第二十話 合流
〈第二十話 合流〉
――土竜の地下道
合流地点はレリッタとダイアボの間にある"グレイスラック"という森に囲まれた湖。
灯りを持ったディルケを先頭に二人は地下道を進んでいた。
「ごめんね。少し遠いけど…。」
「いえ。大丈夫です。私も故郷を出てからはずっと歩きでしたから。」
馬等の動物を使わず、普段から歩きで行動するディルケは申し訳なさそうに声を掛けたが、アジルは笑顔で返した。
「もうすぐで地上に出れるんだ。ほら。」
指を指す前方には、微かに月光が差し、明るく見えた。
「地上に出たら街道を使ってグレイスラックの近くまで行けるんだ。森の中はやっぱり危ないから避けよう。」
アジルの肩をチラッと見ながら言う。
「そう…ですね。」
アジルは無意識に肩を抑えながら小さく返す。
(これじゃあ獣が現れても人を守りながら戦うのは厳しい…。あの男との戦いは避けるべきだった。)
アジルは俯き、自身の判断は誤りだったと悔やみ、表情が曇る。
「僕を守りながら戦えないって思ってるんでしょ?」
ディルケは前を向いたままアジルに言った。
「怪我をしてしまった事を悔いてる…。君の喋り方で何となく分かるよ…。でも、敵の情報を伝える事が出来たはずだよ?」
その言葉にアジルは顔を上げた。
「君にはまだ命があって、起こっている問題にまだ向き合える。判断を誤った事実は起きてしまった事だし、戻れない。向き合える時間があるならプラスに捉えなきゃね。僕もたまに危険を冒す事があって、自分の判断の誤りに、後になって気づく。でも、なるべく後悔しないようにプラスに捉えてる。マイナスな事を考え過ぎると、いざと言う時に踏み出せないからね。」
(この人は多くの危険を経て…様々な問題と向き合って一人になった…。この人の言う事は正しいし説得力がある…。この人と出会えて良かった。)
アジルはディルケの言葉に救われた気がした…。
そして、言われた通り前向きに考えようと決める。
「そうですね!ありがとうございます。なんだか気持ちが楽になりました…!」
「うん!良かった!この暗い地下道を抜けたらもっと気持ちが明るくなるさ。」
そして、二人は月明かりが差す外へと出た。
静かな森。
アジルは母親の言葉を思い出す。
『失敗しても泣いたらダメよ?下を向いてたら気持ちも沈んで…心は濁るの。ほら見て…空はいつでも澄んでる。』
アジルは木の葉の隙間から見える星空を見上げる。
雲はひとつも無く澄んでいた。
アジルは大きく頷き、歩みを進めた。
――大街道
朝を迎え、馬車に乗り込んだフィオル一行はグレイスラックに向け大街道を進んでいた。
エヴァルも馬車を引き、一行は快速を飛ばす。
揺れる馬車内の空気は緊張感が漂い重かった。
獣や竜種とは違う未知の敵…。
人を殺める精神を持ち合わせる人間…。
特にフィオルは、大街道で見た兵の命を奪った剣技の持ち主を気にし、冷静ではあるが自身の隊の人間が囚われている事に怒りは溜まりに溜まっていた。
一人ひとりの表情を見てデュールは口を開いた。
「突発的な感情の変化は判断を鈍らせる…。グレイスラックまで時間はある…。それまで気持ちを整理させて、いつでも冷静で的確な判断が取れるようにしておこう。」
一行は静かに頷いた。
「コラン…。装備は大丈夫か?」
そしてデュールはコランに声を掛け、装備の再確認をする。
「隊長…。」
「どうした?」
俯きながら声を掛けたエディウス。
「ファリートさんの事ですが…。」
「……確かにお前はファリートさんの弟だ。今まで言わなくて申し訳なかったな。しかし…よく気付いたな。」
「はい。…アルブ・ピリスで巡回警備をしてた時に…多分母親に…。」
――――
巡回警備をしていたエディウスは道に迷い彷徨っていた。
「道に迷ってしまったんですか…?」
後ろから声を掛けられビクつきながら振り返ると女性が立っていた。
「い、いや!迷ってないですよ!」
迷っていたが必死に否定したエディウスを見て女性はフフッと笑った。
「大きくなった…。亡くなったあの子…ファリートに似てる…。」
