第七話 魂の剣
「ハァハァ…。」
手を繋ぎ、後ろを振り向く事なく、必死に馬の元へ向かい走り続ける二人。
(寝ていなければみんなで逃げれたのか…。くそぅ。絶対に許さない…。)
走りながら涙を拭い、自分の失態にイラつくと共に竜への憎悪が溢れる。
息を切らし、馬の元に着いた二人。
その危機迫る表情を見て、落ち着きをなくす馬達。
まとまり、繋がれている縄を切り一頭の馬の手綱を持った。
「君達は逃げるんだ!」
他の馬に声を掛けると暴れながら散り散りに馬達は逃げていった。
そして、必死に馬の背に這い上がり、アイベルに手を差し伸べた。
「アイベル…!」
そして馬に乗った二人は草地を後にする。
灯りは無く、自分達がどこに向かっているかも分からない状況の中、後方から竜の咆哮が聞こえると、二人はビクつく。
死への恐怖は馬にも伝播し、走る速度が上がる。
そして、バサバサと翼の音が樹の上に向かっていくのが聞こえ、音の鳴る方を見上げ手綱をギュッと掴む。
「こっちに逃げたのがバレてるのか…?空から探す気だ!しっかり掴まって!」
「うん!」
「行くぞ!」
脚で馬を叩くと、さらに速度を上げ、風を切るように走り出した。
「ハァハァ…。アイベル、大丈夫かい?」「手が疲れたら直ぐに言うんだよ?」
「うん…。」
フィオルは不安にさせないように声を掛け続けた。
辺りは暗く、生い茂る植物達で、視界が悪いがとにかく竜の羽ばたく音とは反対の方向に進む。
フィオルはペールデニーズの知識がほとんど無く、とにかく進むので精一杯だった。
(オラディ村からはそう遠くない森なのに…もっと調べておくべきだったな。)
日々の生活で、自分がいかに無駄な時間を過ごしていたのかと悔やむ。
上を見上げても空はほぼ見えないが、竜の飛んでいる音は一向に止まない。
辺りは静かであるため、馬の駆ける音を頼りに藍色の竜は同じ速度でフィオル達を追いかけている様だった。
さらに進むと少し先が開けているように見えた。
(まずいな…。開けた所に出たら正確な位置が知られてしまう。どうする…!)
フィオルが考えていると馬がヒヒィンと鳴き出した。
すると何処からか馬の駆ける音が色々な方向から聞こえ始める。
先程散り散りになった馬達が冷静を取り戻し、仲間を探しているのか、馬の鳴き声に反応しているようだ。
(これなら俺達の正確な位置はバレない…!)
フィオルは少しずつ馬の速度を落とし、やがて開けた草地の前で止まった。
「アイベル、一回ここで少し留まろう。他の馬の足音で竜は混乱してるはずだ。」
「わかった…。」
「このまま見逃してくれれば良いんだけどな…。」
二人は呼吸を整え、アイベルは一度手綱を離す。
その手を見ると、擦れていて赤くなっていた。
「手、大丈夫かい?」
「少し…痛い…。」
そこでフィオルはハッと思い出し、懐から薬草を取り出した。
食料調達をしていた隊員が念の為と山菜を採取している時に薬草を持って帰ってきており、フィオルに渡していたのだ。
フィオルは直ぐに薬草を握りつぶして、草の水分をアイベルの手に垂らし、ギュッと手を握る。
