第二十一話 和みの絶景
「大丈夫かい?」
剣を納めたエディウスは二人に声を掛ける。
「え、ええ。…っ痛!」
ディルケに放り投げられたアジルは受身を取り損ね、肩の傷が開き、じわりと血が滲み出る。
「血が…!」
「私は大丈夫!ディルケさんをお願い……!」
エディウスは手を差し伸べようとしたが、肩を抑えながらアジルは叫んだ。
ディルケに視線を移すと、腕からは大量の血が溢れていた。
「何を言ってるんだ。君だって……」
ディルケは意識が朦朧となり会話が途切れてしまう。
「アイベルさん!!」
エディウスはフィオル達に振り返り声を上げた。
遅れてやってくるとアイベルはエヴァルから飛び降りた。
「あなたがアイベルさん…!」
「ええ。」
「私は後で構いません…!彼を…ディルケさんをお願いします!」
「大丈夫。アジルちゃん落ち着いて…。二人一緒に治療するから彼の近くにお願い。フィオル!彼を寝かせて!」
「分かった!」
アジルはアイベルの指示に従い、横になったディルケの傍に座り、アイベルは二人の前で正座をし手を組んだ。
そして目を瞑ると白い光が手を包み、ディルケの腕とアジルの肩に手を置く。
(暖かい…。これが…心願…。)
アジルは初めて目にするアイベルの力に圧倒されていた。
(この光…。痛みが…消えていく…。僕の目の前に居るのは…女神…様…?)
視界がぼんやりとし、目の前に見えたシルエットが女神様なのかと疑問に思う。
その瞬間――
ディルケは気を失ってしまった。
「気を失ったか…。たしか、グレイスラックの畔に小屋があったはずだ…。そこで寝かせて様子を見よう。」
デュールはディルケを担ぎながら言うと、一行はグレイスラックへと向かう。
それからすぐに森は開けると、月が湖面に揺らめくグレイスラックが現れた――。
夜で絶景は望めないが目の前に広がる開放的な景色は、森の中で味わっていた緊張を一気に緩めた。
そして、畔にぽつんと建つ小屋を見つけ、一行は中へと入った。
一つだけ置かれたベッドにディルケを寝かせる。
「俺達は野営するよ。また盗賊なんかが襲ってくるかもしれない。何かあったら声を掛けてくれ。」
「コラン。お前にも野営を教えたい。行こう。」
「はい…!」
デュールとコランは外へと出た。
そして、フィオルが外へ出るとエディウスはフィオルに付いていく。
「エディウス…よく反応してくれた。正直あんなに動けると思わなかったよ。頼もしくなったな。」
エディウスの肩に手を置きながら言うと、エディウスは少し照れながら微笑んだ。
「お前は中で待ってていい。アジルを頼むよ。」
「は、はい…!」
そして、フィオル、デュール、コランの三人は野営の準備に取り掛かる。
「エディウスくんありがとう。」
小屋の扉をゆっくりと閉めるエディウスの背中にアジルは声を掛けた。
エディウスは恥ずかしさのあまり応える事ができず、背を向けたまま頷いた。
「アイベルさんも…ありがとうございました。心願を初めて見ました。ホントに凄い力ですね…。肩の傷も完全に治りました…。」
「ううん。もう少し早く合流できたらこんな事にはならなかった…。」
アイベルは俯き、目を瞑るディルケを見つめながら言う。
「…私の甘さが…結局彼に傷を負わせてしまった…。エルジオーネ大陸の英雄だなんて言われ続けて、自分の力にも自信があって……。無意識に天狗になっていたんです。皆さんが居なかったら目の前にいる人すら守れなかったかもしれない…。」
その言葉に小屋内は沈黙する。
「天狗になったっていい…。英雄って呼ばれ続けてもいい…。それが君だ…。もう過ぎてしまった事を悔いても何も生まれない…。」
沈黙を破り、背中で話すエディウス。
『君にはまだ命があって、起こっている問題にまだ向き合える。』
