第二十五話 影との戦い
――エディウス、アジル 植物の間
アジルは地面を強く蹴り、男に向かい突進する。
小さな土の塊が弾け、地面が抉れる。
男はクルクル回していた鎌の手を止め、握り締める。
異様なほど瞳孔を広げ迎撃体勢を取った。
「待てっ!アジル…!!」
エディウスは名を叫び、突進するアジルの前に立ちはだかる。
全身で受け止め、アジルの突進を阻止した。
「どいて…離して…!アイツは…アイツはディルケさんを殺したのよ…!」
「分かってる…!分かってるよ…。俺だって許せない。絶対に許さない!」
両腕を抑えられ、アジルはそれに全力で足掻く。
エディウスはアジルの顔に両手を当てた。
「アジル!俺の顔を見るんだ!感情だけでこのまま突っ込んだら相手に翻弄されて全滅だ…!」
男は二人の様子を静かに見ていた。
「止めるなよ…。なんだー?仲間割れかー?」
煽るように鼻から抜ける声で放たれた言葉。
エディウスはチラッと男に顔を向け、鋭く睨む。
周りの食人植物達はアジルの放った気に興奮し、蠢く蔓が激しくうねっていた。
そして、エディウスはアジルに向き直り、肩に両手を置く。
「アジル…落ち着いてくれ。君は英雄だろう?フェルレさんが認めた戦いの天才だ。まだ極視光も使ってない。人々を助ける旅に出て一人で戦っていた…今は一人じゃない。俺がいる…!」
「……。」
エディウスの言葉にゆっくり頷き、瞬きをすると溜まっていた涙はゆっくりと地面に落ちた。
一滴の涙は地面でパンッと弾けた。
そして、ゆっくり目を瞑り再び開く。
(あの小娘。目付きが変わったな…。)
男は口角を上げ心の中で呟いた。
アジルの瞳の奥は復讐に燃えていた。
そして、静かに息を整え、"極視光"を使い、男を凝視する。
(視えた…脇腹。白く濁った光。新しい傷…深い。)
『あの小太りの野郎…手間を掛けさせやがった…。』
男の放った言葉を思い出す。
(ディルケさんの刃が届いた場所だ…!)
「視えたわ…。男の脇腹。多分ディルケさんが負わせたモノ…。」
「…そうか…。感情のまま動いていたらディルケさんは無駄死にになっていたって事だよ…。」
「ごめんなさい…冷静じゃなかった。でも…」
「ああ。弱点は見つかった。ディルケさんの為にも絶対負ける訳にはいかない…!」
アジルは強く頷き、エディウスは男に身体を向ける。
「対人戦ならアジルの方が得意だ。どう…思う?」
エディウスは小さな声で問う。
「あの武器を見る限り…近距離から中距離で攻撃範囲は広い…。でも…私達が一気に距離を詰めて、男の両脇から攻めれば…対応は出来るかもしれないけど、反応は遅れるはず。」
「そうか…じゃあまずは同時に距離を詰めよう。」
「うん。分かった。」
(作戦会議か…?こいつらは若い。経験値はあまり無いだろ。フフフ…。)
男は鎌の刃を指でなぞり、静かに笑った。
「ただ広がりすぎると…」
「ええ。分かってるわ。不気味な植物達に囚われてそれこそ一巻の終わり。」
「うん…よし。やってみよう…!」
作戦を練り終え、二人は遂に武器を構えた。
男は再び迎撃体勢を取り、鎌を回す。
目の前でこれから始まるであろう戦いを、観客のように食人植物達の動きは激しさを増していた。
((今…!!))
二人は目をカッと見開き、同時に地面を蹴ると土が舞い上がった。
そして、左右に少しだけ膨れながら同じ速度で走り出す。
(同時攻撃か…この武器の弱点を見抜いていたか…。剣技よりも遅い速度、更に反応を遅らせる為…。分かってるじゃないか。)
男は二人の動向に直ぐに反応し分析する。
「…甘いんだよ…。」
そして、小さく呟くと振り回す鎖鎌の速度を最大限上げた。
土は抉れ、土埃を舞わせながら二人の動きを、凄まじい速さの目の動きで捉える。
(まるで結界だ…!!)
