第二十八話 戦跡の石碑
首が落ちた藍色の竜は全身の力が抜け、地に伏せる様に倒れる。
(ジール副隊長…皆さん。仇は打てましたよ…。)
夜空に顔を向け心の中で語り掛ける。
「終わったな。」
「ああ。」
ノワルヴェールは腕を組みデュールは頷いた。
アイベルは声を発する事なく頷き、戻ってくるフィオルの目が潤んでいるのが見え、あの日の事を走馬灯の様に思い出し涙が頬を伝う。
その様子を見て、エヴァルはアイベルの頬を撫で、寄り添った。
「やっとだな。」
フィオルが戻ると使命を全うしたという達成感に、表情は柔らかくなり、互いを称え合った。
そして樹の陰に身を潜めていたコラン達も集まってきた。
「凄い戦いでした…!」
コランは目をキラキラと輝かせフィオル達に声を掛ける。
「そうだった…。コイツらの事をすっかり忘れていた。」
ノワルヴェールは少し冷たい目でコラン達を見る。
「ノワルヴェールさん…。彼等は…」
「…ん?」
フィオルが話をしている途中、草原の上空から一羽の鳥が鳴き、姿が見えるとノワルヴェールの肩に止まった。
「ブルク長老の伝書鳥だ。」
ノワルヴェールは鳥に括り付けられた手紙に目を通す。
「俺の意思がちゃんと伝わっていたな。しかし手配が早い。流石だ。」
手紙の内容を理解し頷くと顔を上げ口を開いた。
「俺達が藍色の竜を倒すと判断し、中央都市"アルブ・ピリス"から荷馬車と"シュナイデン"が来るそうだ。」
「何故ブルク長老が藍色の竜と対峙している事を知っているんだ?」
「駆けつける時に私が空へ合図を送っていたのだ。」
「なるほどな。」
デュールは腕を組み、フィオルとアイベルは驚きの表情をする。
「デュール。俺達が石碑に行く間ここに居てくれないか?その後、フィオルとアイベルはラヴィエルへ。俺はまたここに戻る。その時に話しを聞こう。」
「「分かりました。」」「了解だ。」
この後の行動を決めるとそれぞれ武器を仕舞い、フィオルとアイベルはコランの元へと歩む。
「私達もなるべく早くレリッタに向かうからね。」
「ありがとうございます…!お待ちしてます…!」
深く礼をするコランに続いてトルヴィス、ルクスも礼をする。
「あまり無理はするなよ?必ず村人達を助けに行くからな。」
フィオルはコランの肩をポンと叩くとデュールを向く。
「ではデュールさん。ここまでありがとうございました。では…。」
フィオルとアイベルは礼をし、アイベルはエヴァルに跨がるとノワルヴェールと共にあの地へ向けて倒した藍色の竜を横目に森へと入っていった。
(目が離せないくらい緊張感が走る凄い戦いだった…。父さん…。僕はソウルガーディアンズに入って、この人達のように人々を守りながら生きて行くよ…!)
