第二十七話 覚悟
「ワシに逆らう者は居らん…。ワシが民に富をばら撒き、民はそれを受け取り生活しておる。ワシが縛られておらぬからダイアボは"平和"なのじゃ。」
メイドはオルコの言葉に気持ち悪さを覚え、平和という言葉を聞いた瞬間に震え出す。
フィオルとアイベルは背を向けているが、メイドの震えは二人に伝わっていた。
フィオルはギリッと歯を食いしばった。
「民は…幸せではない…。平和とかけ離れている!」
フィオルは拳を握り締め強く言い放つ。
「争いは無い…。この国は至って平…」
「彼女を見てください…!」
アイベルはオルコの言葉を遮り、後ろに座るメイドに手を差し強く言った。
「民の顔を見た事は無いのですか…?俯き、前を向いて歩く人は一人も居なかった…。会話も…明るい表情も…子供の姿も無い。」
アイベルはオルコの瞳の奥を見つめ言う。
そして――
「この国には幸せというモノを感じません。」
オルコは表情を変えずに口を開いた。
「"お主"は"人間"を分かっていない。金さえあれば人間は生きて行けるのだ。お主は気づいておらぬ。自分が何者なのかを…。」
オルコの言葉に引っ掛かりアイベルは眉を顰めた。
「どういう事だ?」
アイベルは言葉を出せず、フィオルが代わりに問う。
オルコは一拍間を置き、アイベルの目を真っ直ぐ見つめた。
「お主は女神である――。」
一瞬部屋の空気が止まり、その言葉だけが鮮明に残った。
「……。」
アイベルは言葉を失う。
「お主はダイアボの民をも救おうと考えておるじゃろう。……女神――その存在は救いを拒めぬ者である。」
フィオルは今までに見た、アイベルの行動に心当たりを覚え、アイベルの横顔を見つめたが、一瞬その視界が揺れた。
(私は一体…何者なの……?)
「わ、私は……」
「アイベル…。君は君でしかない。」
言葉を詰まらせるアイベルにフィオルの言葉が静かな部屋に響いた。
だが、その声は少し震えていた。
「疑わぬか…。男よ。」
(いや…。アイベルはいつだって手を差し伸べていた…。オラディ村の村人達、レリッタの人々…アウディアやエディウスにだって――。)
「ふむ。何か感じるのか。」
フィオルの反応にオルコは首を傾げる。
少しの間――。
フィオルは一度目を伏せ、息を強く吸い顔を上げる。
「いや…。アイベルはアイベルだ。救いを求める者、困難に息詰まる人々に手を差し伸べる…。それがアイベルの在り方だ。」
「……。」
オルコは静かに肩を揺らし、声にならない笑いがふっと消え、目を細める。
そしてオルコは、自身の前にある机に置かれる古い本を指差した。
「この古文書にはそう書かれておるのだ…。かつてこの北の地に女神が顕現した――。」
――
『竜種が住まうこの世界――。神樹ラヴィエルは生命を育み、太古より竜種は神樹の力を得て生命を繋げる存在であった。』
『人間の誕生――人間は神樹に寄り添い、生を営み行く道を選ぶ――。それは竜種にとって領域侵犯であり、悠久を生きる彼らの価値観は世界の均衡を歪め始める。世界は徐々に蝕まれ、北の地の神樹は崩壊していった―。』
『小さな淀みはやがて漆黒の闇へ化した。人間の居場所は朽ち、多くが未知の病に倒れた――。神樹が朽ち果てた時、白い光が神樹を包み、白く輝く神が顕現した――。』
――
「その神こそが女神である――。顕現し、その光に触れた者の病は癒え、居場所である家々も修復された。…お主のその力は女神に極めて近いのだ。」
フィオルとアイベルはオルコから語られた話を静かに聞いていた。
(私が女神…?)
(アイベルは…女神なのか…?)
