第二十六話 王の間
しばらく色の無い世界に見入ってしまった二人。
先に進まなければいけない状況にも関わらず止まってしまっていた。
自分達の暮らすオラディ村で、レリッタの村人達を歓迎した色鮮やかな燈籠の灯りがチラつき、アイベルは静かに俯いた。
(ここから見える彼等は"幸せ"じゃない…。…救う事は出来るの…?)
フィオルには俯いたアイベルの心情が分かっていた。
「この先にいる王と話をしよう。アイベルは彼等を救えるか考えてるんでしょ?」
「…え…?」
「君は誰かに手を差し伸べる前に必ず…その人の事を想って表情に悲しみが溢れ出るんだ…。アルドさんを救うにしても、王とは必ず話をする事になる。とにかく先に進もう。」
アイベルは驚いた表情をしたが、フィオルの言葉を受けて、少しの時間を置いて頷いた。
そして、二人は再び階段を進んだ――。
――時は少し遡り 檻の部屋
アルドの言葉を受け、希望を胸にユヌスは祈るように手を組みながら目を瞑っていた。
アルドは黒い天井をじっと眺め、フィオル達を想いながら待っていた。
突然、外からオルコの興奮した息遣いが聞こえ、アルドは耳を澄ませた。
「遂に…遂に会えるぞぉ…!」
「あの者達を裏門へ誘導し、影の者達は迎撃に向けそれぞれの間へと移動しました。」
「うむ。…一人も死なずにここまで辿り着けるか見物じゃ。」
会話を聞いたアルドはフィオル達だと確信すると、身体を震わせ心が激しく高揚していた。
「ユヌスさん…!彼等が…ソウルガーディアンズが来ましたよ…!」
その言葉に、ユヌスは閉じていた目を開ける。
ユヌスはゆっくりと、そして深く頷き、その瞳からは涙が落ちていった。
(フィオル…本当に来てくれたのか…。だが、気を付けてくれ。アイツは…あの男は…。)
男の存在を思い出した瞬間、高揚していた心は冷え切り、フィオルを案ずる想いが胸を満たしていった――。
――デュール、コラン 石柱の間
(よし…!あと2頭だ…っ!)
残り2頭となったダークウルフだが、次々と襲い掛かる攻撃で少しずつ傷を負い始めていた二人。
「コラン、済まないな…。」
「いえ…大丈夫です!」
麻痺毒を風で流す策で、コランの盾は守っていた扉の先に落ち、デュールは自身の盾をコランに持たせていた。
初めて持つデュールの盾は、コランにとって扱いが難しかったが、次第に慣れるとダークウルフの攻撃は一切通らなくなっていた。
(俺の盾は重い。それなのにこの戦いで驚く程に扱いが上手くなっていく。だが…傷を負わせてしまった。あと2頭…。何とか…)
急に視界が狭くなり、一瞬だが暗転し、デュールの身体が大きくよろめく。
「デュールさん…!」
(男から受けた傷が思ったよりも深い…。貧血症状だ…!)
デュールを支え、血の止まらない傷口を見ながら、コランは心の中で叫ぶ。
圧倒的な窮地の状態だが、ダークウルフに同情という感情がある訳もなく、二人の目前にはギラつく牙が迫っていた――。
「ふんっ!」
デュールは自身を支えていたコランの目の前に立ち塞がり、剣を地面に落としながら翡翠筋を使い、ダークウルフの攻撃を防いだ。
コランはデュールの勢いに押され、後ろ向きで倒れてしまう。
顔を上げると2頭のダークウルフの牙がデュールの両腕を引きちぎる勢いで噛み付いていた。
「うぉおおお!」
更に力を込め、ダークウルフを押し退けると、落ちた剣を拾い、横切りを放つ。
「デュールさん…!」
「コラン…!今だ…っ!全速力で走れ…!!」
(大槍を…頼む…!)
そして、大きな声を掛けられコランは立ち上がる。
(ここで大槍を取れないと…負ける…!!)
