第二十三話 闇の試練
強い風を受けながら、オルコは屋上から遠くに見えるフィオル達を見下ろした。
「女が…おるぞぉ…!」
興奮しオルコは身体を震わせた。
そして、手を横に出すと酒を要求する。
屋上の入口に立つメイドは、上空の鳥獣に怯えていた。
「早く酒を持ってこい…!」
「い、今すぐに…。」
震える声でオルコに歩み寄り、酒を手渡そうとした瞬間。
鳥獣の甲高い鳴き声が響き、思わずグラスを落としてしまう。
割れて散らばるグラス。
「使えぬメイドめ…!」
オルコは強く言い放ち、グラスの破片を拾い立ち上がったメイドに平手打ちをしようと手を構えた。
だが、鳥獣が二人に向かい飛んでくる。
オルコの顔は一気に青ざめた。
兵士は少し離れた所から鳥獣に向け、剣をチラつかせ威嚇していたが、間に合わないと感じ目を瞑る。
ヒュン
空を切る音が屋上に一瞬鳴り響く。
するとオルコとメイドに迫っていた鳥獣がボトッと落ちてきた。
その鳥獣の頭には矢が突き刺さり既に絶命していた。
「なんじゃ…。」
オルコは何が起きたか分からなかったが、フィオル達に視線を落とした。
その視線の先には、弓を番えるアイベルの姿があった――。
「まさか…この距離をあの女が…。んんん…益々欲しくなった…!!」
(そんなバカな…。700mは離れている…。しかも止まらず動いていたんだぞ…!このダイアボにそんな手練れが集まる部隊が来たのか…!さすがに…。)
後方で見ていた兵士は驚きを隠せず、オルコに向かっていく。
「オルコ様…!危険過ぎる連中です…!」
兵士の言葉にオルコは真顔で口を開く。
「大丈夫じゃ。ワシらには影達がおる…。下の兵へ伝えよ…。あの女を率いる一行を裏門から招くのじゃ。」
(そ、そうだ…こちらには人間離れした影達が居る…。特にあの男は…。)
「ハッ!」
そして、オルコ達は屋上を後にしたのだった――。
「アイベル。どうしたんだ?」
門の前でダイアボを眺めていた一行。
アイベルが突然矢を放ちフィオルは声を掛けた。
「今…あの大きな建物の上の方で、女性が鳥獣に襲われそうになっていたの…。」
(国の上空に、獣が我が物顔で飛んでいる…。こんなにも外は頑丈な造りにしているのに…。兵達はいないの…?さっきの女性もそうだけど、国民がいつでも獣に襲われる環境…。放って置けないわ…。)
心の中でダイアボの環境の悪さにアイベルは国民を想う。
一行は上空に視線を移す。
既にオルコ達は消えていたが、上空には鳥獣が慌てている様な鳴き声を上げ、乱れていた。
「そうだったのか…。とにかく、門の目の前まで行ってみよう。」
そして歩みを進めた一行は門の目の前で止まり、見上げる。
首が痛くなる程の高さを誇り、黒鉄で造られ、その威圧感は交流を拒絶しているような冷徹さを強く感じた。
(この先にアルドさんが…。)
フィオルは拳を握り締めた。
カチャ
門の隣にある扉が開くと一人の兵が出てきた。
「この門からは入る事は出来ない。裏口へ案内する。付いてこい。」
その言葉に一行は顔を合わせ、キョトンとした表情を浮かべる。
「デュールさん…これは…。」
「俺達を見ていたのかも知れないな。招くとは意外だが…。この巨大な門を通る術など、今の俺達は持ち合わせていない。警戒しつつ付いて行くしか無いんじゃないか?力ずくでなんとか通れる…なんて造りにはなっていないだろうからな。」
