第二十四話 影に身を置く者達
――石柱の間
「うおぉぉ!」「ふんっ!」
グワァウ…!
フィオル達が進んで行った扉を背に、デュールとコランはダークウルフ達を切り伏せていた。
返り血で二人の鎧は赤く染まり、石柱の間の至る所にも血がこびり付いていた。
涎を垂れ流し、目を血走らせる獰猛な獣達。
ダークウルフは数にして30を超える。
ソウルガーディアンズの規程では対象の獣の数の半数で依頼をこなす。
だが、デュール達に次々と襲いかかる数は、大きくそれを逸脱していた。
右、左、そして上から飛び掛かってくる攻撃を、盾を駆使し、いなしながら反撃し、一頭、また一頭と捌いていく。
(倒しても倒しても湧いてくる…。しかもこのダークウルフは…)
突然攻撃が止むと、ダークウルフが横に並び列を作り始める。
そして、波のように一斉に二人に牙を向け突進してきた。
(知性が高い…!!野生とは思えん!)
「コラン下がれ…!!」
デュールは押し寄せる波状攻撃を目視すると、自身の後ろへコランを移動させ、背中に背負う大槍を抜いた。
そして、突進に向かい少しの助走を使い大槍を大きく振るう。
空気が揺れる――。
ドゴーン
「これは…。」
(デュールさんがレリッタで兵士達と対峙していた時に大街道で聞こえた音だ…。こんなにも凄いのか…。)
片目を瞑り、コランは聞き覚えある音に圧倒されていた。
衝撃波が目に見える程の薙ぎ払い。
その攻撃は、ダークウルフを散り散りに石柱の間一杯に吹っ飛ばした。
(これでも怖気付かないか…知性はあるが攻撃性に偏り過ぎている。仲間が一瞬で倒されたというのに…獣達の目は変わっていない…!)
そして、ダークウルフ達の攻撃が再開する。
デュールは横目でコランを見つめる。
(だがしかし…コランは大したものだ。レリッタでは獣の討伐依頼をこなしていただけある。手馴れた動き…。迷いが無い。それに…グレイスラックで盾を持っての戦いを教えたが…初めてとは思えない程洗練されている…。)
「コラン…!頼もしいぞ!」
依然として攻撃が続く中、緊張の糸がプツンと切れれば雪崩のように押し寄せる獣達の攻撃。
命は常に危険に晒される状態だが、デュールはコランに大きく声を掛けた。
その様子を裏口の扉に近い石柱の裏で密かに見ている人物がいた――。
「ちっ…。やるなぁ…アイツら。」
ピュー
突然笛の音が鳴り、ダークウルフ達の動きが止まるとデュール達は音の発せられた石柱を凝視する。
「デュール隊長…。」
「やはり…野生ではなかったか。ダークウルフを手懐けている者がいるな…。」
「僕も何となくですが…獣達の動きに違和感がありました。」
「よく気づけた。素晴らしい。コラン、攻撃は止んだが警戒を解くな。」
「はい!」
二人は警戒体勢を崩さずに剣を構える。
すると突然二人の足元に小さな丸い玉が転がってきた。
「「…!!」」
デュールは咄嗟に武器を仕舞い、コランを担ぎあげ後退し、石柱の陰に身を潜めた。
次の瞬間――。
二人のいた場所で小さな爆発が起こり、土煙が大きく舞うと、デュールは馬車での話を思い出す――。
――ダイアボへ向かう馬車
「私がグリフを追い詰めた時です。ボンッと小さな爆発、そして土煙が辺りに舞いました。」
馬車に揺られながら一行はアジルの話を聞いていた。
「数十秒すると砂埃は晴れましたが、目の前に空を飛んでいた鳥が落ちてきました。その時にやっと気付いたんです。対峙していた空間に麻痺毒が舞っていた事に…。気づくのが遅れ、腕で口と鼻を塞ぎ後退しましたが少し吸ってしまったのか、身体の自由は効かなかった…。後退しなければ全く動けなくなるどころか…最悪は…」
「…そのままあの世行きか…。」
デュールは腕を組み言ったのだった――。
――石柱の間
(これは恐らく…麻痺毒の爆発だ…。)
「コラン。口と鼻を塞いでいろ。」
コランを降ろし、デュールは息を止める。
そして辺りを見回した。
(やはり…俺達の近くにいたダークウルフは眠った様に動かない…。中には既に死んでいるヤツすらいる。アジルの情報が無ければ俺とコランがああなっていた…。なんて恐ろしいんだ…。)
そこには5頭のダークウルフが口から泡を吹き、目は瞳孔を開き、内3頭はピクピクと痙攣していた。
(危険察知能力…瞬時の判断が凄い…。)
デュールの横顔を見て、コランは心の中で呟く。
だが、焦りからか汗がこめかみから流れていた。
(あの小さな玉を俺達の元に投げたということは見られていたという事…。こっちは相手の姿すら見ていない…。だが、恐らく裏口の扉から笛の音が聞こえた…。とにかく目に見えない毒は危険だ…ここは…。)
現状を打破する策が見つかったのかデュールはコランの盾を手に取り、投げるような構えを取る。
(勘が良い奴だな…。まさかソウルガーディアンズの隊長クラスか…?どちらにせよ強い…ワクワクしてきたぞ…。しかし何をする気だ?)
