第七話 強者の存在
「次は右だな。」
分かれ道の壁には白い文字で大街道→と書かれ、一行は右に進んだ。
それから小休憩を取りながら、分かれ道を何個も進み、さらに歩み続けると先が明るい出口が見えた。
夜中にオラディ村を出発し、地下道に入ってから数時間、一行は地上へと出た。
地下道の出口には植物が生い茂っていて簡単には見つけられない洞穴となっていた。
「やっと外だぁ。」
一行は久しぶりの地上に、自然の空気を身体に染み込ませるように大きく息を吸う。
外は既に朝になり動物達も目覚めたのか、鳥の囀りも聞こえるが、まだ早朝という事もあり、陽の光は木々に遮られ辺りは少し暗い。
「大街道までもうすぐだ。」
フィオルは灯りを前に出しながら言うと、再び一行は歩みを進める。
朝露に反射した光が、まるで獣の目のようにぎらついて見え、一行は辺りを見回しながら獣の出現を警戒し、しばらく進む。
すると少し先に陽の光が差しているのが見え始める。
「大街道だ…!」
ゼールは目を見開き声を出す。
先頭のフィオルは手を挙げ後ろに伝え、歩みの速度を上げると、一行は大街道へと出た。
陽の光が低い位置から煉瓦造りの大街道を照らし、眩しさのあまり片目を瞑る。
すると、一羽の鳥がフィオルの肩へ降りてきた。
「ここからは案内よろしく。」
肩に止まった鳥はブルクの伝書鳥で、フィオルは撫でると伝書鳥は再び空へと飛んで行った。
そして、視線を大街道に移すと少し先に馬車が待ち構えていた。
『アルブ・ピリスから大きい馬車を出しておく。レリッタの人の数は分からんが大街道を使うのならあった方が楽だろう…。』
フィオル達がオラディ村を出る際にノワルヴェールはアルブ・ピリスに声を掛けていたのだ。
「レリッタの近くで降ろしてもらおう。」
フィオルが声を掛けると一行は馬車に乗り込んだ。
「エヴァル。あなたは並走して貰える?」
アイベルは持っていた手綱を離し言うが、エヴァルは首を横に振り、並走を嫌がると他の馬の元へと向かう。
「一緒に引っ張るって事?」
その言葉にヒヒィンと鳴くと、皆が乗り込む籠の方へとアイベルを押して行った。
「一緒に引っ張りたいみたい。」
「え…。」
フィオルは困った表情をするがデュールが口を開く。
「一馬力上がる。早く着く事が出来るかもしれん…。ここはエヴァルに従おう。ホントにいい子だよエヴァルは。人の言葉も理解できる…。レリッタの人々を一刻も早く助けたいって思いが伝わっているようだ。」
そう言いながらデュールは籠に臨時で置かれていた紐を取り出した。
フィオルはエヴァルの元へと行く。
「ありがとな。」
背中を叩きエヴァルと馬車を紐で繋ぐと、馬車は動き出し大街道を北へと進んで行った。
「まさか馬車に乗れるとは思わなかった。」
ゼールは盾と剣を置きながら独り言の様に呟いた。
「小休憩を取りながら歩いていたが、疲れは取れないからな。」
ゼールの横に座るデュールは返した。
「さすがノワルヴェールさんですね。」
ゼールの隣に座るアウディアは言う。
「ここからまだ時間は掛かる…。今の内に仮眠してくれ。」
「フィオルは?」
「俺は遠征に慣れてるから大丈夫だよ。エディウス、お前も…」
「ぐがー。」
エディウスは剣を腰に差したまま既に寝ていた。
「静かになってると思ったらこれだ…。」
一行はその様子にクスッと笑い、武器を置くとそれぞれ眠りについた。
エヴァルも加わり馬車は早いスピードで順調に大街道を進む。
「フィオル。」
突然デュールがフィオルに呼び掛ける。
「何です?」
広い馬車の中は大人が20人乗れるほど広く、仮眠を取っている者達は馬車の後方で横になっていた。
フィオルは起こさないように、前方に座るデュールの元へと行く。
「アイベルの事なんだが…。」
「はい。」
「あの子は良い子だ。」
「は…はい。」
突然の言葉に反応に困るフィオル。
「俺達も含め村の人々もそうだが、あの子への信頼はとても厚い。…あの子は人の力になりたいと思ったら…全力で向き合い過ぎる気がしてな…。俺達は隊に所属しているから当たり前の事…。だが、アイベルは隊に所属していないのに今回もそうだが、アウディアの件まで…」
「そこまで気にするような事じゃないと思いますよ?彼女は困っている人を見つけたら黙っては居られない。人一倍優しくて…なにより感受性が豊かで心が暖かいんです。」
デュールの言葉を遮り、微笑みながら眠るアイベルを見つめ言った。
「多くの人と向き合って生きていくことが、いつか失われた記憶を取り戻せるきっかけになるかもしれない…。僕は、彼女には色々な人と関わってもらいたいなと思ってます。」
頷きながら腕を組み静かに話を聞くデュール。
「うーん…。だが、今回の様な辛い過去を持つ人々の話を聞いたりすると精神的に傷つくだろう…。他人の様々な感情の渦に飛び込む事は、その感受性が豊かなアイベルにとっては危険かもしれんぞ?色んな人と関わりを持つのは良いことだが、世界を見渡すと良い事ばかりじゃない…。優しいのは分かる…。だが、その優しさに漬け込み、悪い者がアイベルを利用するなんて考えると…」
「その為に僕が居るんですよ…。その為に彼女と暮らすと決めたんです……!…あ…。」
