第五話 守るべきもの
オラディ村の南東から半円を描く様に北まで広がる"ペールデニーズ"と呼ばれるここ一帯の森はとても広く、50mを超える樹木が生い茂り、人や動物を餌にする植物なども数多く生息し、迷い込んで行方不明になる人も多いとても危険な場所である。
冒険家や旅人、商人、慣れてない者はあまり近づかず、人の手があまり加わることが無い為、生息している生物はどの種も大きい。
だが、ペールデニーズのあらゆる生物の生息地、地理を理解しているジールにとっては安全な森であった。
森を進みペールデニーズへと入った一行。
樹から生える葉は最大で5mにもなり、雨を凌ぐ事もでき、隊員達はずぶ濡れにならずに森を進むことができた。
「雨はあまり当たらないだろう。体力も温存出来るはずだ。」
「あの量の雨…一時はどうなる事かと思いましたよ。」
濡れた身体を拭き取り苦笑いを浮かべながら話す隊員。
辺りは雨のせいで陽は差すことはないが、この森の樹木は海の様に広がっている為、元々晴れていても陽が当たる所は少なく常に薄暗い。
そんな森を進むのを少し不気味に思っていたフィオル。
周りの植物も背が高く、口を大きく広げ、奇妙な音を鳴らし獲物を探している食人植物の姿もあった。
「この森少し怖いよなー。でも大丈夫だフィオル。ジール副隊長はこの森の事を良く知ってるからな。」
「たしかに薄暗くて不気味ですね…。ジール副隊長が居て良かったです。」
地面が土で泥濘む所が多いが、一行は順調に村へと向かって進んでいった。
しばらく進みさらに暗くなる頃、踝程の高さの草が綺麗に生える草地が広がるエリアが見えてきた。
エリアの上にも大きな葉が生い茂り、傘の役割を果たしていた。
ジールは馬から降りると足下を確認し、隊員達の顔を見回した。
「下はほとんど濡れてない。この辺りは危険な生物はいない。今日はここで野宿だ。皆、雨で身体の芯はまだ冷えているだろう。火を焚くぞ。それとすぐ近くに小川が流れているはずだ。山菜や可能であれば魚を取りに行ってくれ。あと、肉だ!」
「「はい!」」
ジールの指示で隊員達は役割を分担し散らばった。
「フィオル。君は私と馬達をあの樹にまとめようか。」
「わかりました!」
「君も手伝ってくれるかい?」
「…。」
ジールが優しく声を掛けたが、少女は声は出さずに少し時間を置いてから頷いた。
「よし。これでいいだろう。ありがとう。」
馬を樹にまとめ終えた三人は樹の根元で隊員達の帰りを待った。
その間、一度も声を出さずにじっと一点を見つめ待つ少女。
時より俯き、表情は暗く、怯えている様子だった。
「フィオル。ちょっといいか。」
手招きをしフィオルを呼ぶジール。
「君はおそらくあの子と同じくらいの歳だ。私達大人が話し掛けても怖がってしまうだろう。あとで話しを聞いてみてくれないか?私達ソウルガーディアンズは、ラヴィエルを守るのは当たり前だが、弱い人々を守るという使命がある。たとえどんな事があろうともだ。そして、あの子もその内の一人だ。目覚めたら見ず知らずの人に囲まれて心は不安定だろう…。だが、絶対に村まで安全に連れて帰らなければならない。依頼とは違うがそれが今の仕事だ。私達の隊は少女を守りながら村に帰還する。少女を守る事が最優先だと頭に入れておくんだ。分かったかい?」
ジールの言葉に頷きじっと待つ少女に目をやるフィオル。
(ずっと不安そうな顔をして、微かに震えている様にも見える…。)
「わかりました。」
依頼が全てではなく、ソウルガーディアンズは常に人々を守るという使命がある。
たしかに少女の立場に立って考えると自分の様な子供に声を掛けて貰いたいだろうと思った。
だが同年代の異性に声を掛けるのが少し恥ずかしいという気持ちもあったフィオル。
「よろしく頼むぞ。約束だ。」
肩をポンポンと叩きニコッと笑うジールに、フィオルは言葉を返さずにぎこちなく頷いたのだった。
「戻りました!」
ジールからの話しが終わると、散らばっていた隊員達が次々と戻ってきた。
隊員達を待っている間にいつの間にか雨は止み、辺りは暗い夜になっていた。
生い茂る葉の隙間からは微かに雲に隠れる月も見えていた。
「皆、ありがとう。お、グランディアを仕留めたか!早速準備しよう!」
肉が大好物なジールは少年の様に目を輝かせた。
「やっと休めるなあ。」「腹減ったー。」
既にクタクタの隊員達だが、飯を食べて休めると分かると疲れを忘れたかの様にテキパキと動く。
枝を持ってきた隊員は火を焚き、食糧を調達してきた隊員は調理を開始した。
山菜や魚、グランディアという鹿の様な獣を手際良く調理する。
フィオルは手際が良すぎる隊員達の動きに合わせられないと思い、邪魔にならないよう少女とその光景を見ていた。
「よし。もうすぐ出来るぞ。フィオル、少女と一緒に配ってくれ。」
調理された食材を少女と共に配り終え、焚き火を中心に一行は火を囲むように座り、フィオルは少女の隣に座った。
「皆、まずはお疲れ様。この食材達は私達の命を繋いでくれた。その事に感謝しよう。」