裏口の扉付近の石柱からデュール達を覗き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる男。
「ふんっ…!!」
デュールは筋肉を隆起させる程力を入れ、コランの盾を自分達が守っていた扉に向け、思い切り投げた。
「コラン…!絶対ここから身体を出すなよ!?」
「は、はい!」
盾が扉を貫通したのを目視すると、大槍を裏口の扉へ続けて投げた。
(まさか…!風を通す気か!?)
影を潜める男はデュールの策に気付くが、大槍は既に裏口の扉を破り、冷気を纏った風が裏口の扉の向こうへ抜けていく。
そして、焦りを見せた男は潜めていた身体を動かしてしまう。
ジリッ――。
地面を擦れた音が石柱の間に鳴り響いた。
(あそこか…!!)
デュールは両脚に力を溜める。
ドンッと地面を力強く蹴り、全速力で音の鳴った方向へ走り出した。
(見つけた…!柱の裏に居たか…!!)
それは一瞬の出来事だった。
陰に隠れた男はデュールの起こした音に気付き、顔を向ける。
だが、既に――。
目の前には盾を突き出したデュールが迫っていた。
「は、速すぎ…」
男は口を開け焦りの表情を出す。
「うおぉぉぉ!!」
そして、デュールは男の鳩尾に目掛けて盾で突きを繰り出した。
「あんな所に…!」
コランは遅れて男を見つけ、デュールの盾の攻撃を繰り出す瞬間が見え、確実に当たったと小さくガッツポーズを取る。
突き出した盾が鳩尾を捉える――。
男の口角が上がる。
「なんてな…っ。」
男はニヤリと笑い半身を横に回転させ、盾による攻撃をギリギリで躱し、目の前にあるデュールの顔にナイフで切り付けた。
「な…に…?」
デュールの視界には、自身の頬から飛び散る血が見え、その先にはニヤリと笑う男がいた。
遅れて頬に焼けるような痛みが走り、視界が揺らいだ。
「嘘だ…。」
コランは切り付けられた瞬間を目視した。
信じられなかったが、身体は動いていた。
その場を離れ、追撃に出る。
男は一度後退したが、コランが向かって来るのを見つける。
正面からコランに向かってナイフを握り、迎撃体勢を取った。
(盾も持たずに飛び出して来た…!!殺れるッ!)
(コラン待て…!剣だけでは…!)
