第二十話 命の尊さ
開いた扉の先には五人の隊員、そしてその後ろにはブルクの姿があった。
ブルクは隊員の前まで進み療養施設の中へと入ってくる。
「クラルよ。ラヴィエルを傷付けた男はどこにおる?」
問いかけに顔を部屋の奥のベッドへ向けると、ブルクはそのベッドへと向かった。
アイベルはブルクの発する声に注目し緊張する。
「神聖なるラヴィエルの樹皮を切り剥がし、売ろうとしたそうじゃな…。」
ブルクは舐め回すように男を見て言った。
「申し訳ない事をした…。金に困っていたんだ。」
モルスは目を瞑り謝罪した。
「痩せ細った身体、良いとは言えない装備…。お主を見れば事情は想像出来る事かもしれぬが…。」
クラルとアイベルは檻行きにならないよう祈る。
すると一人の隊員がブルクの元へ行くと耳打ちをした。
ブルクは目を大きくする。
「一度だけではないと…?」
その言葉にクラルとアイベルの表情は絶望へと変わっていく。
「いや…。今回が初めてだ…!」
嘘を付くような人間では無いと話をして、感じていたクラルとアイベル。
クラルはブルクの元に駆け寄る。
「ブルク長老。ワシはアイベルと共に彼と話しをしました。嘘を付く様な人間では…」
「檻行きじゃ。」
ピシャリとクラルの言葉を遮り冷たく言い放つ。
アイベルはブルクの言葉に絶望しその場から動けなくなる。
モルスを見ると涙が頬を伝っていた。
「うっ…。長老さんお願いだ…。」
「ブルク長老…!ワシからもお願いします…!彼には妻と子供が…」
「クラルよ!お主の愛する者の魂があのラヴィエルに宿っている事を分かって言っておるのか…!切り剥がした事によってその魂は失われるかも知れぬのだぞっ!」
「分かっております…。それでも…命では無い物で償わせては貰えぬだろうか…。」
その言葉はブルクには届かず隊員達が療養施設に入ってくる。
そしてブルクはクラルの言葉に返事をする事なくゆっくりと療養施設を出て行った。
隊員達がモルスを担ぐと、モルスはもう助からないと脱力し涙も枯れ、死んだ人間の様に表情は無くなった。
アイベルは未だに動けず、手で口を隠しモルスが連れて行かれるのをただただ眺める事しか出来なかった。
そして、耳打ちをした隊員は外へと戻る際にニヤリと笑っていた。
「くそぅ…。」
立ち膝になり、静寂な療養施設にクラルの悔やみの言葉が響く。
アイベルは残酷な光景を目の当たりにし涙が頬を伝う。
施設内の患者からは賛否の声が上がり、やがて患者同士で揉め合う事態にまで発展した。
「皆…!喧嘩は止めてくれ。すまんな。治療を再開するぞ。」
スクッと立ち上がり揉め合う患者達を落ち着かせるクラル。
「アイベル…。外の空気でも吸ってくるといい。君は休んでなさい。」
クラルはアイベルの頭を撫でると患者の元に向かった。
アイベルは放心状態になりながらもなんとか外に出る。
外は黒い雲が空を包み、冷たい風が吹き付けるがアイベルはそれすら何も感じずただただ歩いていく。
そして藍色の竜と対峙した時に一度命を諦めた事を思い出す。
死んだ方が楽になる。
そう思い"死"を選ぼうとした。
戦う事をやめれば、簡単に死ぬ事が出来た。
彼は?
