第二十四話 記憶の欠片
仰向けに横たわるルクスの目の前に正座をするアイベルは、手を組みゆっくりと目を瞑る。
「「おおぉ。」」
ふわっと手の周りに白いオーラが現れると、トルヴィスとコランは信じられない光景に声を漏らす。
白いオーラを纏った手をルクスの腹の上に置くと、食人植物から受けた腕の傷は見る見るうちに消えていき、アイベルは瞑っていた目をゆっくり開けると白いオーラはスッと消えていった。
「傷は癒えたわ。後は彼が目覚めるのを待ちましょう。」
「凄い…。父にもこのように?」
「そうよ。でも、あの時はまだこの力に慣れていなくて長い間力を使う事は出来なかった…。モルスさんの応急処置はクラルさんがやってくれて、その後、私が"心願"を使って癒したの。」
「ホントに女神様みたいだ…。」
トルヴィスは目をぱちぱちとさせ呟く。
そんな話をしているとルクスの身体が動き始め、目が覚めると上半身を起こした。
「あれ…。俺は…。でっかい蝶は…!?」
「大丈夫さ。そこの姉ちゃんが撃ち落とした。傷も姉ちゃんが癒してくれたぞ。礼を言っとけ。」
何が起きていたのか分からない表情のままルクスは頭を下げアイベルに感謝をする。
そして、フィオル達がソウルガーディアンズである事、これからの行動を話聞かせ、一同は動き出す。
茂みを出ると陽は落ち、辺りは暗くなっていた。
デュールを先頭にパラファラが落ちた地点に向かう一行。
アイベルはエヴァルに乗り、その後ろに三人、そしてフィオルが最後尾を歩き、列を作った。
200m程進むとエヴァルが急に立ち止まる。
「痛っ。」
「ごめんなさいっ。エヴァルどうしたの?」
立ち止まるエヴァルにトルヴィスがぶつかると、トルヴィスに謝り降りるアイベル。
エヴァルは微かに震えているようだった。
「アイベル。俺がエヴァルを連れてくよ。先を歩いて。」
「分かった。」
フィオルは震えるエヴァルを落ち着かせる為、撫でながら話掛けた。
アイベルは先を歩きながらもエヴァルを気にしフィオル達を振り返りながら進む。
「見えてきた…。やはりデカいな。」
先頭のデュールが地面に落ちたパラファラを見つけると手を挙げた。
「見つけたみたいだ。行こうエヴァル!」
少し落ち着きを取り戻した様子のエヴァルをポンと叩き、フィオルは少し離れてしまった一行に向かって小走りをした。
デュール達はパラファラの目の前までやってくると立ち止まる。
5m程の胴体に羽を広げれば10mを超える巨体。
辺りには鱗粉や体液が散らばり、ピクリとも動かずに横たわっていた。
「アイベルさんの矢が腹を貫通してる…。」
力無く倒れるパラファラは腹がちぎれそうになっていて、鋭い口吻も無くなっていた。
「口吻にも直撃してるな。無くなってやがる。ホントにすごい腕だ。」
称賛するデュールにアイベルは少し誇らしげな顔をした。
「こいつ…。確かパラファラだろ?兵達が話してるのを一回だけ聞いた事あるぞ。ソウルガーディアンズを大量死させた巨蝶って言ってたな…。」
トルヴィスが思い出したかの様に呟く。
「そうだ。オラディ村では古くからある話でな。見ろ。奴の周りに青く煌めく鱗粉があるだろう?あれを撒き散らしてそれを吸ってしまうと眠ってしまい、そのうちに鋭い口吻によって殺される…。危険な生物だ…。こいつは口吻を無くしてるがここはペールデニーズ…寝てしまったら賢い獣共の餌食だな。」
「なるほどな。だが…兵達が言ってたがその鱗粉は高く売れるなんて話しをしていたぞ。あの鱗粉は時間が経つと黒くなってゴミになっちまうらしい。パラファラなんて一生掛かっても出会う事が無い生物だ…。取っちまおう。」
トルヴィスは笑いながら、立ち止まる先頭のデュールを越して行こうとした。
「もうすぐ皆の所だぞエヴァル。」
エヴァルを撫でながら話し掛け、ふと立ち止まる一行を見るとトルヴィスがデュールを越して行くのが見える。
「ハッ……!」
フィオルは"心眼"の力でパラファラを見るとハッと声を上げた。
