第十七話 人の為
――オラディ村
宴を終えた次の日の朝。
陽が昇る前に目を覚ましたルイナは、レリッタの村人達が眠っているのを横目に外へと出た。
玄関を開けると陽は山々に隠れているものの、光が山の頂上を赤く染めていた。
遠くに見える中央通りには、村人達が露店の準備で声を掛け合い忙しなく動いているが、レリッタの喧騒とは違い、時より村人に見えた笑顔に目を瞑る。
「夢じゃない…。」
小さく零しながら胸に手を当て、目をゆっくり開くと空を見上げた。
山々から陽が顔を出しルイナを照らすと、一度伸びをし、中央通りに向けて歩き出した。
「おはようルイナさん!」「昨日は楽しめたかい?」
「おはようございます。はい…!本当にありがとうございました。」
中央通りに着くと村人達から声を掛けられ、少しぎこちなくも笑顔で返す。
(忙しそうなのに笑顔で声を掛けてくれる…。)
"笑顔"で挨拶を交わす…。
"笑顔"で声を掛けてくれる…。
レリッタが侵される前には当たり前だった光景。
ルイナはそれが遥か昔の様に感じた。
中央通りに暖かい風が通り抜け、ルイナを一瞬包み、暖かさを全身で感じると、目の前の当たり前を噛み締め、深呼吸をする。
そして、再び歩き出したその歩みは、療養施設へと向かって行ったのだった。
療養施設に着くと扉の前で呼吸を整え、小さくノックをした。
少し間が空くと、中から木の軋む音が近づいてくる。
そして、ゆっくりと開かれた扉。
「おや…どうしたんじゃ?」
ルイナが立っていたことに目を見開くクラル。
「朝早くからすみません…。」
「構わんよ。今は患者もおらんからのう。さあ、入りなさい。」
ゆっくりとお辞儀をするルイナに一つ微笑むと、優しく声を掛け中へと入って行った。
様々な薬の瓶、治療器具を横目に奥の部屋へと案内され、ソファに腰掛けるルイナの元に、クラルは温かいお茶を出すと、対面に腰を掛けた。
「クラルさん。改めてお礼をさせて下さい…。本当にありがとうございました。」
「…。」
返事はせずにクラルは微笑む。
顔を上げたルイナは真っ直ぐクラルの瞳を見つめると続けて口を開いた。
「…私をここで働かせて頂けませんか?」
予想外の言葉にクラルは開いた口が塞がらなかった。
「誰かの為に生きて行きたいのです。お願いします…!」
「…じ、じゃが楽では無いぞ?」
「分かってます。それに…」
『私の力は小さい物です…。今は目の前で辛い想いを持った人達にしか…手を差し伸べる事が出来ません…。その想いが例え小さな物でも、困っている人を見かけたら、どうしようも無く助けたいと思ってしまいます。私は、この世界の全ての人々が幸せに暮らせるように…脅威とされるモノに立ち向かわなきゃ行けない…。私のこの力はその為にあるんだと思います。』
温泉でのアイベルの言葉。
そして――。
『貴方の表情を…心から笑い、幸せを感じて生きていく貴方の姿を見るまでは死にたくないと…!』
二人と交わした会話をルイナは思い出す。
(こんな私を想ってくれたデュールさんを支えたい…。それに、アイベルさんは…この残酷な世界に最も必要な力を持っている…。彼女の人に対する接し方…優しい笑顔…。彼女と接しているだけで心が暖かくなる…。レリッタがそうであったように、世界にはまだ地獄とも言える鳥籠で暮らしている人達が沢山いるはず…。私は少しでも彼女の力になって支えなきゃいけない…!)
そして心の中で強く誓う。
「私はアイベルさんの代わりにはなれませんが…ここで働いて…迎えてくれた村の方達や人々を脅威から護る…世界を護る人々を支えたいんです…!」
その言葉は強く、真っ直ぐと見つめる瞳はクラルに衝撃を与えた。
(アイベル…。おぬしは本当に凄い子じゃ。人の想いを…行動を…より良い方向へと向かわせる…。一人の想いを変えた…それは確かに小さなモノ。じゃがそれは、どんなに小さくても確実に世界を変えるモノ。心願だけではない…おぬしには人々を幸せにする力を持っておる…。)
療養施設でアイベルの幼い時から接してきたクラル。
アイベルの成長を噛み締め、そして讃えた。
「…分かった…。」
ルイナの決意に応え、立ち上がると後ろの机に置かれた紙を渡した。
「先ずは通いながら勉強じゃな?」
その紙には、療養施設に置かれている器具、様々な薬の名前や作用が細かく書かれていた。
一通り目を通すとデュールの眠る部屋をチラッと見つめ、小さく頷いた。
「明日から来れるかのう?」
「はい…!宜しくお願いします!」
「通いながら時間のある時にレリッタの話しを聞こうかのう。」
「分かりました。ありがとうございます!最後にデュールさんに会っても良いですか?」
「もちろんじゃ。ではワシは患者を迎える準備をするからのう。」
そう言うと二人は立ち上がり部屋を後にした。
デュールの眠る部屋をゆっくりと開けると、ルイナは静かに眠るデュールの傍に行き、消えていた灯りをつけた。
フワッとデュールの顔が鮮明に見えると微笑み、胸に手を当てる。
「デュールさん。貴方を支える為にも…頑張りますからね…。」
小さく告げると部屋を後にした――。
――土竜の地下部屋
肩を貫通した刺突は思った以上に深傷だった。
腕は上げる事ができず、治療を受けている時のアジルは、痛みを我慢するのにも力を使い、"死"への恐怖が押し掛けた。
