第二話 動き出す欲望
扉が勢いよく開き、商人達の声が鳴り止みアルドに注目が集まった。
「研究者達の邪魔だ…!立ち去れ!」
静まり返った研究所の通りには20を超える商人が居た。
「す、姿だけでも…いや鱗一枚でいいんだ…」「そうだそうだたったの一枚だけで…」
一人の商人が沈黙を破ると他の商人も便乗し声を上げ始める。
目は血走り唾を飛び散らせる。
「黙れぇ…!各大陸から遥々ここへ来て寝ずに研究する者もいる。中には何年も竜種の血を調べ続けている者もいるのだ。自分達だけ得をしようと考えるな…!貴様らが今生きているのは研究者達のお陰だと思え!」
アルドの言葉に返す言葉も無く静まる商人達。
「それにだ。まだ早朝だぞ?周りを見てみろ…。ここアルブ・ピリスの住人達の家だ。うるさくしては迷惑だと思わないのか?この都市の発展に欠かせない者達だ。彼等が居なければ貴様らの様な強欲な商人達はこの都市へと入る事すら出来なかっただろう。」
続けて発した言葉に一人の商人がピクっと動く。
「で、でも俺たち商人だって発展には欠かせないだろ…!」
「その通りだ。だから協力しなくてはならないのだ…!お互いを尊重し生活しなければ全てが崩れ去る。発展には時間が掛かるが崩れるのは一瞬なのだ。」
アルドの熱弁に納得いかない表情をする商人もいるが大通りへ向かう商人もちらほらと現れ始めた。
「いつも通りの平和な日常を送る。大通りではお前達商人を人々が待っているはずだ…。これだけ言っても立ち去らなければ力ずくでも退けるぞ?強欲な心を持った商人はこの都市から出ていけ…!」
優しく言葉を掛けるも、剣の柄を触れるアルドに後退していく商人達。
ジリジリと前進するアルドに圧倒され、やがて商人達は振り返り愚痴を零しながら去って行った。
「ふぅ、全く…。」
アルドは商人達が去るのを確認すると研究所へ戻った。
「サーチさん。とりあえず目の前にいた奴らは追い払いました…。ですが、また波は来るでしょう。奴らの目は血走っている…。その目の奥は黒く汚れています。この後もう一人駆け付ける予定です。彼が来たら二人で外を見張ります。」
「うむ。ありがとう。」
外で商人達の欲に溺れた声を聞きサーチはある日の事を思い出した。
――五年前 オラディ村
「あの…。藍色の竜の鱗はまだありますか…?」
「あるが…。どうしたんじゃ?」
申し訳なさそうな表情のアイベルに、この日オラディ村に訪れていたサーチは問う。
「その鱗で装飾品を作って貰う事は出来ますか?同じ物を身に着けたいんです。」
「装飾品…。同じ物か…。その相手はもしかして…フィオル君かな?」
「はい…。」
アイベルはその名を聞くと顔を少し赤らめ俯く。
再び顔を上げるとアイベルはサーチの目をしっかりと見た。
サーチはその瞳の奥にフィオルを想い、守ると決めた力強さを感じる。
(この子は自身の事もよく分からず村人の為に懸命に働いている…。そもそもこの子がいなければ藍色の竜を撃退する事も出来なかった…。)
「功労者にしか許されん…。」
独り言のように小さな声で呟く。
「え?今何か…?」
アイベルは何を呟いたのか聞き取れず、サーチは笑顔を送る。
「いや、何でもない。作れるか分からんが最善を尽くそう。作ったら届けるからのう。」
「ありがとうございます!!」
晴れやかな表情になるとアイベルは笑顔を送った――。
――アルブ・ピリス研究所
あの時の表情を今でも覚えていた。
自分勝手な欲を持つ人間の奥には、黒い影が潜んでいる。
竜種の研究を通し人の欲を学んだサーチは、それに加担しないようにここでも小さな平和と秩序を考え行動していた。
研究所では研究が再開され、アルドは部屋の片隅で腕を組みそれを見ていた。
しばらくすると小休止となり、メイドがコーヒーを皆に配る。
「アルド。お前さんのもあるぞ。」
「すみません。頂きます。」
アルドはサーチの手招きで藍色の竜の前に並ぶ椅子へ腰を掛けた。
「目の前にくるとやはり凄い迫力がありますね。」
「そうじゃろう。見てみいあの尾を。」
一度解体された藍色の竜は、細い鉄の棒を身体に通し元の状態に戻っていて、研究所に飾られる様な形で保管されている。
「鱗も固く剣で切り落とせるとは到底思わん。よく討伐出来たものじゃ…。」
アルドは立ち上がり尾の方へと歩く。
「うちの隊長は本当に強いな…。」
圧倒されながらも微笑み、呟く。
するとノックの音が聞こえ裏口の扉がゆっくりと開いた。
「お邪魔します。」
ひょこっと顔を覗かせる人物は小さく挨拶をし、部屋へと入ってくると背筋を伸ばし姿勢を正した。
「ソウルガーディアンズ剣撃隊所属、名はエディウスです!研究所周辺の警備の依頼を受け参りました!」
大きくはっきりと声を発し深く礼をするエディウスに、一同はビクッとなる。
「えー!これが藍色の竜!?」
顔を上げ横に保管される藍色の竜を見つけ、エディウスはビクッとなる。
「礼儀は正しい様じゃな。」
サーチは微笑みながら言う。
「格好が付かないじゃないか。」