コランはデュールに振り返らず、一直線に裏口の扉へ向かって駆け出した。
「させるか…っ!」
男はコランの動きに反応し、ナイフを片手に駆け出す。
コランとの距離10m――。
「行かせない……っ!」
デュールは、剣を振り、コランに向かう男との接近戦に持ち込んだ。
「よく動けるな…。だがいつまで持つかな?なあ!?」
男は余裕の表情で笑みを浮かべながらナイフを振りかざした――。
――エディウス、アジル 植物の間
自身に背を向け男と対峙するエディウスに、アジルは静かに口を開いた。
「やっぱり無理よ…この状況…。手負いの私に気を掛けながら戦うなんて…無謀だわ…。フィオルさんの言う通り…危険と判断したら逃げる。…私がなんとか引き止めるからエディウス…あなたは逃げて…!」
「何を言ってるんだ…!死ぬと言ってるようなもんじゃないか…!!」
エディウスはアジルに背を向けたまま強く言い放ち、剣を握る手は音を立てていた。
「アジルを置いて逃げる事は絶対にしない…。アジルが死ぬと言うなら…俺は最後までアジルの傍を離れない…!絶対に一人にはさせない…!」
「でも…」
「何とかなる!…ほら…見てくれ。血の付いた防具を取り合ってる…。あの植物達はやっぱり血に反応する。だから今は、目の前のあの男に集中出来る!」
(兄貴のファリートさんは最後…決して逃げなかった…。俺はフィオルさん達を救った英雄の…弟なんだ…!)
――
「今の動き悪くないぞ。」
カンカンカンと竹刀同士がぶつかる音を鳴らし、模擬戦と称し、エディウスの稽古をつけていたフィオル。
(こっちは本気なのに…!)
荒い息遣い、次第に身体は強ばり硬くなっていた。
フィオルの猛攻を必死に防ぎながらなんとか反撃を試みるもエディウスの攻撃は簡単にいなされ、防がれる。
(ん?隊長の動きが遅く……いける!ここだ…っ!)
急にフィオルの動きが鈍くなり、攻撃の速度が遅くなったのに気付いたエディウスは、竹刀を大きく振りかぶった――。
スカッ
エディウスの渾身の一撃をあえてギリギリで躱すと、エディウスの頭にコツンと竹刀を当てた。
「いてっ…!」
「一本取れるって思っただろ?…俺は今、お前に隙を出させたんだ…。多くの人間は勝てると確信すると、隙が生まれる…。対人戦に置いては、常に相手の動向を注視して動く事を頭に入れておくんだ。」
「は、はい…。」
――
(隙を…生ませる……。)
エディウスはフィオルとの稽古を思い出していた。
ジリジリと緊張感が漂う。
間合いを詰めず、沈黙が続く。
その間も、二人を包む緊張感を全く感じていない植物達はエディウスが投げた防具に夢中になっていた。
エディウスはすり足でゆっくり間合いを詰める。
男の間合いに入り、男は目を見開いた。
「来いっ!」
男の声と共にエディウスは地面を強く蹴り、一気に距離を詰めた。
――フィオル、アイベル 螺旋階段
階段の袂で感じた異様な空気は上るにつれ、肌で感じるようになっていた。
カツンカツンと石階段を歩く音が響き、二人の心拍は早くなっていた。
やがて階段を上り切ると目の前に大きな扉が姿を現した。
ダイアボの正門を思わせるような威圧感を放ち、その先に王がいると直感した。
「開けるよ。」
フィオルは扉に手を置き、アイベルはゆっくり頷く。
フィオルは息を吐き、力一杯に扉を押した。
ギギギギ…
軋む音を立てながら、ゆっくり開く扉の先からは眩しい明かりが差し、二人は片目を瞑りながら前進する。
「遂に来たか…。」
奥から聞こえる低い声に、全身が一瞬震える。
扉を開け切ると広い部屋が広がっていた――。
(この部屋…今までとはまるで違う…。重い…。)
足を踏み入れた瞬間、フィオルの全身に鳥肌が立つ。
ダイアボの外観とは全く異なる煌びやかな部屋。
吸い込まれるような静寂。
