第十八話 才を秘める者
「ブルク長老。今現れた厄介な生物とは一体…。」
「うむ…。パラファラじゃ。」
杖を地面にトンと突き答える。
「パラファラ…ってもしかして…。」
「夢を見せる死の巨蝶じゃ。」
隊員達はその生物の名を聞くとゴクリと唾を呑んだ。
「70年程前…今よりもペールデニーズが深い森に覆われていた頃。ペールデニーズを調査していた隊員総勢130人の内、122人が亡くなった…。あの青く煌めく羽を持つパラファラにやられたのじゃ。残った8人の内3人は帰中にダークウルフに殺され、村に帰還できた者は5人。その中にはワシもおった。」
オラディ村周辺では語り継がれている話しで、今の若い隊員達は祖母や祖父から幼い時に何度も耳にしている歴史にも残る話である。
「突然の羽ばたきの音が森の上空から聞こえると塵のような小さな煌めく粉が降ってきた…。混乱に陥り、その粉を吸って眠ってしまい、その後に鋭い口吻に刺され、麻痺しやがて死んでしまう。幸い粉を吸わなかったワシを含む8人は餌食にならずに済んだのじゃ。そのパラファラが今…ペールデニーズに現れた…。」
話を聞く隊員は固まる。
「鉢合わせにならずに済めば良いがのう…。」
(今から隊員達を向かわせるのは遅い…。剣士じゃ太刀打ちもできずただ逃げるしかない。どうしたものか。)
考えるが中々答えが出せずにいるブルク。
「フィオルとデュールさんが居てもきついのかもしれないのか…。」
「そうみたいだな。しかもアイベルちゃんを守りながら……」
そんな中、物見櫓の隊員達の会話が聞こえてくる。
(…!)
何かを思い、ふと顔を上げるブルク。
――数年前、村の外れの森小屋
一つの蝋燭の灯りが作業台を照らし、シュッシュッと硬い木材を削る音が暗い部屋に鳴り響く。
歪だったその材木は熟練された技術でだんだんと綺麗な弧を描く様に形成されていく。
「うむ。いい弾力…しなやかだ。」
形成された物をしならせ、そして撫でるように歪な箇所が無いか確認し、クリアで薄い翠色の塗料を丁寧に塗りあげる。
「よし。」
その職人は仕上げを終えると手を止め、暗い部屋の隅にある小さな椅子に座る者に近づいて行く。
「ブルクよ…。出来たぞ。わしの最高傑作の弓だ。」
「おお、出来たか…。」
ブルクはその声に顔をあげ、職人と共に作業台へと歩いて行く。
「おお…。素晴らしい…。」
出来上がった弓を手に取り目をキラキラとさせた。
「流石じゃ。デリベラスよ。」
「しかし何故こんな弓を作れと?」
「突然押し掛けるように依頼してすまんのう。」
弓を置きデリベラスに顔を向ける。
作業台の灯りでハッキリと見える容姿はブルクと同じ位の身長の男であり、短髪は白く染まり、頬から顎に繋がる髭を生やし、顎髭は長いが綺麗に整っていた。
「ブルクの依頼だ。断る訳無かろう。わしも手にした事が無い最上質な素材…。鉱石を特別な加工で溶かした塗料。丈夫で硬い竜種の髭。そして、コール大陸の神聖なラヴィエルの枝…。」
話をするデリベラスの手は微かに震えていた。
「こんな弓を作るのは初めてだ。」
自身で作り上げた弓に目を置き、無事に完成した事に安堵の息を弱く吐いた。
デリベラスは王族、貴人、ソウルガーディアンズ隊長クラスの依頼でなければ武器を作る事は無く、素人はデリベラスの存在すら知らないほどの武器職人で、先祖より受け継がれた匠な技術で数多の武器を作り続け、ソウルガーディアンズを支えている人物の一人でもあった。
「先日、コール大陸のラヴィエル警備隊から枝が降ってきたと届けてきた…。それが弓を作るのに適した大きさでもあった。たまたまか…いや、運命かもしれぬ。村に才を持つ者が現れたのじゃ…。」
その言葉に少し沈黙すると灯りの火がゆらゆらと揺れ始めた。
「才を持つ者?」
「そうじゃ。」
デリベラスが首を傾げる。
「弓使いか…。これ程の素材で作った弓を扱える程、価値がある者とは…。という事はまさか…スターキイ以上の逸材なのか!?」
驚きの表情をし、ブルクに顔を向ける。
スターキイは当時の弓撃隊長であり"気流の狩人"とも呼ばれ、空気中の気の流れを読むことが出来る"至上者の御業"気流覚の持ち主であり、なんとその射程距離は500m先の獲物を正確に射抜くという弓使いの天才であった。
「そのスターキイ本人から言われたのじゃ。訓練すればスターキイ以上になるかもしれぬ。」
目を大きく開きブルクは言う。
「彼以上の弓使いは聞いた事も無い…。本人から言われたとは…。フフッ、直接会ってみたいものだ。で、その者の名は…?」
「その名は…」
――地下道
デュールと合流してから暫く経ち、一行は地下道をあの地に向け歩き続けていた。
少し先に目を凝らすと二つに分かれる道が見える。
「右に進むと上り坂になり地上です。そこからは目的地までは近いです。」
右に分かれる道を指差し振り返りデュールに伝える。
「了解だ。」
アイベルはあの地がもうすぐだと少し緊張した面持ちになる。
エヴァルはフィオルの言葉を理解したのか、デュールの後ろを歩いているが、息遣いが前まで聞こえて来る程興奮していた。