モルスは今どんな気持ちだろうか。
愛する者を残して死ぬ訳にはいかない。
過ちを犯したが、事を荒立たせられ、助かる道は塞がれ、確実に訪れる死に絶望しているのではないか。
アイベルは"死"という物を余りにも軽く考えていた事に、何とも言えない感情が押し寄せてくる。
アイベルは立ち止まり空を見上げて涙を流した。
連行されてから半日が経つとアイベルは落ち着きを取り戻し療養施設での仕事は再開出来ていた。
そして、一日の仕事が終わるとアイベルは朝の光景を思い出し、外に出て行く。
クラルはその様子を見ていたが声は掛けなかった。
外は暗くなっていたが、大通り沿いには村人や隊員が幸せそうに酔っ払い笑っていた。
「アイベルちゃん。一人でどうしたのー?」
声を掛けられるが愛想笑いでその場を過ごし、目的もなくひたすら歩いた。
歩き続けていると弓撃隊の訓練場で訓練をする隊員が目に入る。
患者を治療するだけという言葉を思い出し、何か他にも人々の役に立てないかと思うと、自然と訓練場へ歩みは進んでいた。
建物の陰から顔を出し訓練を覗く。
ヒュンと空を切り、的目掛けて放たれる矢。
「上達したな。」「ありがとうございます。」
隊員同士で訓練を見合い、時々賞賛の声が挙がる。
(凄い…。)
その訓練を見るアイベルの背後へ近づく存在がいた。
訓練をする隊員にアイベルは釘付けになり、その存在には気づかない。
「おい、こんな所でどうした?」
突然肩に手を置かれ呼び掛ける声にアイベルはビクッとなる。
「スターキイ…隊長…。お邪魔してしまってすみません!」
急な出来事に勢い良く頭を下げるアイベル。
「邪魔などとは全く思わないさ。こんな所に居るなんて、どうしたんだい?」
優しく声を掛けるスターキイにアイベルは今朝の出来事を話す。
「患者を治療するだけか…。酷い奴だな。君やクラルさんは居なくてはならない存在だ。会ったら叱っといてやる。」
「ありがとうございます…。私は女で剣なんて振れないし、力なんて無いです。でも…」
俯くアイベル。
「君の治療の力は凄い。戦うことはしなくても…」
「次は…私が守ると誓ったんです…!人を守れるくらい強くなりたい…。治療するだけって言われないくらい…!」
スターキイの顔を真っ直ぐ見つめながら発した言葉にスターキイの表情は変わった。
「そうか…。弓は剣とは違い比較的軽い。接近戦もほとんどしない。君にピッタリかもな。」
アイベルの頭にポンと手を置く。
「今日は遅い。時間が空いてる時にまた来なさい。君の強い想いに応えたい。」
ニコッと微笑むスターキイにアイベルは頷く。
「では隊員の訓練を見なくてはいけないのでな、気を付けて帰るんだぞ。」
「はい。ありがとうございます。」
アイベルはスターキイに一礼をすると施設へ戻って行った。
「あの目の奥に宿る想いは凄まじいな…。」
スターキイは呟き隊員達の元へ向かった。
「おかえりアイベル。」
「急に出て行ってしまってすみません。」
「ええんじゃよ。今日はもう寝なさい。」
優しく迎えるクラルに礼をし、寝支度を済ませベッドに入ると気持ちが大きく、そして激しく動いた事もありアイベルはすぐに眠りについた。
「さて…。」
アイベルが眠りについたのを確認し、患者も滅多に来ない夜中、クラルは外へ出て行った。
「こんな時間に何用じゃ。」
ブルクの家を訪ねたクラル。
「夜中に申し訳ないです…。もう一度彼の話しを聞いてはくれませぬか…。」
「ライネスが言ったのじゃ。ライネスは信頼出来る者の一人。ワシに嘘を付く訳が無い。」
耳打ちをしたライネスという隊員はソウルガーディアンズの職務に加え、ブルクの世話をよくしていた隊員であった。
「もう忘れるんじゃ。重罪を犯した事は事実。古くからの決まりじゃ…。村人にも示しがつかなくなる。」
そう言い放つとドアを閉められクラルは俯き拳をギリギリと握る。
そして、早足でその場を後にし、モルスが入る檻へと向かった。
檻はオラディ村の外れにあり、村人が近寄ることは滅多にない。
大通りから路地に入り何本か道を通り過ぎると大きな壁に当たる。
右手の階段を下るとその先に檻がある。
クラルは灯りを片手に大通りから路地に入ると小走りになる。
大きな壁に当たると右手にある階段をゆっくり降りていった。
真っ黒の鉄の檻。
その中には壁に背を当て足を伸ばして座り、ピクリとも動かないモルスの姿があった。
「ハァハァ…。モルスよ。」
その声にピクッと頭が動き俯いていた顔を上げる。