そして、止血が完了すると助かったと安堵し、治療が終わると同時に力が抜けるように寝てしまった。
「どうしよう。辛そうだったなぁ。起きるまで待つしかないね。」
仰向けで眠るアジルの胸の上にちょこんと佇む伝書鳥にディルケは話し掛けた。
伝書鳥はアジルの顔の横へと移動し、弱く眠るアジルの頬を優しく啄いた。
(眠ってから随分時間が経った…。熱も出始めた。薬草も無くなりそうだな…。)
「ここで待っててくれるかな?薬草を取りに行ってくるよ。アジルちゃんを看ていてくれ。何かあったらすぐに呼んでね。」
ディルケの言葉を理解したのか、伝書鳥はディルケの肩に止まり、服を啄いた。
「じゃあね。」
そして、ディルケは伝書鳥の頭を撫でると、その場を後にした――。
――オラディ村
『母さん。僕もソウルガーディアンズに入るよ。フィオルさん達の戦いを目の当たりにして…僕もあの人達のようになりたいって思ったんだ。誰かの為に戦って、世界中の人々を護りたいんだ…!』
療養施設で働きたいとクラルに話をし、レリッタの家屋に戻り、みんなで朝ご飯を食べていた時、コランは言った。
コランの身に何か起きたらと一瞬頭を過ぎったが、クラルに話しをした時の自分とコランが重なり、クラルが自分の事を尊重してくれたように、コランの言動を尊重しようと思い承諾した。
(人の為に生きたいのね。この子はもう子供じゃない。人を支える柱になれる。私達レリッタの人々を支えていた様に…。)
心の中で呟き、コランの頭にポンと手を置いた。
そして、その子供に対してする行動はこれで最後となったのだった。
この日はブルクがオラディ村を案内することになっており、レリッタの村人達は冒険に出るような気持ちで心は高揚していた。
オラディ村の案内を終え、コランはブルクにソウルガーディアンズ入隊の許可を得るためブルクの家へと向かい、トルヴィスとルクスも付いて行き、他の者は家屋に戻った。
「オラディ村はどうじゃ?」
あまりにも大きな部屋に落ち着かない三人に問う。
何百冊もの本がずらりと並ぶ大きな本棚、巨大な暖炉、見た事も無い大きな獣の絨毯。
「まぁ座りなさいな。」
優しく声を掛けると、大きな獣の皮で作られた、五人掛け出来る程のソファに三人は座った。
「ハッハッハッハッ。」
ソファの中心にくっつきながら座る三人にブルクは大きく笑った。
「そんなに縮こまる事は無いじゃろう。落ち着…」
チリーンと呼び鈴が鳴りブルクは一旦部屋を出る。
呼び鈴の音色まで上品で三人は顔を合わせる。
しばらく待つがなかなか戻って来ないブルクにソワソワする三人。
「しかし…凄い所だな。」
自然に出たトルヴィスの言葉は小声になり、コランとルクスは頷く。
再び部屋に戻るとそこにはデュールの姿があった。
「デュールさん…!」
無意識に立ち上がりコランはデュールの名を呼んでいた。
「僕を…僕をソウルガーディアンズに入れて頂けませんか…!?」
その言葉にブルクは目を見開き、デュールは大きく頷いた。
「大丈夫なのか?」
不安そうにデュールに問うとデュールはコランの元へ行き、背中に手を当て口を開いた。
「ブルク長老…。この子は本当に強い子なんです。私が鍛え、育てます。任せてください…!」
「…分かった。」
守備隊長を務めるデュールから放たれた言葉には、絶対的な信頼がありブルクは直ぐに承諾した。
そして、残った二人は自分達にも何か出来ることは無いかと懇願され、ルクスはブルクの使用人に、そして、トルヴィスはゼールとアウディアの両親が営む農業と林業の手伝いをする事が決まり、三人とデュールはブルクの家を後にした。
(モルス…。惜しい人を亡くしてしまった…。お主と共に生きた者は誰かの為に生きて行く事を決めた…。正しい道を歩み始めた。素晴らしいことじゃ。)
大きな部屋の窓から、ブルクの家を去る背中を見つめ心で呟いた。
「あれ…デュールさん?それにコラン達。」
その声に振り返るとフィオルの姿があった。
「フィオルさんお疲れ様です!」
「身体の具合は?」
手を挙げコランに応え、以前とは違う声色で話すコランにフィオルは眉を上げるもデュールの様子を伺う。
「ああ。もう大丈夫だ。迷惑掛けたな。そんな事より…」
コランをチラッと見ながら話すデュールに、フィオルはニヤッと笑みを浮かべた。
「やっぱり…。入隊…でしょ?」
「はい…!」
ニカッと笑顔で応えるとフィオルはコランの背中をパシッと叩いた。
「これから宜しくな。」
「宜しくお願いします!それと…二人は入隊はしませんが、この村で働く事になりました。父さんの言う"正しい道"を歩んで行けそうです。」
「うん…!ホントに良かった!」
続けて二人の背中をポンポンと叩き賞賛する。
その様子を見てデュールは腕を組み、大きく頷くと口を開いた。
「依頼帰りか?」
「はい…。」
その問いに、明るかった表情が一瞬曇るとデュールは組んでいた腕を解いた。
「問題か…?」
少しの沈黙。
陽がゆっくりと落ち、樹の葉に見え隠れすると陽の光がチカチカと一行を照らす。
「気掛かりがありまして…。依頼は大量に出現したオムニスの討伐です。」
「そ、そうか…。」
そして表情は更に曇る。
「それに…アルブ・ピリスへ依頼に出たアルドさんからの伝書鳥の連絡が全くないんです…。」
その言葉にデュールの額からはジワリと汗が滲んだ。