その光景を目前にエディウスは突進の速度を緩める。
(鎖鎌が常にそこにある訳じゃない!振り回してる隙を…捉える…!)
エディウスは同じ速度で走るアジルを横目で見る。
一瞬世界が静止したように感じた。
次の瞬間――。
アジルの突進の速度は更に上がり、鎖鎌をすり抜け刺突の構えを取った。
(何…!?これに突っ込む気か?正気かこのガキ…しかも速度を上げやがるとは…!)
思いもよらないアジルの動きに男は動揺を隠せなかった。
だが、同時攻撃が無くなったと気付くとすぐに標的をアジルに絞る。
アジルの刺突の刃はまだ届かない距離で結界のように鎖鎌は広がる。
前進してくるアジルの頭上に鋭い鎌がギラつく――。
(間合いが違いすぎる……!!)
エディウスは口を大きく開ける。
「ア…ジ…」
声にならない叫びが、エディウスの喉から漏れた。
アジルの頭を貫くと確信し、男の瞳孔は更に広がる。
そして、その瞬間を見守るように、激しく蠢いていた植物達の動きがピタリと止まった。
だが――。
シュッと空を切る音と共に、アジルはその攻撃を靱やかな身のこなしで躱す。
「止まらないで…!」
そしてエディウスを向かずに声を上げると更に前進し、接近戦に持ち込んだ。
次から次に降り掛かる鎖鎌を寸分で躱す。
その身のこなしは、水辺を舞う水鳥の如く、気品すら感じさせた。
遅れを取ったエディウスは力一杯に剣を握り速度を上げる。
アジルに追い付くと、遂に男へ挟撃を仕掛けた。
((行ける…!!))
二人は顔を上げ剣を力強く握る。
だが、視界に写る男はニヤリと笑みを浮かべていた。
二人の剣が男の両脇に迫る。
次の瞬間――。
「ふんっ!」
男は鎖鎌を手放し、二人の攻撃をジャンプで躱した。
そして後退すると同時に、男はマントの内側から、血で黒ずんだ"餌袋"を二人の元に落とした。
挟撃が躱された二人は直ぐに振り返り、再び剣を握り構える。
一瞬の出来事だった。
二人は目の前に落とされた餌袋の存在に気付かなかった。
((…血の臭い…!!))
鼻を突く鉄が錆びたような強烈な臭いに、二人は足元へ視線を落とす。
離れた位置に着地した男は二人を見てニヤリと笑った。
「フフフ…どうなると思う…?」
男はそう言いながらマントの中からナイフを投げると、直撃した袋は破れ、中からは黒ずんだ血が弾け、二人の脚に掛かった。
そして、エディウスの足元の地面が震え始め、次第に隆起すると、アジルは直ぐに剣を納めた。
「…!エディウス危ない…!」
アジルは叫んだ。
だが――エディウスの反応は遅かった。
エディウスを押し飛ばすと、地面から太い蔓が飛び出し、アジルの脚を捕える。
「痛っ!」
倒れた身体を起こし振り返るとアジルは宙吊りの状態で捕まっていた。
「フフフ…ハハハハッ!油断したなあ。その血はこの間コイツらが食べていた人間のものだ…。俺はコイツらに餌をやる主人なんだよ…!」
「…くそぅ…。」
両手を広げながら大声で話す男に、エディウスは小さく悔しさの言葉を漏らした。
宙吊りのまま、アジルは剣を振り回し、蔓を切ろうと激しく足掻く。
グググッと脚に巻き付く蔓の力が強まるのを感じ、痛みに片目を瞑りながら更に激しく抵抗する。
嫌な予感がした――。
アジルの呼吸が止まる。
ピキッ
足首の骨が砕ける鈍い衝撃が、背骨の奥まで突き抜けた。
「…いやぁぁあっ!!」
アジルは悲痛の叫び声を上げる。
エディウスはその叫びにゾワッと戦慄が走った。
そしてアジルの足首の骨を折った蔓は、役目を終えたかのように、アジルを植物の間の中心へ放り投げる。
「アジル…!」
無抵抗で地面に叩き付けられる――その瞬間。
エディウスは直ぐに反応しアジルを受け止めた。
二人のいる植物の間の中心へ向かい、男は嘲笑い、植物達は再び、激しく身体を不気味に動かしていた。
『危険と判断したらとにかく逃げる事を考えて行動してくれ!』
アジルを抱えたエディウスは、フィオルの言葉を思い出し、周りを見渡す。
(危険…?絶体絶命じゃないか…!植物に囲まれて…しかも血の付いた脚に反応してどこからでも…いつでも襲ってくる。目の前にある扉の前には…アイツがいる…!どうすれば…。)
アジルはエディウスの手をグッと握りゆっくり口を開いた。
「ごめん…。」
眉を下げ小さく呟くように出たその一言は、悲しみに満ちていた。
『アイツは…アイツはディルケさんを…!』
そしてエディウスは、そのアジルの表情を、男と会話した直後の表情と重ねる。
(逃げる…?違う……ディルケさんは命を懸けて弱点を託したんだ…!アジルが極視光を使うと信じて、俺達に道を示してくれたんだ…!ここで背を向けたら、あの人の死は本当に無駄になる…!アジルの抱え込んだ想い――アイツを必ず…倒す…っ!)