「トルヴィス辞めておけ。吸ったら眠ってしまうぞ。」
デュールがトルヴィスの手を取ろうとしたが僅かに届かず、止めることが出来なかった。
「…い!近…くな!」
後ろからフィオルが何かを叫んでいるのが聞こえ振り返るデュール。
トルヴィスにはその声は聞こえずそのまま近づく。
「おい!近づくなー!まだ生きてる!」
近づきながら叫ぶフィオルの言葉を理解したデュール達。
致命傷を受けながらも何とか一命を取り留めていたパラファラはムクっと上体を起こした。
「う、うわぁあ!」
目の前で羽を大きく広げたパラファラにトルヴィスは叫び、尻もちをついた。
「バカやろう…!」
その言葉と共にトルヴィスに向かうデュール。
羽を一度羽ばたかせると鱗粉が一帯に舞い上がり、一行へ横殴りの雨のように飛んでいく。
なんとかトルヴィスの手を掴みパラファラとは反対方向にトルヴィスをぶん投げる。
「息を吸うなー!!」
トルヴィスを投げながら叫ぶデュールだが後ろを振り向くと既にアイベル、ルクス、コランは倒れていた。
鱗粉を撒いたパラファラは浮き上がり、上空に上がっていく。
「フィオル!」
フィオルを見ると口と鼻を腕で覆い、眠らずに済んでいたがエヴァルはその場に倒れてしまっていた。
「くそぅ!」
腕で口を覆いながら叫ぶデュールはパラファラが上空に飛び立ったのを見て、アイベル達を担ぎ大きな樹の裏へ置き、身を隠す。
横殴りの鱗粉が落ち着くと、二人はエヴァルを樹の裏へ移動させた。
「大丈夫かフィオル…!」
「はい…!」
口元を隠し、息を最小限にしながら会話をする二人だが、武器を手に取る事は出来ず焦り出す。
(アイベル…!くそぅ、皆も寝てしまった…!どうするっ…!)
デュールの顔を見ると汗をかき、焦っているのが読み取れた。
そして、パラファラは上空で止まると羽を最大限に広げる。
(まずい…!あの鱗粉がまた降り注いだら寝ている皆を置いて、ここを一旦離れないと…!)
二人は上空のパラファラを見上げ、次の行動に躊躇していた。
広げた羽を羽ばたかせようとしたその時――。
木々の葉でよく見えなかったが、赤とオレンジ色の大きな塊がパラファラの側面から飛んでくると、一瞬、上空は日が差す程明るくなり、二人は眩しさのあまり片目になる。
そしてその塊はパラファラの胴体に直撃した。
「「っ……!」」
「ほ、炎!?」
その炎は鱗粉に着火し先程よりも眩しく光り、粉塵爆発を起こした。
衝撃で周りの木々は大きく揺れ、やがて爆風となりフィオル達にまで到達するとフィオルは吹っ飛んだ。
「ぐわぁっ!」「くっ!」
デュールは咄嗟に盾を地面に突き刺し、その後ろで身を小さくし衝撃を受けながらも吹っ飛ばずに耐える。
「フィオール!!くそぅ!あいつらは大丈夫か!?」
盾に隠れながら眠ってしまった者達を見ると、大きな樹が衝撃を受け止めなんとか吹っ飛ばずに済んでいた。
十数メートル吹っ飛び地面に叩き付けられるフィオル。
「ゴホッゴホッ。フィオル…。」
爆風は落ち着き吹っ飛ばされたフィオルを振り返る。
フィオルはゆっくりと立ち上がり、状況を把握しようと辺りを見渡すが、爆発の影響で巻き上がった砂埃で辺りの様子は見えない状態になっていた。
「ゴホッ。見えない…。」
(耳鳴りが…。)
「フィオール!」
前方からデュールの声が聞こえるとそれを頼りに走って向かった。
「デュールさん…!」
「おお、良かった。怪我は?」
「身体を打ちましたが大丈夫です。皆は!?」
「樹が衝撃を受け止めてくれたおかげで大丈夫だ。」
「良かった…。しかし、何の仕業でしょうか?」
「分からん…。突然の炎、そして爆発。一瞬だったからな。この砂埃が落ち着くまで身を潜めるか。」
二人は一瞬の出来事に戸惑いながらも、皆が眠る樹の元に移動する。
「また鱗粉が降り注いだら終わりだった…。不幸中の幸いだ。あの爆発のおかげで鱗粉は吹っ飛んだ。」
「そうですね。」
