第二十二話 闇を晴らす希望
朝食を終え、街道に出ると馬車の止まる小屋に着いた。
一行の姿を見つけたエヴァルは鳴き声を上げ、彼らを迎えた。
近くまで寄ると、エヴァルはアイベルの頬に顔を擦り合わせた。
「おはようエヴァル。」
アイベルは微笑みながらエヴァルを撫でる。
一行はその光景を見て、自然と和んでいた。
(強い絆なんだ…。)
ディルケは心の中で呟いた。
「ディルケさん…本当に一人で戻るんですか?」
微笑みが消え、アジルは言った。
ディルケは大きく頷いた。
朝食が終わる頃、ダイアボへは行かないとディルケは言っていた。
アジルは不安だったが、ディルケは一刻も早くダイアボに向かってくれと皆を急かした。
「大丈夫さ。もう一度グレイスラックの景色を見てからゆっくり戻るから。」
「そうですか…。ディルケさん。これを…。」
「うん!ん…これは…?」
アジルは細剣に施されている宝石の一つを外し、それを渡した。
黒紅の宝石は赤色が強く、陽の光に当てると気品と落ち着きを感じさせる。
「エルジオーネ大陸の山"カルメ"で採掘された鉱石を加工したモノです。石言葉は勇気、幸福、そして強運…。これからはこれを身に付けて過ごして下さいね。」
「あ、ありがとう…。」
ディルケは宝石を胸元のポケットに仕舞う。
そして、アジルはディルケと握手をし、一行は馬車に乗り込む。
アジルは、真っ直ぐディルケの顔を見てから馬車に乗り込んだ。
「気をつけて!」
「ディルケさんも気をつけて下さいね…!」
最後にアジルと言葉を交わし、馬車はダイアボに向け走り出す――。
(彼と私は似ていた…。彼も一人で様々な問題に立ち向かって、人々を助けていた…。二人で過ごした時間は少なかったけど、大切な心の在り方を教えてくれて、本当に心強かった。)
アジルは馬車の後部の窓から、小さくなっていくディルケに手を振る。
(君を助けた事は僕の中では大きな出来事…。命がある限り一人で色んな問題に立ち向かわないで…今そこにいる仲間と、必ずダイアボの闇を晴らしてね…。)
そして、ディルケは馬車が見えなくなるまで大きく手を振った。
((ありがとう――!!))
二人の心の中で叫んだ感謝の言葉は重なる。
やがて馬車は小さくなり、視界から消えた。
「さようなら…エルジオーネの英雄…。」
街道にぽつんと立つディルケは小さく呟いた。
朝食で感じていた団欒が夢だったかのように寂し気な表情に変わる。
「さて…。」
そして、ディルケはグレイスラックに向けて歩き出した。
「フーッ。ホントに心地良い…。」
アイベルが立っていた桟橋の先で自然を感じ、目を瞑って深呼吸をする。
陽の光が雲に隠れ、ディルケは目を開けた。
そして視線を落とし、湖面に映る自身の顔を見つめた。
「殺らなかったか…。」
後ろから掛かった低い声。
「当たり前だ…。彼らは闇を晴らす希望だからね…。」
ディルケは振り返らずに顔を上げ応えた――。
――時は遡りグレイスラック
夜中に目を覚ましたディルケは外に出た。
真っ暗なグレイスラックは恐ろしい程静かだった。
消えかかりそうな焚き火にはフィオル達の姿は無く、デュールとコランが一つの麻のマントに包まり小屋に寄りかかっていた。
愛らしさに微笑む…。
「おい。お前…土竜だな?」
小屋の裏から小さく聞こえた低い声。
「今は見張りは居ないみたいだな…。変な気を起こすなよ?コイツらを殺すことになる。」
マントの裏の刃物を、眠るデュール達に向かいチラつかせる。
「コイツらには眠粉を吸わせてもらったが、起きれば数にやられて俺がここへ来た意味が無くなる。手練れが多い。中にも居るんだろう?」
この時フィオルは山菜を採りに森へと入っていて、外にはディルケと男だけだった。
「お前は…」
「俺は影に身を置く者だ…。ここにいる連中にこれを飲ませて殺るんだ…。」
そう言いながら小さな麻袋をディルケの元に投げた。
「受け取らなければ…」
「今ここで殺す。」
「死んでも構わない…。」
一瞬沈黙する。
(いや…ここで受け取って、彼等が闇を晴らしてくれると信じよう…。今ここで死んだらダイアボへ発つのも遅れてしまう…。)
自身の死を顧みないと言ったものの、フィオル達を信じ、ディルケは麻袋を拾った。
「…フッ。死んでも構わないんじゃないのか?」
男は笑い、貶す様な口調で言う。
「ああ。今はね……。」
「まぁいい。その粉は毒だ。何とかして殺せ…。」
そして男は森の中へと消えていく。
(彼等を無事にダイアボへ向かわせるんだ…。)
ディルケは麻袋を握り小屋へと戻った。
――現在 グレイスラック
ドスッ
(うっ……!!)
