第十九話 命の価値
「あれがパラファラ…?」
デュールの怯える様な表情を見てアイベルは問う。
「おそらくそうだ。」
アイベルは療養施設で生活していた頃に一度、クラルからペールデニーズを調査した隊員達を大量死させたパラファラの話を聞いていた。
まだ遠くに見えるパラファラはアイベルの矢が見事に命中していて、痛みに暴れている。
「奴の羽を見てみろ。」
パラファラを指差すデュール。
パラファラの周りにはキラキラと青く煌めく粉が舞っていて、羽の一部に穴が空いていた。
矢はパラファラの側面から当たった様で、パラファラの胴体を抉り、そのまま羽へ向けて貫通していた。
「あの青く煌めく鱗粉。間違いない。俺も昔、祖父や祖母からよく聞いていた。まさか、ここに今現れるとはな。」
「どうしますか?デュールさん。」
深刻な表情を浮かべるデュールにフィオルは問う。
「うむ、作戦を練ろうか。」
ここで、構えていた剣を納めるデュールとフィオル。
アイベルはエヴァルから静かに降り、三人はパラファラから見えない茂みに一度隠れた。
「我々の目的地はやつの先にある。バレないようにどうにかして先に進めれば良いんだがな…。」
「攻撃しない方が良かったのかな…。」
アイベルは気が早かったと少し俯きながらこぼした。
「いや、そんな事は無いさ。」
フィオルはアイベルの肩に手を置き言う。
「そうだな。あいつは今混乱している。何処から攻撃が飛んできたのか分からない様子だ。アイベルの放った矢のダメージはデカい。ここが危険だと判断して去ってくれると最高だな。」
「そうですね…。」
「……!」
何かに気づき、ハッとし真剣な表情をするアイベル。
「私達の後方から何か来る…。」
小声でフィオルとデュールに伝えると遠くからザッザッと足音が聞こえてきた。
「これを売れば長い間は安泰だな。何てあいつら…」
どのような話しをしているかはよく聞き取れなかったが、茂みの中からその存在が見えてきた。
三人組の男達で腰には剣、背中には盾が確認できた。
大人が二人、一人は体格は良いものの横顔を見ると明らかに子供であった。
「あれはまさか…。最近許可無く手当り次第にラヴィエルの素材を狩りとる密輸組織"ペルディータ"だな…。子供まで居るとは…。」
「ペルディータ??」
アイベルはあまり聞き馴染みがない単語にフィオルを見た。
「ラヴィエルの樹液、葉、枝、樹皮…。ラヴィエルを傷付けて取って行ってしまい、高値で売る連中さ。」
手をギュッと握り怒りを露にするフィオル。
「そうなのね。色んな人の魂が宿っているのに…。許せないわね。」
「ああ。宿っていた魂が失われる事がある…。ラヴィエルを傷付ける者は我々ソウルガーディアンズにとっては敵だ。」
デュールも顔を強ばらせ敵意を露にした。
「でも…子供までそんな事してるなんて…。」
後方から現れた三人組は一行の存在には気付かずに歩みを続ける。
通り過ぎた三人組の盾にはマークが刻まれていて、小さな芽の上に剣があり、その刃先は芽に向かっている様に描かれている。
そのマークが刻まれている装備がペルディータの証だとデュールは言う。
「あいつらパラファラの存在に気づいていないな…。あのまま進むと死ぬぞ。まあ自業自得だな…。」
「そうですね。矢の攻撃が彼らの物だと分かればパラファラは確実に彼らに集中するはずです。その隙に…」
フィオルとデュールの会話を聞いていたアイベルは、ペルディータの三人組に、この後訪れるであろう"死"について考えていた。
そして、呼吸が浅くなり、アイベルの人生を変えたであろう"事件"を思い出す。
――7年前、療養施設
療養施設での生活が始まって三年程経ったある日。
この日は朝早くから療養施設は忙しかった。
「アイベル、次の患者を呼んでくれるかな?」
「はい。…次の方どうぞ。」
この時のアイベルは藍色の竜と対峙した際に得た御業"心願"を使えるようになり、毎日患者達をクラルと共に診ていたが、長い時間の使用は体力が持たなかった。
呼ばれた患者は長髪の男で顔は隠れていて良く見えない。
