第六話 憧れ
「しかし、凄く必死な形相だったね。」
最後尾を行くフィオルはアイベルに話し掛ける。
「そうね。少し怖いって感じるくらいの表情でびっくりしちゃった。でも…本当に上手くなりたいんだろうなあって…。」
アイベルは苦笑いをし、アウディアの背中を見つめながら返す。
「そうだね…。…エディウス。お前にもあのくらいの必死さが欲しいよ。」
フィオルは前を歩くエディウスの背中に声を掛ける。
「必死な表情くらいしますよ?」
振り返りエディウスは返すがフィオルはフフッと笑う。
「いつも敵から逃げるのに必死だもんな。」
「はい…!」
開き直り笑みを浮かべるエディウスに、フィオルは小突いた。
その最後尾の会話はアウディアには聞こえていた。
「どうした?アウディア。」
「ううん…。何でもないよ…!」
(そう…。私は必死にならないといけない…。あの人に近づく為に。でも…。)
何かに葛藤するアウディアは小さく拳を握る。
「ゼール。もうすぐ地下道だ。」
フィオルが声を掛ける。
「ここから先は俺が先頭で行くよ。アウディアは下がってくれ。この先、植物も増えて地下道も狭い。弓を扱うのは難しいからね。」
「分かりました…!」
指示を受けたアウディアは、フィオルと入れ替わる形で最後尾へと向かう。
そして植物が生い茂る道無き道を進み、一行は地下道へと入っていった。
水滴が地面に落ちる音が鳴り響く。
「こんな所に地下道があったなんて…気づきませんでしたよ。しかし、結構狭いですね…。」
ゼールは横に並んで歩くフィオルに呟く様に声を掛けた。
「ああ。でも外よりも安全だし、大街道へ行くには近道なんだ。」
ゼール、アウディア、エディウスの三人は地下道を使った事が無い。
エディウスは地下道の暗さに少し不安な表情をしていた。
「暑苦しいぞ…。全く…。」
「す、すみません。でも暗いんでっ…。」
ただでさえ狭い道に体格の良いデュールの背後にピタリと付いて歩くエディウス。
静かな地下道にデュールの愚痴が零れる。
アイベルはエヴァルから降り、アウディアと並び最後尾を歩いていた。
「いつから弓撃隊に?」
アイベルはアウディアの必死な表情を見てから彼女の事が気になっていた。
「五年程前です。…兄より早くソウルガーディアンズに入隊しました。」
「そうだったのね。」
フィオルは二人が会話する様子をチラッと見る。
『フィオル…。私、やっぱりアウディアの事が気になる…。話をさせて貰える?』
フィオルが先頭に行く前、アイベルはフィオルに声を掛けていた。
「ですが…五年経ってもなかなか上達しません。いっその事…」
水滴がアウディアの頬に落ちる。
「違う道で生きて行った方がいいのかなあ。なんて思い始めてます…。」
弱く吐いた言葉。
そして頬に落ちた水滴が涙の様に思えアイベルは心が傷んだ。
「そんな事…。何故入隊しようと思ったの?」
「…あれは今でも鮮明に覚えています…。私が入隊すると決めたあの日…」
アウディアは一呼吸置くと語り始めた。
――六年前
農業を生業とするアウディアの両親。
当時のゼールとアウディアは朝早くから両親の手伝いをし毎日を過ごしていた。
父は林業にも手を出していて、その日は管理している土地の草地を整地し苗木を植えるという作業でアウディアと森へ出掛けていた。
そこはオラディ村から離れた所に位置し、草地の左右には崖が迫り、前後には森が広がっていた。
「アウディア。一回休憩しよう。俺は小川から水を汲んでくる。」
「うん。」
雑草が蔓延る草地をある程度刈り取り、休憩を取る事にした二人。
父は水を汲みにその場から一旦離れ、アウディアは座り崖に背中をもたれかけた。
「気持ちいい。」
崖と崖の間を優しい風が通り抜け、目を瞑り、鼻歌を歌っていた。
突然キィキィと上から何かの鳴き声が聞こえ、視線を上げると、かなり高い位置に鳥の群れが飛んでいるのが見えた。
だが次の瞬間、その群れを追うように、飛行する大型の甲虫が姿を現した。
「…!!」
目を凝らすと甲虫の口元には食べられている最中の鳥の姿があった。
(お父さん…!)
