第三十話 再会
白いシルエットの声にアイベルは、ジールの声を思い出した瞬間――。
目頭が熱くなり、すっとフィオルの後ろに身を隠した。
「久しぶりだな。…しかし少し遅かったな。」
「お久しぶりですジール副隊長…。遅れてしまってすみません。実はパラファラと、当時の同一個体の藍色の竜と対峙してました…。」
フィオルの言葉に、シルエットは大きく動く。
「そうだったのか…!ここに来ているということは…。」
「はいっ…倒しましたよ…!ジール副隊長…皆で…力を合わせて…仇を打てました…!!」
感極まり、詰まりながら涙を流しフィオルは言った。
「そうか…そうか…!ありがとう…!私達が命を懸けた物が実を結んだな…。心から感謝する!」
「はい…!!」
討伐の報告を告げると共に一行の元に陽が差し明るくなりる。
シルエットだったジールの顔が鮮明に浮かぶと、その目からは涙が溢れそうになっていた。
「皆とは隊を率いて臨んだのか?」
フィオルは涙を拭いこれまでの経緯を話す。
「そうだったのか。ノワルヴェールが間に合って良かった。…まさか君の後ろに身を隠したのはアイベル…なのか…?」
アイベルはその言葉にピクッと動き、泣き顔を見られまいとフィオルの後ろで心を落ち着かせていた。
「さあ、アイベル。」
フィオルは振り返りアイベルの肩に手を置くと、アイベルはゆっくりとフィオルの横に身を出した。
「アイベル…。本当に君なのか…?」
あの日以来の対面――。
下を向き、恥ずかしがっていたが声を聞くとジールの顔を真っ直ぐ見つめた。
「立派な女性になったな…。」
くしゃっとした笑顔で優しく迎えたジール。
その顔を見た瞬間にアイベルの顔は崩れ、大粒の涙が溢れる。
ジールは包む様に抱き寄せると、アイベルは声を上げて泣いた――。
「何も知らない私を…話す事もしなかった私を…助けてくれて…ありがとうございました。今まで会いに来れなくて…本当にごめんなさい…。」
何度も言葉を詰まらせるアイベルにジールは微笑む。
「何を言っているんだ。私は私の使命に従ったまで…。大人としてそして、ソウルガーディアンズとして守らなければならない…当たり前の事をしたのだ。それからは部下だったフィオルがその使命と意志を継いでくれた…。私のほうこそ、無事に帰還し今まで生きていてくれてありがとう…。」
ジールの目からも涙が溢れるのが見え、フィオルは微笑み、エヴァルはアイベルの元へゆっくりと寄って行った。
「君がエヴァルか…。この子達を村まで運んでくれてありがとう…!」
エヴァルを見て傷が完治し、色が変わっている毛が生えている箇所を撫でるジール。
エヴァルはヒヒィンと鳴き喜びを顕にする。
「フィオルも来いっ!」
ジールが手招きをすると全員で抱き合う。
「お前も偉いぞ…!隊長にまでなって…。必ず成し遂げると信じていた…!」
「ありがとうございます…!!」
そしてしばらく再会を噛み締めた一行。
緩やかに流れる風に、緑と花の香りが乗り、陽の光が一行を包んだ。
「さてフィオル。皆を呼んでくれるか?」
「はい…!」
「皆?」
「あの石碑に名を刻まれた人達だよ。そうだ。アイベルはここに来るのが初めてだったね。」
尚も頭には?が浮かんだ様子のアイベル。
「ラヴィエルに魂が宿っている人を"魂宿の方"(こんしゅくのかた)と呼ぶんだ。僕達が掌をラヴィエルに付けた時に俺がジールさんを呼んだのさ。魂は常に宿っている状態だけど魂宿の方同士は会話しかできないんだ。」
「そうだったのね…。」
「そして…魂宿の方は、生きている者が呼ばないと応えてくれない…。お互いの想いが強ければ強い程、その時の姿がはっきりと見える様になる。今のジール副隊長みたいにね。」