「あ…クラル…さんなのか?」
真っ暗な檻から目を凝らしクラルの姿を見るとモルスは近寄ってきた。
「先程長老に会って話したがどうにも出来んかった…。申し訳ない…。」
額を檻に当て頭を下げるクラル。
それを見たモルスはフッと笑みを浮かべる。
「フフッ。そこまでしてくれたのか…。ありがとう…。嘘は付いてないが、罪は罪だ。受け入れるしかない…。」
罪を、そして先に見える死を受け入れるモルス。
「これくらいしかワシに出来る事は無い。ワシが必ず届ける…!残された愛する者へ書くんじゃ。」
そう言うと懐から紙とペンを出しモルスに渡す。
モルスは再び頭を下げ感謝をすると手紙を書く。
レリッタという村に届けて欲しいと言われ、手紙を受け取る。
「ここにいるのがバレたらまずいんじゃないか?手紙は渡した…。クラルさん、そしてアイベル。最後に治療してくれて心から感謝する。アイベルにも伝えてくれ。生まれ変わったら正しい道を歩むよ…。」
「うむ。確かに受け取ったぞ…。」
最後に言葉を交わすとモルスは元の位置に戻り、クラルはその場を後にした。
「必ず届けるぞ…!」
クラルは手紙を懐に仕舞い駆け足で施設に戻って行った。
「あそこまで必死になるとはの…。」
ブルクはクラルの様子が気になり檻に向かって歩いていた。
檻に繋がる路地から出てくる人影。
「こんな所で何をしておるライネス。」
「い、いや。ちょっと外の空気を吸いたくなりまして…。」
ライネスをじっくり見ると服の裾に血が付いているのを見つけるブルク。
(くそぅ…!まずいな…。)
明らかに動揺しそっぽを向くライネス。
「何がまずいんじゃ?」
普段はブルクと会話する際、御業"透心考"を警戒し思っている事を読まれないようにしているライネスだがかなり動揺していた為、読まれてしまう。
ライネスの心を読んだブルクは怒りの表情を露わにした。
ブルクは杖の握る部分を回すと、杖は鞘になっており、中から細剣が現れた。
「おぬし…。何をしたか分かっておるな…?」
駆け足で戻ったクラルは、施設で飼われている伝書鳥に手紙を括り付けレリッタに向け飛ばした。
「頼んだぞ…。」
ペールデニーズを北西に抜けると池を囲む様に集落があり、そこがレリッタと呼ばれていた。
クラルは一仕事を終え、ぐったりするようにソファに横たわると眠りについた。
朝になるとアイベルが先に起きており朝食の準備をしていた。
「おはようございますクラルさん。ソファで寝てましたよ?」
「おはようアイベル。疲れてしまってな。」
挨拶を交わし朝食をサッと済ませると訪れる患者に備え準備を進める。
コンコンとドアをノックする音。
まだ早い時間で誰だろうとクラルはドアを開ける。
「クラル…すまぬ。」
そこにはブルクの姿があった。
「モルスが殺された…。ライネスの仕業じゃった。あやつは特にラヴィエルに手を加える者を許さなかった。ワシはおぬしの必死さが気になりあの後檻に向かった。ライネスと鉢合わせ、モルスを殺めた上に切り剥がした樹皮も一度だけだったと嘘をついておった…。ワシが見誤ったのじゃ。」
檻にいたモルスがライネスの手により殺された事を明かすブルク。
「…。」
クラルは時間が止まった様に口を開いたまま固まる。
「檻の中には血が飛び散り、心臓に矢が刺さったまま息絶えたモルスがおった。モルスの座る床には掠れた血の文字で……」
『クラルさんアイベル。罪を背負う俺に治療をしてくれた事を心から感謝している。』
ブルクの話はアイベルにも聞こえていて、患者を迎える為に準備していた手が止まる。
「ワシの見誤りのせいで命が奪われてしまった…。」
アイベルはクラルから命の価値を教えられ、モルスという一人の男の"死"から命の尊さを学んだ。
"死"や"命"に対する考えが大きく変わる出来事となったのだ。
そして今回の一連の出来事をきっかけにブルクは村民会議を開き、古くからある檻行きの考え方を見直す事が決定する。
さらに、村民の前で亡くなったモルスの命の償いと称し、左目の光を絶つこととなる。
――ペールデニーズ一行
「奴らがやられている内に何とかパラファラの先へ行こう。重罪を犯したんだ…。」
アイベルはデュールの言葉に引っ掛かり、一番後ろを歩く子供を見つめ、口を開く。
「後ろを歩いているのは子供よ?何か理由があるに違いないわ。せめて、あの子の話を聞いて、正しい道に戻してあげたい…。」
アイベルは二人に強く願う様に言った。




