第二十八話 消えた光
大きく顔を歪めたオルコに向かい、アイベルは大きく息を吸い、口を開いた。
「彼の…フィオルの言う通り私は私です…。この力はフィオルと共に、藍色の竜と対峙した時に発現した力――。」
アイベルは目を閉じ、十年前の対峙を思い出す。
命を懸けて守られた自分達に襲い来る藍色の竜。
一度命を諦めようとしたが、傷付きながらも自分を守ったフィオル。
怒りの叫びが引き金となり発現した力――心願。
目を開けアイベルは、自身の掌を見つめる。
「この力は私の内にあるモノです。何があってもあなたのモノにはなりません…。」
そして、オルコを真っ直ぐ見つめた。
灯りを受けたオルコの影はヒラヒラと揺らぎ、止まったように見えた時、オルコは口を開いた。
「ワシは欲しいと思ったモノを、手にせずにはいられぬ。その力はワシの為にあるモノじゃ。縛られぬ存在はワシだけでよい…。かつてワシは対極の存在じゃった――。」
――まだダイアボが村と呼ばれていた頃
「カンビア…!」
「オルコ…。」
「命懸けで産んでくれて…ありがとう。守っていくからな…。」
オルコは妻カンビアを優しく抱きしめた。
「やっと会えたんだ…。」
オルコはカンビアの胸に抱かれる我が子の小さな手を、何度も握っていた。
五度の流産…及び死産を経て、六度目。
念願叶った二人の想い。
半日掛け自分達の子がこの世に生を受け、二人は幸せの絶頂を迎えていた。
既にオルコは若いと言われない年齢になりつつあった。
当時のダイアボは、現在の石造りの国とは程遠く、家々は藁や木造で作られ、30程の家がぽつりぽつりと建つ集落であった。
オルコはカンビアと共に一番端の家で静かに暮らしていた。
ただ一つ、オルコの家から一番離れた位置に、王族の家があり、村人はその家には一切近づかなかった。
ある日――
オルコは川へ食材を取りに村の外へ出掛け、家を外していた。
「カンビアおはよう…!あら、ホントに可愛い…。」
赤子と外で陽を浴びていた時、声を掛けてきた小太りの女性がいた。
歳上である彼女とは仲が良く、カンビアは些細なことでも気に掛けてくれる彼女を、姉のような存在として接し、日々暮らしていた。
「おはよう!ロンターノ!でしょう?いつもこうやって陽を浴びると笑ってくれるんだー。」
「素敵な笑顔ね。それにその宝石!綺麗…。」
「これはオルコが採掘してきたの。"自由"の象徴として入れたのよー。」
「良い色…。そういえば名前はまだってこの間言ってたよね?」
「うん…。」
微笑みながら赤子の頬を指で摘むと、赤子は弾むように身体を動かし笑う。
「…オルコにはまだ言ってないけど、私の中では決まってるの。」
「そうなのね!」
「彼は最近忙しくて……明後日は一日中家で過ごせるみたいだから、その時に言おうかなって思ってるの。名前はね……」
優しく、そして暖かく通り抜ける心地良い風がピタリと止む――。
「モルス――。」
名前を呼び、二人は赤子のモルスと戯れる。
カンビアが笑顔になると決まって笑うモルスだった。
だが、この先に起きる出来事は、この幸せをどん底へ突き落とす物であった――。
――
この村の王族には、古くから歪んだ風習があった――。
かつて白き神が人々を癒したという史実。
王族達は、人を捧げれば再び女神が顕現すると信じていた。
癒しを与えた事から女神と呼ぶようになった。
王族達の祈りは欲望へと変わり、いつしか赤子へ向けられる。
穢れなき魂。
未来そのもの。
純粋な命こそ、女神を呼ぶ最大の供物だと――。
――
翌日――
「この間…リヴァージュ地方を発った家族の赤子が失踪したみたいだ…。」
「そうなの?物騒ね…。」
朝、村人達が話をしていた所にロンターノは通り掛かり、子供の頃に見た光景を思い出す。
幼い頃、森の奥で消えていく人影を見た事があったのだ。
自身が大人になった今でもダイアボ近辺の村では、失踪の噂は時より流れ、大人になるにつれると赤子の失踪が目立ち、今では赤子だけが失踪するという噂が大きく広がっていた。
それを目の当たりにした当時は、恐怖から誰にも言えなかったが、旦那には話をしていた。
だが、幸せを掴んだばかりのカンビアには言えるはずがなかった。
そして、ロンターノは村人の話を忘れようとその場に留まることはしなかった。
しかし、村に広がる噂はカンビアの耳に入り、その日中オルコは家にいなく、一人赤子のモルスを抱き不安は膨れ上がっていた。
夜――
陽は沈み、ダイアボは普段とは異なり、やけに静かであった。
(疲れてるだろうけど、話だけでも……)
「貴方…。今日村の人達が…」
「気にしなくていいさ。うちの子は大丈夫だ。信じよう。だって見てごらん。この肩に輝く宝石。陽の色をしている…。子供は…この子は自由の象徴なんだから…。」
「うん…。」
(大丈夫だよね。疲れてるのにごめんね…。)
カンビアは不安で押し潰されそうになっていたが、オルコは、モルスの肩に光る宝石を指差し、そしてカンビアの背中を撫で安心させた。
だが、それも無駄な事だったとは知りもせず、二人は赤子を挟み、眠りにつく――。
真夜中――
怪しげに揺らめく灯りがともる薄暗い王族の家。
その灯りを囲うように座り、王族達が協議をしていた。
「あの赤子を女神様に捧げる――。」
協議の末、捧げる赤子が決まる。
誰も異を唱えなかった。
それは、明日の天気を決めるような軽い口調だった。
