第二十二話 ペルディータの過去
トルヴィスとルクスはレリッタ中の村人に声を掛けると、村人達はモルスの家の前に集まった。
レリッタで暮らす村人は当時モルス家、トルヴィス家、ルクス家と他14人の21人と少ないがレリッタを自分達の村だと強い意志を持ち、なんとか守っていた。
子供、女性にはなるべく腹を空かせないよう優先して食べ物を与え、時にはモルス含む男達は食べずに我慢する事もあった。
大不漁の今は我慢をする事が多く、特にモルスはコランの成長、ルイナの健康を第一に考え、食事を摂らない日もありだんだんと身体は細くなっていった。
不安そうな顔をする村人の顔を一人一人見るとモルスは口を開いた。
「先程、北の海を渡った先にあるダイアボという所から兵士がやってきた。その中にいたリスティーゴ兵士長という男からここの村を譲ってくれないかという話しが出た。」
ため息混じりに話し、表情が曇っているモルスに村人達はお互いに顔を合わせる。
「領土を広げたい…という事だろうか。」
村人の一人であるユヌスという男が問う。
ユヌスはトルヴィス、ルクスの次にレリッタで暮らす事になった男である。
元々狩りで生計を立てていたユヌスは、とある狩りで、腕を失い絶望していた時に商人の話をたまたま聞き、この村にやってきた。
狩りの基本である武器を作る所からモルス達に教え、最年長ということもあり、相談役としてもモルスをはじめ村人達を支え、今では居なくてはならない存在になっていた。
「そうですね…。五日後、またレリッタに来ると言ってました。次来る時に譲るかどうかを決めて欲しいと…。」
「譲れば俺達の村ではなくなるわけだな…。」
溜息混じりにユヌスは言う。
「ただ、俺達の村ではなくなってしまうけど、食糧や稼げるような仕事を与えると言っていました。」
今まで助け合いながら暮らしていた村人達。
不漁になる前は毎日村人達の笑顔を見ていたが、今では生き抜く事がやっとの生活。
過去の光景を思い浮かべモルスは下を向く。
モルスの視線の先に生える小さな芽を見つけるトルヴィス。
「モルスさん…。俺達はペルディータです!その視線の先にある小さな芽と一緒だ。雨が降ろうと風が強かろうと、強く生きている…。歯を食いしばって皆で助け合って必死に生きて行きましょう!」
「そうですよ!身体に障害を持つけど必死に助け合ってきた俺達の名前…。ペルディータの証も皆で考えましたよね?大きな権力を持つ人達には敵わないかもしれない。レリッタを譲ったとしても俺達は今まで通り手を取り合って生きて行きましょう!」
トルヴィスに続きルクスも声を上げる。
モルスは当時の事を思い出す。
『ペルディータ…なんて名前はどうだろう?』
『モルスさんそれ良いですね!必死に助け合って生きて行く俺達の名前…!』
『じゃあ今日から俺達はペルディータだ!』
『証のマークは皆の意見を採用した…。中心には小さな芽。その芽を囲うようにある両手。そして、芽に向かうように上から剣を…。この証を村の中心の木に刻もう。』
たった一つだけあった古びた山小屋からトルヴィスとルクス、ユヌスが加わり手を取り合い、さらに人は増え村にまでなったレリッタ。
モルスが顔を上げると、村人達は笑顔に満ち溢れ、久しぶりに見るその笑顔は陽の光を背に受け輝いて見えた。
(誰かが首を横に振れば…この話は無かった事になるというのに…。)
心の中で呟くとルイナはモルスの腕を掴む。
「あなた…。皆、心は一緒よ…。」
「そうだな。よし、皆。この村を譲ろう!」
――リスティーゴ一行
ダイアボに帰るリスティーゴ一行。
「リスティーゴ兵士長。あの村どうなるんですか?」
「さぁな。わからん。」
突然レリッタの行く末を聞く兵士の質問を他人事の様に返す。
リスティーゴはレリッタの行く末を知っていた。
『リスティーゴよ。あの小さな村へ行け。』
『あの村もですか?』
『もちろんじゃ。大きくなりつつあるからの。目に余る…
。』
