第十八話 急報
――オラディ村 療養施設
療養施設での仕事が決まった次の日。
「今診察を受けていたファーマーさんは三日に一度来られます。クラルさんの指示を受けて薬を渡して下さい。薬は奥の部屋の…」
帰ってから直ぐに勉強に取り掛かり、療養施設に通い始めたルイナは、アイベルからの説明を受けながらなんとか仕事をこなしていた。
「私は三名の隊員さんを診ますので一旦離れますね。」
「は、はい…!」
「さぁ…あちらの部屋へどうぞ。」
返事を返すのもやっとで、患者の名前、薬、治療法…一人ひとりの顔を覚えようと必死に働く。
(コランも今は入隊して頑張ってるはず。私も頑張らなきゃ…!)
自身を鼓舞し、クラルとアイベルのサポートを受けながら汗を流していた。
――オラディ村 会議所
会議所ではブルクをはじめ、三隊長、救出に赴いたゼール、アウディア、エディウスが会議を行っていた。
「大街道で、兵を殺害した者。」
ノワルヴェールは言った。
「そしてデュールがレリッタで対峙した男。一般兵とは異なる、鉤爪の様な武器を持った強者。同一人物では無いのか…。」
ノワルヴェールは眉を顰め口にした。
「鉤爪の男には傷を負わされたが、俺も兵に囲まれていた中だが、なんとか反撃をした…。あいつは普通に鍛えられた人間では無い。身のこなしは軽快…俺の隙を見て繰り出された攻撃。一瞬ではあるが翡翠筋を解いた瞬間に傷を負った。対人戦に慣れている様子だった…。」
「大街道の兵を殺害した者は一太刀です。首を落とした武器は剣でしょう。」
デュールに続き、フィオルも自身が見た光景、そして圧倒的な剣技で殺害する瞬間を頭に思い浮かべながら語る。
沈黙が訪れ、集まった者達の息だけが場を制した。
「…組織じゃな。」
静かな空間に響いたブルクの声。
そして、再び静まり返ると、会議所の窓をツンツンと叩く一匹の伝書鳥が窓枠に止まっていた。
――ダイアボ
「レリッタは惨憺たる光景が広がり、兵は一人もいない状況です…。」
薄暗く、灯りが不気味に揺れ動くオルコの大豪邸で兵は声を震わせながら言った。
酒の入ったグラスの持つ手を震わせ、歯をギリギリと食いしばるオルコ。
やがてその手の力が緩むとパッとグラスを落とす。
パリンッとグラスの割れる音が響き、その音にビクつく兵やメイド達。
一人のメイドが直ぐに替えのグラスを手渡す。
「フフフ…。まぁ良い。」
そう言うと部屋の奥の扉を見つめる。
扉の奥には鉄格子がずらりと並ぶ部屋があった。
『ぐっ…!離せ…!くそぅ!』
『お前は終わりだ…。』
昨日の夜中、手足を紐で繋がられたアルドは麻袋から放り出され、蹴飛ばされながら鉄格子の中へと入れられた。
最初の数時間は激しく動きなんとか外に出ようと試みたが、それも叶わず冷静を取り戻し、今は静かに座り込んでいた。
冷たい石造りの床に、何処からか水が漏れているのか、天井からは水滴が落ち、ピチピチと鳴り響く。
広い空間には灯りが一つ。
灯りが消える頃に兵が訪れ、再び灯りをともす。
会話はせず、一日に与えられる食事は一度のみと言い渡された。
「おいあんた。」
「…。」
一つ隣の鉄格子の囲いに囚われた男が話し掛ける。
「俺はここで8年の時を過ごした…。」
話し掛けた男をチラッと見るがアルドは視線を鉄格子に移す。
鉄格子の囲いは四区画あり、二つは誰もおらず、もう二つにアルドと男が一つずつの囲いに囚われていた。
「あんたが来る前は満員だった…。他の三人は少し前に出て行ったきりだ…。」
アルドは視線を変えず静かに話を聞く。
殺されたのだろう…。
口には出さないもののアルドは分かっていた。
話し掛けた男は久しく他人と話が出来ると、声色は意外と明るいが、その男の心理はアルドの恐怖心を掻き立てる。
…恐らく心は壊れている。
以前いた人間の"死"など、彼にとってはなんの感情も湧かないモノになってしまっているのだと、アルドは直感していた。
「俺は悲しい……。」
時が止まったような感覚。
小さく零れた言葉は暗く広い空間に鳴り響いた。
その言葉を聞いた瞬間にアルドは眉を上げる。
「えっ?今なんて…?」
男に顔を向けると、表情は言葉に出来ない程悲しみに満ちていた。
「俺は…悲しいんだ……。」
初めて男の姿を直視すると、アルドは開いた口が塞がらなかった。
「やっとちゃんと見てくれた。俺はユヌスという者だ。」
(…ユヌス…?どこかで…。)
目の前に囚われていたのは、レリッタが地獄の日々に落ちていくのを目の当たりにし、村人達を想いダイアボへと経った男だった。
(村人を想い、レリッタを離れた男…!)
「あ…あんたユヌスと言ったか…!?」
「ああ。」
(彼の心は壊れてなどいない…!何としてでも…ソウルガーディアンズに所属する者として彼をここから出す…!)