樹の元に行くと眠ってしまった者達に砂埃が所々被っているが怪我をしている様子はなく、二人は安堵の息を漏らした。
「しかし、パラファラの鱗粉は強力ですね…。あの爆発の音でも起きないなんて…。」
フィオルはアイベルの手を握り埃を取り除く。
「そうだな。砂埃が落ち着いたら様子を見に行こう。爆発の影響で森が燃えるかと思ったがこの辺りは大丈夫そうだな。先程まで霧がかかっていたのもあって、木々は湿っている…。近くでも火の手は上がった様子は無い。ホントに良かった。問題は炎の正体だ。」
「はい…。」
(アイベル…。早く起きてくれ…。)
フィオルは寝ているアイベルの顔を見つめさらに力を込めて手を握った。
――――
「ここは…?夢?」
アイベルは夢か現実か分からない、白い光に包まれる世界で目覚め、起き上がる。
「フィオルー!」
辺りを見渡しながら、呼ぶ声は響くだけで周りは何も見えない。
光に包まれる世界はどこか懐かしく、そして暖かく感じ、
何も見えないが恐怖を感じなかったアイベルは歩き出した。
何処までも広がる光の世界――。
歩き続けても変わらない景色だが、尚も恐怖を全く感じる事無く歩き続けた。
「何処に行っていたの?」
歩くアイベルは後ろから声を掛けられピタリと止まる。
振り返るとそこには、白いシルエットの人物が立っており、顔は見えないが女性である事はなんとなく分かった。
「貴方は…?」
「何を言っているの?ほら、皆が待ってる。」
その女性は自身の正体を口にする事はせず指を差した。
その先には九人の白い人影が円を描く様に立っていた。
白い女性は人影の元へと進み、アイベルは訳が分からないまま付いていく。
「あれは…ラヴィエル?」
九人が手を繋ぎ円を描く様に立っているその先に大きな樹が姿を現した。
幹は太く端から端までは見えないが、見上げると高さ50m程の幹の中心には枝が生えるのか、瘤のような物があった。
白い女性は円の中心で止まり振り返る。
「さあ…あそこへ。」
九人の円は一人分の隙間が空いていてアイベルはそこへ行くよう促され、ゆっくりと歩き、輪に加わる。
すると両隣の人影はアイベルの手を握った。
周りの人影の顔を見るが、よく見えず、分かるのは人影の身長がバラバラである事だけで、先程の女性とは違い、シルエットがぼんやりしていて性別までは分からないが、唯一左にいる人影は同じくらいの身長だった。
「アイベル…。繋いだその手は決して離してはいけません。あなたにとってそれは特別な"愛"なのです。離してしまえば黒く邪悪な物が新たに生まれてしまいます。」
女性の言っている事が全く分からないがとにかく離さないように繋いだ手に力を入れる。
「では…。」
――ペールデニーズ
砂埃がだんだんと晴れ、辺りの様子がハッキリとしてくると上空を見上げるフィオル達。
先程まであった生い茂る葉は無くなり、空の様子もはっきりと見えるようになっていた。
「「……!」」
二人の視線の先には翼を持った生物が、その場で羽ばたいていた。
「デュールさん…!」
デュールを見ると目線はその生物をしっかりと見ていた。
「ああ、見えているよ。」
「あれは…」
「「藍色の竜…!!」」
藍色の竜はフィオル達を目で捉えると低い声で唸る。
目が合うフィオル達。
「まずいっ…!火球が来るっ!」
心眼で竜の口元を凝視すると声を上げるフィオル。
「下がれっ!」
(俺は皆に怪我をさせずにあの火球を受け止める事が出来るのか…?だが…!やるしかないっ!)
デュールはフィオルの声に反応し、大きな盾を構えフィオル達の前に立った。
盾の影から竜を見ると大きな口の奥が赤く光り始める。
そして、さらに大きく口を開き照準をフィオル達に合わせた。
(来るっ!)
フィオルは目を瞑りアイベルに覆い被さる。
「お前達ー。盾に隠れて何をしている?…アイツが藍色の竜か…。」
フィオル達の後方、暗い森から声が聞こえ、シュシュシュンと風を切るような音が空に向かって行く。
「…ノワルヴェールさん…!?」




