第十三話 別世界
等間隔で明かりが灯り中央通りを照らす光景――。
レリッタとはまるで違う光景に、ルイナは辺りを見回しながらフィオルの後を付いて行く。
中央通りの中心に位置する広場を曲がり、上り坂のその先には人集りがあった。
「母さーん!」
人集りの中からルイナを呼ぶコランの声。
その声に向かい足早になる二人。
人集りまで来ると大きな家屋が目の前に現れた。
玄関に向かうように足元はレンガで舗装され、扉の両脇には灯り。
ルイナは扉の上に視線を上げる。
「凄く綺麗…。」
ルイナは小さく呟いた。
扉の上には「レリッタ」と書かれ、照明に照らされるプレートが飾り付けられていた。
「皆はまだ入ってないの?」
「うん!母さんを待とうってなってね。」
「ありがとう。」
「さあ。どうぞ…。」
そして、アイベルが扉をゆっくり開けると村人達は中へと入った。
「おお。」「広い…。」
村人達は目の前に広がる空間に声を漏らす。
「建物は二階建てになってます。毛布や家具が足りなければその都度声を掛けて下さい。」
「……。」
言葉を失うルイナは頷く。
一階は大きな広間で吹き抜けになっており、二階に繋がる中階段が右手に付いていた。
左手には大きな窓、暖炉、そして囲炉裏があり、村人達の目は子供の様に輝いていた。
「この家の裏にも、もう一軒同じ様な建物がありますので、好きに使ってください。それと、家の脇にある畑も自由にどうぞ。苗などは露店でも売られていますので、そこで買うのが良いでしょう。」
「その必要は無い…。」
フィオルが説明をしていると後ろから声が上がり、一同は振り向く。
玄関にはブルクがいた。
「ブルク長老…。ありがとうございます。こんなにも立派なお家を…。」
ルイナはブルクに向かい礼をしながら言う。
「必要無いと言いますと?」
フィオルは疑問に思い、アイベルの顔を見るがアイベルは首を傾げ、分からない様子だった。
「中央都市商人会からの寄付…。声を掛けておいたのじゃ。オラディ村で村人を受け入れると伝えたら皆、快く寄付してくれた…。」
ブルクはそう言うと身を横にズラし、自分の後ろに置かれた物を見せた。
そこには大きな木箱があり、中には大量の苗、新鮮な野菜、そして農具が入っていた。
「…。」
一同は言葉を失う。
「そこまで…」
年長者が口に手を当て涙目で言うとブルクは続ける。
「お主達はレリッタの心を持ったオラディ村の一員じゃ。何事も始めは大変じゃ。」
笑顔を見せるブルク。
「縛られた者からの解放…。自由を得てこの村で手を取り合って暮らしてゆこう。さぁ!」
ブルクは手を差し伸べる。
村人達は差し伸べられた手に向かい外に出る。
そしてブルクは、杖を地面に強く突く――。
すると真っ直ぐ中央通りに向かう道端に明かりがポツポツと灯される。
導く様に灯された明かりの先――。
中央の広場には、オラディ村の村人達が集まっていた。
「ようこそー!」「もう自由だぞー!」
歓迎の声が上がる。
レリッタの村人達は心から涙を流し、そして笑った。
ブルクを先頭にレリッタの村人達は広場へと、ゆっくり歩みを進める。
進む毎に、薄く透ける様に作られた麻の灯篭が打ち上げられ、空を見上げる。
放たれた白、オレンジ、青と様々な色で着色された灯篭は数え切れない程で、暗い空を幻想的に美しく彩った。
それは様々な人間が交わることの歓迎、そして解放と自由を表し、こんなにも明るい世界があるのかとレリッタの村人達の心を強く高鳴らせた。
(こんな光を…私は知らなかった…。)
「別世界…。」
ルイナは空を見上げ呟いた――。
アイベルとフィオルは木箱を家屋に置き、レリッタの村人達の背中を見送り、打ち上げられた灯篭を見ていた。
