第十二話 実る想い
陽が山に隠れ始めた頃――。
オラディ村の東の門の森から軋む音を激しく響かせながら、馬の駆ける音が聞こえ始めた。
「道を空けてくれー!」
手綱を必死に握り締め、目の前を歩く村人にエディウスは大きく声を掛けた。
「あわわわ…!ば、馬車!?」
村人は大慌てで道を空け、間一髪で馬車に轢かれずに済む。
そして、門を潜りエヴァルが鳴き声を上げると、馬車は中央通りを曲がり療養施設へと一直線に向かった。
「ん。来たかな。」
馬車の音に気づき施設内に居たクラルは立ち上がり、外へと迎えに出た。
「クラルさんだ…!」
手綱を持つ三人はクラルを目視すると、手を挙げ、エヴァルが再び鳴くと馬車は徐々に速度を落として行った。
やがて療養施設の前で止まると、ゼール、エディウスは馬を降り、馬車へと入るとデュールを抱え療養施設へと入って行った。
続けてアイベルが降りて来ると、アウディアと共に村人達を一人ずつ療養施設へと案内した。
「いらっしゃい。」
最後尾のルイナに声を掛けるクラル。
「貴方が…クラルさん。」
「うむ。そうじゃ。大変じゃったな…。」
クラルは優しく笑顔で迎え、一同は中へと入る。
中央通りには村人達がその様子を伺い、療養施設に入ったのを確認すると歓迎の準備を密かに進めた。
「薬師さん!俺達は後でいい!隊長さんを先に診てくれ!」
トルヴィスが療養施設に入るなり、クラルに強く言うと、村人達も頷く。
「うむ。ありがとう。」
「ゼール、エディウス、アウディアはブルク長老の所に行って帰還の報告を頼む。ノワルヴェールさんも居たらここへ呼んでくれ。」
「「「はい!」」」
三人は返事をすると、療養施設を出ていった。
「他の患者が来たらアイベル。それと、すまんが…フィオルも手伝ってくれるかの。」
「…何かあれば私にも手伝わせて下さい。」
ルイナが声を上げるとクラルは微笑み頷いた。
「うむ。よろしく頼む。」
そして、デュールの治療が始まり、施設の休憩時間とされる時間が終わると、村人がぽつりぽつりと入って来た。
アイベルは直ぐに対応し、次の患者にはフィオルや村人達が対応に当たったが、訪れた患者は薬を受け取ると直ぐに帰っていった。
すると、村人と入れ違いで帰還の報せを聞きつけたブルクが療養施設に訪れた。
ブルクは村人、一人ひとりの顔を見回し、膝を付き静かに頭を床に付けようとした――。
「長老様。必要ありません…。」
ブルクの横にそっと寄り添い背中に手を当てるルイナ。
「……。」
その言葉と柔らかい表情にブルクは言葉を失う。
「彼等が命を懸けて私達をここへ連れて来てくれたのです。私達の望みは叶いました。」
「じゃが…お主達を見つけるまでにここまで時間が掛かってしまった…。挙句、犠牲者まで…。もっと早くに見つけるべきじゃった…。」
俯きながら弱く出た言葉にルイナは首を横に振った。
「それでも、亡くなったあの人の望みが叶い、自由な身となったのです。お互い、過去は深く見ず、ですが忘れる事なく心に留めましょう。私は憎しみを抱いてこれまで生きてきました。その憎しみが無くならなければ、本当の自由とは言えません。縛られる事から…あのレリッタを汚した兵隊やその背後にいる者達から解放された今、憎しみは消えたのです。」
(そうよね、貴方…。)
ルイナは証を片手に持ち、胸に手を当て目を瞑る。
ブルクはかたじけないと目をぎゅっと瞑った。
ルイナの言葉に村人達は頷き、奥の部屋でデュールを治療しているクラルにもその言葉は聞こえていた。
『クラルさんアイベル。罪を背負う俺に治療をしてくれた事を心から感謝している。』
冷たい鉄の檻の床に、死の間際モルスが最後の力を振り絞り書いた言葉をクラルは思い出し、手を止めた。
その瞳には涙が浮かぶ。
クラルの心に留めていた、当時起きた事件の無念や悔しさが徐々に消え行く動きを表している様に、部屋の灯りが揺れ、静かに消えた。
(モルスよ。お主の願い…望みが叶って本当に良かったのう…。)
クラルは涙を拭い窓の外を眺める。
デュールの治療を終え、部屋を後にすると村人達の元へと向かった。
「さて、患者は落ち着いたみたいじゃな。皆を診ようかのう。」
くしゃっと皺いっぱいな笑顔を向けるクラル。
再び道具を取り出すと村人達一人ひとりの診察を始めた――。
――レリッタ
「ハァハァ…急げ…!」
恐怖に怯えた表情をしながら、走る兵達。
血溜まりを幾つも作り、デュールによって抉られた地面、血がこびり付く家屋を横目にレリッタを後にする。
今回の失態により、自分達の命が危ぶまれる事を恐れていた。
負傷者は応急処置をし、身体を引き摺りながら何としてでもレリッタを離れるんだと必死になる。
やがてレリッタは壮絶な戦いによる傷痕を残し、人は消え、もぬけの殻と化す――。
村は静まり返り、先日まであった汚い活気は消えた。
それとは裏腹にモルス達の住んでいた家屋は傷一つ付くことなく残り、その前に生える小さな芽に陽が差し、力強く光を放っていた――。
――オラディ村
