第六話 それぞれの使命
上空から突如として鳴り響いた翼の羽ばたく音。
姿は見えないものの草地の上空、生い茂る葉の上で止まるのを感じる。
風圧で葉を退け、葉に溜まっていた雨水がサーッと落ちていき、月光で照らされる草地に影が現れる…。
見張り番はそれに気づき、空を見上げ音の正体となる者を見つけると時が止まったかのように身体は動かず、口を開けたまま目を大きく開けた。
「嘘だ…ろ。」
そして腰を抜かしペタンと草に座り動かなくなってしまった。
「!?」
何かの音と異変に気づき、寝ていたジールの目がガッと開き、胸騒ぎがして無意識に手を胸に当てるとバクバクと心音を掌で感じた。
そして自分達が寝ている上空に目をやると、隊員達の頭上に現れた影の正体がゆっくりと降りて来て姿がはっきりと見えた。
「竜だと…?」
一気に汗がドッと噴き出る。
「皆を起こせぇ!」
見張り番に叫ぶように大声を出すジール。
「皆…起きろ…。」
だが、見張り番は突然現れた目の前の恐怖に、声を張り上げる事も出来ず座ったまま動けずにいた。
ジールは竜と目が合うと睨みつけ、剣を手に取り隊員達の方を向き頭上に剣を掲げた。
「起きよぉぉ!」
太く張り上げた声に隊員達は次々と目を覚ます。
(子供達は離れている…!しかも樹の後ろでバレてない…。しかしこんな所に何故だ!?ペールデニーズでは目撃例など無いはずだぞ…!)
子供達の安否、そして焦る気持ちが込み上げる。
そして竜はゆっくりと地上に降り立った。
藍色の竜。
深海の様な深い青い色の身体。
一枚一枚の鱗は光沢があり、じっと見つめると吸い込まれそうな感覚にさえなった。
頭から胴体までは5m程と小さいが、尾は異常に長く太い。
月光に反射する鋭い爪、牙は長く太い尾は叩かれただけでも重傷を負うだろうと見てわかる。
「な、何でこんな所に…。」「り、竜だああ。」
隊員達は突然の竜の出現に驚き、固まっている。
「狼狽えるなぁ!見てみろ。」
そういうとジールは竜へ指を差す。
よく見ると広げた翼に所々穴が空いていて傷が多く目立ち、足も一度折れてしまったのだろう、立ち姿が不自然であった。
隊員達はジールの元に駆け寄る。
「侮れんがかなり傷ついた個体だ。勝機はあるかもしれん。子供達は幸いな事に見つかってない…。」
チラッとフィオル達の寝ている樹を見る。
「起きてもいない…。私達ソウルガーディアンズの使命を今!ここに示す時だ!最優先はあの子達の命である!守り抜き無事に皆で村に帰還するぞ!」
隊員達一人ひとりの顔を見ると頷き、剣を持つ手に力が入り、ギリギリと鳴っていた。
藍色の竜に向き直るとグルルルゥと唸り両翼を大きく広げた。
「こんな所で対峙する事になるとはな…。皆、よく聞け…。」
ジールはすぐさま隊の編成を伝える。
「左右の隊はまず弓を駆使して攻めろ。なんとか隙をついて私とアルムで攻撃をする!ファリート。お前は足が速い。上手く奴の裏に周り、タイミングを見計らって切りつけるんだ。」
「「はい!」」
竜の正面にジールとアルム、左右に3人ずつ、竜の裏にはファリートという配置にした編成。
「日々の訓練で竜種との戦いを想定した動きをここで発揮するのだ!絶対に足を休ませるなー!行くぞ!」
剣を掲げると隊員達は散開する。
藍色の竜を囲う様に素早く配置に急ぐ隊員。
そして猛スピードで裏を取ろうと駆けるファリート。
あっという間に配置に着いた隊員達を、竜は翼を広げながら周りをキョロキョロと見回している。
(そのまま翼を広げておけ…。よし…今だ!)