ディルケは痛みに片目をグッと瞑った。
鈍い音が鳴り響き、ズズズッと肉を掻き裂く刃物の音を感じる。
背中が熱くなる。
「ここでお前に傷を負わせる事ができるなら…僕は本望だよ…!!」
背中に突き刺さる刃物を掴み、振り返りながら隠し持っていたナイフを男の脇腹に突き返す。
「油断して…たね…。ナイフくらい持ってるさ…!」
「ぐっ…。くたばれぇ…!」
男はディルケに刺さった刃物を抜き、ディルケの胸に突き刺し、前蹴りを叩き込む。
後ろ向きに飛ぶと視界がゆっくりと進んだ。
桟橋に見えた黒いマントを纏う男。
空は黒い雲が広がっていた。
(最後に見る景色が曇り空かぁ…。)
胸元のポケットからは、ついさっきアジルから受け取った宝石が、飛び散る自分の血に混じって飛んでいく。
(アジル…ごめんね…。でも…深手を負わせた。奴を倒して…。)
ディルケは背中からグレイスラックに落ちる。
(冷たい…力が入らない…。)
水中から見る湖面がキラキラと揺らめき、今朝の光景を思い出す。
(女神…様。あの絶景に立っていたあの子を観れて良かった…。あの子の力は…)
心の声は途切れる。
目を瞑り微笑むと身体はゆっくりと沈んで行った。
湖底に身体が着くと背中に何かを感じた。
ディルケの意識はそこで暗転した。
コロンと桟橋の先から音がし、男は振り返る。
ディルケの血に紛れて黒紅の宝石が転がっているのを見つけた男は、それを拾い上げその場を後にした――。
静かに波紋が広がった。
湖面はやがて、赤く染まっていった。
――ダイアボ 檻の部屋
「俺はレリッタの人々が弱っていく姿を見るのが辛かった…。俺は途中からレリッタに加わったが、モルス、トルヴィス、ルクス…あの三人が話し合って決めたレリッタの証が傷付いていくのを目の当たりにして、どうしてもレリッタを救いたいと思ったんだ…。あの証を中心にして笑い合って過ごした日々は今でも鮮明に覚えている…。」
「……。」
アルドは静かにユヌスの話を聞いていた。
「本当に君達を信じても良いのだろうか…。」
「ああ。レリッタの話しを聞いてからは直ぐに受け入れの準備も進めていた…。信じてくれ…。」
「そうか…。ここへ話に来た時は絶望だった…。」
――八年前 ダイアボ
徒歩で森を抜けダイアボに着いたユヌス。
戦う事になると予想していたユヌスは、ダイアボの門の前で剣を抜いた。
厚く重い門がゆっくりと開くと、そこにはオルコが立っていた。
「剣を納めよ…。」
剣を片手に立ち尽くすユヌスに、冷たく一言だけ言い放つと、豪邸へと招いた。
大きなテーブルに座るよう促され、不審に思いながらも座る。
そのテーブルには魚介類を使った豪華な料理が並び、ユヌスの口の中には涎が溜まっていた。
「美味そうじゃろう…腹いっぱい食べて良いぞ。」
「わ、私は話をする為にここへ来たのだ…。」
そう言いながらユヌスの対面にオルコは座る。
広い部屋にはテーブルに腰掛ける二人と、部屋の扉の前に立つ二人の兵の四人だけで、とても静かであった。
「お主の為に用意したのだぞ?」
眉を上げながら話すオルコ。
ユヌスは一つ溜息をつき、料理を口に運ぶ。
あまりの美味しさに目をカッと開き、もう一口食べるとオルコはニヤリと笑った。
「フフフ…。この料理に使われた食材はのう…元々お主達レリッタの人間の生活の元となっていたモノじゃ…。」
その言葉に口に運ぼうとしていた手は止まり、ゆっくりとオルコに顔を向ける。
ニタァ
その顔は心から貶す様な表情でユヌスを見ていた。
(急に漁獲量が減ったのは…コイツらのせいだったのか…!)