『………。漁業が盛んと噂は聞きます。ですが、雨季からは不漁だとか。』
『おぬし気付かぬか?』
『何がです?』
『昨日の飯は?』
『魚でしたが…。』
『町の露店…変わったと思わぬか?』
『……ハッ!最近、海の食材が常に並んでいる…。』
『そうじゃな。町の漁師達に採られる前に採れと言ったからのう…。もう、海の食材は手に入らぬだろう。』
グラスに入った酒を呑みながらニヤける男。
この男の指示で不漁に陥ったという事実を知る者はレリッタには居なかった。
それは今現在においても知る者はおらず、自然によるものだと、レリッタの村人達は漁業に見切りをつけたのだった。
(あの村も終わったな…。)
リスティーゴは心の中で思い、逆らえば命すらも無くなると感じたのだった。
「お前達。オルコ長老には逆らうなよ?」
「何故です?」
「この世から消えてしまう事になるからだ。」
兵士は言葉を失うが一行は歩みを止めずにダイアボへと帰って行く。
――五日後。
朝早くから畑作業をしているレリッタの村人達。
そこへリスティーゴと十人の兵士がやって来た。
リスティーゴは隊をその場に置き、村人達に畑作業を止めさせ、村の中心へ村人達を集める。
「さて、前回の返答を聞こうか。」
モルスは村人達に顔を向けると、皆静かに頷いた。
「この村レリッタを譲ります。」
「そうか…。分かった。」
そう言うと右手を挙げ隊に何か指示を出す。
「畑作業か…。こんなもの…もはやする必要も無い…!その上に我が隊が住める家を建てろ!」
突然大声で言い放つリスティーゴ。
隊に目をやると耕した畑を平にする様に踏みにじる。
「そんな…。」
村人達は絶望し、モルスはリスティーゴに歩み寄った。
「あんまりだ…!」
「黙れっ!譲ると言っただろう?」
村人の中にはその場で力なく座り込む者も居た。
モルスは村人達の絶望感に溢れる顔を見て胸ぐらを掴もうとする。
「いい加減にしろっ!」
リスティーゴは腰に差さる剣を抜き空に向かって挙げる。
村人の悲鳴と共にルイナとコランはモルスの手を後ろから引いた。
「口答えしたらどうなるか分かるだろう?」
もう片方の手でモルスの胸をドンと押すとモルスは吹っ飛び、倒れ込む。
そして、村の中心の木に刻まれたペルディータの証を見つけるリスティーゴ。
「なんだぁこのマークは。こんな物っ!」
剣を両手で握ると小さな芽を囲うように描かれた両手を切り刻む。
「「うおぉぉぉ!」」
その光景に堪えれずトルヴィス、ルクス、ユヌスはリスティーゴに向かって突撃した。
だが、それも虚しく駆け寄ってきた隊に取り押さえられ、何も出来ずにペルディータの証が切り刻まれるのを見る事しか出来なかった。
「ゴホッゴホッ…。くそぅ…。」
ゆっくりと立ち上がるモルス。
「次は命が無いと思え!さあ、木だ!木を集めて家を作るんだ!」
剣を納めたリスティーゴは絶望して動けなくなっている村人達を叩き、そして蹴りを入れて家を建てるよう声を荒らげ、村人達を無理やり動かした。
「次は三十日後だ。その時までに家を建てておけ。兵を数名置いて行く。サボるなよ?」
睨みながら言い捨て、リスティーゴと五人の兵士はダイアボへ帰って行った。
そして指示を聞かなければ命は無いと、モルスは村人達に声を掛け、森へ入っていった。
――現在、ペールデニーズ
コランの口から語られるレリッタの過去は自分達の生活とは大きくかけ離れ、余りにも心が痛みフィオル達は言葉を失っていた。
「あの日からは地獄でした…。必死に手を取り合って生きて行くと決めた僕達の証"ペルディータ"。その小さな芽を囲うように描かれた両手は切り刻まれて無くなりました。あの瞬間…僕達には誰からも救いの手は差し伸べることは無いだろうと感じました。そして、後からレリッタにやって来た兵士達が名前だけは気に入ったと言い、彼らは両手の無くなった証を残し、今ではダイアボから来た兵士達の隊の名前になってしまったのです。」
「なるほど…。」
