第九話 困難な里郷
一瞬固まったデュールだが直ぐに我に返る。
「な…何を言っているんですか…!皆が待ってます!貴方が死んだら…亡くなったモルスさんの望みが叶わなくなります…!」
デュールの鬼気迫る表情を見てルイナは俯く。
大きく息を吸い、ルイナは微笑む。
そして――。
「皆を助けてくれてありがとう…。…でもやっぱり…心の底では…貴方達が…憎…」
最後の言葉が途切れ、ルイナは気を失う。
重心はゆっくり傾く。
反応したデュールは、地面に倒れる直前に、ルイナを抱き上げた。
「くそぅ…!なんとかするしかないか…!」
デュールは木の傍にルイナを寝かせると、木の根元に生える植物を掻き分ける。
フィオルは小道を抜けたコランに追い付いた。
「コラン…!待ってくれ…!」
「母さんはここに残る気です…!」
「何だって…!?」
「最近様子がおかしかったんです…!」
(声を掛けても何処か上の空だった…。感情も少しずつ薄れていたように感じていた…。)
コランは最近のルイナの様子に違和感を覚えていた。
「あれは…!?」
コランは大きな木を指差す。
デュールとその傍にルイナが倒れているのが見えた。
「どうしたの…!?」
二人に合流したアイベルは、状況が読め無かったがコランが指差した先を見て、ゾッとした。
「くそう!」
「待って!」
フィオルとコランが飛び出そうとした瞬間――。
アイベルは二人を止め、すかさず三人は茂みに隠れる。
二人のいる木の裏にある家屋の扉が、ゆっくりと開くのが見えた。
家屋から一人の兵が出てくると、その先にいる二人の元へと歩いて行く。
コランは鼓動が早くなり、胸に手を当てる。
「体格が良いデュールさんでもあの大きな木の幹のおかげで、兵からは見えないわ…。」
「どうしますか…!?」
居ても立っても居られず冷静を失うコランの背中に、アイベルは手を置いた。
兵とデュール達の距離が10m程になると弓を番え、普段とは異なる矢を手に取り、放つ。
矢はデュールとルイナの上を通り過ぎ、近づく兵の首を掠めるように真っ直ぐ飛んで行くと、森の奥へと消えて行った。
「痛っ…!」
兵は矢が掠めた首を抑え、痛みに声を出すが直ぐにその場に倒れ込む。
「倒れた…!アイベルさんあれは…」
「矢に睡眠液が塗ってある。あの兵は眠ったのよ。」
幸いな事に、倒れた兵の周りには草が生い茂っていた。
倒れた時の音は小さく、他の兵が出てくる事は無かった。
倒れた音を聞いたデュールは、顔を上げる。
そして、振り向きフィオル達に気付く。
兵が倒れたのを目視したフィオルは、茂みから飛び出そうと脚に力を溜める。
茂みからフィオルの姿が見えた瞬間――。
デュールは人の気配を感じ辺りを見渡すと、東の森から兵が歩いてきていた。
(ダメだフィオル!今は来ては行けない!東の方角から兵が来ている!大声を出せば家屋からも兵が出て来てしまう…!くそぅ…!)
デュールはフィオル達が居ることを知られないよう、フィオル達に背中を向け、手だけで来るなと合図を送った。
コランがレリッタに走ってから、エディウスは村人達を馬車の元へと案内し、ゼールとアウディアと合流していた。
「コラン君が血相を変えてレリッタに戻ったのを見て、アイベルさんもレリッタに戻りました…!」
「何!?」「何ですって!?」
既に馬車に乗っていた村人は不安な表情を浮かべる。
「あの二人は俺達には欠かせない存在だ…!」
トルヴィスは叫ぶとルクスは俯いた。
「俺がコランの前で証を取りに行ったと余計な事を言ってしまった…。」
ルクスは呟くように言うと、村人達は顔を合わせ表情を更に曇らせる。
「俺も行…」
「待って下さい…!」
レリッタへ駆け出そうとするトルヴィスをエディウスは止めた。
「隊長達を信じて待ちましょう…!これ以上、人が動けば混乱は免れません…。一人も欠けずにオラディ村に向かわないと…!」
その眼には村人達を守るという強い意思が宿り、その眼を見た村人達は静かに従うと、願う様に手を組んだ――。
『ルイナ…。起きなさい。ソウルガーディアンズ達と共にオラディ村に向かってくれ…。俺達で作り上げたこの村は…君達が幸せに暮らしていた事を心に留めておけば、何処に行ったとしても…無くなることは無いのだから…。』
ルイナの頭の中に語り掛ける声。
声の主の姿はなく、真っ暗な空間に響いたその声はモルスだった。
「…ハッ――!」
ルイナは目を覚ました。
顔を上げるとデュールが目の前に立ち、その先には二人の兵がこちらに向かってきていた。
「起きましたか…!?ルイナさんにはまだ気づいてません…。慌てず大きな声は出さずに証をお願いします…!私が彼等を引き付けます…!」
ルイナに背を向け、小声で声を掛ける。
(フィオル…。ルイナさんが証を取り出したらすぐに反応してくれ…!)