「俺はソウルガーディアンズの剣撃隊、副隊長のアルドだ…!レリッタの事は申し訳なかった…!だが!村人達は救出され…今私達の村に居るはずだ……!」
「……!」
アルドがアルブ・ピリスへ依頼に赴いている間にレリッタの村人達は無事オラディ村へと着いた。
アルドはその間に囚われたが、フィオル達を信じ、村人達は無事だと確信していた。
アルドのその言葉に血色が明るみ歯を食いしばるユヌス。
「モ、モルスは…」
モルスの死を知らないユヌス。
真っ直ぐとユヌスの目を見つめ、アルドはレリッタに起きたこれまでの事実を、確かに話すと決める――。
――オラディ村
伝書鳥の手紙を開くブルク。
「アジルからじゃ。」
集まる一同はエルジオーネ大陸の英雄の名を聞くと、続く言葉に注目する。
「麻袋に囚われた兵。鎧には剣撃隊の紋章…そして、鉤爪の男との対峙…その男の名はグリフ。」
「「対峙…!?」」
「剣撃隊の…紋章…?」
フィオルを除く一同は目を見開き、口を合わせる。
フィオルは拳を握り身体は小刻みに震え出す。
「グリフを退けるも、逃げられる。が…グリフは組織に所属する者に殺された…。」
「「……。」」
一同の表情は強ばり言葉を無くし、沈黙する。
フィオルの脳裏にアルドの顔が浮かぶ。
「許せ…ない……!」
沈黙を破り勢い良くフィオルは立ち上がった。
会議所の出口に向かおうと歩き出そうとするがデュールとノワルヴェールがそれを止めた。
「待てフィオル。」「そうだ。今は冷静になれ。」
「この状況…冷静になれますか…?部下が…恐らくアルドさんが…囚われている…。自身の隊員が捕まっても冷静でいられますか…?」
静かに言うが、その言葉は重く…そして、二人に睨みつけるような視線を送るフィオルは殺気を漂わせていた。
同席する他の者は、初めて見る殺気を漂わせるフィオルを見て、恐怖で動けずにいた。
ドンッと床に杖を突くブルク。
「フィオル…。座るんじゃ。」
「フー…フー…。」
ブルクの威圧にフィオルは目を閉じる。
次第に荒くなった息遣いは元に戻り始め、身体の震えは止まり、冷静さを取り戻す。
そして、パチッと目を開け、再び座るとブルクは続けた。
「その者にアジルは手も足も出ず、深手を負ったが、今はディルケという者に匿われている。」
「あの子が…。」
エディウスは呟いた。
フィオルを見ると目を丸くし驚きを隠せない表情をしていた。
エルジオーネ大陸支部長を務め、師匠であるフェルレから認められた程の強者の敗北という事実は、手紙を読むブルクの声をも震わせた。
「その男は自身と似た様な動き…」
話しをしている途中でブルクの口が突然止まる。
(似た様な動き……。)
ブルクは眉を顰め、考え込む。
「ブ、ブルク長老?」
ノワルヴェールが問うと、顔を上げ続ける。
「…今は怪我の具合は落ち着いているそうじゃ。」
「一刻も早くアジルと合流した方が良さそうですね…。」
フィオルが言うと一同は頷いた。
「アジルと合流し、ダイアボに囚われたアルドの救出、組織との接触を行う。」
ブルクは今後の動きを言い渡す。
コンコン
突然扉を叩く音が聞こえ、ゆっくりと会議所の扉が開く。
「失礼します。」
そこには顔を強ばらせたコランの姿があった。
「やはり居てもたってもいられず来てしまいました。」
レリッタのその後、そしてレリッタを侵した国ダイアボ、その裏に潜む存在についての会議が行われると、守備隊のミーティングで話を受けたが、与えられた訓練を放棄しコランは会議所を訪れた。
フーっと息を吐くデュール。
(この子は知らなくてはならない…。自分の村を…父を"殺した"モノの姿を…。)
デュールはコランの目を見つめながら心で呟き、大きく頷いた。
「実は外から様子を窺ってました。…僕を連れて行って下さい…!レリッタの行く末を直接見届ける事は…僕しか出来ません…!」
密閉され、緊張が張り詰めた空間に子供であるコランの口から放たれた言葉の重み…。
誰一人として見過ごす訳にはいかず、デュールは立ち上がり口を開いた。
「分かった…。俺が必ず連れて行こう。そして、直接見たモノをレリッタの人々に伝えるんだ。」
コランは大きく頷き、その瞳にはソウルガーディアンズとしての守り人の意志が宿っていた。
「…そうじゃな。」
「先日の様なヘマはしません。必ずやり遂げます。」
デュールの言葉にブルクは強く頷いた。
「僕も行かせて下さい…!」
声の上がった先にはエディウスが立っていた。
「アジルの事だろう?今回は最悪…人と戦う事になる…。しかも、かなりの手練だ…今のお前には危険すぎる…!」
エディウスの横に座るフィオルは小さくも、強くエディウスの参加を拒否する。
俯き首を横に振るエディウスはギリギリと音を立たせ、拳を握っていた。
「隊長!行かせて下さい!」
「ダメだ!」
「何でですか…!?」
「分かってくれ!」
エディウスの肩に伸ばしたフィオルの手を振りほどく。
そして言い合いになる二人に、会議所は話し合いどころではなくなり、フィオルはエディウスを外に連れ出した。
――土竜の地下部屋
「じゃあ、合流地点に向かおうか。」
「そうですね。ディルケさん…。何から何までありがとうございました。」
治療を終え、目覚めたアジルは伝書鳥を飛ばし、手紙に書いたソウルガーディアンズとの合流地点へと向かおうと立ち上がった。
「でもまさか人攫いが密かに横行していたのをよく気づきましたね。」
「昔から噂はあったんだ。僕の一族は実はダイアボ出身でね…。」
ディルケは頷き、神妙な面持ちになると語り出した。