ブルクの元へ報告をした後、ゼール、エディウスは療養施設に戻り、ノワルヴェールを捜し周わっているアウディアはまだ療養施設には戻っていなかった。
「デュール隊長が起きました…!」
クラルが村人を診ていると、奥の部屋でデュールの目覚めを待つゼールから声が掛かりフィオルは早足で向かい、ブルクも部屋に入った。
「どうですか?」
「ああ。大分良くなった…。迷惑掛けたな。」
デュールの顔には血色が戻り、呼吸も落ち着いていた。
「お主が倒れるとは思わんかったのう。」
フィオルの横から顔を出しブルクは言う。
「ご心配おかけしました…。油断はしていなかったんですが…」
「そうか。まあ詳しい話しは後日ノワルヴェールも同席させてにしよう。今は彼等を歓迎せねばな。」
そう言うとブルクは部屋を後にし、村人達に声を掛けると外へ出て行った。
村人達の身体を診終えたクラルは器具を片付ける。
「皆やはり、栄養失調じゃのう。これからは思う存分食べれるからのう。安心しなさい…。」
村人達は安堵の表情を浮かべた。
「それと、疲労が溜まっておる。この村には温泉があるから後でゆっくり入ると良いぞ。」
「温泉?」
村人達は聞いた事も無い様子でコランは首を傾げながら呟く。
「地下から湧き出る湯じゃ。」
「おおぉ。」「す、すげぇ…!入ってみてぇ。」
村人達の目は輝き、声を漏らす。
「では、まずは皆さんの家へ行きましょうか。」
アイベルが声を掛けるとルイナが口を開く。
「私は後から行きます。皆をお願いします。」
「分かりました。じゃあ、エディウスとゼールは今日はこれで解散ね。お疲れ様。アウディアに会ったらフィオルの家に来るように伝えてくれる?」
「「はい!お疲れ様でした!!」」
そして、アイベルを先頭に村人達は療養施設を出て行った。
ルイナは村人達が出て行くのを確認するとデュールの居る部屋へと向かう。
ゆっくりと扉が開き横になるデュールを見つめるルイナ。
「ルイナさん…。」
デュールは小さな声で名を呼ぶ。
フィオルは立ち上がった。
「では、お大事にして下さい。ルイナさん。外で待ってますね。」
声を掛けるとルイナは頷き、フィオルは部屋を後にした。
二人きりになった部屋――。
外は陽が落ち暗くなり始める。
ルイナは消えていた灯りを再びともし、デュールの傍の椅子に腰掛けるとゆっくりと口を開いた。
「無事で良かった…。」
デュールの手を握り、瞳が微かに滲む。
その声は少し掠れ、ルイナの安堵の表情にデュールは笑顔を返す。
「やっとその表情が見れました。以前より柔らかい…。」
その言葉にルイナは笑顔を向けると、潰れた瞳から涙が頬を伝った。
一拍間を置き、デュールは口を開く。
「ルイナさん。…私とこの先を一緒に生きていきませんか?コランも含め、貴方達が幸せを感じる瞬間を共にしたい…。」
灯りが揺れる音がやけに響く。
「…え…。」
時が止まった様にルイナは固まる。
「あ…嫌であれば全然構いません!私は不器用でそれにとんでもなく方向音痴…おまけにこんな無様な格好で横になりながら…。急に混乱する事を言ってしまった…。特に今はこの村に慣れなければ…」
デュールの言葉をぼんやりと聞き、目を瞑るルイナは心の中でモルスに語り掛ける。
(モルス…貴方が望む通り…私は幸せになります。)
(ああ。彼なら必ず幸せにしてくれるさ。命を懸けて必ず…。)
心の中でモルスは返すとルイナはゆっくりと頷いた。
「デュールさん…。」
今まで見た事無いほど、顔をくしゃっとさせ、涙を流しルイナは名を呼んだ。
「お願いします…。」
「……。」
デュールは言葉を失うが、ルイナの頬に伝う涙を静かに拭う。
部屋の灯りが優しく二人を照らし、二人の心の動きを表すかのようにヒラヒラと揺れていた。
「私はまだ療養しないといけません。ここでの暮らしが落ち着いたら私の家でこれから過ごしましょう。」
「はい。分かりました。…では、お大事になさって下さいね。」
最後に言葉を交わし、ルイナは部屋を後にする。
「クラルさん。デュールさんをお願いします。」
「うむ。モルスの話しは落ち着いたらにしようの。」
「はい。では、失礼します。」
ルイナは礼をすると療養施設を後にした。
(表情が変わった…。笑顔まで見れた。本当に良かったのう。)
クラルは出て行くルイナの背中に心の中で呟いた。
外は暗くなっていたが中央通り沿いの灯りが綺麗に並び、通りを照らしていた。
空は星で埋め尽くされ、心地良い風を受け、ルイナは空を見上げ目を瞑った。
(静かな夜…。こんなにも心に圧力を受けずに過ごしたのはいつぶりだろう…。)
自分が今オラディ村に居ることを噛み締めると目を開いた。
「お待たせしました。」
「お話出来ましたか?」
「はい。」
チラっとルイナの表情を伺いながらフィオルは問う。
「表情が変わりましたね。良いお話が出来たのだろうと感じます。」
「ええ。とても良いお話が出来ました。…幸せを感じています。」
「そうですか。それは良かった…!では、皆さんの元へ行きましょう!」
「はい…!お願いします!」
そして、二人はレリッタの村人達の家へと向かって歩き出した――。