デュールは腕を組みトルヴィスの言った言葉を三人は理解した。
「そして…三十日後ダイアボから再びリスティーゴはやって来ました。」
――八年前、レリッタ
リスティーゴがダイアボに戻ったその日から、森へ出て材木を集め、作業を開始した村人達。
再びリスティーゴがやって来た時に家が完成していなければ、ペルディータの証の様に切り刻まれてしまうという恐怖を感じ、休む日は無かった。
子供や女性も手伝ってはいたが力は男に及ばず、休憩をする事が多くなってしまい、作業に遅れが見られるとその度に兵は怒り、正常なメンタルを保つのも簡単ではなかった。
その分男達は声を掛け合い、必死になり作業をした。
レリッタに残った兵は手伝う事はせずただ監視し、毎日を退屈に過ごしていた。
時には村人に剣の腕が鈍ると言い、厳しい剣の稽古に無理やり付き合わされるという事もあり、村人の中には痣や傷が目立つ者もいた。
リスティーゴがやって来る前日の夜、命令された家を村人全員でなんとか建てることが出来たが、兵の稽古や重労働により村人達は心身共に疲弊していた。
「ハァハァ…皆よくやってくれた。奴らの所に行ってくる。」
完成した家を兵に確認してもらう為モルスは兵が仮で暮らしている食料庫の小屋へ向かった。
村人達は家の前で地面に座り込み待つ。
しばらくすると兵とモルスが戻ってきて家の中に入った。
「いいだろう。俺たちはこれからここで過ごす。帰っていいぞ。」
中から声が聞こえ、モルスが出て来るとホッとした顔を村人に向ける。
「間に合って良かった。もう片方の腕さえあればもっと役に立てたのにな…。」
ユヌスは失った方の腕を見ながら小さくこぼした。
「そんなことは無いですよユヌスさん。皆もお疲れ様。さあ、皆でご飯を食べましょう。」
村人達は大きく頷き笑顔が溢れる。
モルスの家の前で村人全員での食事。
家を建てている時は作業を止めないよう交代交代で食事を摂っていた。
村人達は心の中で今日の食事が今までで一番美味しいと感じた。
そんな中、手を止めユヌスが口を開いた。
「明日…ダイアボに行こうと考えている…。女、子供にまで重労働させるアイツらを許せん。」
ユヌスの発言に村人達の食事の手がピタッと止まる。
「ユヌスさん、少し落ち着きましょう。」
「そうです。何をされるかわかりませんよ?」
「モルスさんを切り付ける寸前だったのを目の前で見ていたじゃないですか。」
モルスに続きトルヴィスとルクスが声を上げ、他の村人達はユヌスの目を見て首を横に振っている。
「ユヌスさん…。今回私達はなんとか家を建てる事が出来ました。それは貴方が女性や子供、みんなに優しく声を掛け続けてくれたからです。あなたはこの村に必要です。」
コランの頭に手を置きユヌスの目を見て涙目になりながらルイナは言った。
「皆、疲弊しきっている…。こんな事が続けばいずれは誰かが死ぬ…。早い段階で何か手を打たなければ大切な物を失うだけだ…!俺達の限界はアイツらとは比較出来ないほど近い所にあるのだ…!俺は止められても明日必ず向かうぞ。」
ユヌスの村人に対する想いは熱く、そして語られる言葉は重く、彼の目は決心していた。
言葉を返せない村人達の顔を見つめるユヌス。
「とにかく今の時間を大切にしてゆっくり休もう。手を止めさせてすまなかったな。」
笑顔を向けると止めていた手を戻し、一同の食事は再開した。
――ダイアボ、オルコの豪邸
「兵の住む家は完成したとの事です。」
レリッタから伝書鳥で届いた手紙に目を通し、椅子に座り酒を呑むオルコに話し掛けるリスティーゴ。
「明日から兵をレリッタに置き、周辺の森の情報と環境を調査させます。」
酒の入ったグラスを置きニヤリと笑みを浮かべるオルコ。
「そうか。村人にやってもらう事がある。」
「何でしょう?」
「この世の禁忌に触れてもらうのじゃ…。」
部屋は薄暗くオルコの発言で恐怖を覚え、言葉を無くすリスティーゴは静かにオルコの部屋を出ていった。