「綺麗ね…。」
「ああ。まさかこんな事までするとは思わなかったよ。…ブルク長老には敵わないや…。」
苦笑いを浮かべ目の前の光景に圧倒されるフィオル。
広場へと辿り着いた村人達。
広場には木で組まれた大きな枠があり、その中心には大きな火が灯っていた。
そして、それを囲うように周りにはテーブルが用意され、豪華な食事が置かれていた。
レリッタの村人達は席に案内されると座る。
ブルクは杖を地面に刺し、両手を広げ空を見上げ口を開いた。
「皆の者!レリッタの村人達と心を一つに…!助け合い生きてゆこう!ここに今居る者達、一人ひとりの幸せを紡ぎ、大きな幸せを分かち合い、そして、未来へと繋いでゆこう!!」
ブルクの声は空高くまで響き渡る。
一瞬静まり返る一同。
ブルクの言葉に応えるように身体を震わせる――。
「「うおぉぉ!!」」
老若男女、誰一人として暗い表情の者はいない。
雄叫びのような声を聞いたレリッタの村人達。
座っていた身体は無意識に立ち上がり、同じ様に声を上げていた。
遠くでその様子を見ていたフィオルとアイベル。
ふと横を見ると、アイベルの瞳には様々な色の灯りが点々と映り、フィオルは見惚れていた。
アイベルは生暖かい風に靡く髪を耳にかける。
(綺麗だ…。ここまで一緒に来た。何度も支えられた。もう、迷う理由はない。)
「アイベル…。」
フィオルは意を決して声を掛ける。
「なぁに?」
アイベルは正面を向いたまま静かに返事をした。
少しの間――。
風の音だけが二人の間を通り抜ける。
アイベルはフィオルを向き、二人の目が合う。
遠くで聞こえる大きな声とは裏腹に二人の空間は静かだった。
「アイベル、俺と…結婚して下さい!!」
静かな空間に大きく出した声は、山々に反響すると山びことなり響き渡る。
「……。」
真っ直ぐフィオルを見つめるが返答が無く、フィオルは少し焦り出す。
「「あ…」」
少しの間、そして言葉にしようとしたが同じタイミングで重なり再び静まった。
「フフ。」「ハハハ。」
それから二人は面白く感じた異様な空間に笑いが込み上げる。
「…実はね、ずっと思っていた事があったの。」
アイベルが話し始めるとフィオルは静かに頷いた。
「文献の話しから、一緒に暮らす事にはなった…。でも…今の私達の関係は何になるんだろうって…。なんて呼ぶんだろうって。」
「…すまない…。生涯を通して愛を届け続けるって言ったけど、ちゃんとした言葉を言ってなかったね。」
その言葉に頷くアイベルの瞳が微かに潤み始める。
(もやもやさせてしまっていた…。ダメだな俺は。でも!)
フィオルはグッと拳を握りしめアイベルを真っ直ぐ見つめる。
「改めて…。この俺と結婚してくれ!」
アイベルは一つ頷き、流れる大粒の涙は微笑んだ頬を通り、形を変えながら流れていく。
「…はい!…私も同じ気持ちだから…。」
そして、二人はお互いを強く抱き締め、空に放たれた灯篭の灯りが二人を暖かく照らした――。
――とある地
「……ハッ――。」
周りを岩で囲まれた扉の無い暗い部屋で、目を瞑っていた少女は目を覚ます。
赤橙に薄らと金色が混じる長髪の少女。
部屋の床には幾つもの灯りが置かれ、ゆらゆらと揺れ、消えかかる。
額には汗が滲み、呼吸が早くなる。
(ハァ…ハァ…。契り…。)
「おや、どうしたんじゃ?」
その部屋に入り、少女の様子を見た老人が声を掛けた。
「お爺さん…。」
老人を見つめる青い瞳からは涙が流れる。
「遂に見つけたのか?」
「うん…。」
「急いで会いにゆかねば…!」
そう言うと老人は部屋を飛び出して行く。
残された少女は胸に手を当て目を瞑った。
「変わってしまう前に…。会いに行くからね…。」
