第二十三話 レリッタの行く末
夜が明け、陽は低い位置でレリッタを照らす。
モルスは早く目覚め、隣で眠るルイナとコランを起こさないように外へ出た。
「おはよう。早いなモルス。」
モルスの家の前にはバッグを背負うユヌスがいた。
「ユヌスさん昨日の話し…」
「決心した事だ…。俺が居ない間村を頼むぞ。では…。」
モルスの言葉を遮りレリッタを託すと北へ向かって歩いていく。
「ユヌスさん…。気持ちは変わらなかったか…。頼みましたよ。」
小さくなって行く背を見届け、モルスは再び家に入ったものの、落ち着かず再び外に出た。
既にユヌスの後ろ姿は無く、溜息をつき足元に生える小さな芽を見つめる。
(この村はこれからどうなるんだ…。)
するとザッザッと足音が聞こえ、顔を上げるとユヌスが向かった方から兵士の姿が見えた。
「おはようモルス。先程、ここの村人とすれ違ったぞ。」
ニヤつくリスティーゴを先頭に兵士五人が歩いてくるとモルスはキッと睨んだ。
「よせよせ。やつには何もしてない…。何も変わらぬと思うがな。」
リスティーゴはユヌスの行動を理解しているようだった。
「村人を集めろ。」
そして真顔になり、冷たい口調で言うとモルスは返事をせずに村人達の家へと向かい、ユヌスがダイアボへ向かった事を告げる間もなく、村人達はリスティーゴの元へ集められた。
不安な表情を浮かべる村人達を一人一人見渡し、リスティーゴは指を差し口を開いた。
「よし、お前。あいつに付いて行け。」
リスティーゴの後ろにいる兵士を指差し、村人の一人を連れ出した。
「他の者は新しい家を建てるんだ。期限は無いが早く建てろ。心配するな殺しはしない。」
連れ出された村人は殺されないと言われたが今にも泣きそうな顔をしていた。
「何処に連れて行くんだ?」
「それは言えないな。口答えはするな。」
剣の刃をチラつかせながらリスティーゴは言うとモルスは食い下がり、肩を落とした。
「俺はこれから三十日後に毎回ここに来る。俺の居ない間はこいつの指示に従うんだ。」
そしてガタイのいい兵に指を差し、他に連れて来た兵を残すとリスティーゴは一人でダイアボへ帰って行った。
――三日後
作業を終えた村人達はそれぞれの家に帰り、モルスは自宅の途中にある兵の家の前を通っていると、中から話し声が微かに聞こえてきた。
「この間のやつトロくてよ。でも素材だけは手に入った。ん?あいつか?警備隊に捕まったよ。死んだだろうな。」
笑い声が鳴り響く。
「……。」
モルスは開いた口が塞がらず、歯向かった所で命は無いと思い、家に押しかける事は出来なかった。
ただただ心の中で村人に謝罪し、もはや涙が出る事もなく絶望したまま帰宅したのだった。
あの日から始まった兵の気まぐれによって選ばれ、禁忌を犯す事になった村人は三人になった。
最初の一人は警備隊に捕まったが、兵は途中で獣に殺されたと嘘を付いた。
他二人は兵と一緒に無事帰ってきたが、精神的なダメージは大きく、数日は作業が出来ない身体になっていた。
さらに、ダイアボへ向かったユヌスが帰って来ないという事もあり村人達は衰弱していった。
そして、三度目にリスティーゴがレリッタにやった来た時には兵の数は五十を超えていた。
兵達自身でも家を造り、村人達の肉体の負担は少し減ってはいたが、何の為にこの村にいるのかという疑問、禁忌に触れる恐れを感じ精神的に追い詰められていた。
だが、この頃になると禁忌によって得た財がダイアボにしか回らない事に疑問を持つ兵も現れ始め、村人は足手まといと感じる兵が多く独断で禁忌に触れる者も出てきた。
中には捕まって帰って来ない兵もいるが、リスティーゴへ報告する際にペールデニーズで命を落としたと嘘を付く始末で、さらに兵達は毎日朝から酒を飲み、レリッタは荒れ始める。
村人達は、そんな村の様子を見て、自分達が守ってきたレリッタは無くなってしまったと嘆き、だんだんと笑顔は消えていった。
モルスは自分が行ってきた行動が間違っていたと自分を責めるようになり心は壊れ、表情も暗くなる。
そして、ある日の夕方。
日課である、家を建てる作業をしていた際、酒に酔い殴り合いの喧嘩から遂に剣を持ち出した兵達。
その喧嘩に休憩していたルイナとコランが巻き込まれ大怪我を負ってしまった。
その瞬間にモルスの中で何かが切れた――。
(毎日朝から酒を飲んでやりたい放題やって村を荒らしやがって…。ここは…俺達ペルディータの村だ…!金だ…金さえあればコイツらみたいに金に困らず幸せで自由な生活が出来る…!)
