第十五話 森の襲撃
――オラディ村
温泉をレリッタの村人達と満喫し、帰宅したフィオルとアイベル。
二人は居間のソファに並んで腰を掛けた。
「宴の時の話しだけど…。」
「…うん…。声が聞こえたの。」
『――会いに行くからね…。』
「会いに行く…か。もちろん、俺や他の人は何も聞こえなかった。宴で周りは騒がしかったしね。」
「うん。私の頭の中に直接…。」
「でもそうだとしたら、アイベルの事を知ってる人物だよね。」
「そう…かもしれないけど、子供の女の子って感じで、声はとても幼かった…。」
フィオルは腕を組み首を傾げる。
特定する事は出来るわけが無く、考え込む。
「それに少し悲しそうに感じたの…。私はこの村からほとんど出ない…。村の人全員と会ってるけど、あの声の子はこの村にはいないわ……。」
(アイベルは記憶を失ってる……。俺と出会う前にアヴェニール洞窟の近くにいたとか…?)
フィオルは俯くアイベルを見ながら心の中で呟く。
「君に会う前…。」
フィオルは小さく零す。
「私も考えたけど…アヴェニールの洞窟ではぐれてしまったのか、それともその子に会うためにアヴェニールの洞窟に入ったのか…。全く思い出せない…。」
「アヴェニールの洞窟でアイベルを見つけたのは10年前。でも声のその子は幼い…謎だらけだ…。その子は喋る事も出来ない程、当時は小さいはずだよな…。」
「そう…よね…。私に会えずに今までその子…この世界を彷徨っていたとしたら…。」
アイベルはギュッと目を瞑る。
「ああ、確かにかなり時間が経ってしまったね…。ただ、光翠の広場でアイベルが倒れていたのを見つけた時だけど、裸足なのに汚れていなかったと思うんだよなぁ。はぐれて探していたのなら足は汚れるはずだ……。」
当時を思い浮かべ、指を顎に当て話すフィオル。
それに対してアイベルは悲しい表情で話を聞く。
「……ただ、アイベルに語り掛けたって事は、その子は生きているって事なんじゃないかな?会いに行くって事はアイベルの居る場所も分かってたり。」
「でも…私の居る場所が分かっていたらこんなに時間は経って無いはずだけど…。」
「確かに…。まぁどちらにせよ、会えば記憶を取り戻せるかもしれない…。記憶が戻る可能性が出来たのは嬉しい事だよ!」
「そう…ね。」
そう返したものの浮かない表情は変わる事はなかった。
そして二人の間に沈黙が訪れる。
コンコン
すると玄関をノックする音が聞こえ、二人は顔を向けた。
「アイベルさーん。アウディアです…!」
アイベルは顔を上げ、ハッとした表情をする。
「そうだ…!忘れてた!アウディアに家に寄ってもらうように伝えて貰ってたんだった…!」
アイベルは慌てて玄関に向かい、扉を開ける。
「お疲れ様です…!」
「アウディアもお疲れ様!疲れてない?じゃあ早速…」
(疲れているのは君じゃないのか…?君と出会ってから10年…。村で君を見つけた時には必ず他人に寄り添っていた。自分が何者かも分からずに…一緒に暮らす前はどんな気持ちで人と接して生きてきたんだ…?心が休まる時があったんだろうか…。)
玄関先で話す二人の会話を、フィオルは居間から聞き、アイベルを想う。
「フィオルー。ねえフィオル!聞いてた?」
「ああ、ごめん。何だっけ?」
アイベルの事を考え、遠くの会話をぼんやりと聞いていたフィオル。
「外でアウディアを見るから、先に寝ててもいいよって。」
「あ、ああ…。俺も見たいから外に出るよ。」
「そ、そう?疲れて…」
「大丈夫だ。さぁ。」
そう言いフィオルはアイベルと一緒に外へ出たのだった――。
――ダイアボ近辺の森
荷車を押す兵達を尾行するアジル。
兵達との距離を一定に保ちながら、少しづつダイアボへと向かっていた。
尾行してからかなりの時間が経つが、一向にダイアボに着く気配は無かった。
兵達は警戒心が高く、辺りを見回しながらゆっくりと進む。
アジルは兵達に見つからないように警戒し、麻袋の中身に目を凝らしていた。
ガタンガタンと音を立て、道無き道を行く荷車は、樹の根が地面から盛り上がっていた所を通った瞬間、大きく傾いた。
「危ねぇ!」「倒すな…!」
ガシャン
「……!?」
アジルは先程まで聞いていた音とは違う音がしたのに気づき、傾く荷車に目を凝らす。
(鎧の…音?まさか中身は人間?)