そう言いながらフィオルはラヴィエルに掌を付け目を瞑った。
(宿りし魂よ…。)
そしてフィオルは心の中で呟き、石碑に刻まれた名を呼ぶ。
先程より大きく、眩しい程の光を放つと白いシルエット達が現れる。
次第にシルエットは輪郭を鮮明に写し、ソウルガーディアンズとしての使命を、命を懸けて全うした英雄達の顔が鮮明に見える様になった。
「皆さん…。お久しぶりです…。藍色の竜を…あの日と同じ個体のあの竜を倒しました…!!」
そう告げた瞬間にフィオルの元へ一斉に駆け寄る隊員達。
「うおお!!」「よくやったああ!」
その喜びの声は空まで轟き、辺りに暖かい風が優しく吹いた。
(自然も喜んでいるみたい…。)
隊員達に囲まれるフィオルを微笑ましく見つめるアイベル。
「お前達。顔を合わせるのは久しぶりだな。」
暖かい空間にジールが声を掛ける。
「「副隊長ー!!」」
隊員達はフィオルを引き連れジールへと駆け寄った。
「あの日のアヴェニール洞窟でのダークウルフの依頼…。藍色の竜という脅威が邪魔をしたが……今日!今をもって完遂だ…!!」
「「うおおお!」」
フィオル、ジールを中心に両手を天に広げ喜ぶ隊員達の目にはキラキラと輝く嬉し涙が溢れていた。
「幸せそう…。」
その様子を見てアイベルも涙を浮かべる。
「藍色の竜討伐は彼女とあの馬がいなければ成し遂げれませんでした…。」
フィオルがそう言うとジールは振り返り、自分達を離れた所で見守るアイベルとエヴァルを指差す。
「彼女とあの馬…エヴァルとともに弓を武器に参戦し、見事藍色の竜を討伐出来たそうだ…。」
隊員達は静まりアイベルとエヴァルを見つめる。
「あ…その髪の色はまさか…」
「そうだ。あの日アヴェニール洞窟で倒れていた少女。名はアイベル…。私達が命を繋ぎ、フィオルが使命を果たし無事に村へと共に帰還した。」
アイベルは会釈をすると口を開く。
「あの日、追い詰められ一度命を諦め掛けてしまいました。」
アイベルは深々と頭を下げ再び顔を上げる。
「ですが…フィオルは諦めずに皆さんの命を無駄にしない選択をし、使命というモノを果たしてくれました。何も出来なかった私は、次は自分が誰かを守れるようになると心に誓いました。そう思わせてくれた皆さんからは命の尊さを学びました…。助けて頂き本当にありがとうございました…!」
「こちらこそ。」「仇を打ってくれてありがとう。」
そして、涙ぐみながら頭を下げ感謝をするアイベルに隊員達は微笑み言葉を返し、拍手の音が辺りを包んだ。
だが、ふとアイベルは思い出したかの様にハッとした表情になる。
「あの…あの方が居ない気が…。」
『来るなぁぁ!』
アイベルは、顔は良く見ていないが特徴的な声で発した魂の叫びでフィオルを止めたファリートが居ない事に気づいた。
「ファリートさん!」
フィオルも遅れて気付き、声を上げると腕を組むジールは首を傾げた。
「そういえば一日前は声を聞いていたんだが急に聞かなくなったな…。」
フィオルはハッと懐にあるラヴィエルの樹皮の存在を思い出し、ラヴィエルの元へ駆けて行った。
「もしかして…!」
ラヴィエルを囲う柵を飛び越え土を手で勢い良く掘る。
「フィオルは何を?」
隊員の一人が呟く。
「ここへ来る途中にラヴィエルの樹皮を受け取ったんです。魂が宿ったラヴィエルの素材は根元に埋める事で再び還ると最近の研究では言われています。もしかしたらファリートさんの魂が…。」
「そうなのか…。」
隊員達は頷くとフィオルの様子を見守る。
(ファリートさんっ!居なくなっちゃダメだ…!)
フィオルは汗を流しながら掘り進め、ファリートに声を掛ける。
そして樹皮を埋め土を戻すとラヴィエルに掌を当てる。
(宿りし魂よ…!ファリートさん還ってきてくれ…!)