手を祈る様に組み、少女は呟いた――。
――療養施設
ベッドに横になるデュールは上半身を起こし、窓を眺め、外で聞こえる宴の音を聞いていた。
カチャ
「具合はどうだ?まさかお前がこんな事になるなんてな…。」
ゆっくりと扉を開けながら声を掛けたのはノワルヴェールだった。
「ああ…。心配を掛けた。だが、ノワルヴェール。俺は決して油断などしていなかった。」
「……。」
デュールの肩に手を置き話を聞くノワルヴェール。
「俺達の知らない強者が居る。しかも一人じゃない。俺達が足元にも及ばない強い者が居るかもしれない…。」
「そうか…。」
(確かにそうかもしれん。命を懸け、敵と対峙したのなら油断などしない上に翡翠筋を使うはず…。そのデュールに傷を負わせる者とは…。)
「しかし、表情が変わったな…。敵と戦い、命が危ぶまれたわりには、前より柔らかくなった気がするが…何かあったのか?」
「そ、そうか?」
「ああ。人を好いている様な表情だぞ?」
そう言いながらノワルヴェールはデュールの顔を覗いた。
黙り込むデュール。
「まあいい。今は身体を…」
「ノワルヴェール、すまん!ルイナさんと暮らす事になるんだ…!」
「え…。」
ノワルヴェールを遮り、出てきたデュールの衝撃の言葉に時が止まったかのようにノワルヴェールは固まる。
「冗談はよせ!まぁ今はとにかく身体を休ませろ。とりあえず、戦いの詳細はまた後日だ。じゃあな。」
ノワルヴェールは苦笑いしながらデュールの肩をポンポンと叩くと部屋を後にした。
(強がってるのか…?)
デュールは部屋を出るノワルヴェールの背中に心の中で呟いた。
足早に療養施設を出たノワルヴェールは悔しがる表情をしていた。
(くそー!!何でだー!)
『どっちが先に結婚するか勝負だ!』
『ノワルヴェールの方がモテるが俺は負けない…!』
『まずは強くなる為に鍛練だろ!』
「ソウルガーディアンズに入った頃に俺から仕掛けた勝負…。父上に怒られたなあ。」
足早だった歩みは力を失い、やがて止まる。
(俺だけ置いてけぼりか…。)
遠くに聞こえる宴の音が、暗い道で一人、空を見上げるノワルヴェールの寂しさを際立たせていた。
一方、広間での宴は太鼓や笛の演奏に合わせ、村人達が踊り賑わいは最高潮に達し、フィオルとアイベルも合流し、一同は大いに盛り上がった。
酒も入り顔を赤らめる一同。
酒が飲めないコランだが人々の賑わいに飲まれ、気持ちは今までになく高揚していた。
「フィオルさん、アイベルさん、そしてブルク長老…。本当にありがとうございます!」
「楽しめてるみたいで良かった。」
アイベルは喜びが溢れるコランの表情を見て返し、フィオルは頷いた。
「皆、明るい表情じゃ。この笑顔は決して嘘の物では無い…心から笑っておる。」
酒を酌み交わし踊る村人達を眺めながらブルクは言う。
「この喜び、幸せを噛み締める皆を必ず守っていくからのう。」
視線をコランに移し、笑顔を向けるブルクにコランは大きく頷いた。
「宴の後はゆっくり…」
(――会いに行くからね…。)
話しの途中で片目を瞑り耳を抑えたアイベル。
「アイベルどうした?」
「こ、声が…。」
(今の声は…聞いた事がある声…なの…?)
アイベルの様子に、心配になり声を掛けたフィオル。
「声?俺達には聞こえなかったけど…。」
フィオルは周りに座る人々を見回しながら言うが、皆首を傾げた。
「……。」
そして俯くアイベル。
周りは宴の賑わいで、会話も声を張らなければ聞こえない程。
会話を途中で止め、俯き考え込むアイベルに周りの人々は不思議に思う。
「後で詳しく話そう。」
「う、うん…。」
(誰の声だったんだろう…。)
アイベルは小さく返し、空を見上げた――。