「ふぅ。起きてはいないみたいだな…。」
一人の兵が麻袋に耳を当てながら放った言葉に、アジルは麻袋の中身が人間である事を確信した。
(何の為に?警戒しながら人を運ぶ…。まさか…人攫い?)
アジルは顔を顰め推測する。
「集中力が切れてきてる…。もう少しだが…この先開ける。そこで一旦休憩しよう。」
「ああ。」
(休憩か…そこで話しを聞こう…。)
アジルは拳を握り締めると、荷車は進み再び尾行する。
人が運ばれているという緊迫した状況に反して、静かな森では虫の鳴き声が鳴り響き、妙な雰囲気でアジルは気味の悪さを覚えた。
そして、目の前に月光が降り注ぐのが見え、やがて森は開け、荷車を止める兵達。
アジルは手前の樹の裏で身を潜める。
「休憩しよう。」
一人の兵が声を掛けると、荷車を持っていた手を無造作に離した。
荷車はドシンと音を立て、重心はズレ、麻袋は地面に転がった。
ガシャンガシャンと鎧の音が鳴り響く。
(なんて酷い事を…!)
アジルは思わずフードを外し、剣に手を掛けた。
「おやおや?こんな所に女かぁ…?」
突然アジルの後方から聞こえた低い小さな声。
飛び出そうとしたアジルの動きはピタッと止まり、じわりと汗ばむ。
「止めといた方が身のためだぞ?」
ゆっくりと右手を剣に伸ばそうとするも、その殺気立つ言葉で止められる。
「何者ですか…?」
振り返る事なく声を掛けるアジル。
(今は時間を稼いで情報を集めなきゃ。おそらくこの人はあの兵達と同じダイアボの人間…。)
「それはこっちのセリフだろう。荷車を隠れながら追っていただろう?」
(くっ。私が尾行されていた…!?警戒しながら尾行してたけど気配なんて全く…。)
「相当な手練ねあなた。」
そう言いながら声の正体に振り返る。
「ガキじゃないか…。何者だ?」
(兵じゃない…。黒い服…でもダイアボの民ではない…それにあの鉤爪のような物…。)
アジルは男をまじまじと見て分析する。
右手に鉤爪のような武器、そして大きな黒いマントのような服を身に纏い、樹に半身を隠して立っていた。
「……。」
一瞬静まり返る――。
「最後に外の空気を吸わせてやろうか。」「そうだな。ヒヒヒ。」
すると休憩していた兵達に動きがあり、麻袋を開き、中の物を出した。
アジルはその瞬間を見ると大きく動揺する。
(やっぱり人だ…!あの紋章は…!?)