フィオルは心の中で叫び、隊員達の元へ戻りラヴィエルの様子を伺う。
沈黙が訪れ辺りは静まり返る――。
「皆の声が全く聞こえなくなった…。くそぅ。一人になっちまった。俺は落ちこぼれだからな…仕方ないか…。」
微かに聞こえ始めた聞き覚えのある声、そして弱く白い光を放ち、座っている様なシルエットが浮かび上がる。
「ファリートさん!」
静かな森に響き渡る声にシルエットは振り返る様に動く。
「命を懸けて私を庇ったやつが落ちこぼれか?」
ジールは微笑みシルエットに優しく声を掛けた。
「え…え…?」
その声にぼやけていたシルエットは鮮明にファリートを映し出した。
「良かった…。あの樹皮にファリートさんの魂が宿っていたなんて…。」
フィオルは身体の力が抜けるように安堵の息を吐く。
隊員達はシルエットの存在がファリートだと確信すると、飛んで行くように寄って行った。
「み…皆…。」
「良かったなファリート。」
アルムはファリートの肩に手を置き笑顔を送った。
フィオルは遅れながらもファリートの元へ行くと手を差し伸べた。
「ファリートさん!隊長になれましたよ!そして、藍色の竜も討伐出来ました…!!」
「そうか…。倒してくれたんだな。ありがとう。あの歳であの強さだ…。絶対なれると信じてたぞー!」
報告を聞くと差し伸べられた手を握り、勢い良く立ち上がる。
「これで皆揃ったな。」
腕を組み顔合わせの喜びを噛み締めるジール。
フィオル、アイベル、そしてエヴァル…。
あの日起きた出来事から十年――。
魂は存在し続け、石碑に名を刻み在り続ける。
彼等から命は繋げられ、使命、意志を継ぎ討伐を果たし仇を打った。
今ここに居る者達の魂はいつにも増し輝きを放つ――。
「さて再会は出来、喜びは分かち合えた。ソウルガーディアンズとしての仕事は尽きず忙しいはずだ。そろそろ私達は戻るぞ?」
「そうですね…。」
フィオルは寂しげに吐き、肩を落とすがレリッタに向けての今後を考え、姿勢を戻した。
「ジール副隊長。聞きたい事がありまして。」
「ん?何だ?」
「私の事についてです。」
アイベルはゆっくりと口を開き、白い光の世界の体験を話した。
「記憶はまだ戻ってないのか…。白い光…ラヴィエルもそこに存在した…。」
ジールは首を傾げ考え込む。
(心願と言ったか…。御業も扱える様になるとは…君は一体…。)
「――女神様を知っているか?」
フィオルとアイベルは顔を合わせるとトルヴィスが何度も口にした事を思い出す。
「聞いた事はありますが詳しくは…。」
「私が若い頃に一度目にした古文書があるんだが、そこにははるか昔、コール大陸の北の土地にラヴィエルがもう一本あったと書かれていた。そのラヴィエルは何かの原因で崩れる様に朽ちてしまい今は存在しないみたいだが、崩れる直前に白い光がラヴィエルを包み、そのラヴィエルの前には白いシルエットが立っていたと…。そして、当時その光に触れた者達を癒したと。それからはその近辺に住む者達は女神様を信仰するようになった……うろ覚えだが、たしかそう記されていた。北の土地には何故か古くからソウルガーディアンズは遠征や依頼に赴かない…。北の土地に行けば何か分かるかもしれないな。」
二人は頷き、整理すると顔を合わせた。
「レリッタもコール大陸の北側だ。何か手掛かりがあるかも…。」
「そうね。」
「因みにその古文書はどこに?」
「オラディ村に訪れた商人が持っていたのをその場で読ませた貰ったのだ。商人曰く、その古文書はあらゆる商人の手に渡っていて、元の持ち主はその商人ですら分からないと言っていた。私が十代の時の話しだ…。もはや存在しているかも見当つかないな…。」
「そうですか…。」
フィオルは考え込み少し間が空くと、アイベルは頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「また何か進展があったらここに来なさい。私達も君の事が知りたいからな。」
「はい…!」
「では…!フィオルも次なる目標を見つけ、より大きな人間になるのだぞ。心からお前を応援している。」
「はい…!ありがとうございます!」
二人は頭を下げ、再び顔を上げると笑顔を見せた。
ジール達は手を挙げラヴィエルへと向かう。
そして、フィオル達に手を振ると鮮明に映し出されていた魂はぼやけていき、ラヴィエルの中へと入り、スッと消えていった。
「さぁアイベル。村に戻ろう…!レリッタに向けて、そして記憶の手掛かりを探りに行こう!」
「うん…!」
二人はエヴァルに乗ると森は強い陽射しを受け、二人の背中を照らし出した。
次なる目的、目標へ歩み出す二人の背中を暖かな風がそっと押し、光輝くラヴィエルの葉は手を振るように揺れていた――。