エディウスの顔を見つめ、俯き小さく零す女性。
「え…?今何て…?」
エディウスの言葉に応えず、路地を歩いて行く女性。
「あの…!」
「貴方も絶対強くなれるわ。」
女性はそう言い残しその場を去って行った。
エディウスは追い掛けようとしたが混乱し、その場で立ち尽くす。
そして、後ろに人の気配を感じ振り返るとアルドが居たのだった。
――――
「そうだったのか。」
「教えて貰えませんか?」
真剣な表情をするエディウスをジッと見つめるフィオル。
一呼吸置きフィオルは口を開いた。
「お前はアルブ・ピリスで産まれた。でも育ったのは孤児院。小さくて記憶が無いだろうが…。」
「全く記憶がないです…。」
「……まあ、今は真相を明かすのは辞めておく。アジルと合流して、アルドさんを助ける事に集中しないとな。この遠征の目的はアルドさん救出だ。お前は今、気持ちが不安定。デュールさんの言う通り気持ちを整理しよう。」
「…はい。分かりました。」
そう言いエディウスはフィオルに背を向け馬車の先頭に向かった。
「ホントに大きくなってきたよ…お前はもう子供じゃない…。」
フィオルはエディウスの背中を見つめ呟く。
そして、馬車はリヴァージュ地方方面へと大街道を逸れて行った。
――アジル一行 リヴァージュ地方
地下道を出て、数時間が経ち森を抜けた二人。
低い位置からの陽の光を受け、リヴァージュ地方の街道を歩いていた。
街道の脇を流れる小川のせせらぎ、青空を自由に飛び唄うように鳴く鳥達、草花の香りを感じる暖かい風、闇に包まれているダイアボに向かう事が嫌になる程心地良く、自然の息吹を肌で感じていた。
リヴァージュ地方は川や池、沼、そして合流地点であるグレイスラックと水辺が多く、生態系も豊かな土地である。
「何故合流地点をグレイスラックに?」
ふと思ったアジルはディルケに問い掛けた。
「グレイスラック…。あそこは気持ちが落ち着くんだ。多分、応援に来る人達は気が張り詰めてる。戦うかもしれない皆にはグレイスラックの絶景を見て少しでも気を落ち着かせて欲しいんだよ。」
「なるほど…確かに綺麗な景色で有名ですよね。」
「うん!それに…アジルは女神様を知ってるかい?」
「いえ…聞いた事があるだけで詳しくは分かりません。」
「僕はね、色んな人を助けたりする事で様々な話を聞いたんだ。その中でグレイスラックには女神様の涙が落ちた…なんて話を聞いた事があってね。北の土地では女神様を信仰する人達が、少数ではあるけれどいるんだ。女神様の放つ白い光……その光に触れると病は治る。僕が会った人はそんな話をしていた。その人の先祖の土地に現れた女神様の力は凄まじかったみたいで、村にあったボロボロだった家が綺麗に修復されたりもしたんだってさ。」
「それは凄いですね…。治癒…再生…人の業では成しえないモノですね…。…ハッ――。」
アジルはふとアイベルの事が脳裏を過ぎった。
「どうしたんだい?」
(会った事は無いけど…アイベルさんの力に似ている気がする…。)
「いえ。何でもないです。」
「そっか…。そろそろ街道を逸れて森に入る。襲って来る様な獣は滅多にいないから、あんまり気を張らなくていいからね。僕はこの辺りの動物達と仲が良いからね。」
胸を張り言うディルケにアジルはフフッと笑う。
「分かりました。」
そして、二人は森へと入って行った。
森は静かで微かに水の流れる音が聞こえた。
歩みを進めると小川が現れ、木々から零れる木漏れ日が水面をキラキラと輝かせていた。
丸太の橋を渡り分かれ道が現れ、二人はグレイスラックに向け進んでいく。
だんだんと陽は傾き、辺りが暗くなり始め、日中には聞こえなかった動物の鳴き声が鳴り響く。
夜行性の動物達が動き出し、森の中は昼夜問わず動物が出す音で鳴り止まなかった。
(生態系が豊かな証拠だ…。"平和"になったら将来はリヴァージュ地方で暮らしたいなあ。)
アジルは理想の未来を考えながら歩いていた。
すると、木の陰から何かがディルケに向かって飛んで来るのを目視する。
(フルクレプス…!!)