フッという微かな音。
男はアジルが兵隊に振り返った瞬間を逃さなかった。
アジルが男に向き直る。
鉤爪が目の前に迫っていた――。
「ちっ。あいつら…!バカめ!」
「くっ…!」
アジルは間一髪で横に避ける。
(危なかった…!なんて身のこなし…。普通に訓練を受けた兵とは違う…。ダイアボの裏にはこんな人がいるのね。そんな事より…鎧に刻まれたあの紋章はソウルガーディアンズの剣撃隊…!なんとしてもフィオルさんや姉さんに伝えなきゃ。)
麻袋に入れられた人物は剣撃隊のアルドであり、アジルは一瞬ではあるが鎧に刻まれた紋章を目視していた。
アジルは冷静を保ち、遂に剣を抜いた。
「見ちゃいけねぇもん見ちまったなあ。ここで殺すしかない。しかし、若いのにやるじゃないか…。」
鉤爪をカチカチと動かし、ニヤリと笑みを浮かべながら男は言う。
「そう?これは大きな罪よ?人攫いなんてあってはいけないこと。ここで私を殺す?私はあなた達を逃がさない!」
大きな声で放った言葉は休憩していた兵に聞こえ、兵達は直ぐに起き上がり、アルドを詰め直す。
「お前達!とっとと行け!」
鉤爪の男が兵達に向かって大きく声を上げると、兵達は荷車に手を掛けた。
「させない…!」
アジルは兵達に向かい駆け出すが鉤爪の男が立ち塞がる。
「フー…フー…。行かせねぇぞ。」
「息が切れてるじゃない。」
(あんな身のこなしをする人だ…私の速さにも付いてくる。体力は常人より遥かにあるはず…。あれは…?)
男に挑発するように言うアジルだが、冷静に分析する。
アジルは男の様子に違和感を覚え、至上者の御業である"極視光"を使った。
至上者の御業"極視光"とは、相手の弱点である箇所、痛めている部分や持病等により弱っている部分を白い光で露にさせるという業で、その箇所への一撃は戦況を一変させる――。
アジルはこの業をもってソウルガーディアンズと共に、エルジオーネ大陸に現れた、朱の竜撃退の成功の一翼を担い、英雄として讃えられた。
(右の脇腹を痛めてるのね…。重心も僅かにズレてる。それなら…)
アジルは剣を刺す様に構える。
脚に力を溜める。
カッと目を見開き、一直線に鉤爪の男との距離を詰めた。
(直線的過ぎるぞ…っバカめ…!)
鉤爪の男は迎撃体勢を取り、身構える。
アジルはそのまま剣を真っ直ぐに伸ばし、鉤爪の男との間合いに入り、男の額に向け突きを繰り出そうとした。
そして、頭上から鉤爪が降り掛かる刹那――。
左回りに横に飛び、攻撃を躱すと身体を回転させる。
(ぐっ…!!コイツ…!刺突だけじゃないだと…!?)
そしてガラ空きになっている右の脇腹に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「うっ…!」
迎撃の為に前進した身体へ、刺さるように思い切り入った蹴りは、鉤爪の男の膝を地面に付かせた。
吐血し脇腹を抑え身体を震わせる。
(骨の折れる感覚…手応えはあった。これで思うように動けないはず…。)
顔を地面に向け、息が荒くなる男に矢で射るような目で睨みつける。
だが、ゆっくりと立ち上がろうとする男は、アジルには見えないように不敵な笑みを浮かべていた。
マントの中で鉤爪に毒を塗っていた。
(息をするのも辛そうね。あれは…鉤爪から液体が滴った…?血じゃない何か…。毒…!)
アジルはそれを見逃さなかった。
男が立ち上がったと同時に一瞬で間合いを詰め、鉤爪の刃と刃の間に細剣を通すと、全体重を剣に込める。
(コイツ…強い…!)
「ハァァァ!」
静かな森にアジルの声、そしてパキンという甲高い音を響かせる。
鉤爪の刃が粉々に砕ける。
続けて肘打ちをボロボロの脇腹に浴びせ、男は吹っ飛び地面に叩きつけられた。
(もう動けないはず…。)
「くそう!!」
仰向けで天を見上げ倒れる男は口惜しさに叫ぶ。
(武器も破壊した…戦意喪失ね…。話は後で聞こう。)
アジルは剣を納め、兵を追おうと振り返るが、何かが頭上を通り越し、少し先に落ちた。
アジルはピタッと止まり身構える。
次の瞬間――。
ボンッと小さな爆発が起きると同時に土煙が大きく舞った。
咄嗟にフードを深く被り後退し、後ろを振り向くとそこに倒れていた男は消えていた――。