驚き、あまりにも情けない表情のエディウスに頭を抱え苦笑いをするアルドであった。
――オラディ村
家屋での隊員達のスケジュールを確認し終えたフィオル。
「エディウスは大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。今日の会議での話しを受けて変わりつつある…。それにアルドさんも一緒ですから。」
剣撃隊は他の隊員達を家族同様想い、歳上の隊員は弟の様なエディウスを心配していた。
「アルドさんがいれば大丈夫か!」
「はい!じゃあ、今日も一日よろしくお願いします!受け入れの準備をする方は僕に付いてきて下さい。では、解散!」
そして隊員達は家屋を後にした。
「次の方どうぞ。」
療養施設では会議にアイベルが参加していた事により、クラルの手が回っていなかった。
隊員、村人、そしてオラディ村に立ち寄った冒険家等様々な人々で溢れていた。
「アイベルちゃんよろしく!しかし、アイベルちゃんが弓使いでしかも藍色の竜と戦ったなんて信じられないよ。俺も頑張らなきゃな。」
治療を受ける隊員の中にはアイベルが弓使いであった事に驚きを隠せない者も多くおり、賞賛の言葉を掛けていた。
「普段から皆さんのお陰で村は平和です。これからもよろしくお願いしますね。」
アイベルは声を掛けながら、次から次へと訪れる患者を治療していった。
――北の地にある国
薄暗い部屋に、揺れる灯りが煌びやかな数々の宝石を幽かに浮かび上がらせる。
「ソウルガーディアンズと至上者の御業を持つ弓使いの女により藍色の竜が討伐されたと…。」
鎧を纏う男が椅子に座る男に伝える。
藍色の竜討伐の話しはコラン達がレリッタに戻る際に出会った商人へと渡り、さらに商人から商人へと当時の戦いの様子は一気に拡散されていた。
「ほう…。その弓使いはどんな御業を持つんじゃ?」
「話しによると、気流を読める能力。そして、傷を治癒できる御業も持ち合わせてると…。」
その瞬間男の目が見開く。
「御業を二つも扱え、その内の一つが傷を治癒できるだと?!」
身体を震わせる男は驚きの表情をし、その後ニヤける。
「欲しい…!その女が欲しい…!なんとしてでも!何処におる?」
灯りが男に呼応するように激しく揺れた。
立ち上がり、気の狂った様な目付きに一歩下がる鎧の男。
「お、恐らくオラディ村だと思われます。」
「オラディ村か…。それは難しいのう…。」
オラディ村という言葉に男は再び椅子に腰掛け肩を落とす。
一点を見つめた後、目を細め片方の口角が上がる。
「そうじゃ!アルブ・ピリスに向かうぞ。オラディ村から近いからの。大事を起こし呼び寄せるのじゃ。」
「は、はい!兵は如何しますか?」
「20…用意しておけ。」
「分かりました!」
部屋から飛び出る鎧の男。
椅子に座る男はグラスから溢れそうになる酒を呑み、ニヤけていた。
(治癒出来る能力…女神かそれに近しい存在…。古い時代にこの地で起きた事を想像させる。…必ずやワシの物にしてやるぞ…。)
正面にある丸い机に置かれる古びた本を見つめる。
企む男の豪邸の裏には大きな切り株が黒い布で覆い隠されていた――。
――オラディ村
会議から一日が経過し陽が傾き始めた頃、レリッタの村人達が住む家屋は掃除され綺麗になっていた。
「大分綺麗になったな。」
「そうですね。お疲れ様です!今日はこれで解散しましょう。」
「よーし!呑みに行くぞー!」」
汗を拭き、村人と共に家屋を清掃をし受け入れの準備を終えた一行。
受け入れの準備は整い、後はレリッタからの報せを待つだけとなり、一行は家屋を後にした。
「さて…今のうちに剣を診てもらうか。」
最後まで残り散っていく村人達の姿を見送ったフィオルはデリベラスの元へと歩みを進めた。
――レリッタ
陽は沈み家屋に明かりが灯り始めた頃。
周りの山々は巨大な黒い影となりレリッタを見下ろす。
少し不気味に感じるが、それとは裏腹に村は酔っ払うダイアボの兵達で溢れ返っていて騒がしかった。
コラン達はフィオル達と別れ無事にレリッタに戻り、すぐに村人達にこれまでの事を伝えた。
村人達は目を煌めかせながら話しを聞き、眼には以前の様な輝きが灯りつつあり、不審がられないようにいつも通りの生活を送り時期を待っていた。
この日も一つの家屋に村人達は集まり晩飯を食べていた。
「ん?」
ふと窓の外を見たコランが何かに気づいた。
立ち上がり外の様子を伺う。
「コランどうした?」
トルヴィスが問うが返事は無い。
「騒がしくなくなった…。」
独り言のように呟く。
「ちょっと近くで様子を見てきます。」
そう言うと家屋の扉をゆっくりと開けコランは外へ出ていった。
レリッタのあらゆる所で大声が飛び交い、毎日騒がしく、時より喧嘩をする兵達だが、急にそれは無くなり中央の大きな家屋に集まっていた。
コランは手前の家屋の陰に隠れ、息を潜め様子を伺う。
「……ダイアボから伝書鳥が送られた。」
一人の男が兵達に話をしているが、声の主は汗を滲ませその声は微かに震えていた――。