強い怒りに全身の毛は逆立ち、身体を震わせる。
「き、貴様はどこまで…私達を苦しめるのだァァ…!」
机にドンと拳を当て、飛び掛かろうとするユヌスを扉の前に立つ兵が抑え込む。
「連れてゆけ…。」
ニヤけた顔は真顔になり、料理を口にしながらオルコは言うと、ユヌスは牢屋へと放り込まれたのだった。
――
「俺を招き、もてなしまでしてくれた…話し合えば良くなると思った私がバカだった…。」
(そうか…。漁業を生業に、幸せに暮らし、発展のきっかけとも言えたモノはダイアボが奪っていたのか…。もてなしてそれを正面から告げられるとは…。人間不信になるのは分かる…。)
アルドは拳を握り締める。
(だが…!)
目を見開きユヌスの目をしっかりと見つめる。
「ソウルガーディアンズは必ず見捨てない…!必ず…必ず連れ出す!」
アルドの気迫に押されるユヌス。
「だが…今の状況を見てみろ…。鎖で繋がれ、この冷たい檻から出る術は俺達には…無い…。」
俯く瞳から涙が落ちる。
「助けに来る。俺は信じてる。二人で信じて待とう…。」
「……。」
ユヌスは応える事が出来なかった。
絶望的な状況に加え、いつここを出され、殺されるのかを考えると恐怖で仕方なかった。
だが、アルドの強い意志と、仲間を信じる心を目の当たりにし、心の底で凍てつき止まっていた何かが、僅かに軋み始めていた――。
――フィオル一行
街道を快速で走っていた馬車は、ダイアボへ続く道の前で止まり、一行は降りた。
アイベルはエヴァルに、大街道にある最寄りの馬車小屋へ行くよう伝えると、馬車は一行を置いて再び走り出す。
「皆、気を引き締めて行こう。」
フィオルの一言に頷き、一行はダイアボへ向け歩き出した。
陽が傾く様な時間では無いが、グレイスラックに居た時の青空は広がっていなかった。
雲で覆われた陽は、かろうじて輪郭だけを残し、辺りは薄暗さに包まれていた。
そして、北の果てに位置するダイアボ近辺は気温が低い。
道の左右に広がる森からはあまり聞き慣れない生物の鳴き声が断続的に響き渡り、気味の悪さを覚える。
だが、誰一人として心には揺るがないモノを持ち、恐怖という感情は無かった。
「オ、オルコ様…!」
オルコの部屋に勢い良く入ってくる兵。
額は汗が滲んでいた。
「物見櫓の監視兵から数名の武装した者達が…ここダイアボへ向かっていると…!」
「来たか…。もちろん女は居るんじゃろうな…。この目で屋上から見る…。」
「で、ですが屋上は危険かと…。先程まで、肉食の鳥獣が群れを成して…」
「では、ワシを守れ。ゆくぞ…。」
そう言い兵士を強制的に連れ屋上へと向かう。
警戒しながら森を抜けたフィオル一行は立ち止まる。
国を囲うように聳え立つ重厚な壁、長年に渡り外の世界との交流を拒絶し続け、外部からの干渉を許さなかった国家が遂に目の前に現れる。
ここでは壁の向こう側から聞こえる微かな音に耳を澄ませる事しか出来ないが、レリッタの村人を巻き込んだ"世界の禁忌"に手を出し、黒い資産と呼べる富で建てられた壁の奥に見える大豪邸を見て、コランは怒り拳を握り締める。
「ここが…ダイアボ…。」
「アルドさんがここに…。」
コランとエディウスは目の前に広がる国を静かに睨みつけた。