王族の誰も表情を変えなかった。
王族の一人が灯りを息で消した。
それは、オルコの赤子であった――。
――現在 王の間
「ワシは知りもしなかった。妻を、子を愛していた…。」
声は微かに震え、上を見上げる。
オルコはこの時、赤子の誕生、そしてその赤子とカンビアと共に暮らしていた記憶が、頭の中に浮かんでいた。
(目が変わっている……。)
アイベルはオルコの表情、そしてその瞳の奥に優しさを感じ、心の中で呟いた。
「古くからダイアボの王族達が行っていた所業……人攫い…。後に生贄を捧げる風習があった事を…。」
見上げていた顔をフィオルとアイベルに向け、低い声で放った衝撃の事実に、二人は時が止まったかのように目を見開いた。
王の間に凍てつくような弱い風が吹き、二人の全身に鳥肌が立つ。
「ワシの子は……」
――過去 ダイアボ
灯りが乏しい真夜中の村――。
日中、陽を浴びれるほど快晴だった空とは違い、雲が多く普段よりも暗かった。
微かに月明かりが村を照らしていたが次第に黒く厚い雲が空を覆い始め、遂に月明かりに照らされた村は消えていった。
なかなか眠りにつけなかったロンターノは天井を見つめ、日中に村人達が話をしていた噂を思い出すと、ギュッと目を瞑った。
だが、目を瞑ると幼い頃に見てしまった光景がフラッシュバックし息を荒くさせ、再び目を開ける。
突然、ザッザッザッと地面を歩く音が外から聞こえ、眠気は完全に覚醒し、起き上がるとゆっくり外へと出た。
「何の音だろう……。」
外へ出たロンターノは辺りを見回し、視線がカンビアの家で止まった。
徐に視線を落とすと足跡のようなものを幾つか見つける。
直感で気持ち悪さを覚え、真反対である王族の家の方向に視線を移す。
すると遠くに人影のようなシルエットが小さく見え、凝視した。
何かの袋を持っているのが見えた。
瞬きは時を遅くしたようにゆっくりとなる。
そして、再び瞬きをした次の瞬間――
月が雲から顔を出し、月光が差すと、袋の隙間から反射した光にロンターノは瞬間的に理解した――。
『赤子が失踪したみたいだ…。』
村人の噂が頭の中を駆け巡る。
「…嘘…そんな……。」
(カンビア……!!)
心の中で叫んだ。
足は震えていたがロンターノは自宅の扉を叩いた。
身体は眠る旦那を起こしに動いていた。
「助けて…!カンビアの…カンビアの子供が……!!」
旦那はその声にガバッと起き、武器を片手に外へ出る。
「カンビアに…」
ロンターノはカンビアの家を振り返りながら言うが、王族の家に近づいて行く人影は更に小さくなっていた。
「そんな時間は無い…!今ならまだ間に合う!」
そして、二人はオルコとカンビアに会うことは無く、人影を追うこととなる。
人影はあまり音を出さないように移動していた為、直ぐに距離は縮まる。
そして、足音を聞かれないように更に近づくと、旦那は人影の背中に剣を振るった。
ロンターノは人影が倒れ、手から離れた麻袋を抱き、旦那は続けて人影にとどめを刺した。
二人はモルスを助けることに必死だった。
ロンターノは血の温もりを振り払い麻袋を抱き締める。
そしてその場を後にし、カンビア達に赤子を届けようと走り出す。
「何者だ…。」「返せ。」
だが、新たな人影が現れると旦那はロンターノの前に立つ。
「ダメだ…逃げよう…!!」
旦那は傷を負いながらも武器を振るい、遂にダイアボを出る事をロンターノに告げる。
そして、命からがらその場をやり過ごし、二人は村から離れて行く。
(カンビア…ごめんなさい…。)
小さくなっていくカンビアの家を見つめ涙を流した。
前を向き、モルスを強く抱きながらロンターノは走る。
遠くへ……遠くへと――。
夜が明ける少し前、夢か定かでは無いが、甲高い音が断続的に聞こえオルコは唸り声をあげていたが、音が無くなると再び眠りについた。
早朝――
陽が低い位置で村を照らし、鳥の囀りでオルコは目覚めた。
伸びをし仰向けのまま、隣に眠るはずの二人に顔を向ける。
二人は居なかった――。
「……?」
寝起きで頭はぼーっとしていたが何かが違うと直感し、外へ飛び出した。
背を向け、ポツリと家の前に立つカンビアがいた。
だが、よく見ると服は乱れ身体中に傷が幾つもあった。
「カン……ビア?」
その声にゆっくりと振り向くカンビア。
顔中傷だらけで、頬には涙の跡が太く付いていた。
「…ぁ……ぁ…。」
掠れた声にならない音。
そして、ゆっくりと瞬きをしながら重心はオルコに傾く。
「どうしたんだ…!?」
倒れてくるカンビアを支えたが、その目に生気は感じられず、死んだように脱力していた。
「カンビア…何があった…。」
カンビアはオルコの腕の中で、オルコの胸を叩いた。
オルコは自分の子が居なくなってしまったことを確信したのだった。
夜明け前――
カンビアはふと目覚めた。
隣りにいるはずのモルスが消えていた――。
(モルス…?)
毛布をめくる。
そこには何も無かった。
カンビアは裸足で外に飛び出て、手当り次第に村中を一人で探し回った。
自分の家から続く足跡――足跡が溜まった場所には血が地面に飛んでいた。
誰にも声を掛ける事は無く、森へ走る。
声が枯れるほど叫び、泣いた。
「モルス……モルス…!!」
自分を責めるように爪で顔を掻いた。
呼吸だけが壊れたように漏れた。
遂に涙は枯れ、声を失い、そして唯一の光を失った。
自由の象徴は、最も残酷な形で奪われた――。