ソウルガーディアンズとは見た目が違う装備をし少し怪しげな様子だった。
鎧と呼ばれる鉄で出来た装備はほぼ無く、麻を細かく編み込んだ物で身を守る様な形になっていたが、切られた跡なのかボロボロで土が多く付いている。
そして、呼吸は落ち着きがなく、男の身体は装備を着用していても痩せているのが見受けられた。
「ではこちらのベッドで横になって下さい。」
部屋の奥に案内された男は、アイベルの指示に従いゆっくりと動く。
身体中が痛いのか、顔を強ばらせながらベッドに横になった。
ガチャ
男が横になったと同時に療養施設の扉が開き、五人のソウルガーディアンズの隊員が勢いよく入ってきた。
「なんじゃ!騒がしい。」
「クラルさんおはようございます。すみません…突然ですが、あの…ソウルガーディアンズとは違う装備の怪しい男が来ませんでしたか?」
一気に騒がしくなる療養施設内。
横になった男は隊員の言葉に微かに震え出す。
「怪しい者?どうじゃろう?」
クラルはアイベルに手招きをし傍に呼ぶ。
クラルが首を傾げると隊員達は施設内を見回しウロウロし始めた。
「アイベル…。先程の男の指を見てごらん。」
アイベルにしか聞こえない程の小声で言う。
「指…輪…?」
「うむ。愛する人が居るのじゃろう。もしかしたら子も居るかもしれん。」
アイベルは男をじっと見つめた。
ベッドの男は他の患者から見ても明らかに怪しい人物でクラルも怪しい人物が居ることは分かっていた。
「何かしら理由があって罪を犯してしまったのか…。」
独り言のように呟くクラル。
隊員の一人が奥のベッドを指差すと、隊員達は入口から男が横になるベッドへ向かう。
「おい、お前だ。連れていくぞ。」
「よし。お前は檻行きだ。」
その言葉にクラルはピクッと身体が動いた。
檻行きとはこの世界では"死"を意味する。
檻に入れられた者は飯を食べる事さえ許されず、そして何をされることも無く無限とも想う時間を過ごし、やがて餓死する。
一人の隊員の指示で隊員達は外へ連れ出そうと男の服を掴んだ。
「アイベル…。ワシは患者の命を繋げる事が仕事じゃ。例え罪を犯してしまった人間だとしても、その命の価値は同じなのじゃ。心に傷を持った者は弱い…。」
服を掴まれた男は抵抗すること無く脱力し、首根っこを掴まれ、外へと投げ飛ばされた。
クラルはその姿を見て、隊員達の後を追い外に出る。
アイベルはそのクラルを追い、続けて外に出た。
外に投げ出された男は倒れ込むがゆっくりと立ち上がった。
「覚悟は出来ているようだな。」
冷たい視線を男に飛ばし、隊員は言い放つ。
「お主ら…。最近の隊員は罪を犯すと話を聞きもしないで檻行きにしているそうではないか。その男の人生の背景を想った事があるか?傷だけでも治療させてくれぬか?」
クラルが声を掛けると隊員は勢い良く振り返り、怒りの表情を露にした。
「クラルさん!この男はラヴィエルの樹皮を切り剥がし、逃げ出したんです。このオラディ村に溶け込み姿を眩ませた!ラヴィエルを傷付けるのは重罪です!許される行為では無い!患者を治療するだけのあなたにはこの行為の重さがわからない!」
大きな声で放つと、その声に村人達は何事かと療養施設の周りに集まり出す。
患者を治療するだけという言葉にアイベルは俯き自分の両手を見つめる。
息を荒くする隊員にゆっくりと近づくクラル。
「重罪なのは分かっておる…。じゃが彼をよく見るんじゃ。指輪、痩せ細った身体…。正しい道を歩む事が出来なかったと想わぬか?話しを聞いて罪を償わせることは出来ぬのか?」
クラルの話しを聞く隊員は、落ち着きを取り戻し考え込む。
「命を落とす事で罪は消えぬぞ。正しい道へ連れては行けぬのか?」
立ち尽くす男を横目にクラルは言う。
哀れな姿の男を見るアイベルの表情は悲しみに満ちていた。
溜息を吐き頭を抱える隊員。
アイベルの表情を見ると少しの間を置き口を開く。
「村人達が集まってしまった…。分かりました。一旦檻行きは保留します。ブルク長老に判断して貰いましょう。その間に治療をして下さい。長老の判断ですから檻行きが無くなる訳ではありませんからね。」
