第四話 希望に満ちた夜
「お疲れ様です。」
急いで涙を拭うエディウス。
「お疲れ様フィオル。」
「お疲れ様。」
「帰ろうと思ってたらエディウスが声を掛けてくれたの。」
フィオルはチラッとエディウスを見た。
「なるほどね。依頼を上手くこなせなかったから…泣いてたのか?」
「…いや…。」
エディウスは俯きもじもじする。
フィオルは大きく息を吐いた。
「挨拶だけは上手くいったみたいだな…。」
フィオルはエディウスの肩に手を置いた。
『保管された藍色の竜を見るなり大声で驚き、さらには興奮して集まった研究者達の飲み物を零す始末。研究所付近の警備では迷子。自己紹介を含めた挨拶だけは素晴らしかった…』
アルドからの送られた手紙を見て、頭を抱えたフィオルだった。
「エルジオーネ大陸遠征後、オラディ村周辺の依頼しかしてなかったから、この村を出て依頼をするという経験をさせたかった。今回の依頼で色々学べたか?」
尚も俯くエディウス。
「…はい。研究者の方達はコーヒーが好きだと…。」
その言葉を聞きチラッとアイベルを見ると、首を横に振り怒るなと目で訴えていたが、フィオルの表情は強ばる。
「…私が話をしようか。」
今にも爆発しそうなフィオルにすかさずアイベルは口を開いた。
「まず迷子になってしまった事…。今回は急にアルブ・ピリスの依頼を頼まれたのよね?」
フィオルの顔色を伺いながら、エディウスは頷く。
「アルブ・ピリスはソウルガーディアンズにとって一番関わりがある都市で、コール大陸でも最重要な都市。沢山の人が暮らしていて、問題が起きたらすぐに駆けつけなきゃいけない…。そういった時に、あの都市でスムーズに行動する為には、都市内の事を頭に入れておかなきゃいけないと思うの。何度も都市図を見る機会はあったはず。会議所や隊の家屋にも貼ってあるでしょ?」
黙って話を聞くエディウスは少し間を置き、思い付いたような表情をし口を開いた。
「常日頃から頭に入れておかなきゃいけない…。」
「そういう事!」
アイベルは人差し指を立てながら言う。
「つまりは準備不足だったわけだ。訓練、巡回…。言われた事だけに集中してはダメなんだよ。先の事も見据えて広い視野で生きていかなきゃソウルガーディアンズは務まらない。分かったか?」
フィオルの話を聞くアイベルはウンウンと頷き、エディウスは大きく頷いた。
「はい…!」
「それと…興奮して研究者達の飲み物を零した…?子供かっ!」
ここでフィオルはエディウスの額に手刀を浴びせる。
「痛っ!」
「ちょっと!」
アイベルはフィオルを退け、エディウスの額を撫でる。
「まあまあ。常に冷静な行動を取らないとね!分かった?エディウス。」
「はい…。」
「全く…。」
そして、一行の間に沈黙が訪れる。
雲の切れ間から差した光が、なぜか彼女だけを選んだようにアイベルを照らし出す。
「アイベルさんは優しすぎます…。」
呟いたエディウスにアイベルは微笑む。
「さあ。今日はもう帰ろう。疲れたでしょ?」
アイベルの問い掛けに頷いたエディウスは顔を上げた。
彼女は笑顔を送っていた――。
「帰ろうか。エディウス……。いつレリッタから報せが届くか分からないから武具の準備はしとくんだぞ?」
「はい。」
最後に念を押しエディウスは頷くと一行は別れ、それぞれの帰路に就く。
振り返りエディウスの背中を見つめる二人。
「小さいままだな…。」
「そうね…。」
そして背中を見送り二人は家へと歩き出した。
「家屋の清掃は終わって受け入れる準備は出来たよ。」
自宅へと続く石階段を登りながらフィオルは受け入れの進捗を告げる。
「随分早く終わったのね。」
「うん。ほぼ休憩もしないで皆頑張ってくれたからね。」
(いつ話そう…。まだ外だしな…。)
チラッとアイベルの横顔を見ながら、フィオルは一生を共にしたいという想いを伝えるタイミングを見計らっていた。
「何?」
「い、いや何でもないよ…!」
急に顔を向けられ焦ったフィオルは、結局その場では伝える事が出来ず、少し気まずい空気を漂わせながら二人はそのまま歩き家へと着いた。
家に入り、夜飯の準備に取り掛かるもフィオルの何処かぎこちない様子に不審がるアイベル。
(落ち着かない…。)
「フィオル?なんかさっきから変だよ?」
「ん?そ、そう?」
「うん…。」
沈黙し、食器の準備をするフィオルは手を止めアイベルを見つめた。
「ごめんね。そうだね…ご飯を食べながら話すよ。話したい事があるんだ。」
「うん…分かった。」
それから二人は黙々と夜飯の準備を進める。
「よし。出来た…!」
夜飯の準備が整うと二人は向かい合わせで座り手を合わせた。
「「いただきます。」」
家で育てている野菜、鶏の卵が使われた料理は彩り良く、より一層美味しく感じる。
アイベルの作る料理は今まで食べてきたどの料理よりも美味しく、一緒に食事をすることで同時に幸せを噛み締めることが出来た。
(この幸せを一緒に…。)
そう思いながらアイベルの作った料理に手を伸ばす。
「それで…話しは?」
料理を一度口にした所で問われ、フィオルはフォークを置いた。