アジルは反応し目を見開く。
「ディルケさん危ない…!」
アジルはとっさにディルケを押し、剣を抜く。
だが、ディルケはアジルのその手をガッと抑えた。
「大丈夫だよ。この子はフルクレプスの亜種さ。夜でも肉食にならないんだよ。」
「…。」
その動物はディルケの肩に止まり、ポカンとした表情を浮かべるアジルに向かって鳴いた。
「ごめんね。気を張らなくていいって言ったのに驚かせてしまって…。守ろうとしてくれてありがとね。」
「私こそ押してしまってすみません…!」
アジルは頭を下げ謝罪した。
ディルケは微笑み、ポケットから木の実を取り出すと、その動物にあげた。
「さぁ進もう。グレイスラックはすぐそこだ。」
そう言い、動物を空へ放つと飛んでいき、歩みを再開しようとしたその時。
ヒュンと風を切る音が聞こえた瞬間、空に放った動物にナイフが突き刺さる。
「「…!!」」
二人は辺りを見回し身構える。
「誰だ…!こんな事するやつは!」
ディルケは鬼の形相で吐いた。
「クックックッ。」
先にある木の陰から笑いながら、ナイフを手に持つ者が現れた。
「盗賊…。」
ディルケは小さく呟く。
(一人ならなんとか…。)
アジルはディルケの前に立ち剣を抜いた。
「良い剣…宝石付きか。置いて行け!」
そう言いながらナイフを投げる様に構えた瞬間。
アジルは目にも止まらぬ速さで突進し、剣の柄で男の懐を突いた。
「す…凄い。」
一瞬の出来事にディルケは圧倒される。
男は倒れ、アジルはディルケに振り返るとその後ろには違う男が立っていた。
(一人じゃない……!!)
アジルはディルケに向かって走る。
「死ねぇ!」
男は大声を出しナイフを振りかざす。
ディルケの視界がスローになる。
一瞬で自分と男の間に立ったアジル。
ナイフがアジルに迫り、顔まで数mm…。
グッとアジルの服を掴みディルケはアジルを放り投げた。
ブシュ
ナイフはアジルを放り投げたディルケの腕を深く切り付け、血が辺りに飛び散る。
「ディルケさん…!」
ドサッと地面に倒れたアジルはディルケの名を叫ぶ。
「大丈夫だよ…!」
「ちっ。腕だったか…!」
男は悔しさに表情を歪めると、すぐに追撃に出る。
――フィオル一行
リヴァージュ地方の街道を進んでいた馬車はグレイスラック方面の道に差し掛かり、フィオル一行は馬車を降りた。
そして、馬車を街道沿いの小屋に置き、フィオル一行はグレイスラックに繋がる森へと入って行った。
「…ねぇ!」
「今何か…。」
「ああ。叫んでいる様だ。」
「行きましょう!」
森を行くフィオル一行は遠くに聞こえた声に反応し、声の方向へ走り出す。
「…あれは…!」
アジルが地面に倒れ、ディルケに向かい刃物を振りかざす男を目視するフィオル。
フィオルの後ろを歩いていたエディウスは剣を抜き、駆け出した。
「な、なんだ…!」
追撃がディルケに向かった瞬間、ディルケの後ろから飛んできたエディウスを見て男は声を上げた。
「ふんっ!」
ディルケを飛び越え、ナイフに剣撃を当てるとナイフは森の奥へと飛んで行く。
男はエディウスの後ろに見えたフィオル達を見ると背を向け、逃げる様に走り去る。
「間に合って良かった…!」