分かれ道の前で一旦止まる一行。
「地上を少し見てきます。」
アイベルとデュールは頷くと、出口周辺にもしもの危険が無いか確認する為フィオルは一人、分かれ道を進んだ。
「アイベル。大丈夫か?」
デュールは緊張した面持ちのアイベルに声を掛けた。
エヴァルはその顔を見て近づき、頬でアイベルの顔を撫でる。
声は出さずにエヴァルを撫で返すアイベル。
「はい。少し緊張してきましたが大丈夫です。」
「そうか。」
ザザザーと滑るように降りてきたフィオル。
「出口周辺には獣の様な襲ってくるような生物は居ませんでした。ですが薄霧が広がっています。」
「そうか。ならば慎重に進もうか。」
地上の状況を伝えると一行は地上へとゆっくり進んで行った。
「もうすぐ久しぶりの地上だな…。」
「そうね。」
少しきつい傾斜をゆっくり進む。
「滑るから気をつけて。よし、もうすぐだ。」
アイベルの手を引きながら目の前に見える、少し明るくなっている出口を目指す。
「うぅーん…。」
地上に上がるとアイベルとエヴァルは伸びをした。
「アイベルはエヴァルに乗ってくれ。」
「うん、わかった。」
フィオルとデュールは徒歩、アイベルはエヴァルに跨った。
地上は陽の光がほとんど届く事が無く、薄霧が漂う鬱蒼としている森が広がり、周辺は静かで所々から草木に溜まった水滴がポタポタと落ちる音が鳴り響いていた。
慎重に辺りを見回しながら一行は歩みを進める。
しばらく進むと薄霧だった森は進むにつれ15m先が見えない程濃くなっていき、一行の歩みは遅くなっていた。
そして、不気味な程静かだった森は食人植物が多く生息するエリアに変わり、植物が獲物を探す音が響き渡っている。
「嫌な霧だな…。」
フィオルが小さく呟く。
歩みの進みが遅れストレスが溜まる一行。
「エヴァルも嫌がってる…。」
アイベルはエヴァルを安心させようと撫でる。
「エヴァル、大丈夫よ。ん?」
エヴァルを撫でるアイベルの手が止まり、エヴァルの背中をトントンと触り止まらせ、上空に視線を向ける。
「どうしたアイベル。」
それに気づいたデュールとフィオルも歩みを止めた。
「少し先の空に何かいるわ…。」
その言葉に二人は上を向く。
「霧で何も見えないが…。」
デュールとフィオルは上空や辺りを見渡すが霧に覆われ姿は確認できず、少し混乱していた。
訳も分からず武器を構える二人。
じーっと上空を見つめるアイベル。
「空気の流れがおかしいのよ…。」
――数年前、森小屋
「その名は…アイベル…。フィオルと共に竜種を退け村に帰還した記憶を失った少女じゃ。」
「……!?」
デリベラスは以前、ブルクからアイベルという少女がオラディ村で過ごす事になったという話しを聞いていた。
「以前聞いたあの少女か…。」
「そうじゃ。スターキイから聞いた話では気流の歪みを感じ取れるという…。おそらく彼と同じ"気流覚"を身に付けたのじゃ。」
――ペールデニーズ一行
エヴァルに跨るアイベルはおもむろに肩に掛かった麻袋を開き、中から道具を取った。
「それは…弓か!?」
デュールが驚いた様子でアイベルに言う。
フィオルもまさか麻袋に弓が入っているとは思わず言葉を失っていた。
「そうよ…!」
するとさらに麻袋から出した矢をつがえ、ギリギリと弓を引き絞り、片目を瞑った。
ピシュンという音と共に、矢は一行の先の上空に向かって飛んでいき、一瞬で霧の中へ消えていった。
フィオルとデュールは飛んで行った矢の方向に視線を移す。
数秒後ドスッという音が森中に響き渡り、一瞬の沈黙が訪れる。
「樹ではなく、何かに当たったな…。」
「アイベル…いつの間に…?」
「実はね…。スターキイ隊長に教わってずっと訓練をしていたの。」
ニコッと笑みを浮かべながら答えるアイベル。
「今、矢を当てた生物…大きい…。」
アイベルがその言葉を発した瞬間、一行の先の上空からバサバサと何かが羽ばたく様な音が聞こえ始めた。
「確かに何かが羽ばたいている様な音がする。まさか竜種か!?」
身構えるフィオルとデュール。
「いいえ、違うわ。あの距離で竜種ならとっくに飛んでいる音は聞こえるはず…。違う生物よ。暴れてる…。」
「何でわかるんだ?」
フィオルが焦った表情で問い掛ける。
「空気の流れが乱れてるのよ…。竜種が起こす風とは全く違う空気の流れ…。私は、スターキイ隊長と同じ"気流覚"を身に付けて、空気の歪みを感じ取れる様になったみたい。」
「そうなのか!?」
フィオルとデュールは驚きの表情をし、固まった。
上空では羽ばたきの音は止まず森に響き渡る。
「ん、待て。霧がだんだん薄くなってきてないか?」
固まっていたデュールが霧が薄くなってきている事に気づき、羽ばたきの音の先に目を移す。
「おい…まさか…。」
だんだんと霧は晴れていき音の正体の影が薄らと見え始めると、フィオルとアイベルもその影をじーっと見つめる。
400m程先に見える暴れている影。
やがて霧は晴れ木々の隙間からその正体がくっきりと見える様になる。
「あれは…パラファラ…。」
正体が分かるとデュールは力弱く呟いた。