至る所に煌めく異様な数の宝石。
その宝石の輝きは冷たく、まるで死体に飾られているように見える。
二人が上ってきた階段の暗さが別の世界のように、部屋全体が眩しいほど明るい。
だが、部屋の空気は鉛のように重く、淀んでいる。
暖かさは無くキンとした冷たい空気が張り詰めていた。
そして、部屋の奥には宝石が装飾された椅子に座る男がいた。
男は二人を見下し、ムクッと立ち上がりゆっくり口を開く。
「ワシはここダイアボの王じゃ。…女よ…。ワシのモノになれ…。」
そう言いながら手を横に出すと、男の後ろに立つメイドが酒の入ったグラスを手に持ち、男の元へ向かう。
「遅い…!先程といい何じゃ貴様…っ!」
メイドがグラスを手渡したと同時に叫ぶと、メイドは叩かれるのを覚悟しぎゅっと目を瞑る。
そしてオルコはメイドの頬に手を上げようとした――。
「やめなさい…!」「やめろぉ!」
フィオルとアイベルが声を上げ、オルコの手はピタリと止まったが、メイドは後ろに重心が傾く――。
反応したフィオルは駆け出し、メイドの身体が床に付きかける瞬間に横抱きし、アイベルの元へと戻る。
「フィオル…ありがとう。私じゃ助けられなかった…。」
(この女性…ダイアボの外で見た人…。怯え切ってる…。)
抱えられたメイドは目を瞑っていたが瞳の脇からは涙がチラついていた。
「いや…当たり前だよ…。しかし、なんて酷い事を…。」
フィオルはメイドをその場に座らせると、オルコを睨んだ。
オルコは驚く表情をしたが急にニヤリと笑みを浮かべた。
「なんと速い動き…。目に映らなかったぞ…。お主…護衛の長としてこの国でワシを守る盾とならぬか?良い盾だ、壊れなければのう。」
口角を上げながら語る声は明るかった――。
フィオルとアイベルは顔を見合わせた。
広い空間に沈黙が落ちる。
(な…何を言ってるんだこの人は…。)
「アイベル。……王は自分以外を人間と思っていない。」
「え、ええ。欲に溺れてるわ…。もう…抜け出せない沼にハマってしまったみたい…。」
オルコの目を見てアイベルは小さく返す。
そして、座り込むメイドに目をやると露出している肌という肌には傷が目立ち、それを見たアイベルは拳を握り、傍に正座した。
「た、助けて…下さい…。」
アイベルにしか聞こえないほどの囁く声は、酷く震えていた。
瞳に溜まる涙をオルコに見せないように、アイベルはメイドの前に座り、メイドの手をそっと握ると目を瞑った。
次第に白い光が現れ、アイベルとメイドの手が見えないほど明るく包むと、怯えないようにメイドの背中に手を置いた。
「大丈夫です。必ず救います…。」
(深い傷…それに新しい傷もある…。)
優しく語り掛けると、一つ一つ傷が消えていく。
傷が消えていくたびに、アイベルの胸の奥で静かな怒りが膨らんでいった。
メイドは心願の力を目の当たりにし、言葉を失った。
オルコは二人の裏から放たれた光を目視すると目を見開いた。
「おおお…それじゃ…。その力…まさに女神の如く…。」
呟くオルコの全身は大きく震え、部屋の灯りもそれに呼応するように激しく揺れる。
「あ…あ…。」
メイドは、自身の傷が癒えた事実を受け入れられず、瞬きすら忘れていた。
「私達の後ろへ。」
そして、メイドの肩に手を置き、アイベルはゆっくり立ち上がるとオルコに向き直り、口を開いた。
「…貴方には一国の王としての自覚がありますか?」
「…あるも何も…ワシは自由じゃからな。金で国を豊かにしておる。不自由な生活をしておる民は居らん。ワシの金で食えておるのだ。」
その言葉にアイベルは眉を顰め、大きく息を吸う――。
「…貴方に…国民の上に立つ資格はありません…!」
芯を持った強い言葉にオルコの瞳孔が異様に見開かれ、その瞬間、部屋の空気が更に重く淀んだ――。