「そう…ですね。では、僕が先頭で行きます。最後尾にデュールさんとコラン。これで行きましょう。」
一人ひとりの顔を見渡しフィオルは言う。
一行は兵士に付いて行く事となった。
門を左手に回り、しばらくすると大きな扉が開いていた。
「俺の案内はここまでだ。この扉から入れ。」
扉からは湿った冷気が溢れ、奥は薄暗い。
揺れる灯りが幾つも見えるだけで中の様子は不明であった。
「警戒して進みましょう。」
一行は武器を片手に遂にダイアボへと足を踏み入れた――。
明るい外から暗闇へと入り、目はまだ暗さに慣れていなかった。
カツカツと岩の上を歩く音が響く。
だんだんと暗さに慣れてくる。
「これは…。」
静かな空間に息遣いが響き渡る。
一行は違和感を感じ立ち止まった。
視線を上に上げるとそこには空は無く、中は石造りの広い空間が広がっていた。
天井は15mはあるだろうか。
9本の太い円柱が空間を支えている。
壁や柱には奇妙な彫刻が刻まれ、揺れる灯りが影を歪ませていた。
まるで太古の遺跡に迷い込んだようだった。
外で感じた湿った冷気。
それは左右の石扉の隙間から流れ出ていた。
微かな風となり、一行の身体に吹きつけている。
「広い…。凄い空間だ…。外で見たあの巨大な建物の中へ繋がっていたのか…。」
デュールの声が空間に響くと、入ってきた裏口の扉が勢い良く閉まる。
身体をビクつかせ一斉に振り向く。
そして、タッタッタッと案内した兵士の駆ける足音が聞こえると、アイベルは気流覚で感じ取った異変に気付き、表情を強ばらせた。
「なんだろう。…左右にある扉の向こう側から何かが…来る…。」
静寂な空間に耳を済ませると、足音が聞こえ出した。
鋭い爪のようなモノが岩の上を走る様な音…。
そして唸るような音が聞こえ、地面に転がる小石が小刻みに震え出す。
一行は本能で武器を強く握り締めた。
左右にある扉から両耳で捉えたモノ…。
次第に音は大きくなり、音の数は増え続ける。
((獣……!!))
一斉に身構えるが、デュールは正面にある扉を指差した。
「武器を仕舞って正面の扉に向かって全速力で走れ!!」
一瞬で我に返り、武器を納め走り出す。
正面の扉まで30m。
走り出したと同時に、赤い目が扉の奥の闇に浮かぶ。
一瞬激しかった音が止んだ。
次の瞬間――。
扉が弾け、ダークウルフの群れが雪崩れ込んだ。
「コラン…!急ぐんだ…!」
武器を納めるのが遅れ、最後尾のデュールは目の前のコランに大声で叫ぶ。
扉にいち早く辿り着いたフィオルは重い扉を開け、アイベル、アジルに手を差し伸べ三人は扉を潜った。
更にその後ろを走るエディウスが扉を潜るとフィオルは振り返る。
「うわぁっ!」
あと10mという所で、デュールと並走していたコランは地面の歪みに足を奪われ、バランスを崩してしまった。
「コラン…!デュールさん…!」
その瞬間を目の当たりにし、フィオルは叫ぶ。
二人の周りには、ダークウルフ達が涎を垂らし、鋭い牙が迫っていた。
(間に合わない…っ!)
「フィオル…!」
コランが倒れ、間に合わないと判断するとデュールはフィオルの名を叫ぶ。
「先に行け!ここは任せろ!必ず追いつく…っ!」
叫びながらデュールは、フィオル達の元へダークウルフを行かせまいと切り付け、扉を閉める。
グワゥゥ!!