『なるべく後悔しないようにプラスに捉えてる。マイナスな事を考え過ぎると、いざと言う時に踏み出せないからね。』
アジルはディルケの言葉を思い出した。
エディウスは振り返りアジルを見つめた。
「君は人々を助ける旅に出たんだ。今まで多くの人を助けて来たでしょう?僕達が合流できて、二人の命はまだあるんだ。助かった事実がある…。こんな事で悔いてたらこの先、長い旅なんか出来ないよ。」
「…うん。」
アジルは目を潤ませながらゆっくり頷いた。
「とにかく明日に備えて今は休みましょう。」
アイベルは二人を交互に見つめ言った。
そして灯りを消すと小屋内は静かになった。
エディウスの言葉を小屋の外でフィオルは聞いていた。
遠くの岸辺で焚き火を囲うコランとデュールの元へ向かう。
「エディウスは大きく変わったな…。」
「そうですね…。」
パチパチと木が弾け火の粉が空に飛び立つ。
「エディウスさん凄かったです。」
焚き火に組まれている木を動かしながらコランは言った。
「あの子はビビりでね…。今日までホントに手を焼いたよ。」
微笑み座りながら話すフィオル。
「でも変わった…。変われたんだ。」
小屋を見つめ、グレイスラックに視線を移しフィオルは言った。
「コラン。お前も凄いって言われるように俺が鍛えるからな。」
デュールはコランの背中を叩く。
「はい…!」
(僕も頑張るんだ。早くこの人達に追い付けるように…。)
コランは心の中で強く誓う。
そして、見張り番を決めるとそれぞれ眠りについたのだった――。
(――私の過ちで…この大樹は…。)
頭の中で声が響き、アイベルはゆっくりと目を開けた。
「今の声は…。」
仰向けで寝ていたアイベルは、顔だけを動かし、辺りを見回す。
小屋の中はベッドで眠るディルケ、アジルとエディウスだけだった。
アイベルは不思議に思いながらも身体を起こし外へと出る。
小屋に寄り掛かるように眠るコランとデュールを見つけ、微笑むと起こさない様に地面に落ちた麻のマントをフワッと掛けた。
そして視線を前へ移す。
そこには昨夜には見れなかった朝陽に照らされるグレイスラックの絶景が広がっていた――。
「綺麗…。」
澄み渡る湖面は眼前に広がる風景を映し出していた。
山頂に霧が霞める荘厳な山々。
グレイスラックを囲う森の鮮やかな緑。
生き生きと湖を泳ぐ魚達と空を飛び交う鳥達。
水と森と山、そして生き物達が調和するその景色は、時の流れさえ緩やかに感じさせ、まさに風光明媚な情景であった――。
続けてディルケが目を覚ました。
「……。」
寝ているアジルとエディウスを起こさないように外へと出ると、陽の光に目を瞑る。
そして再び目を開けると、グレイスラックに突き出た桟橋に立つアイベルを見つけた。
山脈の間から顔を出す大きな陽の光は、アイベルに向かって差していた。
アイベルは眩しさに片目を瞑り、自然を全身で感じた。
頭の中に響いた声は忘れていた。
森から風が抜け、湖面には陽の光がキラキラと揺らめき、アイベルは大きく深呼吸をする。
ディルケは切り付けられた腕に視線を移す。
傷が塞がっているのに気づき、絶景の中に立つアイベルを見て、目を見開いた。
「女神様……。」
自然と口に出た言葉は風に流され、美しさのあまりフーッと息を吐いた。
「起きたみたいですね。体調はどうですか?」
横から声がし、ディルケは振り返る。
そこにはフィオルがいた。
「は、はい!ありがとうございました!」
「お礼なら彼女に。」
フィオルはアイベルに指差した。
「……彼女は…人間ですか…?」
その言葉に一瞬何を言われたのか、理解出来ずフィオルは黙り込む。
「…プッ。ハハハハッ。」
だがすぐに大声で笑い、それに気付いたアイベルはこちらに向かって手を振っていた。
「もちろん人間ですよ。」