広げていた翼は弓矢にとって恰好な的になっていた。
ジールが再び剣を掲げると左右の隊から矢が放たれる。
空を切る音が鳴り、両翼に次々と直撃すると竜の血は草地を赤く染め、痛みで天を仰ぎ悲鳴の様に鳴く。
「よし…。行くぞ…!」
ジールに続きアルムが間を置かず突っ込み一度折れているであろう脚を切り付ける。
ジールの太刀筋に重ねて追撃をしたアルムの攻撃にプチンッと腱が切れた様な音が微かに聞こえ、手応えありという表情のアルム。
再度訪れる痛みに、翼を大きく動かし風を立てる。
次の瞬間、両脚の爪を地面に食い込ませ踏ん張る様子を見せると藍色の竜の目が怒りの目に変わる。
ジールはその怒りに満ちた目を見逃さなかった。
左右の隊が攻撃を止めまいと挟む様に竜に向かって突っ込む体勢を取った。
「まずい…!ま、待て……!!」
突然変形する尾。
一本の太い尾は4本に分かれ、身体を大きく振り、左右の隊に鞭のようなしなりを見せ、直撃した。
ジールの言葉は届かず左右の隊は吹き飛ばされ一瞬にして壊滅した。
「……。」
一瞬の出来事に何が起きたか分からずジール、アルム、ファリートは言葉を失う。
「ファリートー!戻れー!」
我に返りファリートを呼び戻す。
「ハァハァ…副隊長…。」
泣き目になり状況を把握しきれない顔をするファリート。
「すまないお前達…。このままでは…勝てぬ。」
目の前の惨劇に二人の前でジールは崩れ落ち、膝を付いた。
ファリートとアルムは返す言葉が出なかった。
剣を地面にグサッと突き刺すジール。
「くそぅ……このままでは全滅だ!私が奴を止める!その間にあの子達と共に村に帰…」
「ダメだぁ!!ハァハァ…副隊長…。副隊長が今居なくなったら剣撃隊はダメになります!副隊長の様な存在が居なくなることは許されません!」
「そうです副隊長!冷静になって下さい!子供達を連れて村に帰ると言ったじゃないですか!」
正気を取られたジールをファリートとアルムが必死に止めたものの俯き動かないジール。
(甘く見ていた…。何を弱気になっているのだ。この二人の方が剣撃隊としての使命を忘れていないではないか…。私には剣撃隊副隊長としての責任がある。使命を全うし村に帰還せねば。)
『山菜や魚も美味かったっす。』『また食べたいです!』
食事の時の会話が頭に浮かぶ…。
ギリギリと歯を食いしばり再びジールは立ち上がった。
「そうだな…。ダメージはあるはずだ。なんとしても切り抜けよう。」
正気を取り戻し藍色の竜を睨みつけると、藍色の竜も睨みを返し興奮している様子だった。
「そうですよ…。確実に俺達の攻撃は効いています!脚の腱まで剣が届いているのが見えました。」
竜の裏で剣撃隊の攻撃を見ていたファリート。
左右からの矢の攻撃に加え、ジールとアルムの攻撃は確実に竜の命を削っていた。
「ファリートの言う通りです。副隊長の後に切りつけた一撃はかなり手応えありましたよ!」
「そうか。なんとか3人で動き続けてやり切ろう!」
「「はい!」」
まだ勝機があると信じ気合いを入れ、3人は竜に向き直ったがチラッと見たジールの表情は少し顔が引き攣っていた。
(とは言っても副隊長はまだ冷静ではない…。副隊長の右腕である俺が…!)
「副隊長、ファリート。俺がまずは……」
突然ドスッと鈍い音がし、一瞬止まった時間。
「ガフッ。」
口から血を流し目を充血させるアルム。
脇腹には装備を突き破り、藍色の竜の鋭い尾が刺さっていた。
「「……?」」
一瞬の出来事に二人は固まる。
アルムは身体中の力が抜けゆっくりと傾いていった。
ドサッ
「ん?あれ、寝ちゃってた…。」
目を擦りながら起きたフィオル。
寄りかかったアイベルはまだすやすやと寝ていた。
「―――アルムー!」
遠くで聞こえる叫び声、微かに漂う血の匂い。
「―――!!」
フィオルは樹の影から声の方向を覗き、目の前に広がる光景に絶望した。
草地に転がる隊員達。
倒れたアルムの周りには血が溢れ、そしてその先に見えた藍色の竜。
「何が…起きてるんだ…。副隊長…!」
ジールはフィオルに気づきチラッと目を見た。
「くそう!起きてしまった…!こうなってしまっては…!ファリート!お前が二人を連れて……」
「副隊長危な…」
ドスッ
再び響く鈍い音。
ジールを押し倒し、ファリートはジールを庇う様に目の前に立っていた。
ファリートの顔から目線を下げると、竜の尾が背中から腹を貫通していた。
「ガフッ。副隊長…。逃げて下さい…。あの二人と一緒にぃぃ…!」
ファリートの口から血が垂れる。
「フ、ファリート…。うおおぉぉぉ!!」