そしてエディウスは、抱えたアジルをそっと地面に置き、血の付いた脚の防具を外し植物の群れに投げる。
続けて血の付いたアジルのブーツを投げると男に身体を向ける。
「ディルケさんの命を踏み躙ったお前を…俺達は…絶対に許さない…!!」
アジルに背を向けたエディウスは剣を握った。
その様子を見て男はニヤリと笑みを浮かべる。
(いい気だ…。あの目…先程とは違う鋭い目付きだ。…強者との戦い…この緊張感が俺をここまで強くさせた…。)
「来い…っ!」
男は両手を左右に広げエディウスに言い放った――。
――時は少し遡り フィオル、アイベル 一本道
エディウス達と分断された二人は横に並び、一本道をひたすら進んでいた。
ドゴーン
大きな音が自分達の背後から微かに聞こえ、フィオルは一瞬立ち止まり、気にするようにチラッと後ろを見る。
その横顔をアイベルは不安げに見つめた。
「フィオル…。」
(デュールさんの音…。まさか大槍を使うまで激しい戦いを…。)
アイベルの呼び掛けに反応すること無く、前に向き直ると再び歩き出す。
アイベルはわざとフィオルの手に触れた後、ギュッと握った。
「ごめん。アイベル。今は前を向かないとだね。」
アイベルの想いを理解し、フィオルは言う。
それに頷いて応え、更に進むと、先に階段が見え始める。
そして階段の袂に来ると二人は上を見上げた。
風、音、そして匂いを感じる事の無いその空間は吹き抜けになっていた。
「……暗いな。長すぎる。」
「そうね。」
「何となくだけど…階段を上り切ったら王の間な気がする…。」
階段は螺旋状に続き、視線の先は空間が歪んでいるように見え、二人は頭上から微量ではあるが邪悪な気配を感じた。
二人の話す声は響き渡るが、直ぐに静寂に包まれる。
「行こう。」
「うん!」
そして、二人は階段に足を伸ばした。
コツコツと石階段を歩く音が響く。
階段の途中、壁に触れたアイベルは思わず息を呑んだ。
石は冷たいのに、どこか脈打つような感触があった。
思わず上を見上げる。
「アイベル?」
「ごめん。大丈夫。」
そして階段を3周程すると大きな窓が現れ、二人は窓の外に視線を移した。
二人は眼下に広がる光景に立ち止まり、絶句した。
人の生気が全くない――。
莫大な富で築き上げた、今二人の居る豪邸が存在する国とは思えなかった。
不気味を感じざるを得ない…。
機械的に歩く人々は俯き、活気は無く、子供は一人も見当たらなかった。
空に広がる曇り空の影響か、色の無いモノクロの世界を見ているようだった。
(これが…国なの…?感情を持っていないの?)
アイベルは心の中で呟き、悲しい表情を浮かべると、片手を窓に置き、冷たい感触を確かめるように息を呑んだ――。