「母さんが起きた…!」
「待て…!」
ルイナが顔を上げたのを目視したコランは飛び出そうとするがフィオルは手を横に出し止めた。
「二人の東側の森から鎧がチラッと見えた…。だからデュールさんは来るなと合図を送ったんだ。」
「参戦しないと…!」
「それが一番危険だ…!」
「コラン…お願い。落ち着いて。」
アイベルが宥めるも、歯を食いしばり汗を額から流し、コランは顔を強ばらせる。
「あの角度からだとルイナさんは兵に気づかれていないはず。デュールさんは兵と対峙するかもしれない。ここからは聞こえないけど、デュールさんが何か喋っていたのが見えた…。その間に…おそらくルイナさんが証を取るはずだ。アイベル…。」
「ええ。分かってるわ。」
「ありがとう。他の家屋や別の方角から兵が現れたら頼む。ルイナさんが証を取った瞬間に、この茂みから飛び出して連れてくる…!」
フィオルが指示を出す前に、アイベルは集中し、気流覚を研ぎ澄ませ弓を構えていた。
(貴方の命を奪ったのはこの人達…。でも元凶はあの兵の国…。分かってるけど…。)
ルイナは葛藤していた。
「おい…。誰だお前は?」
兵は茂みの三人から見えない位置で止まるとデュールに気付き声を掛ける。
「ルイナさん今のうちです…!私は…命を懸けて兵と戦う…!貴方をここに置いて行く事は…絶対にしない…!」
(憎しみを持ったこんな私の為に命を…懸ける…?)
ルイナの表情は変わっていき、遂に証へと動いた。
デュールはルイナが見えないように前進する。
兵は警戒しながら舐め回すようにジロジロとデュールを見る。
「止まった…?あの位置…兵が見えない…。」
「さっきみたいに兵を一矢で眠らせる事は出来ないか…。ここはデュールさんに任せよう。」
アイベルは頷き、兵に定めていた照準を辺りに向ける。
「おーい。どうしたー?」
(おいおい勘弁してくれ…!兵は一人じゃないのか…!いよいよまずいな…。)
デュールに声を掛けた兵の後方から声がすると、二人の兵の姿を目視する。
ルイナは木の根元にある仕掛けに手を伸ばしていた。
「いやぁ、見た事ない兵が居てよぉ。」
目の前の兵が後ろを向いた瞬間――。
(貴方の言う通り…この人達と皆でオラディ村に…!)
カチッと音が鳴り、木から証が外れたと同時に、デュールは盾を前に向け突進した。
(外れた…!)
フィオルは証が外れたのを目視し、デュールが突進した瞬間、茂みを飛び出した。
「ふんっ!」
盾を構え突撃すると、目の前に居た兵は後方の二人の兵へと吹き飛んでいく。
背中にザザッと地面を擦る音が聞こえる。
「デュールさん…!」
「完璧だフィオル…!」
フィオルはルイナの元へ駆け付け、証を持ったルイナを抱き上げた。
「ルイナさんを連れて先に行け…!ほら…。」
デュールが指を差すと、その先には家屋から続々と兵が出て来ていた。
「ルイナさんを馬車に届けたら直ぐに戻ります…!」
デュールは頷く。
そして盾と剣を納め、背中に背負う大槍を抜いた。
「あの数はヤバい…!持ち堪えてくれ…!」
「隊長さん…。ごめんなさい…。」
フィオルに抱えられながらルイナは謝罪するが、再び気を失ってしまった。
「母さん…!」
コランはルイナに声を掛ける。
「気を失っている…。コラン。証を持ってくれ。馬車までの道にも、兵が出てくる危険性がある…。馬車まで送ったら俺は戻る…!」
「フィオル…。」
「大丈夫だ。デュールさんならなんとか持ち堪えてくれるはずだ。アイベルはルイナさんや他の人達の身体の具合を馬車で見ていてくれ。」
そう話している間にも兵は家屋から次々と出て来ていた。
そして三人は馬車へと駆け出した――。
「さすがに遅くないか?様子を見てくる。」
ゼールは痺れを切らし、小道に向かうとトルヴィスはその後を付いていく。
ザッザッザッと足音が聞こえると、ルイナを抱えたフィオルが飛び出して来た。
「ルイナさんをお願いします…!ゼール!エディウス!お前達も来てくれ!アイベル、アウディア!皆を頼む!」
鬼気迫る表情のフィオル。
ゼールとエディウスは一瞬戸惑いを見せたが、緊急事態だと確信し、すぐに動いた。
「え…これって…。」
レリッタの方角に顔を向け、アウディアは小さく零す。
こめかみからは汗が流れ、表情を険しくさせた。
聴覚が優れている彼女にはレリッタから放たれる怒号、そして剣戟の音が聞こえていた。
「10…いや少なくても30は居る…。」
「……心配だけど、今は村の人達と馬車で待ちましょう。身体の具合も診たいからアウディアも手伝って…!」
「は、はい…!」
そして二人はルイナを抱えたトルヴィスと共に馬車へと入って行った。
小道を駆ける三人。
徐々に聞こえ始める怒号、そして爆発音が数回聞こえるとエディウスとゼールの表情は更に強ばる。
緊張感が高まっていく。
「デュールさん…!」
剣を抜きデュールの身を案じ、走りながらフィオルは名を呼ぶ。
だが、響き渡っていた怒号はすぐに消え始める。
やがてピタリと止むと、フィオルはデュールの命が危ぶまれると感じ、二人を置き去りにする程スピードを上げた。
「ハァハァ…隊長…!」
遅れて追い付いた二人。
膝に手を当て顔を上げるとフィオルが立ち尽くしていた。
「デュール…さん?」
声を掛けたフィオルの前で、デュールが背中を向け立っていた。
(村人達の元へ行かせない為に…ここを守ったのか…。)
フィオルは目の前の光景に圧倒されていた。
地面は血に染まり、多くの倒れた兵の鎧が鋭く光っていた。
返り血を浴びたデュールの鎧は血だらけになっていた。
恐怖からか、奥には背中を向け走り去る兵達の姿もあった。
「大丈夫…だ。一人も殺してない。」
地面に突き刺さる大槍を背中に納めるとデュールはその場に倒れた。
「「「デュールさん…!!!」」」
三人は駆け寄り、デュールを抱えその場を後にした――。