心の中で叫ぶも父には届くはずが無く、開けた草地にポツンと座るアウディアは気づかれないようになるべく小さく縮こまり、両手で口を塞ぐ。
だが――。
対面の崖から小石の落石があり、カラカラと音が出ると甲虫はこちらに身を向け、標的をアウディアに変え、大きく口を開ける。
迫り来る死に、恐怖に動く事も出来ずにガタガタと震える。
「お、お、お父…さん。助けて…。」
誰にも聞こえない程の弱い助けを呼ぶ声。
小さな叫びは風に流され、アウディアはいよいよ目をギュッと瞑った。
距離を縮めた甲虫はアウディアから30m程の所までやってくると口を最大限に開きギチギチと鳴き声をあげる。
死への恐怖感を助長するかの様に羽の音は大きく、口を押さえていた手は、無意識に音を聞かないように耳を塞いでいた。
(死にたくない――!)
ザザッザザッと辺りに鳴り響く音。
突然目の前が暗くなるのを感じゆっくりと目を開ける。
「間に合った…!」
目を開けると弓を構えた男の姿があった。
目の前の光景がスローになる。
ギュギュギュッと弓を引き、片目を瞑りそしてゆっくり矢から手を離す…。
(美しい…。)
風に靡くマント。
男の周りに遅れて落ちてくる小石。
男の矢を射る所作はアウディアの人生で一番の衝撃を与えた。
そして次の瞬間、一度だけ風を切る音が鳴る。
ズドーンと目の前に甲虫が落ちてきた。
男は包む様にアウディアを両手で囲い、アウディアは衝撃と砂埃に目を瞑る。
目を開けると人間を一飲みする程大きな巨体の甲虫が目の前に倒れていた。
「ふぅ…。無事で良かった…!」
頭にポンと手が置かれ、その瞬間涙がドッと溢れ、アウディアの中で何かが弾けた。
――地下道
「あれほど美しいと感じたモノを私は知りません…。あの所作を見た瞬間、私の中であの人に近づきたい…あの人の様になりたいと思ったんです。」
アイベルはゆっくり頷く。
「……スターキイ隊長――。」
ふと、零した名前にハッと表情を変えアイベルを見る。
「な、何故分かったのですか!?」
「あの人の所作は本当に美しい。…実はね…私は彼から弓術を教わったの…。」
衝撃の発言にアウディアは開いた口が塞がらず、歩みを止める。
アイベルは振り返り口を開く。
「でも…あなたは…」
「私はあの日から一年後に入隊しました…。ですが…」
アイベルから放たれるだろう言葉を予知し、遮り出た言葉だが、その言葉は詰まり目には涙が浮かんでいた。
「そう…よね。その間にスターキイ隊長は亡くなってしまった…。」
二人の間に沈黙が訪れ、前を行くフィオル達との距離が開く。
ポチャンと地面に溜まった小さな水溜まりに水滴が落ち、静かに消えていく音がアウディアの抱く喪失感をより強く感じさせる。
「…憧れを胸に日々生き、入隊を何度も両親に断られ、ようやく入隊出来ると決まった瞬間は希望に満ち溢れていました。…ですが入隊するその少し前に…目標を失ってしまった…。入隊はしたものの胸にはポッカリと穴が空き、私の腕は上達しないどころか、今では依頼に赴く事すらありません…。それに…」
「それに?」
ここでアウディアは深呼吸すると涙を拭うような仕草をし、その様子を見たアイベルは首を傾げる。
「他の隊員からも馬鹿にされてしまう事もあり…。遂には私の所属する隊の隊長からは上達しないのであれば辞めるよう言われました…。」
「そんな…。」