不安そうな表情をするアイベルを見つめる。
「悪い報せ?」
少しの間を空け、続けて問うアイベルに笑顔を送る。
「良い…報せだよ。」
アイベルの表情が緩む。
「アイベル…俺と」
突然大きくエヴァルの鳴き声が外から聞こえ、フィオルの言葉は遮られる。
「どうしたんだろう…。」
二人はすぐにエヴァルのいる厩舎へ向かう。
外に出た所で家の前に居たのはエディウスだった。
「ハァハァ…。隊長…。レリッタから報せが届いたみたいです…!」
膝に手を置き肩で息をするエディウス。
厩舎方向からはエヴァルが駆け寄ってきた。
「エディウスが来た事を報せてくれたのか?」
フィオルはエヴァルを撫で、アイベルに向くと頷いた。
「エディウス待っててくれ。準備をしてくる。」
「来てくれてありがとうエディウス。エヴァルと待ってて!」
フィオルとアイベルは駆け足で家に戻った。
「はい…!君も……行くのか?」
近寄って来たエヴァルを撫でながら問い掛けるとエヴァルは頷いた。
その目からは怯える様子は感じられず、エディウスは真っ直ぐエヴァルの目を見る。
「君は強いよな…。藍色の竜と二度も会って、この間は隊長達と一緒に戦った…。怖くないのかい?」
エヴァルは小さく鳴き、言葉を理解しているようだった。
「俺よりソウルガーディアンズらしい…。羨ましいよ。俺は…怖いんだ――。」
――レリッタ
深夜になったレリッタの様子はありえない状況になっていた。
普段であれば夜明けまで酒を飲み騒いでいる兵達だが、一人もおらず静まり返っていたのだ。
小屋から外を覗くと兵達の姿は無く、伝書鳥を飛ばしオラディ村へ報せを送ってから希望を胸に高揚する気持ちを村人達で共有したが、何年も訪れなかった静かな村の変化が今までで一番長い夜に感じ、そしていつまで経っても眠れない事に不安な気持ちが入り交じる。
村人達は声を発する事も無く静かに横になっている。
(父さん…もうすぐ夢が叶うかもしれません…。)
コランは仰向けで天井を眺め心の中で呟く。
目を瞑るがやはり眠れなかった。
それでもゆっくりと時間は経ち、外では夜明けを目前にレリッタを出発する兵が決まり、兵が寝泊まりをする大きな家屋からゆっくりと兵達が出てきた。
兵達は恐怖に怯える表情をし、言葉を発する事は無い。
普段は酒を飲み交わし騒いでいる兵達だが、今はただただ本隊と合流する地点に向け機械的に動いていた。
その様子を他の兵達は家屋の窓から静かに見ている。
声が掛かり、次にこの村を出るのは自分なのではないかと怯えていた。
やがて家屋を出た兵達は列を乱す事なく綺麗に並びゆっくりと森へと入って行った。
――時は少し遡りオラディ村
レリッタからの報せを受けたフィオル達は集会所に居た。
集会所には数名の隊員に加え、ブルク、ノワルヴェール、デュールそして村の年長者もおり、今後の動きについて話し合いをしていた。
「手紙によればレリッタに駐在している兵が半数近く減るとあった。タイミングとしては今が一番良いと感じたんじゃろう。」
集まる一行は頷く。
「それでもレリッタにはまだ多くの兵が居る…。監視の目がまだ多い…。バレずに連れ出す事は難しいはず。こちらの数が多ければ多い程…レリッタを抜け出すのは困難だ。こちらの数は少数で行った方が良いだろう。」
ノワルヴェールは腕を組み、集まる顔を見回しながら言う。
「そうじゃな。年長者は受け入れの家屋の最終チェックを。レリッタへは…」
「僕が…!」「私が…!」
フィオルとアイベルは同時に声を発すると顔を合わせた。
「うむ。アイベル…。お主は特にレリッタの人々を助けたいと思っておるじゃろうな。」
頷くアイベルの眼からはレリッタの人々を想う気持ちが溢れていた。
「個人的にコランが気になる。俺も行こう。こいつも連れて行く。」
声を上げたデュールは一人の隊員の肩に手を置いた。
「守備隊所属のゼールです。よろしくお願いします!」
守備隊に三年所属、身長は182cmとデュールには及ばないが、デュールとは違い体力には大きな自信を持っている19歳の青年である。
「よろしく。剣撃隊からはこの子を連れて行きます。」
エディウスの背中に手を当てるとエディウスはお辞儀をした。
「弓撃隊からはゼールの妹であるアウディアを連れて行ってくれ。彼女は今、物見櫓で監視をしているが声を掛けてある。ゼールもアウディアがいた方が良いだろう。私は一応この村に残る。一人は隊長をここに置きたいからな。」
レリッタに向かう一行は頷いた。
「お気遣いありがとうございます。」
ゼールはお辞儀をするとエディウスに向かっていく。
「歳は同じくらいだろう?レリッタの人達を無事に連れて来れるよう頑張ろう!」
「は、はい!」
エディウスは大きく返事をするとギュッと拳を握り締める。
(うむ。会議の時より良い顔をしておるな。)
ブルクはエディウスの顔付きと拳を握る姿を見て、少しの成長を感じ取っていた。
「では、レリッタに向かってくれ!」
「「はい!」」
そしてレリッタに向かう五人は集会所を出て行った。