モルスはルイナとコランの元へ駆け寄った。
「こいつら許せん…!」
怒号を飛ばし、睨み付けたが反撃はせずに家へと連れて帰り、手当てをするとルイナとコランは眠った。
(今日の夜中にこの村を出てラヴィエルへ行くぞ…!)
二人の寝顔を見ながら心に決めたモルスであった。
そしてあの事件へと繋がる――。
――現在、ペールデニーズ
「連れて行かれた村人は奴らの指示でこの世の禁忌であるラヴィエルの素材を狩りとるという事をさせられていました。当時子供だった僕も家を建てる為に重労働の毎日…。食べ物は与えられましたが、皆の身体は悲鳴を上げていました。僕達は抗う事が出来ませんでしたが、皆が疲弊しているのを見たユヌスさんは、ダイアボへ行き話しをして来ると言い、皆で止めましたがそれを振り切りレリッタを出ました。」
ここでコランは大きく息を吸って拳を握る。
「それから今に至るまでユヌスさんが帰って来る事はありません…。」
トルヴィスに目を向けると涙が頬を伝っていた。
「そしてある日、兵の喧嘩に巻き込まれ怪我をし、僕と母が父から手当を受けた次の日…起きると父は居ませんでした。」
村人一丸となり培ってきた物を壊される…。
こんなにも辛い事があるだろうか…?
畑を踏みにじられた時の村人達の表情、いつになっても帰って来ないユヌスを想う気持ち、そして手紙で知らされる父の訃報。
フィオル達は悲しみを通り越し怒りの感情が湧き上がり、強く握る拳は震えていた。
『私達ソウルガーディアンズはラヴィエルを守るのは当たり前だが、弱い人々を守るという使命がある。どんな事があろうともだ。』
ジールの言葉を思い出すフィオル。
10年前はジール達が命を繋ぎ、目の前にいるアイベルを命からがら助ける事が出来た。
10年経った今は?
当たり前の様に何不自由無く生活していた事、目の前に見えるだけの小さな世界で人々を守り、剣撃隊の隊長になり少しだけ自信と自覚を持っただけの自分。
一番の脅威とさせる竜種に気を取られ、弱い立場の人々を全然守れていないという事実。
少し足を伸ばしてレリッタに行っていればと心の中で強く後悔するフィオル。
変わったのは肩書きだけ――。
目を瞑りレリッタの人々を想う。
そして、トルヴィスとコランの前に歩み寄るフィオル。
「ソウルガーディアンズに所属している身として、剣撃隊隊長として心から謝罪させてくれ。今まで一度も足を運ばず、気づくことが出来なく申し訳ない…!」
両膝を付き、額を地面に当て謝罪するフィオル。
その姿を見てデュールも同じく地面に額を当てた。
「頭をあげて下さい。貴方達は僕達をさっき助けたでしょう?アイツらだったら見捨てられていた…。過去に起きてしまった事は誰にも変える事は出来ないんです。」
優しい声で二人に声を掛けるコランはアイベルの方に身体を向けた。
「アイベルさん。あなたは僕達を助け、そして、父の事も助けようと治療してくれた。時間は空いてしまいましたが…ありがとうございました。」
その言葉にアイベルは手で口を覆う。
「お前達…隊長だったのか…!何でもっと早く気づかなかった…!」
額を地面に当てるフィオルとデュールの頭を指差し涙を流しながら叫ぶ。
「トルヴィスさん!レリッタは北の端の方にあるし、大きな村では無かったから気づけないはずですよ。過去を受け入れましょう。まだ村の人々は全員死んだ訳じゃない!今彼らに出会えた事を前向きに捉えなきゃ…!」
叫ぶトルヴィスの言葉に返す事が出来ない二人。
「コラン…。叩いてしまってごめんなさい…。」
父を失い厳しい状況であるにも関わらず過去を受け入れるコランにアイベルは頬を叩いてしまった事を謝罪する。
息を荒くしていたトルヴィスだったが、だんだんと落ち着きを取り戻すと、フィオルとデュールは立ち上がった。
しばらくの沈黙。
すると、ふと思い出したかのような表情をするトルヴィス。
「そういえば、俺が服を捲った時に姉ちゃんともう1人の兄ちゃんは驚いていたが、お前はあんまり反応しなかったな…。何でだ?」
「ああ、あの時ですね。助けに向かった時から何かおかしいなと感じていました。僕はアイベルと同じ至上者の御業を持っています。"心眼"と名付けられていてその力は生物の筋肉、筋、血管を流れる血を視る事が出来ます。脚にはそれが視えなかったので、捲った時になるほどなと…。」
