。フィオル……。」
土煙の中に浮かぶ影。
床に倒れたフィオルを見下ろし、アイザムは両手を広げた。
「隊員に庇われ…助かったな。」
笑う息も漏らしながらアイザムは言った。
(あんな眼を向けて…。エディウス…それじゃあまるで…ファリートさんと一緒じゃないか……!!)
アイザムの笑い声などフィオルに届いていなかった。
アジルは尻を地につけ両手で口を塞いでいた。
涙は溢れ唇を震わせる。
「あの隊員……まさに…"無駄死に"だったな…。」
無駄死にという言葉が頭を駆け巡る。
フィオルの中で何かが弾ける——。
——豪邸の外
「ん?あれは……?」
道に迷い、街の中を走るデュールは、目の前に見えたアイベルとコランに気付く。
「アイベルさん…!デュールさんです!」
「え…?」
二人もデュールの存在に気付きコランは手を挙げた。
「アイベル…!君の力のおかげで救われた…。ありがとう。」
「いえ…。…でも…フィオルが…。」
デュールの明るい声とは裏腹に、アイベルの表情は曇っていた。
「そうか…。掴まれ…!」
「え…?」
「フィオルを…止めてくれ……!」
そう言い、アイベルを肩に担ぐ。
「コラン…再会の涙は後でいい!後から着いて来い!」
「は…はい!」
そして、デュールは脚に力を溜めた。
「デュールさん…あの割れている窓へ…お願いします!」
「ああ!」
そして、地面を抉るほどの力で蹴り上げ、二人は窓へと飛んで行った。
螺旋階段に着地しデュールは上を見上げる。
「この階段の先にフィオル達はいます!!」
「分かった…!!」
アイベルを担ぐデュールは階段を駆け上がっていく。
(フィオル……フィオル……!)
アイベルは心の中で叫んだ。
——王の間
(殺気を感じる…。あの時の比ではない…。)
土煙の中から放たれるフィオルの殺気。
(もはや気で攻撃してきている…。)
全身にビリビリと伝わる気は痛みすら感じた。
それに呼応するようにアイザムの全身の毛が逆立つ。
突然、フィオルの人影がいた場所だけ土煙が晴れる。
「――!」
(全く見えな……)
カラン——。
乾いた音が床に響いた。
「な…に……。」
アイザムはゆっくりと視線を落とす。
床には自身の腕と剣が転がっていた。
遅れて突風のような風がアイザムに吹き付ける。
腕から溢れる血は横殴りに飛んでいき、王の間の壁を赤く染める。
土煙は舞い、アイザムを包む。
「絶対に許さない……。」
土煙の中に響くフィオルの低い声。
カチャ——。
剣を構える音が響く。
(ころ…される……。)
フィオルは脚に力を溜めた。
キィィィ
その時——。
王の間の扉が開いた。
(この殺気…会議の時に俺に一瞬向けられたものだ…!)
デュールの全身に滲む汗。
「フィオル…!!辞めろ…!」
(…デュールさんか…。…でも俺はもう止まらない…!!)
アイザムの首に剣を合わせ、フィオルは突進した。
切っ先がアイザムの首を捉える。
その瞬間——。
二人の間に白い影が飛び込んだ。
「——!」
フィオルの剣が止まる。
アイベルが両手を横に広げ、フィオルの目の前に立っていた。
アイザムに向けられていた切っ先は、アイベルの首元で止まる。
「アイ…ベル……。」
(俺は今…アイベルを……。)
フィオルは剣を床に落とし、膝から崩れる。
アイベルの眼には涙が浮かんでいた。
天井から落ちる小さな瓦礫の音は止み、静まり返る——。
「甘いな…本当に……。」
アイザムは呟くように小さく放った。
サクッ——。
目の前に立つアイベルの脇腹を貫通する剣。
「うっ……。」
アイベルが両手で抑え、フィオルの顔の前で止まる。
口元から血が静かに流れる。
「…あ…あ…。」
フィオルは顔を大きく歪ませる。
視線の奥にいるデュールは走って向かっていた。
涙がブワッと溢れ、床に落ちた剣に視線が向く。
だが――。
アイベルは首を横に振り、貫通する剣を抑えながら心願を使う。
「ダ…メ…。」
アイベルは喉の奥から声を絞り出す。
フィオルは歯を食いしばり、身体を震わせる。
「勘弁してくれ……。」
アイザムは小さく零し、自分の腕を見た。
切り落とされていたはずの腕がそこにあった——。
アイベルの身体を貫通する剣を抜く。
アイベルの視界が揺れる。
フィオルの言葉にならない叫びが遠のく。
そして、アイザムの剣を仕舞うと同時に、アイベルはその場に倒れた。
抜いた箇所からジワジワと服を濡らしていく。
床に広がる血。
デュールが駆けつけ、倒れる二人とアイザムの間に入り、剣を構える。
(俺の…せいだ…!)
構える剣は震える手で握られ、ギチギチと音を立てていた。
「アイベル!!」
フィオルは震える声で名を呼んだ。
デュールは息遣いを荒くする。
「もう……誰も…死なせ…ない……。」
今にも飛びかかりそうなデュールの脚に手を当て、アイベルは言う。
「辞めだ…。俺は…。」
アイザムは振り返り歩き出す。
(まだ…強さが足りないのか…。)
フィオルを一瞥し、拳を強く握った。
(俺は強さを求めた。だが——今見せつけられたのは、強さではない……。)
倒れるアイベルに視線を移す。
(くそう……!)
そしてアイザムは窓から飛び、姿を消した。
(私…死ぬのかな…。力が入らない…。)
視界がぼやける。
「アイベル…!!」
(フィオル…何て言ってるの?…私は怒ってないよ…。)
名を呼ぶ声はこもるように聞こえ、理解できない。
視界にぼやけて見えるフィオルから涙が落ちてくる。
(泣かないでいい…。)
震える手でフィオルの頬に触れる。
「アイベル…!」
デュールは地面に拳を突きながら名を叫んだ。
(デュールさんも泣かないで…。ここへ連れてきてくれてありがとう…。フィオルを止めることが出来たのはあなたのおかげ…。)
「「アイベル!!」」
(二人とも…ありがとう…。)
アイベルは微笑み、フィオルの頬に当てていた手は冷たい床に落ちた。
そして、ゆっくりと目を閉じていった——。