「あの古文書はジール副隊長が話していた内容に似ている…。」
フィオルは独り言のように小さく呟いた。
部屋に再び沈黙が訪れる。
「ワシが欲しいモノは…女神。お主の存在なのだ。」
オルコの瞳には崇敬というモノは無かった。
その瞳を見た瞬間に、フィオルは反射的に剣に手を伸ばす。
だが、アイベルはその手を優しく掴み、それを阻止する。
その手は僅かに震えていた。
そして、アイベルはゆっくりと瞬きをし口を開く。
「奪う事で得た地位……縛られない存在は自由とは言いません。あなたは自由ではなく孤独です。何故あなたがここまで恐れられているのか…。何故あなたは奪う事をするのか…。私は知りたい。」
アイベルの言葉はオルコの顔を大きく歪めた――。
――デュール、コラン 石柱の間
刃物がぶつかる音が響く。
接近戦に持ち込んだが男の身のこなしは人の域を超えていた。
デュールの攻撃は当たらず防戦一方だった。
(翡翠筋を使っていても傷を負う…。この男からは何か歪んだ力を感じる…。)
デュールの貧血症状は悪化し、動きが鈍る。
男の攻撃は徐々に当たり始め、デュールの傷は増えていっていた。
鎧は傷付き、鎧の隙間への的確な男の攻撃に、デュールの限界は近づいていた。
だが、激しい攻防の最中、一瞬コランに視線を移すと裏口の扉を潜っていた。
(よし。集中しろ……今までに無いほど…力を込めて翡翠筋を使うんだ…。相打ちになってもいい…コランはダイアボの王に会わねばならないのだ…!)
デュールは自らを鼓舞し、息を整えた。
だが次の瞬間――。
足元に倒れていたダークウルフに引っ掛かり、デュールの重心が大きく傾く。
(何っ……!)
その瞬間を男は見逃す訳もなく、デュールの首元へナイフをギラつかせた。
(勝った――。)
男の瞳孔は広がり時間がゆっくりと進む。
(しまっ…)
刃先が首元に迫る――。
ガキィィン
男とデュールの間を、コランが投げた盾が割って入り、ナイフが首元に刺さる寸前で防ぐと、コランは大きく息を吸った。
「デュールさん……!!」
続けて大槍を力一杯投げると一直線にデュールの元へと飛んで行く。
(コラン…!良くやった……!!)
一瞬だった――。
デュールは飛んで来る大槍に手を伸ばし、勢いを殺さずに手に取り、遠心力を使い回転する。
(力を…込める……!!)
大槍を握った手から白い光が強く溢れる。
(なんだこれは……!?いや、この光、この力で叩く!!)
デュールは強い光を感じ一瞬目を見開くが、更に力を込め男の目を鋭く見た。
「うぉぉぉおお!!」
大槍を薙ぎ払うように男の側面から脇へ向けて振るう。
男は一瞬の出来事に反応が遅れ、ナイフを下ろしていたがデュールの脇に向けて突き刺した。
「……!」
デュールの口から血が流れる。
だが、脇に突き刺さったナイフを気にも止めず、振るった大槍を男に当たる寸分で止める。
その瞬間、男の脇の空間が軋み、衝撃が圧縮されて放たれた――。
轟音を轟かせ、男は吹っ飛びデュールの大槍にヒビが入る。
「す…凄い…。」
デュールは大きく息を吐き、膝を付くが倒れそうなその身体を大槍で支える。
「デュールさん……!!」
限界を迎え、弱りきったデュールの姿を見てコランは叫びながら走った。
「直ぐに…直ぐにアイベルさんの所へ……!」
声を掛けるも、デュールの意識は朦朧とし血は依然として止まらない。
だが、声に反応しデュールはコランの肩に手を置いた。
「コラン…。良くやってくれた。良く守ってくれた…。お前はフィオル達を追うんだ…。」
「で、でも…」
「王に会いに行かねばならん…!レリッタの村人達の為にも…絶対会うんだ…!俺はなんとかなる。仲間達を信じているからな。さぁ…」
そこまで話すとデュールはゆっくり目を瞑るが、呼吸をする度に脇からは血が滲む。
「絶対に…絶対に死なないで下さい!」
コランは涙を拭きながら、立ち上がるとフィオル達の元へ駆け出した――。
――エディウス、アジル 植物の間
(速い…!コイツ、こんなに速く動けたのか!?)