そして顔を上げアイベルを見ると、アウディアはぎこちなく微笑み、続ける。
「そうですよね…。五年も所属しているのに的に当てることもやっとです…。上達しないのであれば仕方の無い事ですよね…。」
弱く話す微笑みの裏には、悲しみに満ちた表情が垣間見えた。
「ただ…フルクレプスを射抜いたあの時のアイベルさんの姿…。それがスターキイ隊長と重なり、先程は思わず弟子にとお願いしてしまいました…。本当にすみませんでした。」
アウディアは頭を下げ、目を閉じる。
(アイベルさんは弓撃隊じゃない…。教えて貰うだなんて甘い事…。この人の大切な時間を…奪う事なんてやっぱり出来ない…。)
視線を上げたアウディアの表情は暗く、目には希望という光を感じなかった。
そして再び俯く。
(あの時守りたいと強く言って今の私がある…。私も必死だった…。希望を捨てない心は必要…この子の希望は…?)
アイベルは目を閉じ、自身に問う。
『アイベル…。これだけは忘れるな。君はソウルガーディアンズじゃない。でも…人々を救うという希望は心の中に仕舞っておくんだ。折れそうになっても必ず持ち続ける…。分かったね。』
スターキイの言葉を思い出し、一つ深呼吸をし口を開いた。
「私も必死になってスターキイ隊長にお願いしたわ…。さっきは突っぱねた様に言ってしまったけど…あなたの話しを聞いてスターキイ隊長から受け継いだ物をあなたに教えてあげたいって思った…。さっきはごめんなさい。」
アイベルはアウディアの背中に手を当てながら言った。
「…え…?」
アイベルから放たれた発言と謝罪に状況が飲み込めずアウディアは目を丸くする。
そしてアイベルに顔を向けると笑顔を向けていた。
「い、いいん…ですか…?」
「ええ。」
ジワッと瞳に涙が溜まりアウディアはアイベルに飛びついた。
「ありがとうございます…!!」
「ちょっ…。」
体勢を崩しながらも受け止めると、ギュッと強く抱き締めてくるアウディアに微笑む。
(本当に嬉しいのね…。)
その二人の様子を、前を行く一行は静かに見守っていた。
「でも…今はレリッタの人達を助ける事が一番大事。笑顔で迎えて無事にオラディ村に戻ったら一緒に頑張ろう?」
「はい…!」
こうして二人の間には師弟関係の様な物が生まれ、沈んでいたアウディアの気持ちは無くなり、目には再び希望の光が宿ると歩みは自然と早くなり、フィオル達に追い付いた。
――時は少し遡り大街道
アルブ・ピリスに向け行進するダイアボの軍隊。
数時間前の一人の兵士の死は無かったかのように黙々と行進は続いていた。
道は上りになり、その頂点からこちらに向かう何かを見つけた先頭の兵。
(ん?あれは…馬車か?)
兵は先に見えた馬車を目視すると手を挙げ止まる。
「何事だ?」
軍隊に囲まれ進む馬車の中で目を瞑っていたオルコは、突然隊が止まり声を上げた。
「前から馬車が来るそうです。」
馬車の外から一人の兵は伝える。
「構わん進め。」
「は、はっ!」
(最優先はアルブ・ピリスに着くことじゃ。早く…早く!あの女の姿をこの目で見たい…!)
両ももの上で拳を握りプルプルと震えると、馬車にも伝わり微かに揺れる。
オルコに声を掛けた兵は手を挙げると止まっていた隊は再び動き出す。
そして大街道を上り切ると遂にアルブ・ピリスが姿を現した。
「もうすぐで夢が叶う…。」
オルコは口ずさむと再び目を瞑った。