トルヴィスとコランは驚きの表情を示す。
「デュールさん。彼も御業持ちです。」
「すげぇんだな…。」
「この力を持っていても貴方達の存在に気づかず守る事は出来なかった…。」
そう言い再び沈黙が訪れるとフィオルはアイベルを見た。
「「これから、レリッタへ…」」
アイベルも同じ事を思っていた様で、フィオルと同じ事を言いかけ、目が合う。
「フィオル、アイベルいいのか?今日という日の事を…」
「今日という日に知った事実。この日をもっと悲しい思い出にはしたくない…。」
フィオルは拳を握るとアイベルは頷いていた。
その言葉にコランとトルヴィスは目を合わせたがコランは下を向いた。
「それは嬉しいのですが…。おそらくこれからレリッタに行っても付いて来る村人はいないでしょう。」
「何故だ?」
腕を組みデュールが問う。
「皆はやはり外から来る者を拒みます。僕達は助けられ、偶然にも手紙に書かれていたアイベルさんに会えた…。僕達は貴方達を信じていますが、皆は警戒するでしょう。一旦、僕達三人で帰って話をします。皆も手紙に目を通していて、オラディ村の存在は大きく、暮らすことが出来ればという気持ちはあるはずなので、違うタイミングで来てくれるのが最適だと思います。」
「だが、村にいる兵はどうなっている?俺達が行くまでにまた大変な思いをするなんて事は起きないだろうか?」
「兵達は朝から酒を呑んでいて、監視の目は薄れてます…もはや無法地帯です。今となっては夜中に巡回している様な兵も一人も居ません。後…お金や身体への心配は無用です。」
コランは笑顔で答えた。
「そうだ。今はコランのおかげで俺達は飯を食ったり、金に困ったりもする事は無くなった…!」
村人で唯一身体に不自由がないコランはガタイが良く、兵の目を盗み武器を盗り毎日隠れて訓練し、獣の討伐依頼を受けトルヴィス、ルクスと一緒に金を稼いでいた。
「コランに勝てる兵も数が限られるくらいだ。今はコイツが俺達の柱なんだ。」
「村人を守る事は大変だ。若いのに素晴らしいな。無事オラディ村に来たら守備隊に入って欲しいものだ。」
デュールは笑顔でコランを称賛する。
「ところでお前達は何故こんな所にいるんだ?ラヴィエルの素材を狩りとったような話も聞こえたが…?」
「はぁ…。話を聞いていたのか?」
トルヴィスは溜息を吐きながら言った。
「酔った兵三人に無理矢理連れて来られたんです。一人なら僕達三人で倒せたかも知れませんがそれは出来ませんでした。見張りをやらされ、彼等はラヴィエルの素材を狩りとりました。これです。」
コランは懐からラヴィエルの樹皮を取り出した。
「そうか。ではこれはフィオルに渡しておこう。俺はラヴィエルに行くのを辞める。一刻も早くレリッタの状況をブルク長老に話さなくてはならんのでな。翼を持った獣とはおそらく物見櫓の監視の見間違いでパラファラだろう。」
「分かりました。そうかもしれませんね。」
フィオルはラヴィエルの樹皮を受け取ると懐に仕舞った。
「それで兵達は?」
「樹皮の取り合いで喧嘩だ。崖道でおっぱじめてアイツらは足を滑らせて谷底へ落ちちまった。モルスさんから禁忌に触れたらダメだと言われていたからな。俺らは売るなんて事しねぇさ。」
トルヴィスは腕を組み誇らしげに言った。
『これを売れば長い間は安泰だな。何てあいつらなら言ってんだろうな。』
「たしか、こんな会話はしてた気がする。」
「そうですね。」
トルヴィスとコランは顔を合わせる。
「上手く聞き取れなかったから勘違いだったか…。その装備は念の為着させられたという事か?」
「そうですね。両手を無くした証が刻まれていて着たくないんですが、この装備でペールデニーズで暴れた兵がいたみたいで……ペールデニーズの獣は頭が良いらしく、証を見て避ける獣が多いので着るはめに…。」
証を見つめながらコランは言う。
そして再び沈黙するとデュールは手を叩いて口を開く。
「さて、レリッタの今後の事も決まった。パラファラは死んだか分からんがまずは様子を見に行こう。何も無ければすぐにオラディ村に帰りレリッタに向かう準備だ!」
「ありがとうございます!」
コランは大きな声で言い、トルヴィスも礼をした。
「そうだ…ルクスがまだ気絶してたな…。腕にも捕まった時の傷がある…。」
「私に任せて下さい…!」
アイベルは大きな声で言うとルクスの元へと向かった。