「うおぉぉ!!」
ザンッ
すぐに獣を攻撃する鈍い音、そして怒号が扉の向こうから鳴り響いた。
フィオルは扉の前で目を見開き、口を開けたまま立ち尽くす。
呼吸は浅く、手は汗で湿っていた。
「そんな…。」
アイベルは口を手で塞ぎ小さく零した。
「隊長…!助けに…」「フィオルさん…!助けま…」
「大丈夫だ…!先を急ごう。あの二人は強い。信じよう。」
フィオルはグッと拳を握り、前を向き剣を抜きながら言った。
剣を握る震える手、そしてフィオルの眼を見てアイベルはデュールの言葉を思い出した。
――ダイアボへ向かう馬車内
「アイベル…ちょっといいか。」
「はい。」
デュールに呼ばれ、瞑想していたフィオルを横目にアイベルはデュールの隣に座った。
「フィオルの事だが…。」
「…何か?」
デュールは会議で見た、殺気を放つフィオルの話をした。
「フィオルが…?」
デュールはその殺気を、自身にも向けられたように感じていた。
アイベルは思いもよらないフィオルの言動に、目を瞑るフィオルを見つめた。
「アルドさんはフィオルの部下でもあり、フィオルを小さな頃から面倒を見て来た父親のような存在だ。フィオルは今爆発寸前の状態なんだ…。兄の様に接してきた俺やノワルヴェールでも止められない…。爆発したら今はもう、アイベル……君にしか止められないんだ。だから頼んだよ。」
――
(会議の話は信じられなかったけど…本当に危ないかもしれない…。)
アイベルは前を歩くフィオルの背中を見て心の中で呟いた。
扉を超えた先は人が二人通れる程の一本の道になっていた。
フィオルを先頭に、一行は静かに歩く。
道は先が見えない程延々と伸び、等間隔に灯りがともっている。
左右は石の壁で圧迫感を感じ、進み続けても変わらない景色に頭が混乱しそうになる。
しばらく進み最後尾のアジルが後ろを警戒しながら進み、再び前を向いた。
その瞬間――。
アイベルは足元の石がわずかに沈むのを感じた。
アジルはアイベルの足元の地面が一瞬動いたように見え、声を上げようとする。
「アイ…」
ガコン
名を呼ぶ寸前でアイベルの足元の地面には穴が開き、アイベルはバランスを崩した。
「危な…」
すかさずエディウスはアイベルを押し、アイベルはフィオルの後ろに倒れ込む。
「エディウスくん…!」
穴へ落ちていくエディウスの手を掴んだアジルだが、そのまま二人は穴へと落ちていってしまう。
「うわぁぁぁあ!」
一瞬の出来事に、反応が遅れたフィオルは振り返り、倒れるアイベルを起こし、空いた穴に駆け寄る。
「エディウース!アジルー!」
穴を覗くと上手く着地した二人を見つけたが、穴は深くフィオルの差し伸べた手には届かなかった。
「くそぅ!!」
フィオルは地面を叩き怒りを露にする。
視界が狭まり、心臓の鼓動が耳に響く。
「隊長…!先に進んで下さい!」
「こちらにも道があります!私達も必ず後で合流しますので、先を急いで下さい!」
(どんどん分断されていく…。俺の判断が間違っていたのか?アルドさんを助けたいあまり、判断や警戒が疎かになっている…。この遠征で一人でも欠けたら俺は…)
フィオルは拳をグッと握り歯を食いしばる。
(フィオルは今…冷静になれてない…。)
その後ろ姿を見てアイベルはフィオルの背中に手を当てた。
「フィオル…。デュールさん達もそうだけど、エディウスとアジルを信じよう。あの二人なら大丈夫よ。」
柔らかい声で発したその言葉に、フィオルは顔を上げ口を開く。
「…分かった…。エディウス、アジル!危険と判断したらとにかく逃げる事を考えて行動してくれ!」
「「分かりました!」」
「隊長達も気を付けて行ってください!」
こんな状況にも関わらず、エディウスは最後に笑顔を見せると、アジルと共に先に進んだ。
そして二人の姿は見えなくなると、立ち上がる。
「私達も行こう…。」
「ああ。」
そして二人は分断された仲間達の無事を信じ、そして、それぞれの覚悟を胸に、闇へと続く一本道を再び歩き出した――。