その言葉にクラルとアイベルの表情は少しだが明るくなる。
「おい、ブルク長老の所に行ってきてくれ。私達は念の為男の傍で治療を監視する。」
隊員は指示を出し、三人の隊員はその場を後にすると、クラルとアイベルは男に寄り療養施設に入っていき、残った隊員は療養施設の扉の外で待つことになった。
「早速急いで治療を始めよう。」
「はい。すみませんクラルさん。今は心願が使えなそうです…。」
「今日は忙しかったからのう。大丈夫じゃ。」
そして男を再びベッドに寝かすと治療が始まった。
「あ…ありがとう…。」
力無い言葉にクラルとアイベルは言葉は出さずに頷いた。
男の服を脱がすと切り傷の痕が身体中に目立ち、新たな傷も見受けられた。
「名は何と言う?」
「モ、モルスだ…。」
「そうか…。ラヴィエルの警備隊から受けた傷か。上手く逃げてきたようじゃな。少し滲みるぞ。」
消毒液をガーゼに染み込ませ、傷口に当てる。
「ああ…。」
滲みる傷口を見て痛みに耐えながらモルスは小さく返す。
ラヴィエルには一日中警備隊がいる。
警備隊の多くは、大切な人の魂がラヴィエルに宿る者達で形成されている事もあり、警備の力は特に強い。
モルスは隙を突いてラヴィエルの樹皮を切り剥がし、見つかったが警備隊から逃げたようだ。
「クラルさんだっけか…?面倒に巻き込んでしまって申し訳ない…。」
尚も弱く謝罪する声にアイベルは心願を使う事が出来ない事にギリギリと唇を噛む。
「いいんじゃ。ワシらは傷付いた人間を見捨てる事は絶対にせん。」
笑顔を向けモルスの肩に手を置いた。
「あの時の顔…。恥ずかしい姿を見せてしまった。まだ幼いのに優しいな君は…。」
モルスは外に投げ出された時にアイベルの表情を見ていた。
「俺にも子供がいる。コランという八歳の男の子だ…。俺は身体が弱い…。討伐依頼などで金を稼ぐのが大変でな。妻と子の為にと思い罪を犯してしまった。初めて罪を犯した…。してはいけない行為だと分かってはいたんだ…。」
治療されながら片手で目を隠すように悔やむモルスに、やはりと俯くクラル。
「そうだったんですね…。」
「子供には俺と同じ道を進んで欲しくない…。」
アイベルも俯いたがすぐに顔を上げる。
「クラルさん。今なら心願が使えそうです。」
「うむ。ではお願いしようかの。ワシは他の患者を診るから席を外すかの。」
そう言うとクラルは治療の手を止め、二人から離れた。
「"心願"?」
「はい。至上者の御業と呼ばれる物です。」
「君が至上者の御業を…?噂でしか聞いた事が無い…。驚いたな。御業を扱える人間に会うのは初めてだ…。」
モルスは目を大きくし驚きの表情を見せた。
「そのままの姿勢で寝ていて下さいね。」
そう言うとアイベルは目を瞑り手を組む。
一瞬静まる室内。
すると白いオーラがアイベルの手を包む。
「おぉぉ。」
モルスは初めて見る信じられない光景に言葉を漏らした。
アイベルは目を開きモルスの腹に手を置いた。
「傷を癒して…。」
アイベルが口ずさむとモルスは傷が癒えていくのを感じ、表情も明るくなっていく。
「ハァハァ…。」
一分程経つと手を包むオーラは消え、手を腹から離すと
息を切らすアイベル。
「傷は…どうでしょうか?」
「す…凄い。全く痛みを感じなくなったよ。ありがとう。」
心なしか明るい声になったモルスにアイベルは笑顔を返した。
「どうか檻行きにならない事を祈ってます。」
アイベルは軽くお辞儀をするとクラルの治療道具を片し、クラルに治療を終えた事を伝えにモルスから離れる。
モルスの目には涙が溜まり、見られまいと急いで拭いた。
「クラルさん…。モルスさんの肩に…」
「ああ。恐らく産まれた土地での風習か何かじゃろう。本人には何も聞かなくて良い。治療が出来た…。それで良いのじゃ。」
モルスの肩に宝石の様な物が埋め込まれていたのを治療している最中に気づいた二人。
ガチャ
そして、治療が終わったと同時に療養施設の扉が開き隊員が入ってきた。