コランは歩き去るフィオル達の背中を見て心に誓った。
「フィオル達の行った先には何があるんだ?」
トルヴィスがデュールに問う。
「フィオルとアイベルの命を繋いでくれた隊員達の石碑だ。…十年前、フィオルの所属する剣撃隊の当時、副隊長だったジールと隊員達が死んだ地だ。あの二人は彼等に助けられ村に帰還できた。目の前に今倒れているあの個体が隊員達を殺した…。」
指を差しながら話すとコラン達は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。
「同じ個体だったんですか!?」
「そうだ。そして副隊長ジールは、今回指揮を執ったノワルヴェールの父親だ。」
トルヴィスとルクスは言葉に出来ず目を丸くした。
「…仇を…取れたんですね。」
「そうだな。だが…かなり手強かった。本当に危なかったよ…。」
苦笑いを浮かべるデュール。
「ノワルヴェールさんは…」
その後コランは現在のソウルガーディアンズの話しを止まることなくデュールに質問していくのだった。
――フィオル一行
「ノワルヴェールさん。今回の指揮も素晴らしかったです。」
「いいや、結局フィオル、そしてアイベル。二人が居なければ倒す事は難しかった。感謝している。お陰で仇は取れた。エヴァル、お前も居なければ大変だった…!」
フィオル、ノワルヴェールは横並びで歩きエヴァルを撫でながらノワルヴェールは言った。
撫でられ嬉しそうな反応をするエヴァルにアイベルは笑顔になる。
そしてしばらく歩くと先が開けるように見えた。
「あの時は必死に手綱を持って走っていたけど直線で進めばこんなに近かったのね。」
「そうだね。」
当時は藍色の竜に追われエヴァルも混乱し、縦横無尽に走っていたようで実際は草原からあの地まではそこまで遠くはなかった。
開けた草地を目の前にすると立ち止まる。
月明かりが注ぎ、光を受けた草達は、風が吹くと陽に照らされた波のように煌めく。
「ちょうどあの時と同じくらいの時刻ですね。」
フィオルは開けた草地の中心に立つ石碑を見た後、夜空を見上げ呟いた。
そしてアイベルと寝てしまった大きな樹へと向かう。
「この樹だ…。」
樹に触れ色々な想いが込み上げる。
アイベルもエヴァルから降りその樹に触れ、樹を背にし三人は目を瞑った。
優しく少し暖かな風が草地に吹くと、ノワルヴェールは目を開け、ふと二人の横顔を見る。
「…あ…。」
瞑っている目には涙が溜まっているのが見え、声を漏らしたノワルヴェールは下を向いた。
一拍間を置くと空を見上げる。
「今は何を想う?」
ノワルヴェールは静かに石碑を見つめながら呟くように問う。
二人が寝ている間に起きた惨劇――。
『―――アルムー!』
惨劇は叫び声から始まった。
依頼をこなし食事を共にした草地に転がる隊員達。
血だらけで倒れるアルム。
そしてジールを守ったファリート。
『俺もいつかあんな風になりてぇなぁ。今は自分で精一杯だよ。』
今でも鮮明に覚えているファリートの叶わなかった想い。
『来るなぁぁ!』
身体を貫通しても尚、使命を果たした魂の叫びはフィオルの参戦を拒否し最後まで尾を離さなかった。
『うぉぉおお!行けぇフィオル!アイベル!必ず生き抜き村に帰還するのだぁぁ!』
そして溜まっていた涙が頬を伝って流れ落ちる。
フィオルは目を開け静かに口を開いた。
「繋いでくれた命を胸を張って大事に生きて来たとは言えないかもしれません。時には感情的になってしまった事も多いです…。」
朱の竜、先程の藍色の竜との戦い、そしてジールの事を悪く言い感情的になってアイザムと対峙した事が脳裏に浮かぶ。
「私は大人になって初めてここに来ました…。私の事を知りもしないで助けてくれた…。繋いでくれた命を大事に、あの日ここで起きた事を忘れずに胸を張って生きて行かなきゃいけない。あの日何も出来なかった弱い私の様な人々はこの世界に沢山いる…。次は私がその人々を守れるように強く生きます。」