そして、麻のマントをちぎり、包帯のように巻き、その上からまた薬草の水を垂らした。
「滲みるけどだんだん痛みが和らぐはずだ。」
目をギュッと瞑り、痛みに耐えるアイベル。
「ありがと…。」
馬は興奮し息が荒かったが、だんだんと落ち着き自分達の周りは再び静かになり始めた。
「君も怖いよな…。村までなんとか持ち堪えてくれ。」
フィオルはジールの様に馬を優しく撫で、話し掛けた。
樹の隙間から覗くと、尚も竜はその場で留まり、周りをキョロキョロと見回し、探すのを諦める様子は無い。
(ここからどうするか…。開けた所を大きく周って行くしかないのか?でも、暗い森の中…どんな生物がいつ襲って来るか分からない。出来ればここを突っ切りたいんだけどな…。)
フィオルは次の行動に躊躇していた。
「フィオル!あれを見て!!」
突然アイベルが空に指を差す。
その先にいた竜は上を向きながら唸り、頬は赤い光を帯びていた。
そして、口をゆっくり真下に向けると、口の中に炎の様な明かりが見え始めた。
「まさか…!」
次の瞬間、一瞬辺りが見える程明るくなり、大きく開けた口から森へ向かい、勢いよく火球が放たれた。
ドゴーンという轟音と共に、火球はフィオル達の後方で樹を薙ぎ倒しながら地面に着弾し、地面は抉られ、破裂した火球により、やがて木々に火が付き始めた。
「くそぅ!ここを突っ切るしかないのか…!」
竜を見ると既に次の火球が放たれていた。
周りには動物の焼け焦げた臭いが漂い始め、火はフィオル達に迫ってくる。
「突っ切ろう!」
アイベルが叫ぶとフィオルは手綱を持ち上げ、走れと合図し、開けた草地に勢い良く飛び出すと、風を切るような音を立て、馬はさらに加速する。
「アイベル…落ちない様にしっかり掴まって!」
アイベルは痛みを堪え、手を震わせながら手綱を必死に掴む。
振り返ると生い茂っていた森は炎に包まれ、何頭か馬が燃えて倒れているのが見えた。
そして、その上空に留まっていた竜は再び口に炎を溜め、フィオル達を目視すると、開けた草地に出たフィオル達に照準を合わせた。
「頑張れ…!もう少しだ…!あと、100m…!」
反対側の森まで100m程になった時、火球は放たれフィオル達の直ぐ横を通り過ぎる。
「熱っ……!」
横切った火球はフィオル達の先の樹に直撃し、爆風がフィオル達を襲うと、馬はバランスを崩し二人の手は手綱から離れ、草地に投げ出された。
「アイベル!!」
吹っ飛びながらも咄嗟にアイベルを包む様に抱き寄せる。
十数m程吹っ飛び、アイベルを庇う様に下になっていたフィオルは地面に叩きつけられた。
「うっ…!」
アイベルは擦り傷で済んだがフィオルは背中を強く打ち、痛みで起き上がれずにいた。
「フィオル!フィオル!」
フィオルを摩りながら叫ぶアイベル。
痛みに耐えながら片目で竜の方を見ると、竜は地上に降り、翼を大きく広げながら威嚇し、向かってきていた。
(骨は折れていない…。身体は動く…けど痛い。まずい…次の攻撃が来る……!)