エディウスの距離を詰めた動きは、男の想像を遥かに超えていた。
男は目を見開き、伸ばしていた鎖を即座に戻し、鎌を構え迎撃に備える。
キィィン
甲高い金属を叩く音を鳴らしエディウスの一撃を防ぎ、男は後ろに飛んで後退する。
「最初に後ろのガキと距離を詰めた動き…あれは本気じゃ無かったのか?」
(しかし…小太りの野郎に受けた傷が痛むな…。速い動きに翻弄されたら流石にまずい…。早いとこ殺しちまわないと…。)
喋る口調は余裕を見せているが、男は焦りを感じていた。
(よく喋るヤツだ…。後退したって事は、また鎖を使って中距離攻撃だ…。)
エディウスは男の動向を注視し分析する。
エディウスの飛び出しを見ていたアジルは、驚きの表情で二人の戦いを見ていた。
(ホントに速かった…。相手の事もよく見てる。でも、私を気にするように何度か視線が私に向く…。)
「エディウス…!私は大丈夫!集中して……!」
細剣を地面に突き刺し、立ち上がりながらアジルは叫んだ。
エディウスは男に向いたまま大きく頷くと、再び剣を構える。
(信じるよアジル。)
そして、剣を強く握った。
「…ん?」
頭上から落ちてきた水滴のようなものに気付き、エディウスは視線だけを一瞬上に向けた。
(蝋…?)
植物の間に入った時に見た異様な数の蝋燭――。
エディウスは何かを思いつき、頬が緩む。
エディウスはグッと重心を下げ、再び地面を蹴り一直線に距離を詰める。
(もう少し後退させて絶妙な位置にアイツを…。)
男は向かってくるエディウスに分銅を飛ばす。
エディウスは半身を捻り分銅を躱し、直ぐに距離を詰めると男は再び後退する。
(予想通り…。こっちが距離を詰めれば、まずは鎖に繋がれた分銅で勢いを消す。再び距離を詰めれば後退。戦い方は分かった!…次で決める…!)
大きく息を吸い、エディウスは飛び出した――。
先程とは違い、直線ではなく、男を誘導するように蛇行しながら距離を詰めていく。
(なんだぁ?このガキ…。分銅がそれほど嫌なのか?)
男はエディウスの動きに違和感を感じたが、再び分銅を飛ばす。
(来た…!!)
エディウスは目を見開き、飛んで来る分銅に全集中する――。
顔に飛んで来る分銅を、重心を下げながら躱す。
頭上に通る鎖に剣を当てると、鎖が剣に巻き付き始める。
(今だ…!!)
そして、完全に巻き付く寸前に力一杯剣を握り、頭上に並ぶ蝋燭に向け剣を振るった。
「んんっ…!!」
鎖の先の分銅はエディウスの剣の振る力に耐えられずに、鎖から離れ夥しい数の蝋燭に向け飛んで行った。
男は目を見開き、額に汗が滲む。
「何っ……!!」
(お前のすぐ後ろにいる植物達…その頭上にある大量の蝋燭…。行ける…!!)
分銅は蝋燭に直撃し、大量の蝋燭の火が植物の真上に落ちていく。
そして血を欲する乾いた蔓に火が触れた瞬間――。
炎は蔓から植物の本体へ走っていき、やがて全体を包んだ。
苦痛に苦しむ植物は激しく動き呻き声のような音を鳴らす。
「何だっ…!」
男の真後ろで暴れる植物に、男の視線はエディウスから外れる。
目の前で暴れる植物を鎌で切り刻み、エディウスに向き直ったが、エディウスは既に距離を詰めていた。
(もっと大きな隙を――。)
エディウスは詰める速度を少しだけ緩めた。
男は焦りの表情から一転、大きく口角を上げた。
(さっきよりも遅い…!甘いなガキィ!)
鎌を頭上に構え迎撃体勢を取る男に、エディウスは一直線に向かっていく。
鎌がエディウスの脳天を捉える――。
(隙だ…笑った…。)
エディウスは男の表情を凝視し、降り掛かる鎌をギリギリで躱す。
そして、剣を逆手に持ち替え、ディルケに刺され弱点となった脇腹へ、柄を思い切り叩き込んだ。
ドクン――。
血の流れが急速になる感覚を覚えた男。
「ゴフッ。」
吐血すると口と脇腹を抑え膝を付いた――。