「あの日の依頼でジール副隊長が僕の目標となる存在になっていました。副隊長の様になりたいという想い、それは正しい道を生きて行くという動機であり、今の僕の土台となっています。ここに立ってあの日の事をアイベルと共に振り返る事が出来る…。それ自体が、繋いでくれた命を無駄にせず正しい道を歩めている証です。ジール副隊長含め皆さんには心から感謝しています。」
草地に立つ石碑を真っ直ぐ見て言うとアイベルは頷き、ノワルヴェールは微笑んだ。
「二人が帰還し、父上の死を知ってからは悲しみに押し潰されそうだった。だが、直ぐに憎悪と変わった…。そして今日という日にその憎しみを晴らす事が出来た。あの日命を懸け繋いだここにある二つの命がだ。……偶然という事象に意味を感じた時、それは単なる事実ではない…奇跡とも呼べる物へと昇華する――。」
その言葉は石碑に向け草地に大きく響いた。
そして、二人に身体を向ける。
「お前達が居なければ憎しみは晴らせなかった…。心から感謝する。」
頭を下げるノワルヴェールにフィオルとアイベルは驚きながらも微笑んだ。
「頭を上げて下さい。僕達だけでは無い、誰かが欠けていたら出来なかった。藍色の竜が出現しノワルヴェールさんが駆け付けてくれなかったら、もうあそこで終わってしまっていたはず…。」
「…そうか…。」
頭を上げたノワルヴェールの瞳は微かに潤んでいた。
弓撃隊で指揮を執る姿、ソウルガーディアンズで成長していく姿を楽しみにしていたジール。
父を失いそんな自分の姿を見せれず、竜に対し強い憎しみを抱き生きてきた。
やがて潤んだ瞳からは涙が溢れ、ジールを殺した藍色の竜への憎しみは涙と共に完全に流れ落ちた。
涙を拭い再び石碑を向くノワルヴェール。
「ありがとう…。」
最後に感謝の言葉を口にすると石碑へと歩いて行き、フィオルとアイベル、そしてエヴァルは付いて行く。
草地の中心に立つ石碑は長方形で縦長の3m程。
炭のような色をする石碑には、あの日に亡くなった者の名前が刻まれていた。
「硬い石…。こんな石見た事ない…。」
アイベルは石碑を見上げ触れながら呟く。
「遠方の採掘場から運ばせてきたんだ。貴重な石をアルブ・ピリスの石工達が加工し、ここへ立ててくれた。藍色の竜との戦いは世を震わせた…。剣撃隊副隊長が亡くなった衝撃はあまりにも大きかったのだ…。この石碑は自分達の命を犠牲にし、二人の子供を守り抜いた。その事を称え、そしてここで起こった戦いを忘れてはならない――その想いで立たせたのだ。」
ノワルヴェールの言葉を心に受け止めるアイベルは胸の前で手をギュッと握っていた。
「この石はとても硬く頑丈だ。私達が死んでも後世に残り、戦った証としていずれは伝説になるだろう。何かを成し遂げた時、この様に形に残る物は無くてはならない…。彼等は命を懸けたのだ…!人は記憶を無くしていく生物。死の間際、悔いや叶わなかった想いもあったはず。その者達の死を称え続け、そして忘れてはならない。石碑がここにある理由を語れるのは今を生きる人間しか出来ない…。繋いでくれた命をこれからは胸を張って生きていくのだ…!」
草地に響くノワルヴェールの言葉は重く、そして強く二人の脳裏に刻まれた。
「「はい…!」」
「さて、先程も言ったが私は既にラヴィエルに寄っている。父上が待つラヴィエルへと向かえ。ペルディータの事はデュールから聞く。」
「分かりました。」
フィオルはコランから受け取り懐に仕舞ったラヴィエルの
樹皮に触れた。
「地下道を使うだろうがくれぐれも気をつけて行けよ?」
「「はい!」」
そして、ノワルヴェールは来た道を歩き出し、後ろ向きで手を挙げるとフィオルとアイベルは一礼し石碑の奥の森へと入り一行は別れた。
草地に真っ直ぐと立つ石碑――。
雨の日も風の日も嵐の時も力強く立ち続ける。
刻まれた名前、命を懸け戦った話は後世に語り継がれ、そして、人々の記憶からは消える事の無い伝説へとなっていく――。
石碑は藍色の竜討伐を称えるように、風を呼び、別れたノワルヴェールとフィオル達の背中を押す。
そして最後に吹いた風は石碑を撫で、刻まれた名を月光がなぞっていた。