「はぁぁぁ!」
コランは剣を振りかぶり男に目掛けて振り下ろす。
男は余裕の表情で、敢えてギリギリで躱すと目を見開き、ナイフをコランの首に向ける――。
ガキィィン
火花が散り、寸分の所でデュールはコランを押し、盾でその攻撃を防ぐ。
「ちぃっ…やっぱり速いなお前…。」
「お前もだ…!」
そして、盾を男の顔の目の前に置き、視界を塞ぐとデュールは剣を横から振るった。
「ふぅ…危ない…。」
男はバク転で再度デュールの攻撃を躱す。
「ちっ。」
デュールはまたも攻撃が当たらず舌打ちをした。
後退した男はピューと笛を鳴らすと、ダークウルフ達の目が光り、その視線はデュールとコランに注がれる。
「コラン…。いいか…よく聞け。ダークウルフの数は大分少なくなった。コイツらを片付けたら俺はあの男に接近戦を仕掛ける…。その間に俺の投げた大槍を取りに行き、俺に向かって投げるんだ。恐らくチャンスは一回切り。大槍でこの男を倒す…!」
ダークウルフ達が向かって来ている間に、耳打ちで作戦を伝えると、コランの背中をドンと叩く。
(隊長の血が止まらない…。アイベルさんも居ない。早く決着させないとデュールさんも思うように動けなくなる…。)
「俺の傷は大丈夫だ…。まずはダークウルフ達だ…!」
コランの不安げな表情を見てデュールは強く声を上げた。
「はい…!」
ダークウルフの数、残り10頭――。
二人は迫り来るダークウルフ達に向かい剣を強く握った――。
「死ぬなよ?まだ遊び足りねぇからなぁ……。」
男は小さく呟いた。
――エディウス、アジル 地下道
穴から落ちた二人は、下が土になっていた事もあり幸い怪我はなかった。
落ちてきた一本道とは違い、灯りは少なく暗い。
無風で温い空間。
血の臭いが薄らと漂っていた。
「手を掴んでくれてありがとう。でもアジルも巻き込んでしまったね。また落ちるなんて事があったら次は一人になる…並んで進もう。」
「うん。」
エディウスはそう告げ、二人は警戒しながら剣を片手に進んでいた。
二人の足音だけが鳴り響く。
「エディウスくん…」
「もう呼び捨てでいいって馬車で話をしたでしょ?」
「ごめん…。エディウス。…何か…見える…?」
そう言った矢先、二人の歩く先に、灯りに照らされる扉が小さく見え始めた。
「扉だ…。」
更に進み目の前まで来ると二人は深呼吸をする。
「アジル。開けるよ…。」
アジルは頷き、二人はゆっくりと扉に手を置く。
緊張は最高潮となり、剣を握る指が軋むような音、そして荒い息遣いが二人を包む。
徐々に開いていく扉。
開いた先から灯りによる光が二人を照らし、後ろには二人の影が地面に伸びていった。
「やっと来たか…。」
先程よりも強い血の臭い。
二人は一瞬、腕で鼻を塞ぎ眉を顰める。
先には広い部屋が広がり、その中心には黒いマントを纏う男が一人立っていた。
部屋の左右に目をやると、二人を獲物と認識し、蔓を伸ばし蠢く、数え切れないほどの食人植物達。
そして天井や壁には異様な数の蝋燭が並び、その灯りは不気味に揺れ、植物は灯りの揺らめきに身体をウネウネと動かす。
その植物の周りには血の跡が広がり、土に染み込んだ血の匂いが部屋中に漂う――。
二人は再び視線を目の前の男に移す。
鎌のような武器に鎖が伸び、その先には分銅が付いており、男は手首をクルクルと回し、鎌が空を切る音を不気味に響かせる。
「グレイスラックから戻って来てみれば…ガキ二人の相手か…。」
「グレイスラック…。」
アジルは男の言葉に引っ掛かり、呟くように吐く。
「全く…あの小太りの野郎…手間を掛けさせやがった。」
「……!!」
その言葉にアジルは目を見開き口を開く。
「ディ…ディルケさんに…何…を…?」
アジルの身体は震え、細剣を握る手には微かに血が滲む。
息が荒くなっていくアジルを、エディウスはチラリと見つめた。
「まぁ金になるだろう…こんなもん持ってやがった。」
ニヤけながら話す男の手には、ディルケに渡した黒紅の宝石が光っていた。
『君と…君の仲間達がダイアボの闇を祓ってくれると信じてるよ。』
『君にはまだ命があって、起こっている問題にまだ向き合える。』
ディルケがアジルに真っ直ぐ向き合って放った言葉――。
「……!!」
アジルの息が止まる――。
強い鼓動が一瞬で身体中に広がる。
全身の毛が逆立った。
胸の奥が焼けるように熱くなり、宝石の赤を捉え、視界が赤く染まった。
「き、貴様ーッ!!」
叫びながら俯く。
一瞬力が抜ける。
だが次の瞬間――
アジルの重心がぐっと落ちた。
そして踏み込みの態勢を取り、顔を上げ男を睨む。
(いい顔付きだ…!来い…!!)
男は薄く笑っていた。
アジルの瞳には涙が溜まっていた――。