「もう…もういいよ…。一緒にここで死のう…。これ以上、傷付いているのは…誰かが死ぬのは見たくない…!」
摩る手を止め涙を流しながら叫ぶアイベル。
フィオルは仰向けに倒れたままアイベルの涙を拭った。
「死んでたまるか…!君を守ると…決めたんだ…。使命を…約束を果たすんだ…!何度も君の涙を見た…。もう泣かせたくない!ジール副隊長…皆が命を繋いでくれた…。諦めたらあの人に…あの人達の死は無駄になる!!」
叫ぶ様に言うと、ゆっくり立ち上がり、腰に差している剣を抜き、藍色の竜に向かい剣を構える。
アイベルは正座になり、今まで隊員達が自分に世話をしてくれた事を思い出す。
『皆いい人達だから、怖がらなくて大丈夫さ。』
『うぉぉおお!行けぇフィオル!アイベル!必ず生き抜き村に帰還するのだぁぁ!』
アイベルは涙を拭い、生き抜くという強い思いを宿す目に変わった。
「アイベル。俺の後ろに…」
声を掛ける中、ヒュンと風を切る音と共にフィオルの後方に行こうとするアイベルの目の前に鋭い尾が迫る。
ガキィィン
火花を散らし、金属同士がぶつかる様な音が鳴り響いた。
「そうはさせない……!」
反応したフィオルはアイベルの目の前に飛び出し、尾による攻撃防いだ。
ギチギチと鳴り響く剣と尾の摩擦音。
「アイベル…!下がれ!早…」
ドスッ
尾はフィオルの剣で防がれていたが、一本だった尾は二本に変形し、もう一本でフィオルの太ももを突き刺した。
「ぐわぁぁぁ!アイベル…!」
咄嗟にアイベルを脚で押し、後ろへ飛ばし、刺された脚に力を入れ、倒れない様に踏ん張るフィオル。
「フィオル…!」
ポタポタと脚からは血が垂れ、ゆっくりと地面に溜まっていく。
「もう…傷つけるのは止めてよー!!」
アイベルは竜に対して怒りの叫び声を上げた。
すると次の瞬間、アイベルの両手の周りに白いオーラが現れた。
「えっ…。」
アイベルは何が起きているか、訳が分からなかったが願う様に手を組んだ。
「お願い!フィオルを助けて…!!」
アイベルが叫ぶと尾が刺さっている太ももの血が止まり始める。
「なんだ…これは…。」
痛みが引いて行くのを感じ、背中を打ちつけた身体の痛みも和らぎ始める。
「ふんっ!!」
フィオルは力強く剣を振り、二本の尾を弾き飛ばした。
尾からは大量の血が舞い、藍色の竜は苦痛の表情を見せ、一歩後退した。
「今なら…!」
フィオルはこの機を逃すまいと走り、竜との距離を縮めた。
(この剣で……!)
フィオルは腰に差さったもう一つの剣を抜いた。
『これをお前に授ける…。私が剣撃隊に入った時から愛用している物だ…。』
(ジール副隊長!皆さん…!僕に力を…貸して下さいっ…!)
心の中で強く言うと、ジールから授かった剣に白いオーラが纏った。
「何だ…これは…!?」
竜の目の前まで距離は縮めたが竜は口を大きく開け、鋭い牙でフィオルを噛みちぎろうと首を伸ばしてきた。
「行っけぇぇぇ!」
フィオルは数mmの所で牙を交わし、竜の懐に飛び込むと、白いオーラを纏った剣で竜の脚を切りつけ、その勢いのまま竜の後方に行き、尾に会心の一撃を喰らわせた。
切りつけた脚は皮一枚で繋がるかと言うほど深く、尾は綺麗に切断され、クルクルと宙を舞い、地面に突き刺さる。
「今の力は…?」
握った剣を見ると白く纏っていたオーラは消え、普段の剣に戻っていた。
藍色の竜は空へ向かい耳をつんざく程の咆哮を上げ、片脚では立てなくなったのか翼を広げバタバタ動かすと空高く飛び立ち、血を垂らしながら森の奥へと去っていった。
「…やったあ…。アイベル…!」
竜が去るのを目視し、アイベルへ振り返るとその場にうつ伏せになり倒れていた。
直ぐに駆け寄り揺するが返事は無い。
「アイベル!」
口元にそっと手を当てる。
「息はある…!」
脅威が収まり安全を確認したのか遠くで見ていた馬が駆け寄ってきた。
「ありがとう…。怪我は無いかい?」
優しく撫でるとなんとかアイベルを乗せ、紐で自分とアイベルを繋いだ。
(絶対生きて帰るぞ…!)
そして、二人を乗せた馬はゆっくりと進み、再び森に入っていく。
その様子を遠くから見る人影があった…。
「まさか竜を退けるとは…。あの小僧やるなぁ…。」
そう言い残すと人影は森に消えていった。