ただただ叫ぶジール。
「ファリートさん……っ!」
その様子を遠くから見ていたフィオル。
「アイベルッ!起きるんだ!」
激しく揺すりアイベルを起こす。
「ん…。」
「――!!」
嘆きとも悲鳴とも言えない様な叫び声を聞いたアイベル。
フィオルの焦る表情から事態の重大さに気づく。
「ここに隠れていてくれ!!」
「ダメッ!」
アイベルの声は届かずフィオルは剣を抜くと、樹の影から飛び出そうとした。
「来るなぁぁ!」
ファリートがこちらに向かって来ようとするフィオルに気付き叫ぶ。
その叫びにフィオルは立ち止まり、そろそろと樹の裏に戻る。
「副隊長…。俺は…副隊長の様になりたかった……。」
ファリートは尾が突き刺さったままジールに話しかける。
「うっうっ。」
その言葉を聞き、ジールの目からは大粒の涙が溢れる。
「最後にあなたを守れた事を…誇りに思います。俺の使命が果たされました…。あなたの元で依頼をこなせて…過ごせて幸せでした…。」
その言葉と共に自分の腹を貫通している尾をギュッと握り締め、顔を強ばらせた。
「んぐぐぐ…!は…離さねぇぞ!絶対にぃぃ!副隊長…!今のうちに……!行ってくれぇぇぇ!」
最後の力を振り絞るファリート。
「お前を…!お前達を誇りに思う!決して忘れない…!」
ファリートは最後にジールに笑顔を向けていた。
涙を拭いジールは決心し、隊員達を残しフィオル達の方に向かって走り出す。
その様子を見た竜は低空で飛びジールの元へと距離を詰めていく。
「ファリートさんっ…!」
『俺もいつかあんな風になりてぇなぁ。今は自分で精一杯だよ。』
(違う……。あなたは自分の命を顧みず副隊長を守った…。素晴らしい人だ…。)
フィオルは会話を思い出し泣き叫んだ。
「うぁぁああ!」
その場に崩れ、目を瞑るフィオル。
それを見てアイベルはフィオルの体を摩った。
「フィオルー!ここを離れるぞー!彼らの死を…私達に命を繋いでくれた事を無駄にするなあ!!」
俯いたままパチッと目を開け、アイベルの手をギュッと握った。
「立てるか!?」
涙を拭い持っていた剣を納めると、アイベルは頷き立ち上がった。
ジールは全速力でフィオル達の方に向かって走る。
「よし。行こう。」
逃げる決心をし向かってくるジールを見たその瞬間。
ヒュンッ
風を切る音と共に鋭い尾がジールの真後ろに迫っていた。
「副隊長ー!」
ドスッ
フィオル達の樹の目前で肩を貫かれる。
「ぐぐぐ…。フィオル…。少女と共に村に帰還するのだ…。」
貫かれた肩を抑え、もう一つの手で尾を掴み、樹の裏にいる二人に話すジール。
「嘘だ…嘘だ…。副隊長…みんな…。」
フィオルの精神は今にも崩れる程ボロボロになった。
アイベルは樹の裏で起きている状況を察知し手で口を覆い涙を流した。
フィオルの中で何かがプツンと切れた。
「うおぉぉぉおお!」
拳を強く握り剣に手を伸ばし樹の表に出ようとした。
「よすんだ……!フィオルよ聞け…。約束を…思い出すのだ!」
剣を握る手が震え、フィオルはアイベルを見た。
震えて泣いている…。
『私達の隊は少女を守りながら村に帰還する。少女を守る事が最優先だと頭に入れておくんだ。分かったかい?』
「少女の安全を確保し…村に帰還せよ!」
ハッとなり落ち着き始める。
「フィオル…!うぐぐ…君は強い…。直ぐに剣撃隊を任せられるようになるはずだ…。必ず…少女と村に帰還するのだ…。私の副隊長としての使命は、君の命を守る事でもあるのだ。お前の使命は少女を守る事だ…!」
尾を離さず力を振り絞る。
「副隊長…。分かりました…!少女を…アイベルを守り共に帰還します……!そしてあの竜も一人で倒せるくらいもっと強くなります…!」
逃げる事しか出来ない悔しさとジールにこれから訪れるであろう死を想い、溢れ出る涙は止まらなかった。
「これをお前に授ける…。私が剣撃隊に入った時から愛用している物だ…。」
そう言うと腰に差していた剣を投げるとフィオルは横に落ちた剣を拾い腰に差した。
「ありがとうございます…。」
竜はジールが握り抑えている尾を引き抜こうと踠く。
「うぉぉおお!行けぇフィオル!アイベル!必ず生き抜き村に帰還するのだぁぁ!」
その言葉を最後に、フィオルとアイベルはジールを振り返る事なく手を繋ぎ走り出した。
(大丈夫だ…。お前なら必ず守り、帰還できる…。そしてもっと強くなれる。ノワルヴェール…申し訳ない…私はここで死ぬようだ。お前の活躍する姿をもっと見たかった…。)
そしてジールは尾を握ったまま失血により絶命した。