合掌し目を瞑ると、隊員達もそれに合わせて目を瞑った。
「先程も言った通り、この辺りに危険な生物はいない。だが、念の為見張りを一人置くことにする。沢山食って寝て、明日無事に村へ帰還しよう。」
「「はい!」」
「では食べよう!」
久しぶりのゆっくりとした食事に隊員達は笑顔になる。
「頂きます…。」
聞こえないくらい小さな声で呟くように言った少女。
チラッと少女を見ると目が潤んでいるように見えた。
「飯を食べたらお話ししよう。」
涙が溢れそうになるのを見てフィオルは無意識に声を掛けていた。
すると、少女はゆっくりとフィオルに顔を向け頷く。
その二人の様子を見てジールはにっこりと微笑んでいた。
「頂きまーす!」
フィオルは大きな声で食材に感謝の言葉を口に出し、隊員達との食事を楽しんだのだった。
「うー。食った食ったー。」「この草気持ち良すぎて気づいたら寝ちまいそうだ。」
飯を食べ終え隊員達は仰向けになり腹を叩く。
「早く片付けたら沢山寝れるぞー。」
ジールが隊員達に声を掛けると今すぐにでも寝たいと、ノロノロと起き上がる隊員達。
フィオルも手伝おうとジールに寄っていくが指でフィオルに合図を送る。
その合図をフィオルは察知し少女と少し離れた樹の方へ行った。
大きな樹の裏に並んで座る二人。
「美味しかった?」
「……うん。」
「良かった。」
少女は頷くが話しは膨らまず沈黙が訪れる。
(何を話せばいいんだ……。)
フィオルは少し焦っていた。
「怖かった。でも皆いい人達…。」
沈黙を破ったのは少女だった。
「そうでしょ!俺も今回からこの隊の一員になったんだ。優しい人達だよ。」
独り言のように発した言葉にフィオルは慌てて返す。
(何でもいいから聞こう!)
「そういえば洞窟の中で倒れていたけどどうしたの?」
フィオルは頭に浮かんだ言葉を口に出し続けて質問する。
「……わからない…。」
自分が何故あの場にいたのか、わからない様子で俯き弱い口調の少女。
「そう…なんだ。名前は?」
「アイベル。」
「アイベル…。いい名前だね!俺はフィオル!11歳だよ!君は?」
「私は10歳。」
「お、じゃあ俺の一つ下だね!」
フィオルとは温度差が違うが淡々と質問に答えるアイベル。
この後も色々質問したが分かったのは名前と年齢だけだった。
「身体の具合は……」
二人の話しをジールはこっそりと樹の裏で聞いていた。
ある程度話しを聞くとジールは静かに隊の元へ戻る。
「やはり、肉は美味かったなぁ!」
片付けをしている隊員達にジールが話し掛ける。
「山菜や魚も美味かったっす。」「また食べたいです!」
隊員達の腹は満たされ、疲れも吹っ飛んだ様子だった。
「この森の生物の事なら任せておけ。また近くで依頼があったら食べようか!」
ジールは大好物の肉が食べれてテンションが上がっていた。
「よし。見張り番決めるぞー。」
片付けを終え、見張り番を決め終えた頃、今だに戻ってこない二人をジールは気に掛けていた。
「ファリート。フィオル達を呼んできてくれないか?随分時間が経ったが戻ってこないんだ。」
「わかりました。」
小走りで二人がいる樹に行き、ファリートはジールに向かって手招きをするとジールはすぐに駆け寄る。
「何だ…寝ていたのか…。」
そこにはフィオルとアイベルが樹を背に頭をくっつけ合って寝ている姿があった。
その光景にジールは微笑ましくて笑ってしまった。
「仲良くなったのかな?しかし、まだ子供だもんな。このままにしておいてやろうか。フィオルの見張り番の分は俺がやるよ。」
「わかりました。しかし可愛いですね二人とも。」
「そうだな…。」
そう言い、麻のマントを布団代わりに二人に掛け、二人は隊員達の元へ戻った。
(隊員ではあるがフィオルはやはり子供だ…。この子達には未来がある…。私達大人は君達の様な子供を守り、戦わなければならない…。)
ジールは心の中で、本来の大人の守るべき者を言い聞かせてた。
焚き火を消し、灯りは見張りの一つだけで辺りは真っ暗になった。
見張りを一人置き、隊員達は寝に入る。
ダークウルフとの生死をかけた戦闘、雨の中の全力疾走。
草地に直接寝る者も居れば大きな葉を加工しテントのように自らを覆い寝る者と様々である。
樹にまとめた馬達も隊員達が寝て、静かになったのを感じ眠りについている。
葉に溜まった雫がポツリポツリと落ちる音。
虫達の鳴き声。
隊員達の寝息が微かに聞こえる静かな夜。
草地は天然の布団の様に柔らかく時より吹く風が心地良い。
「くぅ。良い風だ。」
伸びをしながら見張りをする隊員。
隊員達の野宿している草地に葉の隙間から月光が差し込む。
日中の豪雨が嘘の様に雲一つ無く澄んでいて、空は星空で満たされていた。
そんな心地良い静かな夜に、眠気と戦いながら見張り番になった者は役割をなんとかこなしていく。
そして見張り番が半分を回った夜中…。
バサッバサッ
上空から聞こえ始める不穏な音が草地に響き渡る。