ディルケはどう返事をしたらいいのか分からず、何故笑っているのかも理解が出来ずに、ただ苦笑いをした。
「朝食の準備は出来ています。食べましょう!」
それからデュール達は目覚め、アジルとエディウスが小屋から出てくる。
「良い匂いがすると思ったら…任せてしまって悪いな。心地が良すぎてつい深く眠ってしまった。」
デュールは手を後頭部に当てながら言った。
「いえ。大丈夫ですよ。朝食の時に今後について話しましょうか。」
そして、一行は岸辺の焚き火を囲い座った。
香ばしく焼けた魚、色彩豊かな山菜。
「「頂きます。」」
命を繋いでくれた食材達に感謝の意を込め、手を合わせ声を揃える。
絶景を眺めながら、焚き火を囲う食事に一行の心は和んだ。
「アジル。伝書鳥を飛ばしてくれてありがとう。」
フィオルは対面に座るアジルに声を掛ける。
「まさか君がコール大陸にいるとは思わなかったよ。」
「…この間まではアンティカル大陸にいましたが、その途中で聞いた噂が気になって、ダイアボ周辺まで足を伸ばしたんです。」
「人攫い…。」
ディルケが呟くとアジルは頷いた。
「ペールデニーズを避けて大陸を移動していた人達の行方が分からなくなったという噂です。その人達はダイアボから遠くない街道を使っていたという事もあって、ダイアボの仕業だと感じた私は、単身で侵入しようと考えました。ですが…」
「四人の兵が不審な麻袋を運んでいたのを見つけ、尾行したら中身は剣撃隊の紋章が刻まれた鎧を着た人間だったのか…。」
デュールは食事の手を止め腕を組みながら言う。
「はい。そうです。そして、兵達に話を聞こうと様子を見ていたらグリフという男に襲われました。」
デュールは大きく息を吐いた。
「…鉤爪の男か。そいつとは少し前に対峙した…。ここにいるコラン達を救出する時にな。」
隣に座るコランの肩に手を置くとコランは頷いた。
「そうだったんですね…!脇腹に攻撃を?」
「ああ。さすがだな。"極視光"で見抜いたのか?」
「はい。そのお陰で彼は弱っていました。でも…動きは人と呼べるようなモノではなかった…。」
呟くように吐くとアジルの表情は硬くなる。
「たしかに人間離れした身のこなしだった…俺は奴の攻撃による毒に侵されたんだ…。」
二人の話を聞く一行は、その先に闇の組織があり、これから立ち向かわなくてはならないと、心を強く持った。
「私を退けた男はもっと強いです…。全く歯がたちませんでした。」
フィオルは前のめりになり話を聞く。
「情報を簡潔に伝えるため手紙には書けませんでしたが、男は直剣…そして、私と同じ細剣も扱えます…。細剣による攻撃、身のこなしは私以上です…。」
「「……!」」
目を見開いたフィオルとデュールは強く危機感を覚えた。
食事の手が止まり、一行は沈黙した。
「話の腰を折るようで悪いんだけど…極視光ってなんだい?」
ディルケは首を傾げながら言った。
「至上者の御業と呼ばれる力です。極視光は相手の弱っている部分が白い光で露になる力。僕とデュールさんそして、アイベルも至上者の御業と呼ばれる力を持っています。」
フィオルはそれぞれに手を指し示し言った。
「なるほど…。自己紹介が遅れたけど、僕はディルケ。僕もダイアボの闇は晴らしたい。君達が来てくれて良かった。」
「そのダイアボに仲間が囚われてしまったので全力で立ち向かいます。アジルを助けてくれてありがとうございました。」
フィオルは拳を握り言う。
「それに…」
そう言うとアイベルを見つめた。
「ダイアボは謎に包まれた国です。アイベルの記憶の手掛かりも見つかるかも知れない…。朝食を終えたら向かいましょう。」
アイベルは大きく頷く。
それから一行は止まっていた朝食を再開した。
焚き火の音が一行の心に燃える、静かな決意を包み込んでいた――。