デュールの言葉を遮るものの、アイベルに伝えなくてはいけないことを思い出したフィオル。
「どうした?」
(一生を共にすると言えなかった…。忘れてた…。)
フィオルは俯きグッと表情を強ばらせる。
「いえ…。とにかく、僕は彼女を守ると心に決めた…。悪い者が手を出そうとしても、何があっても…僕は命を懸けてアイベルを守るので大丈夫です…!」
デュールはすやすやと眠るアイベルをチラッと見て微笑む。
「そうか…。要らぬ心配だったな。」
「はい…!でも…気にかけてくれて、ありがとうございます。」
「ああ。」
(…愛する者の為なら命を懸けれる…。俺にもいつかそんな人が現れるのだろうか…。)
馬車の窓から外を眺め心の中で呟いた。
今まで愛する者の為に戦うという事をしてこなかったデュールだが、二人の関係を近くで見て、気持ちや考え方に変化が現れ始めていた。
「「?!」」
馬車の速度に違和感を感じた二人。
フィオルは立ち上がり馬車を引く馬の様子を見ると、エヴァルはチラッとフィオルを見て鳴いていた。
フィオルは視線を進行方向の先に移し、道に落ちている何かを目視すると、だんだんと馬車の速度も遅くなり、やがて止まった。
「何だ?」
「人が道に倒れてます…!」
二人は馬車を降り、100m程先に倒れている人物の元へと駆け付ける。
「これは…酷いな…。」
目の前には道いっぱいに血が溢れ、首を飛ばされた兵が倒れていた。
「何故こんな所に…?」
「どうしたの?」
異変に気づき馬車から仮眠していたアイベルは声を掛けたが、次の瞬間に目の前に広がる光景に手で口を覆う。
すると馬車に残る三人もぞくぞくと降り走ってきた。
「何だこれは…。」
エディウスは呟き、アウディアとゼールはその場に立ち尽くす。
「アイベルさん!何とかならないんですか!?」
エディウスはアイベルの背中に問い掛けるが、アイベルは首を横に振った。
「私の力でも…もう…。」
肩を落とし俯くアイベル。
心願は亡き者には使えず、目を瞑るしか無かった。
大街道の真ん中に倒れた兵。
血の匂いが漂い、冷たい風がそれを流す。
だが血の量は凄まじく、再び匂いが辺りを包む。
空には雲ひとつ無く、暖かく心地よいはずだが、それとは裏腹に目の前の惨劇に一行は寒気を感じずには居られなかった。
「ん?この兵は…。」
デュールがふと、鎧に刻印されたモノを見つけ声を上げる。
「ペルディータだ…。まさかレリッタからの兵じゃないか?」
肩に刻まれたペルディータの刻印を指差しながら言うとフィオルは辺りを見回した。
「そうかも知れませんね。下を見て下さい。」
フィオルの言葉に大街道に並べられている煉瓦を見る一行。
「足跡…。」
ゼールは土で作られた足跡を見つける。
「ああ。俺達と馬車の間にある細い小道からだ。ここで足跡が綺麗に形が揃ってる。数にして30。レリッタの報せでは30人兵が減るとあったから間違いないだろうね。レリッタはそこの小道を行った先にあるって事だ。ブルク長老の伝書鳥も鳴いてる。」
見上げると一行の上空を、伝書鳥が円を描く様に飛び鳴いていた。
「しかし誰の仕業で、何故殺されたのか…。そして何処に向かったのかだな。」
デュールは腕を組み言った。
「仲間割れでは無さそうですね。もしそうであれば辺りに血が飛び散っているはずです。それとこれは人の仕業でしょう。ただ…かなりの手練だと思います…。首を覆う顎当て諸共一太刀で首を刎ねてます。顎当ての切り口を見ても真横へ一直線に刃が通ってる…。寸分の狂いも無く真っ直ぐに…。剣の切れ味もそうですが、かなり卓越した技の持ち主だ…。」
(俺が魂剣を使って落とせるレベルだ…。魂剣を使わなかったら…こんなに上手くは切れないかもしれない…。とんでもない腕だ…。)
顎に手を当て惨劇を引き起こした者の実力に関心するフィオル。
「そうだな…。この足跡の隊とすれ違わなかったって事は何処かで道を逸れたか、アルブ・ピリス方面に向かったかだな。」
「はい。ですが、アルブ・ピリスにはアルドさんがまだ居るので、もしもアルブ・ピリスに向かっても大きな問題には発展しないでしょう…。とにかく先を急ぎましょうか。この隊がいつ戻ってくるかも分かりませんからね。ただ…この人をこのままにしておくわけにはいかないので移動させましょうか。」
一行はそれから、その遺体を森の中へ移すと、一度馬車へと戻る。
「馬車に見張りを付けましょうか。」
「そうだな。ゼールとアウディアの二人に任せよう。」
「「分かりました。」」
デュールの指示に二人は頷く。
「何かあったら直ぐに来てくれ。」
「「はい…!」」
そして一行はゼールとアウディアを残し、小道へと入っていく。
「アウディア。良かったな。」
「何が?」
「アイベルさんだよ。稽古を付けてくれるんだろう?」
「うん!そうね。」
地下道でのアイベルの言葉から、アウディアの様子は周りに伝わっていた。
足取りも軽く表情も明るくなり、兄であるゼールは日頃から表情や気持ちが沈んでいたアウディアの変わりように心から嬉しいと感じたのだった。
「この任務を無事に終えて、また頑張ろう。」
「うん!」
拳を合わせ二人は馬車の周りの見張りについた。




